イラーリオ・ジェントーレの場合
読んでいただいてありがとうございます。
何だが書いているうちに、イラーリオとカメーリアのほのぼのした日常を書きたくなったので、次回よりタイトルとあらすじを大幅に変更いたします。よろしくお願いします。
爵位を継いで初めての夜会が春の宴になったイラーリオは、久しぶりに王宮に足を運んだ。
普段は領地で色々と忙しい身だ。
何せ、イラーリオの領地は有名な宝石鉱山があり、日々、宝石に関するあれやこれやで忙しいのだ。
イラーリオの両親は、爵位を息子に譲ると、のんびり夫婦で旅に出た。生きているうちに色々と見て回りたいのと、ついでにうちの宝石を売りつけてくるね、と軽い感じで息子に言って出かけて行った。
ちょっと羨ましそうな顔をしたら、お前も早く結婚して子供に爵位を譲るんだな、と笑って言われた。
早く結婚、と言われても、イラーリオに婚約者はいない。
そもそもジェントーレ家は、代々恋愛結婚ばかりだ。
その理由は、宝石鉱山を持つ伯爵家、という少々特殊な事情による。
珍しい宝石鉱山を領地に持つジェントーレ家は、間違いなくお金持ち。
領内で採掘、加工、細工など全ての工程が出来て、美しく出来上がった装飾品を売っている。
その売ったお金で領内の整備をして、職人を育成し、豊かな農地や他の産業も発展させている。
そんな家に嫁いでくる、もしくは婿入りしてくるのだから、性格がはっきりしていない幼い内から婚約を結んでしまうと、後々取り返しの付かないことになってしまう可能性もある。
宝石が好きなのはいいが、浪費家だったり珍しい宝石は全て自分の物にしないと気が済まないような人物では困るし、かといって全く興味がないのも困る。
妻ともなれば、新作の宝飾品を身に着けてご婦人方相手に上手く商売をしてもらわないといけないので、ある意味、見せびらかしが上手に出来る人がいい。
歴代の当主は上手いこと、自分の最良の相手を見つけてきた。
イラーリオも色々とこういう人がいいなという漠然とした思いはあったが、今のところ理想の女性に出会えていなかった。
「王宮、かぁ」
王宮は魑魅魍魎が住んでいて、イラーリオを狙う女性たちも多い。
爵位を継ぐ前だって、何度か狙われたことがある。
幸い、媚薬などの薬の耐性は付けてあるので今まで罠にかかったことはないが、警戒を怠るわけにはいかない。
イラーリオ自身は、両親みたいに恋愛結婚はちょっと無理かもしれないと思っていた。
今まで、女性にそういう意味で好意を持ったことがないし、友人たちの恋愛模様に憧れたこともない。
理想像はあるが、そんな女性に出会えるとは思ってもいない。
「イラーリオ様、王宮に行かれるのでしたら、王宮で働く侍女に気を付けてくださいね」
おっとり系の侍従がそんな忠告をくれたのは、王都に行く数日前だった。
「侍女?」
「はい。侍従仲間から聞いたのですが、王宮で働いている侍女には、嫁ぎ先を探している女性と真面目に働いている女性という二種類の女性がいるそうです。特に、多くの貴族と知り合える機会のある夜会などでは、嫁ぎ先を探している侍女が出ていることが多いそうですよ」
「へぇ、そうなのか」
「はい。違いはすぐに分かるそうです。真面目な侍女たちは、きっちり線引きして接してくるそうですから」
「あぁ、それならだいたいこっちを見る目と態度で分かりそうだな」
「王宮で働いているので、身元は確かです。なので、遊ぶとなると問題になることも多く、手を出すのならそれなりの覚悟が必要みたいですよ。もっとも、そんなことも分からず手を出す方もいるようですが」
おっとり系だが、よく聞くとちょっと毒を吐いている時もある侍従の言葉に、イラーリオは軽く肩をすくめた。
そんなことも理解出来ない男だと思われたくはない。
まぁ、学生時代の知人の中には、そういう人間に手を出しそうな者もいることはいる。その知人がどうなろうと、王都から離れた領地で生きているイラーリオには関係のない話だ。
ただ、絡まれたら面倒くさいな、と思いながら王都へ出てきて、国王への面会の予約を取ろうと思って王宮に来たら、すぐに見慣れた侍従が来てそのまま国王の執務室に放り込まれた。
「久しいな、イラーリオ」
「我らが太陽におかれましては」
「あぁ、そんな長ったらしい言葉はいらない。楽に話せ」
「……あっそ、では、久しぶり、ファウスト」
国王ファウストはイラーリオとは幼馴染で、公的な場でなければこうして気楽な口調で話す仲だ。
「先代の伯爵夫婦は元気か?」
「元気、元気。仲良く旅行に出かけたよ」
「そうか。お前はどうだ?疲れてないか?」
「まぁ、仕事は元々手伝ってたから別に困ることはない、けど、父がいない分、気を張っているから多少精神的には疲れたかな」
「責任者だからな」
「そうそう。俺は伯爵領だけだけど、お前は国全体の責任者だから大変だな」
「もう慣れた。お前もそのうち慣れて、力の抜き加減が分かるようになるさ」
「だといいなー」
こういう風に軽口を言える相手がいるというのは、精神的に楽だ。
……これからは、もうちょっと頻繁にここに顔を出そう。
土地を治めることの大変さが身に染みて分かるようになってきたので、友人として国王陛下の負担を少しでも軽く出来ればいいな。イラーリオに話をするだけでスッキリするのなら、いくらでも聞こう。
「珍しくお前が夜会に出るって聞いたから、急いで侍女の手配をしたんだ」
「侍女?あぁ、王宮の侍女には気を付けろって言われたな」
「気を付けるというか、彼女たちも嫁ぎ先を探すので必死なだけだよ。でも、今夜の宴には真面目に仕事をする侍女たちを手配しておいた」
「何で?別に夜会に出るのは俺だけじゃないだろ?」
それこそ、王都に滞在している多くの貴族が出るのだから、イラーリオが出るからといってわざわざ侍女の手配までする必要があるのかだろうか。
「お前は自分の価値をもっと知るべきだ」
「俺の価値?……あぁ、そっか。一緒に付いてくる領地の価値込みか」
「そうだ。言っただろう、嫁ぎ先を探すのに必死だって」
「宝石伯爵に食指は動きまくるか」
「その通りだ。その自覚はあって何よりだ」
宝石伯爵とは、ジェントーレ伯爵の呼び名だ。
そのまんまなのだが、何より分かりやすい。
イラーリオ個人は、商売をするのにこれ以上ない名前だと思って気に入っている。
たまーに、がんばって侮蔑で使おうとする人間もいるが、そんなお前等が身に着けている宝石はうちの宝石だから、それを全部捨ててから来いよ、と思ったり、たまに思い切って真綿に包みつつ言葉に出して言ってみたりしている。
「今夜の侍女たちは、そんな色目は使わない者たちばかりだから安心しろ」
「ありがと」
「まぁ、お前が結婚するのが一番、落ち着くんだけどな」
そう言う国王の婚約者は、隣国の王女だ。
まだあちらが学生なので、清く正しく文通をして、仲を深めている状態だ。
「だが、出席している令嬢たちの視線まではどうにもならんからな」
「令嬢たちの視線?」
最近、夜会には行っていないイラーリオは、そんなに令嬢たちの視線が怖いのだろうか?と思って首を傾げた。
「そうだ。覚悟しておけ」
「分かった」
分かった、と言ったけれど、実際の視線があんなにギラギラしたものだとは思わなかった。
そこはイラーリオの覚悟不足だった。
カメーリアに言われて、改めて思い知った。
「頼むから変なやつには引っかかるなよ」
「気を付けるよ」
ファウストは、イラーリオが理想とは真逆の人間に捕まるのは当然、嫌だった。
だからこそ忠告をしたのに、まさか有望侍女の方を王宮から引っこ抜かれることになるとは思ってもいなかったのだった。




