春の夜の宴にて・後編
読んでいただいてありがとうございます。風邪と花粉でしんどいです……。
イラーリオは、カメーリアを見てにっこりと笑った。
「君、見事に何も言わなかったね」
「先ほどは、石と化しておりました」
「素直に言うんだね」
「誤魔化す必要はございませんので。むしろ、石を巻き込まないでくださいませ」
「あはははは、綺麗な石ってついつい手に入れたくならない?」
「ご領地にいくらでもあるのでは?」
「あれ?俺のこと知ってるんだ」
「直接は存じ上げておりませんが、お名前から推測いたしました」
「そっか。ちなみに、俺、当主になったばかりなんだよ。その挨拶やらお披露目やらを兼ねて王宮に来たら、人は多いし、匂いもキツイし。色々な種類の香水が混じって、とんでもないことになってたなー」
「お酒に酔われたのではなかったのですか?」
てっきり酒に酔って倒れていたのだと思っていたら、匂いの方だった。
「両方。酒と匂い、それから、面倒くさい相手」
最初に声をかけた時よりもずいぶんとマシな顔色になったイラーリオは、夜の空気を大きく吸い込んだ。
「ねぇ」
「はい」
「君、名前は?」
イラーリオに聞かれて、名前を素直に言うべきかそれとも偽名でも名乗った方がいいのか迷ったが、さすがに王宮内で偽名を使うわけにもいかないので諦めた。
「カメーリアと申します」
「カメーリア、俺の名前と似てるね。俺はイラーリオだよ、これからよろしくね」
「はい」
つい先ほど、石になりながら私も思ってました。でも似てるのは名前だけです!
とりあえず、目の前の相手よりさらに面倒くさそうなベネデッタ嬢に聞かれなくてよかった、と思うことにした。
あと、思わず返事はしたけれど、これからよろしくって何?
これからも何も、これっきりだと思いますが。
「カメーリア、君たち侍女の間で、ベネデッタ嬢はどんな噂になっているのかな?」
「え?」
「正直に言ってくれてかまわないよ。俺、この後、しばらくは領地に引っ込む予定だから、他で言うつもりはないし。むしろ、久しぶりに王都に出てきたら、友人に紹介された彼女にちょっと付きまとわれて困っているんだ」
「元からのお知り合いではないのですか?」
「そう。会ったのは、つい先日が初めてだよ。なんだけど、ちょっと彼女、距離が近いような感じなんだよね。それに……」
「それに?」
「うーん、こう言ってはなんだけど、嫌な予感しかしない」
心底嫌そうな顔をしたイラーリオに、カメーリアはつい笑ってしまった。
その予感は当たっていると思います。
「男性の方で、ベネデッタ嬢にそうおっしゃる方は初めて聞きました」
「へぇ。やっぱりそうなんだ。友人たちも彼女といる時は、ちょっとおかしな感じだったんだよね。彼女を構うより、自分の婚約者を大切にした方がいいのに」
イラーリオの至極真っ当な意見に、カメーリアはさらに笑みを浮かべた。
「皆様がそれを出来ていれば、私たちのような侍女の噂には上りません」
「なるほど。で、どんな噂だ?」
カメーリアは誤魔化すのを止めた。これでもしカメーリアが王宮での仕事をなくしたら、この伯爵に責任を取ってもらおう。
「もしこの話が広がった場合は、責任を取っていただけますか?」
「もちろん、喜んで取ろう」
責任を取る、と言った時のイラーリオが妙に優しい笑顔になったのがちょっと気になったが、ベネデッタのことはそれなりに女性の間では広まっていることなので、王宮の侍女たちだけが言っている話ではない。
それに、馬鹿正直に全部言うつもりもない。
たとえば、密かに相談同情令嬢と呼ばれていることとか。
「ベネデッタ嬢は、色々な男性に相談を持ちかけることで有名なご令嬢です。ただ、その相談事を少々大げさに言うようで、他のご令嬢からは避けられているようです」
「へぇ、どんな風に?」
「そうですね。たとえば、先ほどのことで言いますと、イラーリオ様と話をしようと思ったら近くに侍女がいて……、とか、イラーリオ様が間違ってしまったわたくしを責めていらっしゃるようで……、とかいった感じで泣きそうな顔で男性の方に相談なさるかと」
「うーん、間違ってるとは言いがたいけど、微妙に違うなぁ。アホな正義感に駆られた男が、君には俺に近付くなとか勘違いするなとか言って、俺には彼女を責めるのは止めろ、謝罪しろ、とか言ってくるのかな」
「お詫びとして、どこかに連れて行ってあげたらどうか、と提案されるかもしれませんね」
「うーん、面倒。なるほど、君たち侍女が警戒するわけだ」
「真面目に仕事をしているだけで、そんなことに巻き込まれたくはありませんので」
「そうか。でも、巻き込まれたね」
「えぇぇぇぇ」
「強かなんだろう?きっと今頃、俺を敵に回す方法ではなくて侍女のせいにしてるよ。って噂をしたら、友人のご登場だ」
イラーリオの視線を辿ると、男性が一人、ずんずんとした足取りでこちらに来ていた。
「……イラーリオ様」
「責任は取るよ」
責任かぁ。あー、でもイラーリオ様の領地ってめっちゃ富んでて、使用人の待遇もいいって聞いたことがあるよね。次に働くならあそこの伯爵家って言われているくらいだし。ただ、待遇が良すぎて辞める人間が少ないから、中々空きが出ないって聞いてるけど、今回はご当主自らが責任を取ってくれるって言うから、何とかなるでしょ。
あー、そう考えたら、確かに「これからもよろしく」で間違ってないかぁ。
カメーリアは、気楽にそんなことを考えた。
「王宮の侍女ってことは、家は貴族だよね?」
「はい。男爵家です」
「ならいい」
「はぁ?」
急に家のことを聞かれてびっくりしたが、カメーリアは末端男爵家の出身で、上に兄と姉がいて、下に超優秀な弟がいるので、どこで働いていようが家族から心配されることはない。気にかけられない、という意味では気楽な身だ。魑魅魍魎の巣窟である王宮勤めもそろそろ面倒くさくなってきた頃だし、王都を離れて田舎(?)の領地でのんびり仕事をするのも悪くない。
「イラーリオ!」
「どうかしたのか?」
友人だという男性がイラーリオとカメーリアを見て、困惑していた。
二人が、どう見ても主と使用人にしか見えない一般的な位置のままでいたからだ。
これで邪推でもしようものなら、自分はどうなんだ、と返されるだけだ。
イスに座る主と、少し離れた場所で立っている使用人。
貴族の家なら、どこででも見られる光景だ。
「何か用?」
「あ、あぁ、お前ベネデッタ嬢に何か言ったのか?」
「何かって、相談されそうになったから、女心の分からん俺に聞くよりは、別の人に相談した方がいいぞ、と言っただけだよ」
「本当か?」
「もちろんだ。そもそも俺は、彼女のことをよく知らない。久しぶりに王宮に顔を出したら、ずいぶんと面白いことになっているようだな」
「面白いって……そうか、お前はベネデッタ嬢のことをよく知らないのか。そうだ!なら、今度、彼女と一緒に出かけてみないか?」
友人が顔を明るくしてそう言ったので、イラーリオは苦笑した。
「おいおい、お前、まさか婚約者を差し置いて彼女に熱を上げているんじゃないだろうな」
「そ、そんなことは!」
「本当か?いいか、ベネデッタ嬢はお前の婚約者じゃない。もしベネデッタ嬢と結婚したいのなら、まずは今の婚約をお前の有責で破棄しろ。全てはそれからだ」
「は?俺の有責で破棄するのか?」
イラーリオの友人は、今度はぽかんとした後に、心外だという顔をした。
「当たり前だろう?ベネデッタ嬢に夢中で婚約者を蔑ろにしているのは、お前の方だからな。それに、俺の勘が告げているが、ベネデッタ嬢に関わると少々面倒くさいことになるぞ。お前に、全てをベネデッタ嬢に捧げる覚悟はあるか?」
「全て?」
「そうだ。お前の持つ爵位や財産、それからお前の評判」
「え?」
「何だ、考えてもいないのか。なぁ、カメーリアは分かっているよな?」
またもや石と化そうとしていたカメーリアを、イラーリオは笑顔で引きずり出した。
完全に巻き込まれたことを悟ったカメーリアは、ちょっとだけ遠い目をしてから、しっかりとうなずいた。
「はい」
「遠くから見ている王宮勤めの侍女たちは分かっているのに、どうして一番近くにいるお前が理解していないんだ?ベネデッタ嬢に関わると……いや、すでに関わっている者たちは、厳しい目で見られていると思った方がいい」
「まて!どこから厳しい目で見られているんだ?」
「さぁな。それがどこからだろうと、俺は驚かんよ」
「それに、たかが侍女に何が分かると言うんだ?」
「お前たちが分からないことだよ。というわけで、俺は絶対にベネデッタ嬢には近付かん。俺はもうしばらくここで休憩していくから、お前はもう戻れ。それで、どうするか決めろ」
言いたいことは言ったとばかりに、イラーリオは友人を放置して夜の庭を鑑賞し始めた。
友人はまだ何か言いたそうだったが、これ以上何かを言ったところでイラーリオが答えてくれるとも思えなかったようで、ものすごく複雑そうな顔をして戻って行った。
「やれやれ、だな。ところでカメーリア」
「はい」
「今のこと、ちゃんと報告するんだよな?」
「それが私共の仕事でございます。侍女たるもの、報告、連絡は必須でございますよ。それに、報告しないと怒られますので」
「それはいいんだけど、カメーリアの報告相手は誰?」
「もちろん、侍女長です」
「侍女長か。んー、じゃ、陛下には俺から言えばいいな」
「陛下に直接ですか?」
「そう。途中で変な風にねじ曲がった報告をされたら嫌だし、陛下にお願いもあるし」
「イラーリオ様でしたら、確かに直接言われた方がいいかも知れませんね」
一応、毎回、侍女たちはベネデッタ嬢のことを報告している。秩序を乱す人間は報告するように言われていて、最近の報告の常連はベネデッタとその取り巻きたちばかりだ。
そろそろ本腰を入れて誰かが動くのかなと思っていたのだが、宝石鉱山を持つお金持ち伯爵からの苦情が直接陛下に届いた以上、思っていたよりは上の人間が動くことになりそうだ。
「そうそう。これからの君のこともあるし」
「え?私のことですか?」
意味不明だ。
「そうだよ。さすがに陛下の許可は取っておかないと、もめる未来しか見えない」
「意味が分かりません」
「だって、君、今日、この宴に駆り出されているってことは、出来る方の侍女だろう?陛下に言っておかないと、王宮から引っこ抜くなって怒られるからなー」
「えぇぇぇぇ」
確かに今日の宴で仕事をしている使用人は、出来る方に分類される人間ばかりだ。
「陛下は、直接は君のことを知らないかもしれないけど、侍女長あたりからは文句を言われそうだし、一番上に話を付けておくと話が早い」
「あの、私をどうなさるおつもりですか?」
ここに来て、本当に自分が職場(?)異動しそうになっていることに気が付いたカメーリアは、おそるおそるイラーリオに聞いた。
「まずは、うちの屋敷に慣れてもらうところからスタートかな」
「……本当に、私を引き抜こうとしてるんですか?」
「もちろん。言っただろう?責任は取るって」
「待ってください。まだ、そこまで巻き込まれたわけでは……」
「でも、確実にベネデッタ嬢は君に絡んでくると思うよ。さっき、友人に忠告したからね」
「忠告したのは、イラーリオ様ですよね?」
「男性に避けられ始めたあの手の女性が、直接、男性に何か言うと思う?」
「……思えません」
そうだ。そうだった。あの手の女性は、男性を責めることはしない。狙うのは、自分より下認定した女性だけだ。
そう、つまりこの場合、関わったと思われる格下間違いなしの王宮の侍女!
「私、ですね。えぇ、そうでしょうね。王宮で働いている侍女ですから、下ですもんね」
「そうそう。その侍女が誰とどう繋がっているとか考えないで、君のせいにして責めてくるよ」
「うわ!嫌です」
「だから、責任を取るって言ってるんだ」
これは確かに責任取ってもらう案件?
「……春って、出会いと別れの季節ですよね。働いていると、だいたいこの時期に異動とかありますもんね」
「うちは王宮みたいに内部はドロドロしてないし、基本的に週に一回の休みは確保出来る。宝石鉱山のおかげでお金があるから、給料はいいよ」
「どうしよう、ものすごく心が惹かれています」
「今なら色々とおまけも付けてあげるよ。そうだな、取りあえず、うちの領地にある温泉に入りたい放題の権利なんてどうだい?」
「温泉があるんですか?」
温泉、いい響きだ。
昔、カメーリアが旅行に行った所に温泉があって、その時に温泉の良さをしっかりと知ってしまった。
もう一度行きたいと思いながらも、仕事が忙しくて行けていない。
「温泉が好きなのか?屋敷からそんなに遠くない場所で湧いているんだ」
「いいですねぇ」
さすがに王都に温泉はない。
給料が良くて温泉もあって、王宮ほど内情がどろどろしていない職場。
言葉だけ聞くと、完全にそっちの方がいいに決まっている。
「給料もよくて休みもあって温泉付きの職場に転職しないかい?そうだ、ちょっと広めの個室も用意しよう」
「うわー、どうしよう」
ちょっと広めの個室。
別に物が多い方ではないが、王宮の侍女の個室はそれほど広くない。まぁ、寝に帰っているだけの部屋のようなものだからそれはそれでいいのだが、実家の自分の部屋も狭かったので、何となく広い部屋には心が惹かれる。
真面目仕事組のカメーリアだが、自分がそこまでの人間であることは自覚している。
縁があって王宮で仕事が出来たことは幸運だったが、このまま王宮にいてもベネデッタが絡んでくるだろうことも予想出来る。
うん、転職しよう。
「えっと、よろしくお願いします」
「お、決まりだな。じゃあ、明日にでも陛下に言うよ。君も侍女長に話をしておいてくれ」
「今日明日というわけにはいきませんよ?」
「俺が帰る時に一緒に連れて帰るつもりだって陛下には伝えておくよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらも、カメーリアは国王陛下に直接そんなことを言えるイラーリオ様って、本当にただの伯爵?と疑問に思っていたのだった。
後に、陛下とは幼い頃からの親友なのだと聞いてその件は納得したのだが、納得いかなかったのは、与えられた個室がイラーリオの部屋の近くだったことだった。
すみません。ちょっと終わらなかったので、「その後」を書きます。




