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『鳳仙花』

「僕を殺す? はは、ずいぶん威勢がいいね」


 ベリオルは凄惨な笑みを浮かべながら、俺達を見比べていた。

 初めて奴と目が合った時のように、どうしようもない恐怖に心が鷲掴みにされそうになる。

 俺はそれを勢いよく払いのけた。


「きみ、昼間にも来たよね? あの時はあわてて逃げ帰ったけどこの子の仲間だったの? あ、もしかして恋人だったり! だといいなあ、それなら君の両足をもいで壁に立てかけて、目の前でその子を嬲ってあげるよ。きみが血の流し過ぎでひゅーひゅー言ってる目の前でその子の……」

「黙れよ」


 手裏剣を投げる。

 だがそれはたやすくかわされてしまった。正面から投げるしかないのだから無理もない。軌道もどうしたって直線的になる。

 クソ、戦うにはこの部屋はいささか狭すぎる。悪魔ならそれらしく、ラスボスチックな玉座の間にでもいろっての。なんでちょっと広いだけの屋敷の一室にいんだよ。


 それならばいっそ。

 俺は奴の懐めがけて、『柳』を前に突き出し飛び込む。

 接近戦ならっ!


「あれ? もしかして……」


 ベリオルがのんきな声を上げる。

 俺はその喉元へと『柳』を突き立てようとして……しかし叶わない。

 まるで魂を吸い取られるかのような感覚。

 空気の抜けたアートバルーンみたいに、前へ出した足がぐにゃりと曲がってバランスを崩す。前傾姿勢になり落ちていく顔を迎えたのは、悪魔の膝蹴りだった。

 がつんと、脳が揺れた。


 体は吹き飛び、床を転がる。

 なんだ今のは。

 身体の力が根こそぎ取られるような感覚。

 まさかこれが“対価の強奪”? シャレにならん。

 想像の何倍も上。

 これじゃまるで糸の切れた操り人形だ。

 いや、しかし集中すれば起き上がることはできる。『柳』もかろうじて手放してはいない。

 体を起こそうと左手をつく。が、そこに力を入れる前に身体は上昇する。

 髪の毛をつかまれ、体が持ち上げられた。小柄なベリオルに、やすやすと。

 近くで見るとすげえ迫力だな、本物の悪魔ってやつはよ。頭に角、はえてんだもんな。


「やっぱり、きみってばプレイヤー? びっくりだなあ、プレイヤーってあれでしょ? 人間のキャラクターよりもさらに力のない、ゴミみたいな奴等でしょ? それが僕に盾つこうなんてとんだお笑い草だよ。それに」


 ベリオルは俺を放り投げた。その先には先程俺が投げて壁に刺さったままの手裏剣。

 慌てて身をよじるが、力が入らないせいで間に合わない。

 深々と、その刃が俺の背中に突き立った。


 ……いってえ。

 背中側がジワリと熱を持つ。


「この子、忍者っていうんだってね。プレイヤーから聞いたけどさ、カタナとか、クナイ? とかシュリケン? とかを使うんだって? きみがしてるのはさらにそれの真似事だろ? 忍者、『ごっこ』。ばかばかしい、僕のスキルで何もできなくなるじゃないか。ほら、ためしに投げてみなよ、手裏剣とやらをさ」


 御望みとあらば。

 俺は懐から手裏剣を二枚、取り出して投げる。狙うは奴の眉間。

 ……だが放った手裏剣は力なく落下し、からからと床を転がった。最後にはぱたんと横倒しになる。


「無力だね」


 ベリオルはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 まだだ、まだ、まだ……

 ……今だ!

 俺は力をため、目一杯『柳』を振るう。


「……だから無駄だって」


 刃は奴に到達する前に止まる。俺は眼を見開いた。

 片手、真剣白羽どり。

 漫画のような光景だった。ありえない、そんなことを現実にできるのなんているのかよ。俺がよくニンゾーから投げられる手裏剣をキャッチできるのはあれがあくまで冗談だからだ。モーションも大きく、そもそもじゃれあいで本気じゃないからこそ、そんな芸当が成り立つ。だけど今回はそうじゃねえだろ。正真正銘、本気も本気。殺すために刃を向けたのに。

だがベリオルは何の苦もないような表情でそれをやってのける。

 いや、違う。冷静さを欠くな。事実を曲解するな。これはこいつの力だけでやってるんじゃない。俺の方もまた、常より弱くなっているのだ。


 ――スキル“対価の強奪”、攻撃力80%の減少。


 水の中にいるように体は重く、また、鈍い。


「男の絶望する表情はさ、別に見てても楽しくないんだよね。なんていうかさ」


 奴が『柳』をつかんだまま手を引く。

 俺は必死の抵抗をするが、それは何の意味もなさない。『柳』は手の中からもぎ取られ、次の瞬間には視界がぶれた。

 奴が俺の頭を上から殴りつけたのだ。

 そう気づくのにも時間がかかった。

 顔面が床にたたきつけられる。瞼の辺りを切ったのか、赤色が視界に重なる。

 からん、と遠くの床を滑る音が聞こえる。奴が『柳』を投げ捨てたのだろうが、そちらを向く力すら今の俺には足りていない。

 駄目だ、“対価の強奪”の効果が俺の想像を圧倒的に上回っている。

 肺を膨らませるのすら億劫。

 心臓を動かすのすら苦痛。


「カタナとか、シュリケンとか、そう言うので僕に挑むのがそもそも間違いだったのさ。僕のスキルほど、万能な力はないと思うよ? 剣は振れない、弓は引けない、盾を構えてもこらえられず鎚はそもそも上がらない。きみは」


 鳩尾に奴のつま先が刺さる。

 酸っぱいものがこみあげてきた。


「……弱い」

「……言って、くれるじゃねえか……がっ!?」


 もう一度、体のど真ん中にいいのを食らってしまった。血の味は……しない。内蔵は大丈夫か。

 俺が呻いていると、ベリオルは興味を失ったかのように離れていく。その足が向く先は、当然……


「でもこれからすることの、いいスパイスになるかもね」

「そいつに……さわんなぁっ!」


 奴の手がニンゾーに伸びる。まだ膝に力が入らない。手元に『柳』はない。

 しかし、それでも俺は転がるように走り出す。そのまま体当たりをかまそうとして……やはり不発。間に割り進むことで何とか奴をニンゾーから離すことはできたが、俺は足を絡ませ盛大に鼻っ柱を床にぶつけ、鼻血が大放出。喉の方にも伝ってきて鉄の味がする。


「……もういいよ、君の出番は終わったんだから後はおとなしく客席で寝てろよ」


 倒れているとまた頭をつかまれる。

 ぐぐ、と左手で持ち上げられ、至近距離で金色の目とご対面。

 よく見るとその眼は単純な金色ではなく、ところどころ黒く濁っていた。


「僕はね、今から楽しいことをするの。わかるかい? 君はその観客としてとてもいい働きをしてくれそうだから殺さないだけ。図に乗るなよ下位生命体が」

「……へへ、だけどよ、そろそろ制限時間じゃねえの? 対価の強奪の制限時間は十ターン、つまり十分間だろ」

「……プレイヤーってホントにキモチワルイよね。なんでも知ってるんだから。いいよ、お望み通り、君をもっといじめてあげる。死なない程度に、でも動けないように」


 奴は何かを拾い上げた。

 それは服部忍三の愛刀『柳』だった。


「返すよ、これ」


 脇腹の辺りに、脳が認識を拒絶するような痛み。

 意識が飛びかける。だが、絶対に、絶対に飛ばしたりはしない。歯を食いしばり、懸命ににらみつけ、意識を保つ。しかしそれに必死で、奴が最初に行っていた希望通り俺の口からはひゅーひゅーと情けない息が漏れた。それに奴は満足そうに笑いながら、ぐりっと刃をねじる。

 ばたばたっと血が出た。


「主殿ッ!」


 ニンゾーの悲痛な声が聞こえる。

 かすれる目で見ると、ベリオルの顔はその声に恍惚と歪んでいた。その表情を見た瞬間、俺の中でより強い信念というか、意地というか、負けられないという思いが燃えた。燃え上がった。奴は目の前、片手で俺の頭をつかみながら、もう片方の手で腹に突き刺さった『柳』の柄を弄る。ぐりぐりと、そのたびに痛みが走るが、それだけだ。俺は両手ともにフリー。

 あいつは完全に勝ち誇っている。俺をプレイヤー風情と侮っている。

 激痛に顔をしかめる一方で、俺は胸の内で笑う。

 やっとだ。

 やっと来たのだ。


 奴は俺の“射程圏内”に入った。


 俺は袖からそれを出す。

 花の焼印の入った、木製の鞘。

 片手でそれを抜き放ち、奴の胸へと、まっすぐ、突きだして。


「まだそんなものを……だから無駄だよ忍者もど……き……」


 奴はそれを先程と同じように、『柳』から離した手でつかみ取った。

 片手、真剣白羽どり。

 だけど、そこへ突き出されていたのは刀身ではなく()()


 ベリオルの顔が初めて、驚愕で歪む。

 俺は笑った。


「……残念、今日の俺はエクソシストもどきだぜ」


 握りこむ。

 愛銃“鳳仙花”は特性の銀の弾丸を放ち、まっすぐ奴の胸を貫いた。


     *


 脇差()()“鳳仙花”。

 鞘にしまえば刀にしか見えない不意打ち用の仕込み銃。

 脇差鉄砲といいつつ、一般の脇差より短い、ちょうど『柳』と同じくらいの長さしかないそれは、使用時に大きな音が出るという欠点にさえ目をつぶれば、服部忍三の使った最強の武器である。


 現代において、忍者のイメージとはどうであろう。

 手裏剣やクナイを投げ、水蜘蛛で川を渡る? フィクション的には、影分身、変化の術、巨大なガマに乗るなどだろうか? フィクションの方はともかく、前者は間違ってはいない。俺は手裏剣もクナイも水蜘蛛も使ったことがあるし、鎖鎌、鉤、煙幕、まきびし、なんだって使った。

 だがそんな武器たちの中、現代ではあまり定着していない武器がある。


 銃だ。


 小さいものなら手のひらに収まる、現代の暗器としての銃、パームピストルの前段階とでも言うべき握り鉄砲から、刀に偽装し不意の一撃を放つ脇差鉄砲まで、その種類は様々。俺は握り鉄砲の射程の短さと命中の悪さ、それに何より威力が落ちることを嫌って、わずかでも銃身の長い脇差鉄砲を愛用していた。

 忍者グッズを売る外国人向けの土産屋で並ぶ商品はどんなものか。手裏剣のおもちゃであり、模造刀であり、頭巾などのコスプレだ。

 だから知らないのだ。忍者も銃を使うと。


 愛刀“柳”と愛銃“鳳仙花”。


 一般のイメージからはちとずれるかもしれないが、服部忍三は刀で斬り、銃で撃つ忍者だった。


 そしてそんな(はっとりにんぞう)が、今回のベリオル対策として、真っ先に鳳仙花を思いつくのは、ある意味では当然だったのかもしれない。


 バルバの話を聞いたとき、俺は最初、相手が長距離からの攻撃に弱いのだと思っていた。だから最も遠くから攻撃できるキャラクターである“狙い撃つ バルバ”が弱点となる。たとえばそのキャラクターの攻撃範囲が著しく狭かったり、スキルの効果範囲が制限されていたり。だとしたらクランハウスに引きこもられると厄介だなあ、なんて思っていた。

 だがそれは違った。バルバを苦手だった理由はその射程ではなく、使用する武器そのものだったのだ。

 ゲームから現実へと変わることで“攻撃力の低下”から“筋力の低下”へとその効果を変えたスキル“対価の強奪”は、引き金を引くだけで絶大な破壊力を持つ銃という武器に対応していなかったのだ。


 銃という武器の恐ろしいところは、扱う人間による差が小さいところだ。

 歴戦の戦士であれ、老人であれ、子供であれ、まっすぐ構えたまま引き金を引くことさえできれば、同じだけの厚さの鎧を突き抜け、同じ数の命を奪える。

 原因に対して結果の差が小さい。


 タップ&ブレイバーズの中で、イラストにはっきりと銃が描かれたキャラクターはバルバしかいない。きっとベリオルの奴も、そう聞いていたからこそ油断していたんだろう。バルバさえいなければ、自分は負けることがないと。


 残念だったな悪魔野郎。

 それは間違いだったと、今、目の前で証明されたぜ。


 頭をつかんでいた手が消え、俺の体が落下する。『柳』が突き出た方から倒れ込みそうになって、慌てて体重を背中側にかけた。どさ、と地面にぶつかる衝撃で腹が痛んだが、宙にきらきらと、悪魔だったものが消えていくのが見えてどうでもよくなった。

 スキルの効果が消えたからか、腹からも鼻からも瞼からも血がだくだくと出てるのに、体はさっきよりずいぶん楽になった気がした。あまり深く息を吸うと腹に響くので、ゆっくりと細く、息を吸って吐いた。

 そして周囲の様子を確かめる。部屋には俺とニンゾーだけ。ベリオルとの戦闘の途中から廊下にあった気配はいつの間にか消えていた。プレイヤーは逃げたのか、意気地なしめ。


 ずりずり。

 ニンゾーが這いながら近寄ってくる音が聞こえた。


「……あるじ、どの」

「くく、何だその声、泣きそうじゃねえか」


 らしくもない女の子座りで顔を覗きこむニンゾーの頭をなでる。相変わらずふわふわと細く柔らかい髪の毛が指の間を通った。しばらく撫でていようと思ったが、脇腹の痛みがそれを邪魔した。顔をしかめる。


「……つっ……すまんな、格好つけた割にボロボロだわ。情けねえ」

「……何を言うでござるか。主殿は十分、格好良かったでござるよ。すまし顔の敗北より、傷だらけの勝利の方がずっと、格好いいでござる」

「お前なら、そう言ってくれるって信じてたぜ」


 俺は改めて、ニンゾーを見る。

 目の周りはわずかに赤い。俺はそれを見て、心が苦しくなった。

 一体ベリオルに何をされたのか、それはわからない。だけど間違いなく、こいつにとって“嫌なこと”が起こってしまったのだと理解させられた。俺は間に合わなかった。それがひどく、悔しかった。


 ニンゾーは半分はだけたままの恰好で俺の腹部を必死に止血していた。幸い、柳は致命的な部分を避けて刺さっているため、見た目の割には危険でないだろう。ただ血の消費が激しい。輸血とか、出来ればいいんだが。そう言えば飲食店などが充実しているクランタウンだが、病院は見かけていない。

 さあ、どうなるんだか。まあ助かったらよし、助からんでも、ニンゾーを最悪から救えたと、前向きに考えましょうかね。

 死んでも俺は、元の世界へ帰るだけだし。

 だがそんな俺ののんきな内心を他所に、ニンゾーの顔は真剣だった。ゆっくりと俺を担ぎ、自分の服を正すのも忘れて歩き出す。


「主殿、少し我慢してほしいでござる」

「すまんね、助けに来たのに」

「拙者は確かに助かったでござるよ。これはそう、恩返しでござる。助かってもらわねば、恩を返し切る前にいなくなられては……さびしいでござるよ」

「……そうか、じゃあまあ、なんとか助かるように祈っとくわ」


 俺は大変残念なことに、助けに来た相手に担がれて帰路についた。

 足を引きずりながら、痛みを感じながら。

 頬を夜風に撫でられながら。



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