プロローグ
果てしなく広がる砂漠の大地。
赤く染まった空。
吹き荒れる風。
火星。
そのど真ん中で、超機械生命体のアストライアが巨大怪獣を相手に苦戦を強いられていた。
巨大怪獣の尾が唸りを上げる。
アストライアの巨体が吹き飛ばされ、砂丘を削りながら地面を滑る。
遠方。
巨大なクレーター。
さらにその奥では、何かの残骸が黒煙を上げていた。
『来るぞ!』
脳裏に響くアストライアの声。
アストライアは飛びかかってくる怪獣をなんとかかわし、必殺のヴァルシアブラストを撃ち放つ。
怪獣は光線をくらう。
ノーダメージ。
怪獣は遠方のクレーターを見つめる。
巨体が小刻みに震えた。
次の瞬間、低い唸り声を上げる。
そして逃げ出した。
「……?」
アストライアはクレーターに向かって歩く。
『妙だな』
アストライアの声が脳裏に入ってくる。
『あの怪獣は何かを恐れていた』
(やはり、こいつが原因か……)
その者は思い出す。
数日前。
火星の地下で研究員として働いていた青年は、研究室のモニターを睨みつけていた。
巨大なリング状の装置。
それが、今クレーターに転がっている残骸と同じものだった。
「また調整か……」
青年はため息を吐く。
「こんなもの研究したってろくなことにならない」
精神入替装置。
他者の精神と肉体を強制的に交換する禁忌の技術。
本来なら廃棄されるはずだった。
だが上層部は違った。
「軍事利用できる」
その一言で、研究は続行された。
——いや、研究などと呼べるものではない。
正確には、”研究をさせられていた“。
そんなある日、施設内に警報が鳴り響いた。
『警告。未確認生命反応を検知。侵入者確認』
「侵入者?」
研究員たちがざわめき、青年がモニターを見上げたその時。
天井を突き破り、一人の少女が降ってくる。
見慣れない顔。
「いたたた……着地失敗」
だが本人は妙に気楽そうだった。
「えーっと、ここどこ?」
「君は?」
と、青年が訊ねる。
「アリスです」
少女は何事もなかったかのように立ち上がる。
服についた砂埃を払い、辺りを見回した。
「研究所?」
「いや待て待て待て!」
研究員の一人が叫ぶ。
「なんで天井から降って来た!?」
「それ私も知りたい」
青年は額を押さえた。
(なんなんだこいつ……)
「ここ火星よね?」
「そうだけど」
「やっぱりか」
少女は腕を組む。
「座標ミスったなあ」
「座標?」
「うん」
少女はケロッと言う。
「地球行こうと思ったんだけど」
研究室沈黙。
「……は?」
静まり返る研究室に、顔を見合わせる研究員たち。
「地球だって?」
「おいおい、冗談だろ……」
少女は首を傾げた。
「え? 地球って有名じゃない?」
「そういう問題じゃない!」
研究員の一人が叫ぶ。
青年はため息を吐く。
(面倒なのが来た……)
その時だった。
少女の視線が部屋の奥に向く。
「ん?」
そこには巨大なリング状装置。
無数のケーブル。
青白く光る制御パネル。
「なにこれ?」
少女は迷いなく歩き出す。
「待て!」
青年は慌てて止める。
「近づくな!」
「なんで?」
「危険だからだ!」
「危険?」
少女は巨大装置を見上げた。
「これ何?」
青年は少し黙る。
「……精神入替装置だ」
数秒沈黙。
「精神……入替?」
少女が嫌な予感を覚えた、その瞬間——
警報。
『異常出力上昇。制御不能』
「え?」
「逃げろ!」
その瞬間だった。
少女は咄嗟にスティックを取り出す。
「まずっ……!」
床が激しく揺れる。
吹き飛ばされる研究員たち。
このままでは危険。
少女は反射的にスイッチを押した。
光。
白銀の巨人、アストライアが出現する。
「みんなを——!」
「え?」
装置が暴走した。
研究室が白い光に包まれる。
轟音。
視界が消える。
そして——。
火星。
アストライア。
クレーター。
「……頭が痛い」
激しい頭痛。
視界が揺れる。
脳の奥が焼けるように痛む。
『大丈夫か?』
脳裏に声が響いた。
『どうした? 戦闘中から様子がおかしいぞ』
(……戦闘?)
何を言っている。
自分はさっきまで研究室にいたはずだ。
精神入替装置。
暴走。
白い光。
そこまで思い出した瞬間。
(まさか……)
アストライアの視線がゆっくりと下へ向く。
「……え?」
そこにあったのは、人間とは思えない巨大な白銀の手だった。




