春の夜の宴にて・中編
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イラーリオと呼ばれた推定お金持ちの伯爵、もしくはその子息、に近寄って来た女性は、色こそ派手なドレスだが、本人はどちらかというと、清楚な感じの女性だった。
「イラーリオ様、わたくしが強いお酒だと気が付かずにお渡ししてしまったせいで、ご気分が……!申し訳ございません」
女性は、目にちょっとだけ涙を浮かべて、イラーリオをうるうると見つめた。
……いや、怖いって。これが素でも演技でも、ここまでしちゃうのって、怪しすぎて怖いって!
カメーリアは、謝りつつもどこか同情を誘うような仕草を見せた女性に、個人的には絶対に関わらないようにしよう、と決めた。
なので、再度、私は石、という呪文を心の中で唱えながら、カメーリアとイラーリオという名前は似てるよねー、などと関係ないことを考えていた。
「あぁ、大丈夫ですよ。普段はあれくらいのお酒でも平気なんですけどね。少々、疲れが溜まっていたのでしょう。あなたのせいではありませんよ、ベネデッタ嬢」
先ほどまでの口調と違って、丁寧に答えるイラーリオが言った名前を聞いたカメーリアは、彼女が有名なベネデッタ嬢?と思ってそっと女性を見た。
ベネデッタ嬢は、噂話で最初に名前が挙がる女性の一人だ。
優秀な仕事組の侍女たちは、表だって何かを言うことはない。
けれど、侍女たちだって年頃の女性だ。
侍女の仲間内で、情報交換を兼ねた色々な話はよくする。
使用人はいない者として扱うことが多い貴族たちの中でも一部の者たちは、変な話、使用人の前でも機密情報等の話を割と平気でしている。
そういうことは、もうちょっと周りを見て言ってほしいと思うのだが、一部の貴族たちはそんなことは思わないようだ。
当然、令嬢たちも侍女たちの前で色々な話をする。
その中で、ベネデッタ嬢の名前が最近はよく出ているので、侍女仲間たちの間では、要注意人物として上がっていた。
令嬢たち曰く、ベネデッタ嬢はよく男性に相談事をしているのだが、どうもその内容がおかしい、ということだった。
たとえば、誰かがお酒を勧められて、体質的にお酒が飲めない、と言ってベネデッタ嬢に断ると、男性に相談する時には、お酒を勧めたら飲めないって強く言われて断られたんです、となる。
断ったことは事実なのだが、ベネデッタ嬢に有利になるというか、自分の容姿を利用して同情を引くように、少々ねじ曲げて言うクセがあるような女性とのことだった。
実際、その現場を見たことがある侍女仲間もいて、一部では、相談同情令嬢、と言われていた。
カメーリアは、見たのは初めてだ。
確かに、こんな顔で困り顔をされたら、男性はきっとすぐに堕ちる。
ベネデッタのターゲットになったらしいイラーリオに、カメーリアは同情した。
もっとも、同情しただけで、特に何かする気はない。
だって、しょせん侍女。
今の私は石っころです。
噂の相談同情令嬢の手口をしっかり見させてもらって、何かの参考にさせていだこう、という気持ちしか出て来なかった。
「イラーリオ様」
そっと伸ばした手でベネデッタがイラーリオに触れようとしたのだが、イラーリオはすぐに立ち上がって彼女の行動をさりげなく妨げた。
って、あれ?イラーリオ様、ベネデッタ嬢が苦手?
絶妙な距離感を保って、何となく近寄らせないようにしているイラーリオに、カメーリアは心の中で拍手を送った。
すごい。何かよく分からないけど、ちょっとだけ近寄るなオーラを出してる?
「ベネデッタ嬢、こんなところに来ていては、他の皆さんが心配しますよ?」
「イラーリオ様と一緒にいたと分かれば、皆様も安心しますわ。わたくしと一緒に、広間へ戻りませんか?」
このまま二人一緒に戻れば、イラーリオとベネデッタはそういう仲なのだと誤解される可能性がある。
ベネデッタ嬢はきっと問い詰められたら、曖昧に笑いながら、二人で夜の風に当たっていました、とか、二人で月を眺めていました、とか言うんだろうなー、イラーリオ様、ピンチですねぇ、とカメーリアはさらに同情だけした。
「いえ、私はもう少し夜風に当たっていたいので、ベネデッタ嬢だけ先にお戻りください」
「一人でこんなところにいて、夜風に当たられていては身体に悪いですわ。ですから、戻りましょう?」
ベネデッタは、心配の言葉を言いつつも、やはり二人で戻ることにこだわっているようだ。
「ご心配には及びませんよ。こうして侍女も近くに控えているので、一人ではありませんので」
「侍女?」
いっやー、イラーリオ様、何、人を巻き込もうとしているんですか!
私、全く関係ないですよね?
貴族男女のあれやこれやは、そっちで始末してくださいぃぃ。
などと思っていても、プロなので、表情には全く出さない。
イラーリオに言われてようやくカメーリアの存在に気が付いたらしいベネデッタが、カメーリアの方を見た。見て、本当にただの侍女だと理解したら、あからさまにほっとしたような表情を見せていた。
「王宮に勤めている侍女かしら?」
「はい」
「そう。イラーリオ様のことはわたくしがするから、あなたは自分の仕事に戻りなさい」
はい、よろこんで!と言おうとして口を開きかけたら、先にイラーリオの口が開いた。
「それは困るな。私のことは、彼女が一番よく分かってくれているんだ」
はぃぃぃ!?イラーリオ様!
カメーリアがぎょっとして無言で目をガン開きにしてイラーリオの方を見ると、当の本人はにこやかな笑顔で平然と嘘をついていた。
「まぁ、イラーリオ様、お遊びはほどほどになさいませんと、その……」
ベネデッタが、チラリと困ったようにカメーリアの方を見た。
言いたいことは、きっと、婿捜し侍女に捕まるよ、ということなのだろう。というか、思いっきり身を引けって訴えかけられているよね?引くどころか始まってもいないんですけどぉぉ。
「それに、わたくし、イラーリオ様に相談したいことが……」
困り顔のまま少し甘えるような声のベネデッタに、カメーリアは、これが噂の相談同情令嬢の本領発揮か……!とある意味感動していたのだが、慣れているらしいイラーリオは、これも笑顔でかわしていた。
「私ではベネデッタ嬢の相談相手は務まりませんよ。こんな無粋で女心の理解出来ない男ではなく、もっとあなたのことを考えてくれる人に相談するといいですよ。そうですね、たとえば先ほど親しそうにされていた子爵などいかがでしょう?」
「わたくしは、イラーリオ様がいいのですが」
「はは、申し訳ないのですが、私は友人たちからもつまらない男だと言われているくらいなので、お役には立てません。私はもう少しここで休憩してから戻るつもりですので、ゆっくりさせてもらえませんか?」
断られた挙げ句、一人で戻れと言われたベネデッタはもうちょっと粘ろうとしたのだが、イラーリオが彼女を無視してイスに座って空を見上げ始めたので、仕方なく一人で広間に戻って行った。
ベネデッタの姿が見えなくなると、カメーリアはジトっとイラーリオの方を見た。
「あー、そんな目で俺を見ないでくれるかな。言いたいことは何となく分かるけど、ベネデッタ嬢はちょー面倒くさい相手なんだ」
「噂は聞いておりましたので、実物を見られて侍女仲間との情報共有に役立てられそうです」
「あはははは、噂、ねぇ。君たちの噂は怖そうだ」
ベネデッタとの会話とは違って、何故か妙に楽しそうなイラーリオに、カメーリアは面倒くさそうな人に関わっちゃったかな、と思っていたのだった。




