プレイヤー大会、その一でござる
「ニンゾー、ブリキ、お前らは今日どうする? ついてくるか?」
クランハウスの玄関で、振り返りつつそう声をかける。
イベント三日目、時計の針は一時少し前を指していた。
「うーむ……プレイヤーが集まるということは、面倒な奴等が来るやもしれんということでござるか……」
「別に無理してこなくてもいいぞ?」
「私は行きます。でももうちょっと待ってくださいー」
「鎧は着ていく必要あるのか?」
「万が一があっちゃいけませんから! んっ、ベルトを絞めてっと」
このブリキが鎧のベルトを絞める時の声が、俺はいつも気になっていた。
妙に色っぽいのだ。まるで、堅牢な鎧の下に柔らかな果実があるという事実を無理やり意識させるような、想像力を掻き立てる声。俺のひそかな楽しみである。
「……やっぱり拙者も行くでござる」
「行くのか」
「主殿に万が一があってはいかんでござるからな」
「そっか」
「そうでござる」
鎧を着終えたブリキがやってきた。がっちゃんがっちゃんと廊下に金属音が響き渡る。
その音に、オキナが顔をのぞかせる。
「なんじゃ、行ってくるのか?」
「オキナは行かんのか?」
「わしはいいわい。別にさして他のプレイヤーとかかわる必要性も感じておらんしな。何か大事なことがあったら、また教えてくれ」
「了解っと。じゃあ行ってくるわ」
「うむ。気を付けての」
玄関の扉を開くと、七月の陽ざしが正面から差し込む。
じめじめしていない、カラッとした暑さ。それでも暑いものは暑い。
一昨日、“ボス”ダンジョン内にて告知されたプレイヤーの集会。開催地はクランタウンの中央広場ということだったが、あそこまでは少し覚悟が必要な距離だ。片道一時間弱と言ったところだろうか。
クランタウンは少々、広すぎやしませんかね。少しだけ嫌になってきた。
まあでも、情報交換には興味がある。仕方がない、ぼちぼち行きますかね。
俺達はのんびりとした足取りで、クランハウスの門を出た。
*
石畳に照り返る日差し。途中屋台で冷たいものをつまみながら歩けたのは幸いだったと言えるだろう。それがなかったらおそらく、俺は途中で向かうのを断念していた。いや、俺よりも先に鎧を着こんだブリキが断念していたか。兜を代わりに持ってみたが、やけどするんじゃないかと思うほど熱かった。きっと今頃、あの中には汗にまみれた地獄のような天国が広がっているに違いない。俺のフェチズムがさっきから反応しっぱなしだ。
閑話休題。
そしてようやく、予想通りの長い道のりの末、目的地に到着する。
クランタウン中央広場。そこには中心に大きな噴水があり、一角にはオープンカフェにあるようなパラソル付きの六人掛け丸テーブルが大量に並ぶ。俺達もそこを目指し、広場を横断する。
一見したところ、非常に穏やかな風景。
……しかし感じる。
ブリキは先程までの暑さにだれた様子を吹き飛ばし、兜までかぶった完全武装状態で俺たちのやや前方をキープしている。ニンゾーは変わらず隣を歩くが、左手では『柳』を探っていた。
警戒態勢。びりびりと肌を刺すような緊張感。全部で十五ほどの丸テーブル。そのほとんどの席が埋まっている。
それだけの数の英雄たち。
視覚化できそうなほど濃密な強者の気配。
近づくと視線がこちらに集まる。暑さとは別の理由で汗が噴き出した。なるほど、ボスダンジョンとは違い、ここでは一人一人が実力を探るべき相手。俺達もまた警戒される対象なのだ。ソーニャはこれほどのプレッシャーに一人で受けていたのか。昨日の駄々っ子のような様子からは想像できないほど、肝が据わっている。
「鈍くないプレイヤーもいるんだな」
誰かが俺に声をかける。声の方を見やると、それは先日ソーニャと戦っていた“獰猛な天才 沖倉一”だった。告知があった時にはすでにダンジョンを出ていたはずだが、同じクランの人間に聞いたのかもしれない。肉食獣のような笑みを浮かべながら、テーブルに立てかけた刀を撫でる。
俺はあいさつ代わりに無言で軽く手をあげながら、空いているテーブルへと向かった。
すでにプレイヤー同士で談笑している奴等もいるが、よくそんなにのんきでいられるものだと心の底から羨ましく思う。この空気がわからんのかよ。
「鎧、着てきて正解でしたね」
「拙者もついてきてよかったでござる」
「……確かに。俺一人だったら怖くてちびりながら気絶してたぜ」
「冗談を言う余裕があるとは、さすが主殿でござるな」
「いや、冗談じゃなく割とまじで」
俺もそうだが、一人のプレイヤーに対してキャラクター一人とは限らない。
多くの者が一人だが、二人、三人、中には四人連れている奴もいる。
その人数が示すのは、一体どういうことなのか。
俺はその四人連れている奴を見た。眼鏡をかけて痩せている賢そうな男、年のほどは俺より少し下だろうか。高校生か、それとも大学一回生か、とにかくそれくらい。
そいつは誰とも話さずに仏頂面で周囲を観察していた。
いわゆるインテリという奴なのだろうか。っと、俺の興味の対象はそちらではない。
そいつと同じテーブルについている少女、俺はそちらに視線をずらす。
大陸の将軍をモデルにした“大陸シリーズ”の一人。
“不屈の将 リン・ハオユ”。
ニンゾー最強テンプレパーティの一角。俺がぜひ仲間にしたかった英雄の一人。不躾とは理解しながらも、つい観察してしまう。
暗い茶系統の長い髪を後ろで一つにまとめていて、その毛先をくるくると指に巻き付けている。傍らには身長と変わらないほどの長さの槍、いや矛か? が布を巻いた状態で立てかけられていた。
パーティに加えたい、その気持ちは今でも変わっていない。せめてあいつがいてくれたら、打倒ソーニャも夢じゃない……かもしれない。可能性が0%から1%になるだけだろうが、少なくとも絶対不可能ではなくなる、はず。
自信はない。というかパーティの平均レベルが四十にも届いていないような段階で“ボス”に挑むことがそもそも無謀なのだ。自殺行為、でもやはり、せっかくなら一度くらいは戦ってみたい。
あのプレイヤーに共闘を提案してみようか? そんなことを考えながら、しかし今はとりあえずテーブルにつく。そこでリン・ハオユがこちらを見た。
目と目が合う。黒色の透き通った瞳。ニンゾーが俺の袖を引っ張った。
「主殿、あの者が気になるんでござるか?」
「ん? ああ、前言ってたろ。仲間にしたい奴。あいつがその一人だ」
「……なるほど。そう言うことでござったか」
「どういうことだと思ったんだよ」
「またお得意の助平かと」
「そんな余裕ねえよ」
……確かに、スリットの入った衣装から覗く生足は魅力的だが。
いや、改めて見るとみんな足長いな。キャラクターってすげえ。ニンゾーも一見小柄だが、バランス的には長足に分類されるだろう。
……俺もこれくらい足が長けりゃなあ。
「ちょいといいか?」
そんなくだらないことを考えて気を紛らわせていると、一人の男が俺達の座るテーブルに近づいて来た。丁寧にもこちらを窺っているようなので、空いている席を勧めると頭を下げて座る。
朱色の髪の、笑顔が爽やかな男だった。
「いきなりすまねえ。ただあんたの雰囲気、どうもプレイヤーにしてはイカしてたんでな。思わず声をかけちまった」
「そりゃ光栄、プレイヤーのハトリだ」
「これまた失礼、先に名乗らせちまったな。俺はトーラスだ。まあ、プレイヤーなら知ってるかもしれんが」
“夜空の猛牛 トーラス”。
ニンゾーが以前戦ったというオフューカスと同じ“星座シリーズ”の一人で、防御力が秀でているにも関わらずスピードが速いという一風変わったキャラクター。
ごつごつした筋肉質な肉体と爽やかな笑顔は、なるほど、その特徴を体現しているようにも思える。
「お、おいトーラス、何を勝手に……」
「まあいいじゃねえか、話くらい。あ、ハトリの都合が悪くなければだが」
「俺はかまわんさ。それで、何か用事か?」
トーラスのパートナーが困ったような顔をしている。
しかしトーラスはそんなことはお構いなしで、にこにこと笑う。
「実はちょいとあんたに興味がわいてな。集会の後でいいから、俺と手合せしてくれないか?」
その発言に、周囲がざわつく。
突然だな。俺は少し考える。
「手合せってことは殺し合いじゃないんだな?」
「当り前さ、そんなことして楽しいか?」
へえ、と俺もニンゾーも、それにブリキも感心する。
どうも最近物騒な奴等としか会っていなかったせいか、こういうのは珍しい。
俺の頬は自然に緩んでいた。
「意見が合いそうだな」
「そりゃよかった」
「俺は別に構わんけど、こっちの二人じゃなくていいのか? 俺、プレイヤーだけど」
「それがいいのさ。プレイヤーなのに強そう、おもしろいじゃないか。もちろん条件を平等にするために俺はスキルを使わねえ。なあ、どうだ?」
俺はニンゾーとブリキを窺う。
「別にいいのではござらんか? それに拙者も主殿の戦いが見てみたいでござる」
「危なくない程度なら、まあ……武器なし、降参ありとかでどうでしょう」
「うし。じゃあその条件で、乗った」
「おお! ありがとよ、いやあ、この退屈そうな集まりにも楽しみができた。じゃあ、後でな」
握手を交わし、来たとき同様、トーラスは爽やかに去って行った。
俺も少しだけこの後が楽しみになる。
「主殿も意外と好戦的でござるな」
「試合だからいいのさ。勝っても次は負けるかもしれない、負けても今度は勝てるかもしれない、そして何より、自分がもっと強くなれるかもしれない。そいつはすごく……楽しいことだろ?」
「……同意でござるな」
ニンゾーもわずかに笑っていた。
服部忍三は今も昔も、ゲームが大好きだ。
*
それから少し時間が経ち、そろそろ二時、約束の時間になろうとしていた。
俺の後にも数名のプレイヤー、キャラクターが加わって広場の中はほぼ満員といった様子。
プレイヤー同士の話す声は人数とともに大きくなり、その内容も聞こえてくる。
一番多かった声は、“ソーニャをどうやって倒すか”というものだった。そういうのを聞くと、すでにこの世界に順応したプレイヤーが多いのだなと思わせられる。
しかし一方でやはり、どうやって元の世界へ帰るか、という声も聞こえる。
割合としては八対二といったくらいか。
意外と帰りたいという奴が少ない。
そういうもんなのか。まあもとよりここにいるのは、タップ&ブレイバーズが好きで好きで仕方がないような連中なのだ。そういう思考も、ある意味では自然なのかもしれない。
ふむ、それにしても、俺も誰かに話しかけに行くべきか。周りを見つつ少し考える。時間的な余裕はあまりない。が、とりあえず一言二言あいさつだけでもしておいて、集会後にまた改めて情報交換をするという方が賢い、そうスマートな気がする。
……不肖、私、服部忍三、わずかにコミュ障のケがあって自分から話しかけるのは苦手なんですがね。しかし甘えは禁物、いざ参らん。
と、覚悟を決めて腰を浮かせかけた時だった。
「あらぁ、ずいぶんたくさんの人間がいるのねぇ?」
ぴたりと、俺は体を動かせなくなる。
そのしなを作った声に、全身が粟立つ。
いや、声に聞き覚えがあるわけではない。正真正銘、はじめて聞く声だ。しかし、その声が孕む邪悪な気配には覚えがあった。
俺を含めすべてのプレイヤー、キャラクターが声の方を見る。
「っていうかぁ、集会ってお外でやるのぉ? もう、私たちは太陽の光が苦手なんだからぁ、そういうところにも気を聞かせて欲しかったわぁ。まぁ、可愛い男の子もたくさんいるし、今回は許してあげるけどぉ」
周囲には若い燕を侍らせ、そのうちの一人に日傘を持たせている。
日傘の下でかきあげる髪は、ウェーブがかった濃緑。そして何より目立つのは――頭の上に伸びる、“黒いねじれた角”。
ニンゾーがテーブルの下で、ぎゅうっと拳を握った。
広場をゆっくりと覆う、どろりとした悪意。
他の英雄たちも皆、一様にその女の方をにらみつけていた。しかし女は気にもせず、傍らの少年の尻を撫でる。
少年の瞳は死んでいた。真の意味での廃人のごとく、ただ日傘を持つ機械のように無言でまっすぐ立ち尽くす。女は恍惚とした顔でひとしきり少年を撫でた後、思い出したようにこちらを見た。
「あら、ごめんなさいねぇ。どうぞ、お話を続けてて?」
――“恐怖と支配の悪魔 アスタロット”。
赤い悪魔、ベリオルの姉。奴と同系統のスキル、強力な防御力デバフを使うキャラクター。そいつは端の方の余っていた席に座り、隣に少年をかしずかせた。
俺は椅子に座りなおす。そして細く呼吸をした。
たった一人。
たった一人増えただけで、場を覆っていた緊張感が跳ね上がる。
気が付くと口がからからに乾いていた。
相変わらず“悪魔シリーズ”の化け物感と来たら、この上ない。
無意識のうちに左脇腹をさすってしまう。ここの傷はすでに消えたはずなのに。
広場はしんと静まり返る。
さっきまでの雑談が再開される様子はない。
さすがのプレイヤーでも、この邪悪には本能が警鐘を鳴らしているのだろう。
誰もが、そいつから視線を外せなくなる。
静まり返った俺達の上を時計の鐘の音が通る。二時になったのだ。
その音に合わせて、再びちらほらと雑談が再開される。
一人が立ち上がった。
「ええ、では二時になりましたので、ここに、『第一回プレイヤー大会』の開催を宣言させていただきます」
直前にとんでもない化け物が滑り込んできたが、予定通りプレイヤーたちの集会『プレイヤー大会』は開会された。
*
「ではまず遅ればせながら自己紹介のほどを。私、プレイヤーのキノと申します」
発案者、キノはそう言いながらお辞儀をする。
よく通る低音という声質のためだろうか、それともどこから調達したのかスーツを着ているからだろうか。キノからは“仕事の出来る男”、という印象を受ける。
真っ先に連想した職業は社長秘書であった。
改めて見ると、第一印象とは大きく異なる。あの時は大声を出していたせいもあるだろうが、どこか熱血的なイメージだった。しかし、今はむしろ冷静沈着という言葉を当てはめたいほど落ち着いていて頭がキレそう。
ほとんどの奴がアスタロットを気にかけているにも関わらず、この男だけは淡々と話を進めていく。
「ではまず、皆さんのことを知るためにも、一人ずつ自己紹介をお願いできますでしょうか。今後のスムーズな意見交換のためにも、お互いの名前がわかっていた方がいいと思いますので」
そう言って一番端の少年に促す。そいつはやや緊張した面持ちで立ち上がった。
「どうも、プレイヤーのタダシです。えっと……きょ、今日はよろしくお願いします!」
どこかで見たことがある、と思ったら先日“赤いクマさん”のクランハウス跡にいた少年だった。今日も周りにキャラクターは、いない。プレイヤー一人での参加。
タダシ少年は名前だけ言って、座る。
以降のプレイヤーも順番に、同じように名前だけ告げて座る。俺の番が来た。
静かに立ち上がる。
「プレイヤーのハトリです。よろしくお願いします」
自己紹介は無難が一番。出る杭は打たれる。俺も前に倣って名前だけ言った。
ニンゾーたちは挨拶をしない。今回はあくまで“プレイヤーの”集会だからか、他のキャラクター達も自己紹介はしていない。
次のプレイヤーへ無事にバトンを渡したことで俺は息をつく。
こういう大人数の前は慣れない。
と、俺は視線を感じて顔を上げる。
リン・ハオユだった。こちらをまっすぐ、先程と変わらない黒い瞳で見る。
はて、俺はそこまで目立っていただろうか? いや、トーラスとのやりとりがあるので少しだけ他より目立ってしまった節はあるけれど。
でもアスタロットほどではないだろう。
最後、アスタロットの順番になったが、プレイヤーではなくキャラクターのアスタロット本人が立ち上がる。そもそもあいつの周りの少年たちの誰かがプレイヤーなのか? 容姿からはそうは思えないが……
「アスタロットよぉ」
同じように、一言だけだった。
ぐるりと反応を見て、満足げに座る。
全員の自己紹介が終わった。そういえばNPCらしき三人衆はいないんだな、と出席者を改めて確認する。
あいつらは来なかったのか。
「ありがとうございます。では、一通り自己紹介も終わったところで、なにか議題を決めて意見交換へと移りたいのですが……いかんせん第一回ですので、ここは僭越ながら、発案者の私の方から議題の提案をさせていただきたいと思います」
議題。プレイヤーたちの注目が、キノに集まる。
「皆さんはこのクランタウンについて、どのような感想を抱かれているでしょうか?」
語り掛けるような口調。
キノは手を広げ、周囲の街並みを示す。自然と俺達は街並みの方へと視線を移した。
穏やかな風景だ。少し古めかしい、静かな、石畳のきれいな街。
現在はイベントが行われているため人の動きをみられるが、普段はほとんど人通りのない過疎化した街。広さに対してプレイヤーの数が少なすぎる、空洞の街。
「まるで我々のために作られた街のようだ、とは感じませんでしたか?」
数人が頷く。俺も頷いた。
そうだ。ここの店で取り扱っている商品はあまりにも現代的過ぎる。
それは俺達に合わせて揃えられたのだと、思わず言ってしまいそうになるほど。
「しかし勘違いしないでいただきたいのは、このクランタウンは決して私たち“だけ”のものではない、ということです。……皆さんは、プレイヤーの中に強盗行為を行う人間がいるということをご存知でしょうか?」
強盗行為?
プレイヤーたちが顔を見合わせる。
キノは苦い顔をした。
「信じられないことかもしれませんが、事実なのです。彼らはキャラクターと協力し店のものを奪い去り、時には店員の女性に不埒を働くこともあると言います」
どこかで舌打ちが聞こえた。
女性キャラクターの多くが不快に顔をゆがめる。
キノは続ける。
「しかし、彼らは裁かれない。この街はまだ社会として機能していないのです。悪が横行し、真の意味ではない、間違った自由が約束されてしまっている。一部のモラルなき人々にとっては都合がいいかもしれませんが、ここにいらっしゃるような善良な方々にとっては害でしかありません。さて、少し回りくどくなってしまいましたが、これが私から提案する議題です」
キノは一度、そこで言葉をためる。
もう一度プレイヤーたちを見回し、それから議題を口にする。
「この街に、警察機関を作るべきではありませんか?」