1「英雄、子供を拾う」
出撃する。
(人のウワサもなんとやらとは言うけどよ)
愛竜の首元にまたがりながら、英雄・竜騎兵エルは毒づいた。
(見送り一人いねぇとは、忘れるの早すぎだろ)
愛竜リヴィが厩舎の滑走路を走り、大きく二度、翼を羽ばたかせたかと思うと、エルは早朝の大空にいた。
黒竜月上旬のまだ肌寒い風が、エルの頬を打つ。
眼下には、彼や彼の友人たちが住む山岳城塞都市ダヴィドの街並みが広がる。木造・藁葺屋根の家屋群、補修されないまま放置された穴だらけの石造城壁。
邪竜王シャイターン率いる無限の竜からの侵攻に怯えていたのも今は昔。
都市は外部からの攻撃を気にせず、壁外の東西南北に意気揚々とトウモロコシ畑を広げつつある。
(その邪竜王を倒した英雄様が、どうしてこんな朝早くから単騎で見回り任務に出にゃならんのか)
――キュゥゥン……
リヴィが不安そうな声を上げた。
エルの不機嫌が伝わってしまったらしい。
「あぁ、悪い」
エルは愛竜の首をなでる。
「お前のせいじゃないんだ」
リヴィがなおも不安そうにしているので、エルは少しだけ喉に『力』を込めた。
「【汝・手綱に・身を委ねよ】」
竜言語。エルのへその下――『丹田』と呼ばれる霊的臓器から生じる『魔力』が竜言語を介して【精神安定】の効果となり、リヴィを安定させた。
竜騎兵とは、このとおり竜言語を操ることで竜を使役し、戦う戦士のことだ。
竜は、強い。空を飛べたり、火を吹いたりできる。人間の精鋭重装歩兵が束になっても、竜一匹に勝てない。
ましてやその竜に人間がまたがり、人間軍の企図に沿って運動すれば、その破壊力たるや計り知れない。
リヴィの赤い龍鱗が、朝日を受けてキラキラと輝いている。
エルの相棒、リヴィアタン。
全長は七〇キュビト(三一.五メートル)あり、これはダヴィドを取り囲む城壁の半分弱の高さである。
数え年で六歳。
エルはリヴィが生まれたとき十一歳で、以来五年間、この竜を育て続けてきた。
今ではこのとおり唯一無二の相棒だ。
メス。
メス竜は男性騎兵と相性がよいのだ。
リヴィを北の山脈に向けて飛ばせることしばし。
「あれは……煙?」
山間の、小さな盆地になっている場所。邪竜王との戦いで放棄済みの小さな村から、煙が上がっているのを視認した。
「あそこには誰も住んでいないはず……リヴィ!」
エルがわずかに手綱を引くと、意図を理解したリヴィがゆっくりと降下しはじめた。
「リヴィ、周辺警戒。【汝の・五感を・研ぎ澄ませ】」
竜言語でリヴィに指示を出してから、エルはリヴィから飛び降りた。
村が、崩壊していた。
いや、廃墟と化していたのは元々だ。ここは、さらに北に位置する邪竜王の根城との中間地点であり、激戦地だったのだから。だが、家屋が破壊された痕が、真新しいのだ。何より、
(燃えている)
木造家屋が炭と化していて、今なお煙を立てているのだ。
周囲の真新しい崩落具合も鑑みるに、昨日か今日、ここで炎を伴う戦闘が行われたらしい。
(誰と誰が戦った? これは――)
エルは、地面に二キュビト(九〇センチ)の足跡が付いていることに気づいた。五本指。二足歩行の生き物による足跡だ。
(かなりデカいな。山鬼? いや、一眼鬼か? 奴ら、こんなところまで南下してきやがったのか)
キュクロプスは山脈のさらに北のほうに棲む種族だ。
身の丈十数キュビト(六メートル前後)の巨人で、歴史上、南の暖かく森林資源が豊富な土地を求めて何度も南下を試みてきた。
邪竜王は山岳城塞都市ダヴィドを存亡の危機に立たせる存在であると同時に、山脈をキュクロプスの脅威から守る存在でもあった。
……皮肉極まりないことだが。
(昨晩、キュクロプスの斥候部隊がここまで突出してきた。が、炎による攻撃手段を持つ何者かが、それを撃退した? すぐに戻るべきか。いや、せっかくここまで来たんだから、もう少し調べてからにしよう)
エルは、太陽が頂点を過ぎるまで調べた。
結果、次のことが分かった。
(足跡の大きさからして、やってきたキュクロプスは五体。それらを撃退した炎使いの足跡が見つからなかったことから、炎使いは人間の魔術師か、もしくは――)
エルは愛竜の元に戻った。
――キュルルルッ
リヴィがうれしそうに喉を鳴らし、頬ずりをしてくる。
「おいおいリヴィ、いつまで赤ん坊のつもりでいるんだよ」
リヴィの大きな頭部に押され、エルは倒れそうになる。
リヴィは未だに、自身の体格が一歳のころのままだと考えている節がある。
(もしくは空を飛びつつ火炎攻撃を放てる存在、レッドドラゴン。昨晩は誰も出撃していなかったはずなんだがなぁ)
――キュゥゥン
「あぁ、そうだな。飯にするか」
エルはリヴィの背中からバックパックを下ろし、桶に水をたたえた。リヴィが桶に顔を突っ込むのを見届け、自分も水袋の水を飲む。
リヴィにトウモロコシと虫の粉末の混ぜものを与え、自身は硬いパンをかじる。
廃屋の椅子を拝借して思案に暮れていると、不意に気配を感じた。
エルは大げさに周囲を警戒するような真似はしなかった。食事の延長線上のようなさりげない動作で、マスケットに銃剣を装着させる。
「そこの家屋の陰に隠れている奴、出てこい」
出てこない。
獣臭さはない。だが、エルは警戒を解かない。この警戒心こそが、自分が何年も最前線で生き続けられている理由だと信じているからだ。
「出てこなければ、手投げ弾を投げ込むぞ。三、二、一――」
――がさっ
『それ』が、物陰から出てきた。
『それ』は身の丈が三キュビト(一三五センチ)にすらまるで届かないほど小柄で、長く茶色い毛髪を持ち、二重まぶたの金色の目と、痩せこけた頬と、鼻と、耳と、半開きの口を持っていた。
つまり、
(子供ぉっ⁉ どうしてこんなところに?)
ボロ着をまとった女の子だ。年齢は五、六歳といったところか。
少女の視線はエルではなく、バックパック――食料に向けられている。
――ぐぅ~~~~……
少女の腹の虫が鳴いた。
エルは毒気を抜かれ、マスケットの刃先を下ろす。
(実は子鬼……って可能性もなさそうだな、ありゃ)
リヴィが気にせず食事を続けている。あの、繊細で怖がり屋のリヴィが。竜は人間以上に気配や敵意に敏感だ。
少女に敵意なしと判断し、エルは安心した。
「あー、えっと。食うか?」
「※※※、※※※※※※※※※※?」
「なんだって?」
「※※※、※※※※※※、※※※※※※※※?」
人言語ではない。が、聞き覚えはある。
(竜言語だ。山奥には未だ竜言語を使っている、いにしえの民が暮らしている……なんて、おとぎ話だと思っていたが)
だが、竜言語ならば意思疎通は可能だ。
エルには長老竜たちと世間話ができるほどの語力はない。が、リヴィを始めとする竜たちの世話や竜言語魔術を通じて、相当量の単語を知っている。
「【我に・敵意は・あらず】」
エルは言葉を選びながら言う。
「【汝・糧を・望むか】」
――こくこくこくっ
少女が勢いよくうなずいた。
エルがパンの一番柔らかいところをちぎって渡してやると、少女は疑う様子もなくかぶりついた。
その様が生まれてすぐのころのリヴィを思い出させ、エルは父性を刺激された。
(しかし何者だ、こいつ?)
明らかに飢えている様子だ。
ボロ着だと思っていた服はよく見ればちゃんとした仕立物で、中流階級の村娘といった風に見える。
つまり、元はちゃんとした家庭の出だったが、邪竜王との戦いに巻き込まれて家族を失い、辺りをさまよっていたということなのだろう。
(一ヵ月以上も? こんなガキがたった一人で、山で生き抜けるわけが――)
エルが邪竜王を打倒し、この戦争を終わらせたのが一ヵ月前のこと。
この少女が戦災孤児だとすると、最低でも一ヵ月以上は一人で生きていたことになる。こんな子供が、山の中で一人。
エルは再び口を開く。
「【汝の・ともがらは・いずこに?】」
――ふるふるふるっ
必死にパンを頬張りながら、少女が首を振る。
(つまり、家族や同胞はいない。天涯孤独……放っておけば、野たれ死んでしまう。仮にこの一ヵ月を生き抜いたのが奇跡でないのなら、もう数ヵ月は生きられるかもしれない。が、冬を越すのは無理だろう。運よくダヴィドに流れ着いたとしても、孤児院はいつも定員オーバーだ。スラム暮らしか、場末の娼館で使い潰されるか)
エルは、自分が危険な考えに傾きつつあることに気づいた。慌てて頭を振る。
(いやいや、冷静になれ、エル。俺に、ガキを養う余裕なんてあると思うか? それに、こんなのありふれた光景だろう? なぁ、元・戦災孤児のエルさんよ)
エルはバックパックから残りの食料をすべて取り出し、壁が崩落した家屋のテーブルに広げた。
「ほら、これもやるよ。じゃあ、達者でな」
心にもない言葉だと、自分でも分かっていた。だが、エルは迷いを振り切るようにしてリヴィの元へ――
――ギュッ
向かうことはできなかった。少女に服の裾をつかまれたからだ。
エルは強引に歩いて振りほどこうとした。が、少女が渾身の力を込めて握っているらしく、ほどけない。
「あのなぁ、俺はお前の親じゃ――」
エルは言葉を飲み込まざるをえなかった。少女が、今にも泣き出しそうな顔でエルを見上げていたからだ。
「……。
…………。
………………。
……………………~~~~ッ! はぁ~」
多大な苦悩の果てに、エルは観念した。しゃがんで少女と目線の高さを合わせ、少女に手を差し伸べる。
「あぁもうっ、分かったよ。【汝・同行を・望むか?】」
――こくこくこくっ
少女の顔色が、ぱぁっと明るくなった。
「【汝の・名を・乞う】」
少女がエルの手を取った。八重歯をのぞかせながら、自身の名を告げる。
「ルキ」




