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ルーのお遊び

 ぴゅう、と口笛の軽い音が響いた。


 凛燁は顔を横に向ける。そこではなぜか異様に上機嫌なルーがいた。


「いい女だねェ」


 どこか満足げな表情で見ている先は琴音。どうやら彼女の事らしいが……。

 凛燁が返事を迷う間、それを必要としていなかったルーはちらりと横を見下ろした。――ルーの背は、凛燁より十センチばかり高い。


「――お前。や、お前ら、か。どーにも不思議でなんねーんだが、なんで晶樹の言葉をちゃんっと聞かねぇの?」

「……は?」

「あいつの言葉をちゃんと聞いてたやつなんて、あの場で真藤稔くらいだろ? ほかのやつらは全然現状を理解してねえ」


 凛燁は二、三秒考えて、「あの場」が先ほど晶樹が今後の方針を告げた場だと気付く。

 しかし、現状を理解していないとはどういうことだ。凛燁が反論するより早く、にぃ、と嗤笑を浮かべたルーが、彼に毒を吹き込んだ。








「なぁ、――何で、火澄乃亜より自分が長生きできる、ってまだ信じてんだ?」








「……え?」


 凛燁が漏らした声は、純粋な戸惑いだった。


 彼らの前方で打ち合わせを続けていた晶樹が一瞬だけ緋の瞳を彼らに飛ばす。けれど凛燁は気づかず、ルーは晶樹の警告など全然全くこれっぽちも気に留めない。ルーはむしろますます興が乗ったように続けた。


「どいつもこいつも『余命が限られた乃亜かわいそう』な考えで大笑いだ。本人の意思に関係ないところで時間がない? は、笑わせる――それを言うてめぇの寿命は、いったいどれだけ残ってると思ってんだ?」

「……な、」


 三日月のように目を細める。かすかにのぞく薄青には憐みが刷かれているが――その下に隠れているのは、ただただ無邪気な愉悦。


「今この瞬間。どっかで人間の新兵器とやらが爆発したら、それだけで俺らはおしまいなんだぜ? あと十年程度は生きる火澄乃亜の方がずぅっと長生きするって計算になんだろうに。――なんせ、あいつは人間なんだからなあ?」


 人間である乃亜は、直撃しない限り広域殲滅兵器の影響を受けない――混血である凛燁たちと違って。


 凛燁はすう、と血が頭から落ちていく感覚を味わった。そう、彼は混血だ。それも半分以上魔法族の血が流れている、呼吸行動よりも魔力供給に重きを置いている混血。


 今、この時、この瞬間。

 広域殲滅兵器がこの地上のどこかで火を噴いたなら、魔力供給を完全に断たれる彼に生き残る道はない。


 凛燁の瞳に恐怖がよぎる。ルーはそれを見て、なぜかつまらなさそうな顔をして身を起こした。


「俺ら魔法族は今、全滅するかどうかの狭間にいんだよ。んな時に火澄乃亜が暴走してまーた変な実験を強行してみ? ただでさえ短い残り時間が思いっきり削られる結果しか見えねぇな。――だから、晶樹はそれを防ぐため、開発班を丸ごと室管理班の――つーかむしろ、室管理班班長の管理下に置くっつー荒業繰り出したんだよ」


 は、と凛燁は息をのんだ。先ほど彼らが『開発班を取り潰すのか』と晶樹に詰め寄った通告。

 室管理班の、ではなく、室管理班班長の、ということであるなら。


「――琴音に、乃亜のストッパー役をさせるつもりだった……?」


 凛燁は呆然としてつぶやき、ルーはひょいと片眉を上げた。


 乃亜はその発想力と、発想を実現できる思考力を買われて開発班班長になった。だがそれは盛大な間違い(笑いの種)だった――ルーはそれを知っている。

 乃亜は組織ではなく、一個人としての欲望を優先して実験を行った。例えばそれが最高司令官に止められているものであっても。あるいは、そもそも計画書さえ提出せずに。


 晶樹が最高司令官になったならば真っ先に手を入れてやる、と息巻いていた乃亜の暴走は、彼の就任直後に勃発した戦争で優先順位が繰り下がってしまった。今あちこちの階級に手を入れるのは得策ではない、晶樹はそう考え、それでも乃亜を野放しにすることを恐れてルーを監査役として付けた。これまた盛大なミスキャストに思えるが――人材不足に苦しんでいた晶樹としては、たとえルーが笑いの種にしそうな実験を見過ごそうとも、ルーさえちょっと考えるような――つまり、かなりヤバいことになりそうな実験さえ確実に感知できるのならそれでよしとするくらい、余裕がなかったのだ。

 事実、ルーが監査役になってからそうたたぬ間に、彼は乃亜が不正に行おうとしていた実験を一つつぶした。はっきり言ってリスクがシャレにならなかったからだ。


 けれど今は「ルーを遊ばせているような余裕、ない」のだ。ルーは晶樹についていなければならない。なぜなら、晶樹は現在、いつ体内の魔力が暴走してもおかしくないような状態にあるのだから。

 もし万が一晶樹が暴走したら、このアイズにおいて、止められるのはルーしかいない。


 けれどそれは教えてやるつもりはない。それこそ凛燁なら、自身で気づかなければならないことなのだ。そこまで面倒を見る気はないルーはただ答えを放り出した。


「ああ。開発班を室管理班の下に無理やり押し込んだのは、室管理班班長に琴音がいるからだ」


 室管理班班長、如月琴音。

 転生者と魔法使いの混血が異様に多い高麗一族にあって、珍しいくらい珍しく「瑞垣」の力を持つ純血の人間として生まれた稀有な女性。

 ルーが「いい女」だと称した彼女は、晶樹の迷いと懸念を一瞬で見抜いて彼の背を守ると告げた。彼が背後を気にせずすむように。


「開発班を室管理班に暫定的に組み込んじまえば、俺抜きでも乃亜の暴走を抑えられる。なんせ事実上、琴音が乃亜の上官になんだからな。変なもんは晶樹に届く前に琴音がはじける。――お前らが『開発班を取り潰すのか』と血相を変えた晶樹の決定は、それだけの意図しかねぇんだよ」


 ――ま、甘い処置だが。


 ルーは心の中でひっそり笑う。これで黙っている奴なら、これまでさんざ注意されてきながら懲りずに実験を強行したりするはずがない。乃亜はおそらく、必ずひと悶着おこす。


 ――ヤバそうなことになるなら、ちゃんと止めてやるさ。


 ルーの薄青の瞳がきらりと妖しく光った。力ある魔法使いは真実を見抜き、その直感は未来を垣間見る。ルーの外れない直感は「今は乃亜を暴走させた方がいい」と告げている。どういう意味なのかは、ルー本人にもわからないのだが。

 だが、彼が晶樹と交わした契約はまだ有効だ。その対価を得るためにも、彼はこの組織を残しておかなければならない。


 ――まあ、せいぜい楽しませてもらうさ。


 ルーはひっそりと唇の端を釣り上げる。


 不穏な空気を察してなのか――彼の視線の先にいた晶樹が再びうかがうようにこちらを見たが、その時にはルーはいつもの通り、考えの読めない表情を浮かべていただけだった。





ほんっきでタチ悪いんです、ルーのお遊びって……。

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