初心者の壁でござる
イベント二日目の朝。
その日も昨日と同じように家に“英雄証”が届いていた。俺はさっと戸の間から抜き取り、広げてみる。相変わらず凝ったデザインだ。
ほんとになんなんだろうか、これ。
コンティニュー、ガチャ、どちらの使い方もこの世界ではできそうにない。使いみちのないただの紙切れ。他人への譲渡が出来ないなんてシステムをわざわざ適用しているくらいだし、まったく意味がないものとは考えにくいんだが……。
「ううむ……」
「朝から何を唸っているでござるか」
「いや、これの使い道はないかな、とな」
「ちり紙」
「阿呆か」
ニンゾーに相談する気は端からない。やはり相談するならザコネが一番か。
しかしまあ、今日のところは予定がある。そちらを消化してから話を聞きに行ってもいいだろう。ニンゾーに遅れて、ブリキが小さくあくびをしながら階段を下りてきた。
「おふぁようございます~」
「おう、おはよう」
「ブリキは相変わらず朝に弱いでござるな」
「だってまだ五時じゃないですか。早すぎますよぅ」
「何を言ってるでござるか。これから顔を洗い、服を着替え、武器の整備をすませたらちょうど朝飯にもってこいの時間でござるよ」
そう言いながらニンゾーが手拭いを渡す。ブリキは顔を洗いに裏の井戸へと向かった。
さて、俺は英雄証をわきに置いて、本来の作業の方に戻る。
『鳳仙花』のメンテナンスだ。と言ってもこれは割と単純な構造なので、そこまで難しいことはない。前世で慣れていた作業を淡々とこなすだけ。
俺の背中側ではニンゾーが『柳』を取り出して刃の様子を確かめている。
「主殿、今日はとうとう第二十のダンジョンでござるな」
「ん? そうだなあ」
ニンゾーが『柳』を鞘にしまってから俺の背中に体重を預けてくる。
対抗して後ろにもたれかかると、あっさりとつぶれた。こいつ軽すぎるだろ。
「重いでござる……」
「第二十のダンジョンはなんていうか、登竜門みたいなダンジョンなんだよな。初心者の壁というか、最初にひっかかるポイントというか」
「語りだす前に解放して欲しいでござる」
「挑戦する前に注意するところを言うつもりだが、よく聞いておけよ? あそこの敵が使うスキルはちょっとばかし俺達とは相性が悪い」
「……うげえ」
やばい、体重をかけすぎたか。
俺はちょっと体を起こす。と、見せかけてもう一度プレス。情け容赦無用。
お?
ニンゾーはすばやく俺の下から抜け出していた。押しつぶすつもりだった俺はそのままあおむけに倒れてしまう。
見上げればそこにあるのはニンゾーのしたり顔。むむ、こいつ。
「何やってるんですかお二人とも……」
そのまま取っ組み合いに発展しかけたところでブリキが帰ってくる。
「仕方がない、ここは一時休戦だな」
「ふむ、怖気づいただけではござらんか?」
「ほらほら、早くご飯を食べに行きましょうよ。今日の朝のお味噌汁の具は何でしょうかね。私はおあげがいいです」
「「そこは大根だろ」でござろう」
「はいはい。お二人は本当に大根が好きですね。似た者同士というか、なんというか」
ブリキがくすくすと笑う。
俺達はそのままいつもの通りの流れで食事処へと向かった。
*
「ナスというのは、ずず……、不意打ちだったな」
「確かに。そして見事にしてやられたでござるな。これはうまい」
「夏のお野菜ですし、時期的にもいいですね」
俺は具のナスをそっと箸でつまみ、口の中へと運ぶ。
汁がよく染みているから噛むたびにうまみがあふれてくる。何ともやさしい味だ。
そして小鉢に添えられているきんぴらがまた。
いつもより味噌汁の味付けが薄めなのでなかなかバランスがいい。
うむ。今日も頑張れそうだ。
「それで主殿、ダンジョンで気を付けることとはなんでござるか?」
「ああ、そうだったそうだった。今日のダンジョンには今までにない敵が出てきてな」
「今までにない敵、ですか?」
俺は頷く。
第十までのダンジョンは敵がスキルを使わない、そのためレアキャラクターを連れて攻撃し続けるだけで勝てる。
第十一以降は敵もスキルを使ってくる。しかしこれも第十九のダンジョンまでは対処しきれなくても致命傷にはならない。あくまで相手がスキルを使いこちらの妨害をしてくる、そんな可能性をプレイヤーに提示するだけだ。
だが第二十のダンジョンは違う。あそこは第十九までのダンジョンを基礎に、よりゲーム性を高めたいわば初心者の卒業試験のようなもの。
負けるスリルを初めて味わう場所だ。
「まず一番注意しなくちゃいけないのは“反射ヤドカリ”だ。こいつはくらった攻撃を威力を増幅させて反射するっていう厄介なスキルを持ってる。こいつがまず、攻撃力の高く防御力の低いニンゾーには脅威だ」
「拙者が反射してくる拙者自身の攻撃を耐えられない、といことでござるな。対抗策はないんでござるか?」
「なあに、簡単だ。一撃で倒せばいいって話よ」
「ふむ。なるほど」
こいつ単体では怖くない。厄介と言っても所詮はザコモンスター。
普段のニンゾーなら何の問題もなく一撃で屠ることが出来る。
しかし。
「しかしこいつが“ウィーキニング・ジェリー”ってクラゲのモンスターと一緒に出てくるんだ。これがまずい。こいつは名前の通り弱体化、攻撃力デバフを使ってきて、これを食らった状態だと反射ヤドカリを一撃で倒せなくなる」
「攻撃力を下げられ、一撃耐えられて反射される。確かに嫌な連携でござる」
「その反射攻撃は私では防げないんですか?」
ブリキがそう尋ねた。
いつもの戦法なら防御はすべてブリキに任せている。
「いや、この攻撃は反射だからな。いかんせん、こっちが接触してるときに発動するから対応が難しいだろう」
「いえ、そうではなくスキルを使うんですよ。“絶対防御”で展開される光の盾をこう、反射攻撃が起きる時に割り込ませてですね」
「……なるほど」
それは盲点だったかもしれない。
ゲーム時代には反射攻撃は防御不可能だったので、考えてもみなかった。でも確かに、そう言われると出来そうでもある。
「いざという時には試してみるのも悪くないかもな……」
「しかし登竜門と聞いていた割にはたいしたことなさそうでござるな。こうして事前に情報を聞いて注意していたら問題ないでござる」
ニンゾーが茶をすすりながらそんなことを言う。
甘い、甘いぞニンゾーよ。
「今俺が言ったのはあくまで、第二十で初めて出現する敵のことだ。これまでに出現した敵たちも当然出てくるし、スキルだってしかりだ。バインド、スキルロックもあるから気を抜くなよ」
「りょうかいでござるー」
「はい、任せてください!」
ニンゾーはちょっと緩みすぎだな。たしかに今までのダンジョンは余裕だった。だが、その意識では今の内は良くても第三十以降のダンジョンでかなり危ない……。
……少し痛い目を見た方がいいかもしれない。
実はまだほかにも助言すべきことはある。
だけど俺はあえて黙っておくことにする。
多分、こういうことができるのはここが最後だ。これ以上進んでからだと手を抜けば死ぬ可能性もある。ある程度なら安全に失敗できる、この第二十のダンジョンが最適。
……でもそれはわざと仲間を危険にさらすってことだ。本当にいいのか?
自問する。それでもやっぱり……。
「ふう、ごちそうさまでござる」
「ごちそうさまでした」
朝食を終える。俺もごちそうさまと手を合わせ、それから店員さんにコインを渡す。
「よし、じゃあ行くか」
俺は結局、それ以上の助言をしなかった。
*
第二十のダンジョン――“安息のホワイトコースト”。ここは水のダンジョンだ。
太陽の日を反射する真っ白な美しい砂浜。鼻孔をくすぐる潮の香りが何とも言えない。波が穏やかに寄せては返すその様子を見ていると、もう少し暑くなってきたら海水浴に来るのもいいかも、なんて思ってしまう。
おっと、そうは言ってもここはダンジョン。俺は前方を見据える。
転送されてきたところからも遠くにちらほらと反射ヤドカリの姿を確認することが出来た。また、ファンタジックにも空中をふわりふわりとクラゲやイカが漂っている。
「ではさっさと終わらせてしまうでござるよ」
ニンゾーはいつも通り、『柳』を抜いて構える。ブリキもそれに続いて盾を構える。
俺も右手に刀を、左手に『鳳仙花』を構える。
俺達は駆け出した。
まず襲ってきたのはイカ、“バンデージスクイード”だった。
こいつの特徴は何といってもこちらの行動を阻害するバインド攻撃。
三匹ほどがこちらに突撃してくる。水の代わりに空気を蹴る触手。それを目前で体を反転させることで前に出し、俺達の体へ絡めてこようとする。
ブリキが前へ出た。
盾を構えそこで触手を受ける。そしてそのまま、イカ本体もろとも盾で地面へ押し付ける。
一匹の動きを封じた。
だがそれは同時に、ブリキは盾を使えなくなる。残りの二匹はそれを好機と見たのか、ブリキ一人に狙いを定めて集中して攻撃を始める。
鎧の表面にまとわりつく触手。
だがそれっぽっちの攻撃力じゃあ、ブリキの防御は突破できない。
左右の腕にまとわりつく触手を俺とニンゾーで断ち切る。
そして空中へ再び逃げようとしたところを手裏剣で落とす。
ニンゾーは棒手裏剣、俺は十字手裏剣。
二匹のイカは光の粒となって消えた。
それを確認してからブリキは抑え込んでいた一匹を解放する。
こちらはニンゾーが簡単に仕留める。
ふう。ここまでは順調っと。
「やはり、足元が砂浜というのは戦いにくいでござるな」
ニンゾーが砂浜の白い砂を蹴る。
実は第十五のダンジョンも砂浜のダンジョンで、バンデージスクイードとはすでにそこで一度戦ったことがあった。だからここまでスムーズに対応できたわけだ。
動けなくても問題ないブリキがバインド攻撃を引きつけ、攻撃力の高い俺達が一匹ずつ倒していく。
さて、俺達はさらに先へと進む。
耳を澄ませば、聞こえてくるのはカモメの鳴き声。
「……来るぞ」
ニンゾーが手裏剣を上空に投げる。第一投は……躱されたか。
“ロックシーグル”。
一定時間スキルの使用を封じる、スキルロックと言われる系統の技を巧みに使うカモメのモンスター。ただこいつ自体の攻撃力は著しく低い。イカよりもさらに下、この例えはあまりよくない気がするが、タヌ吉と同じくらい弱い。
ごめんよタヌ吉。でもお前のステータス、すげえ低いんだ。
手裏剣を投げられてお冠なロックシーグルが急降下の後、一際甲高い声で鳴く。
その声に、ニンゾーとブリキが異常を報告する。
「スキル、ロックされました!」
「拙者もでござる」
こいつの厄介なところはスキルロックを回避しにくいってことなんだよな。
耳を完全にふさげば大丈夫らしいが、それをする方が面倒だ。
どうせ俺達はめったにスキルなんて使わない。
ロックシーグルに続き、どこからかバンデージスクイードも湧いてくる。
「ふん、面倒でござる!」
ニンゾーは攻撃力の低いロックシーグルではなく、まずはバンデージスクイードの方へ飛びかかる。数はさっきから一匹減って二匹だけ。ロックシーグル一匹がいるので総数としては変わらないが。
さっそく一匹、ニンゾーが『柳』で引き裂いた。一撃粉砕である。
「ニンゾー、前に出すぎだぞ」
「申し訳ないでござる」
指示を聞くだけの冷静さは欠かしていない。当然だ。それくらい当たり前にしてもらわないと、俺が恥ずかしい。
なんてったって俺らは英雄なんだから。
「カモメ、来ます!」
「俺がやる! ニンゾーはイカを!」
「了解でござる!」
ロックシーグルがブリキの方めがけて突っ込んでくる。
それに応じようと盾を構えると、当然だがそのまま衝突するなんて間抜けを避けるために高度を再び上げる。そしてブリキの上を飛び越そうとした時、俺は駆けた。
ブリキの肩を蹴る。上空のカモメめがけて刀を振る。
もう少しで届きそうで……ロックシーグルは羽ばたきさらに上空へと逃げた。
逃がすかよ。
俺は左手で鞘を抜く。
『鳳仙花』、俺の愛銃。そいつをカモメの腹に狙いを定め、握りこんだ。
銃声が響く。弾丸は見事にカモメを貫き、光の粒へと変えた。
一丁あがりっと。
俺は静かに砂浜の上へ着地する。ニンゾーの方はすでに片が付いていた。
「やはり主殿は見事でござるな。スキルなしの条件ならキャラクターにも負けないのではござらんか?」
「おうおう、あんまり褒めるなよ」
「いえ、ほんとにすごいですよ。肩を蹴られたときも衝撃が少なかったですし、着地もほとんど音がない……あれはどうやってるんですか? 私でも練習したらできるでしょうか」
「鎧を着たままじゃ無理」
「あ、ですよね……それによく考えたら使う機会もなさそうです」
ブリキはどっしりと壁になるのが役目だからな。
どっしりとか女の子に使っていい擬音じゃないけど。
俺達はモンスターが消えた後に残ったコインを拾いながら、ダンジョンをさらに進む。
*
そしてとうとう、件の反射ヤドカリとウィーキニング・ジェリーがいる地帯へと足を踏み入れた。
ゆっくりとした動きで歩くヤドカリだが、近くで見るとなかなかにでかい。背負った貝殻の形にもよるが、最高で俺の胸辺りまではある。クラゲの方もしかり、まさにモンスターといった風情だ。
「注意したことは覚えてるな? いいか、よく考えて行動しなくちゃ、最悪命にもかかわるからな」
これは少し誇張してある。実際は反射ヤドカリの反射攻撃も、防御力が低いニンゾーとはいえ数回程度なら受けても問題はない。
だがまあ、それくらいの気持ちで挑んでほしい。
ニンゾーとブリキは頷く。俺はニンゾーの方をじっと見る。
ブリキはいつだって慎重派だ。だから俺もあまり心配はしていない。だけどニンゾーは……何というか俺自身のことだからわかるが、少し調子に乗りやすいところがある。
と言っても、それで油断するほど落ちぶれてるとは言わない。
しかし、この世界には常識とかそう言う範疇を越える“スキル”というものが存在する。服部忍三の速度を三倍にまで高め、いかなる攻撃も通さなくなり、また個人の時をも止めかねない、そんな自然法則の埒外に存在する特殊な力。
それを見落とすんじゃないか。俺はそれが心配だった。油断ではなく想定外。
致命的なミスを犯す前に出来ればここで一度、その恐ろしさを体験してもらいたい。
「ニンゾー。今回はお前の思うようにやってみろ」
「? なぜ拙者が? 敵をよく知る主殿の指示を仰ぐべきではござらんか?」
「いつだって一緒とは限らんだろ。たまにはお前も考えないと馬鹿になるぞ」
「……拙者は別に言うほど馬鹿ではないでござるが」
ニンゾーはしかし、問題ないでござると言って先頭に出た。
俺はその小さな背中を見守る。
「敵勢、ヤドカリ一体、クラゲ二体、イカ二体の計五体。まずはこちらの動きを阻害するイカを撃破するでござる」
「了解です」
ブリキがまずはそれ以外、クラゲを足止めすべく前へ出る。
俺もニンゾーの指示に従いイカの方へと駆ける。
そこでまず、敵に動きがあった。
すべてのイカ、クラゲがぶつかりそうなほど近くに集合し始める。
そのためブリキは四匹のど真ん中に飛び込む形になり、敵を分断し各個撃破の流れは出来なくなった。
……実はこの動きには理由がある。バンデージスクイードには最も攻撃力の低い方から、ウィーキニング・ジェリーには逆に最も攻撃力が高い方から攻撃しようとする、という性質があるのだ。
そのためクラゲへ突っ込んだ最も攻撃力の低いブリキ、それを狙いイカが集まってきて、ああいう団子状態になったわけだ。
ブリキは盾でクラゲに牽制しつつも、イカにまとわりつかれている。
ニンゾーが少し焦ったのを感じた。
ニンゾーはすぐさま、ブリキの右腕のイカを引きはがしにかかる。
……それは駄目だ。
クラゲが動く。スキル“アタックダウン・小”。
分断できなかったからこそ、想定外のデバフをかけられてしまう。ニンゾーの攻撃力がわずかに下がる。しかしニンゾーはそれに気づきながらも、イカに向けた刀を止めない。まずはブリキに余裕を作るため、イカを引きはがす。そんなことを考えているんだろう。それはざくりとイカに突き刺さる。
いつもならその一撃でケリがついていた。
しかしそのイカは、光の粒にはなっていない。攻撃力ダウンが効いているのだ。
「くっ」
イカがブリキからニンゾーへ、標的を変える。
触手を伸ばし、その細い体にまとわりつく。
俺は反対側で、まずクラゲを倒し次にイカを引きはがしながら、冷静にその様子を見ていた。
仲間を裏切っているようで申し訳ない、とは思う。
だけどそれは今、学習すべきことなんだ。
ニンゾーは少し慌てていた。まとわりつかれているせいで視野が狭まっている。ブリキが声をかける。
「忍三先輩!」
「このっ!」
ニンゾーが行かめがけて『柳』を突き出す。
イカはそれを、ニンゾーを束縛から解放することでかわす。
標的を失ったニンゾーの『柳』は空を斬る――と思いきや、予想外のものに突き刺さった。
反射ヤドカリ。
二人の顔は同時に青ざめた。
「しまっ――“瞬し……」
「“絶対……」
二人ともスキルを使って回避しようと試みる。ニンゾーは“瞬身”で後方へ逃げようと、ブリキは“絶対防御”で割って入ろうと。その時。
鳴き声は空から響いた。甲高い、カモメの鳴き声。
ロックシーグルの“スキルロック”。
二人は眼を見開く。スキルが中断されたのだろう。反射ヤドカリの貝殻が、反射スキル発動のためか光を放つ。
「ダンジョンリタイア!」
*
一瞬後には、俺達はダンジョンポータルへと戻ってきていた。
ニンゾーは腕を体の前で交差させ、ブリキは少し泣きそうな顔をしていた。
……ぎりぎり間に合ったな。そっと胸をなでおろす。
俺はまず、二人に謝った。
「本当にすまん。ここまできれいにはまるとは思ってなかったが、俺はわざと、二人を危険にさらした」
二人はやっと状況を理解したのか、構えを解いて俺を見る。
「……油断してたでござる」
「いや、あれはしょうがない。前に言っただろ、スキルは集まれば強くなるって」
そう言ったのはのぞみたちの一件の最中。
覚えていたのだろう。ニンゾーもブリキも頷いた。
「バインドだけなら大丈夫、弱体化だけでも大丈夫、スキルロックだけでも大丈夫、反射も……デバフさえ受けていなければあの一撃で倒せていたはずなんだ。だけど今回はそれが重なって、ああいう結果になった」
「……主殿はわかってたんでござるな」
「……すまん。だけどここで一度、スキルの怖さを知っておいた方がいいと思ったんだ。ここから先、もっとヤバい奴らが山のようにいる。それに前みたいにキャラクターとトラブルになった時にも役立つ」
俺はニンゾーを見る。その瞳は真剣に、俺を見返していた。
「はあ……拙者はまんまと主殿に間抜けを演じさせられたというわけでござるか……。いやしかし確かに、動けず、一撃も軽くなり、スキルも使えないというのを体験した後だと、それを学ばせたかった主殿の気持ちもわからんでもないでござる」
「……すごく、怖かったです」
「……ごめんな。実は俺もひやっとしたんだ。リタイアが間に合ってよかった」
「くく、今日の主殿は謝りすぎでござるよ。いつものようにへらへらと……」
「さすがに仲間を危険な目に合わせてまではできんよ」
自分でやっておいていけしゃあしゃあと、と思われるかもしれない。
二人にもっと強くなってほしい、危険を回避できるようになってもらいたい。
そのために、二人に危険を体験させる。
矛盾しているだろうか。しかし多分、これが一番二人を強くしてくれると思うのだ。
俺の言葉に、ニンゾーとブリキは微笑む。
「そういうところは、すごくいいと思うでござるよ」
「大丈夫です。ハトリさんの気持ちはちゃんとわかってますから」
ニンゾーはぐぐっと背伸びをした。
「じゃあ反省の証に、甘味の一つでも食べに連れて行ってもらうでござる」
「いいですね。まだクランタウンには屋台が並んでるでしょうし、今度は前とは別のお店を見に行ってみるのはどうでしょう?」
「おお、いい案でござるな。主殿」
「……おうよ。一つと言わずいくつでも、好きなだけ食べさせてやるよ」
「太っ腹でござるな。でもその前に」
ニンゾーが第二十のポータルの方を指さす。
「しっかりとケリをつけてから、でござるな」
その後、俺達は二度目のダンジョントライで第二十のダンジョンをクリアする。
通常ダンジョンの経験値は微々たるものなので、おそらくレベルの上昇はない。しかし確かに俺達は強くなった、そんな気がする。
俺達は今日、初心者の壁を越えた。