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前編

読んでいただいてありがとうございます。ほのぼの系が書きたくなりまして……。

 国王の住む城から春を告げる鐘が鳴り、宴が始まった。

 三の月の最初の満月の夜は、毎年、こうして春が無事に訪れてくれたことに感謝をして、各地で宴が開かれている。

 今日は無礼講。昼の内に全ての準備をしておいて、夜は皆で飲んで騒ぐ。

 王宮内でもあちらこちらで宴会が開かれていて、働いている者たちも仕事が終わった者たちがどんどん宴に参加していた。

 とはいえ、国王を始めとした貴族たちが大広間で宴を開いているので、給仕する者や料理人たち、それに騎士たちはちゃんと働いている。

 そういう者たちは、後日、特別休暇が与えられる。

 カメーリアは、そういった働いている者たちの一人だった。

 大広間での給仕として、忙しく動き回っていた。

 カメーリアはお酒が飲めないので、別に宴に興味はない。むしろ、後日もらえる特別休暇の方がいい。

 平日に堂々と休めるので、どこに行っても比較的空いている。

 ゆっくり買い物をしたり、どこかで羽を伸ばしたりするには、ちょうどいい。

 あははうふふおほほ、と笑い合いながらもお互いの腹の内を探っている貴族たちの間をすいすいと通り抜けて、ワインの入ったグラスを配ったり、少なくなった料理の補充などをしていたら、廊下の隅の方でぐったりして座り込んでいる青年を発見してしまった。

 見て見ぬふりをするべきか、声をかけるべきか迷ったが、カメーリアは水の入ったコップを持って、青年に近付いた。


「あの、大丈夫ですか?お水、飲みますか?」


 カメーリアの声に、青年はうつむいたまま無言で手を出しだした。

 どうやら、水が必要らしい。


「どうぞ。こぼさないようにゆっくり飲んでください」


 グラスを掴む青年の手も、少々青白い。

 体型的に考えても、騎士ではなく、文官とかそういう感じの人だと思う。

 でも、こんな人、いたかな?

 カメーリアは王宮勤めの侍女として、ある程度、働いている人の顔や特徴などを覚えているが、こんな男性はいただろうか。

 カメーリアとて全員の顔を覚えているわけではないので、絶対とは言い切れないが、少なくともカメーリアはこの青年を見たことはない。


「……すまないが、もう一杯ほしいんだが」

「すぐにお持ちします」


 顔はまだ伏せたままだが、青年が以外なほどしっかりした声でそう言った。

 カメーリアはすぐに二杯目の水を持ってくると、青年はすぐに水を飲んで、今度は顔を上げた。

 あ、ちょーかっこいい。眼福だわー。ありがとうございます!

 カメーリア好みの、ちょっと翳がある感じの青年だったので、カメーリアは全力で推しの神に感謝を捧げた。


「ありがとう、助かった」

「いいえ。男性用の休憩室に行かれますか?」

「いや、ちょっと外で新鮮な空気を吸いたい。ここは、色々な匂いがすごいから……」

「でしたら、どなたかお知り合いの方を呼んで参りましょうか?」

「その知り合いたちからようやく逃げて来たんだ。呼ばなくていいよ」


 どうやら青年は逃げて出して来たようだったので、カメーリアは青年の希望を優先した。


「外をご希望でしたら、すぐそこの庭にイスがありますので、そちらまでお連れしましょうか?」

「そうだな。王宮は不慣れなんだ、頼む」


 やはり普段は王宮にいないようだ。

 けれど、青年の着ている服は見ただけで高価な服だと分かるので、カメーリアは失礼にならないように案内することにした。

 この手の感じでナンパされる侍女もいるが、青年の顔色は本当に真っ青だし、カメーリアは自分のことをそんなナンパされるような美人でもない平凡な人間だと理解しているので、たいして危機感は持たなかった。

 しかも、今日は春を喜ぶ宴なので、こんな日に問題を起こす貴族はいない。

 庭に出てすぐのところに置かれたイスに青年を案内すると、青年は大きく息を吸った。


「よろしければ、もう一杯、水をお持ちしましょうか?」

「あー、うん、悪いけど、いいかな?」

「はい」


 ちょっと申し訳なさそうな顔で頼まれたので、カメーリアは再度神に感謝をしながら、水を取りに広間へ戻った。

 水の入ったグラスを持って庭へ戻ると、先ほどよりは多少顔色の戻った青年と目が合った。


「ありがとう」

「他に何かご入り用の物はありますか?」

「そうだなー。ちょっとだけ話し相手になってくれないか?」

「はい。分かりました」


 身についた外向けの笑顔で承諾すると、カメーリアは青年の近くに立った。


「座らないのか?」

「他の者に見られると、困りますので」

「そっか」


 今は他に人はいないが、いつ誰が来てもおかしくない場所だ。

 そうでなくても、騎士たちも見回っているので、ここでイスに座ると後が怖い。

 立派な背びれと尾びれが付いた噂話が、一瞬にして使用人の間に巡るに決まっている。

 あくまでも使用人という態度を崩さないカメーリアに、青年は微笑んだ。

 

「確かに他人の目があると怖いよな。いつ誰がどういう風に見ているにか分からないし。というか、どうしてあんなに俺のことをガッツリ見てくるんだ」

「えーっと、それが令嬢の皆様の視線でしたら、はっきり言うと品定め的なものかと」

「だよな。俺、普段は自分の領地にいることが多いから、久しぶりにあんな風に見られたよ」

「ギンギラギンでございます」

「怖かったな……」


 正直に言うと、あの視線はカメーリアも怖い。ついでに、少しでも条件のいい人間に見初められようとしている侍女仲間の視線も怖い。

 カメーリアのように真面目に仕事をしている侍女と、婿捜しに来ている侍女とでは、温度差がすごくある。今日だって最初は、婿捜し侍女たちが給仕する予定だったのだ。真面目仕事組は、もっと裏方のあれやこれやをする予定だった。だが、侍女を統括するお偉いさんが、婿捜し組が表に出ることを却下したので、真面目仕事組が会場の給仕をすることになった。理由は、まともに仕事をしないから。もっとがんばれよ、婿捜し組。おかげで余計な仕事が増えた、と嘆いたのは、真面目仕事組の侍女たちだ。


「少なくとも俺は、田舎の領地に引っ込んでる身だから、美味しくも何ともないんだけどなぁ」

「それを判断するのは、ご令嬢の皆様でございます」


 青年の言葉に、騙されてはいけない。

 田舎の領地、と言われて思い浮かぶのは、長閑な農地や豊かな森がある風景だろうが、この青年が着ている服の生地は、絶対に超高級生地だ。そんな田舎の領地持ちが簡単に買える代物じゃない。

 なぜそんなことをカメーリアが知っているかと言えば、つい先日、とあるお坊ちゃんが、似たような光沢のある生地で作った服に自分でインクをこぼしたくせに、それをその場にいた侍女のせいにしようとしたという事件があったからだ。

 なぜか廊下のど真ん中で騒ぎ出したのだが、その場には目撃者がたくさんいすぎて、お坊ちゃんの主張はさすがに通らなかった。

 しかも、目撃者の中にたまたま国王陛下がいたのも彼の運の悪さを物語っていた。

 お坊ちゃんが国王の冷笑を浴びせられて逃げ出した、という痛ましくもなんともない事件があった。

 その服にそっくりな生地で作り上げられた服を着た青年が、田舎の貴族であるはずがない。


「お嬢さんの目から見て、俺って美味しそうに見える?」

「はい」

「……うわー、はっきり返事したね」

「誤魔化すのでしたら、もう少し控えめな服を着られた方がいいと思います。その服に使われている生地は、少々、王宮内では有名なお高い生地でございますので、一発でお金持ちってバレます」

「いやー、宣伝のためにも、使ってくれって言われててさ」

「でしたら、諦めが肝心かと……」

「諦めか、嫌だなー」


 青年が落ち込み始めたのでどうしようかと思っていたら、大広間の方から、派手なドレスを着た美少女がものすごい勢いでやって来た。


「見つけましたわ、イラーリオ様」


 どうやら、この青年の名前はイラーリオらしい。

 イラーリオ、イラーリオ、ねぇ。

 その名前は、以前、聞いたことがある。

 領地に宝石鉱山があって、めちゃくちゃお金持ちだという伯爵家の息子さん、代替わりしていれば伯爵本人の名前と一緒だ。

 はっはっは、私は石。私は石。

 何も知らないし、何も口出ししないし、何も見ないし聞かなかったことにしよう。

 カメーリアはそっと一歩下がりながら、厄介ごとに巻き込まれませんように、と今更ながらも神に祈ったのだった。


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