第38話 招魂祭
「目標を整理しよ」
涼しさを増す清風の吹く屋上、昼休みの作戦会議でのこと。
小路は新たに加わった加洲も交えたその場で、彼女たちの勝利条件を明確化することから話し合いを始めた。
「まず大目標、ウチら全員の共通目的として『禁七の退治』がある。これはええよな」
「はいなのです」
「異議なし」
「ふふふ」
「は、はい!」
五人が協力して目指す一つのゴール、都市伝説怪異【S高の禁じられた七不思議】の完全討伐。
それは当然、七不思議から生まれた七体の怪異を倒すことによって成される。
だがこのとき、処遇を決めるべき一体が今の彼女たちにはあった。
「最後の七不思議怪異【開かずの教室】には、加洲センセの友達の角小灯芽さんが『幽閉』されとる。センセはこの子に『償う』っていう目的で作戦に参加してくれとるって話やったけど……」
「きづなちゃんは 具体的にどうしたいの?」
「……それは」
加洲は小灯芽が一人で憩える場所に押しかけた挙句、新聞部として七不思議の記事を書いて噂を広め、その居場所を二度も奪い。
最後に書いた『開かずの教室』の怪談に取り込ませてしまうという罪を犯した。
今日この日まで加洲は、もういなくなってしまった小灯芽の代わりに、自己犠牲もいとわず周囲のすべての人に優しくするという形で償いをしてきた。
そんな彼女が今、小灯芽本人にできる償いがあるとしたら。
それは……
「ひめちゃんを、開かずの教室から救い出したい」
「うん それで?」
「それで……私の残りの人生、全部あげたい」
教室の中で彼女がどんな状態になっているかわからない。
経過した年月を考えれば死んでいるはず。けれど「死んでも出られない」という怪談から生まれた怪異であるのならば、その魂だけは囚われて残っているかもしれない。
そうであるなら、その魂に自分が渡せる最大のものを贈りたい。
自分の体を乗っ取って、自分の代わりに生きてほしい。
加洲姫綱は覚悟を見せた。
「いや、すみませんセンセ、そこまではできません……」
「えっ!? あっ、そ、そうよね! ごめんなさい、なんか大げさな、欲張ったこと言っちゃって……!」
「きみの体に魂を移すとまでなると わたしにも無理だね」
「あ、あはは……えっと、すみません……」
「できるとしたら、魂の救出までやな」
「へ?」
仮に【開かずの教室】の権能を『幽閉』、「教室の中に生死問わず永遠に閉じ込めること」とする。
怪異の権能とは、怪談によって定義され『怪異言現』によって保障された絶対的な能力であり、これによって引き起こされた現象・改変・作用は『現実の修正力』によって無に帰されることがない。
つまるところ、『幽閉』が権能である以上救出は原則不可能。
加洲に向けて小路は端的に説明する。
「けど、抜け道はあります」
「抜け道……?」
「アタシたちが禁七退治に加わる前までやろうとしてたことと同じ、ですよね」
「そういえば見つかったの? 『悪い子の呪い』」
「まだなのです。今は禁七退治が優先です」
抜け道。救出と同義の結果を手に入れる方法。それはとても簡単な答え。
幽閉とは反対の権能を使う。
『いい子の呪い』を刻まれた深衣を元の性格最悪クソ女に戻すためカルテは『悪い子の呪い』を掛けることができそうな怪異の出る怪談を探し求めていた。
それと同じこと。
教室に囚われた小灯芽を外に強制退室させる権能があればいいのだ。
「でもそんなの都合よくあるもんじゃないですよね? 今からその反対の権能、『解放』とかですか? を持ってる怪異をひっ捕らえてきて教室にぶつける……?」
「クロユリさんの権能になにか『解放』に応用できるものがあったりはしないのですか?」
「ないこともないけど 物理的な拘束を無効化するっていう面が強いから 教室の中に鎖で囚われてるとかでもない限り難しいかな」
「その場合やと、クロユリさんは教室に入らなあかんやろうし、無理やろな」
「じゃあ、やっぱり……ひめちゃんは……」
諦めかける加洲。その対面に座していた小路は、遠慮がちに手を小さく挙げる。
「いや、たぶん、いけます」
陰陽師少女は指先に式神『一ツ火』を小さく発火させて見せ、何も知らない加洲に対して説明をした。
陰陽術、怪異を祓うため千年以上の時を受け継がれてきたこの秘術は、伝承怪異と同様『怪異言現』によって発現している怪異現象である。それはつまり、怪異と同じ様に伝承によって定義された『権能』を持つということでもある。
伝承怪異【陰陽術】、現象型であるこの怪異の権能は「術それ自体」。
編み出されてきた数多の術の中には、『幽閉』の反対の結果を引き出せるものもある。
「魂を封印から解き放つ術……なんてのもあるってことですか?」
「いや。そうやなくて、別の術を応用するって感じかな。…………」
「………… ん?」
小路は脚を組んだ状態で幽艶に浮遊するクロユリさんを見る。
この怪異少女が彼女の施した封印を抜け出したときの状況を重ねて考えていた。
助けを求める叫びに呼ばれて駆け付けるその怪異少女のように、誰かによって召喚されるというより上位の権能が働けば。
小灯芽を開かずの教室から外に出すことができるのではないか、と。
「招魂祭っていう祭祀術があります。これは病とか呪詛とかで生命力、魂が損なわれてる状態の人にやるもんで、遊離してる魂の欠片を招き寄せて体に戻すっていう術なんですが、これを『魂を教室から召し出して式符に移す』っていう風に使えば……」
「小灯芽さんを助けられる!」
「おぉ……!」
「……!」
「でも ちょっと不安がありそうだね」
「…………懸念点が二つあります」
右手の指を二本立てる小路。二つの不安要素。
一つ目は、「より上位の権能でなければ成立しない」ということ。
陰陽師の経験則から、相反する怪異の権能は「同格かそれ以上のもの」が優位に発現することが知られている。
どんな守りも『貫く』権能と、どんな攻撃からも『守る』権能。矛盾する二つの力があったとして、両者がぶつかったとき正しい結果を得られるのは上位の怪異。より多く、より強く、より鮮烈に恐れられている方が勝利する。
おおよそ同格であった場合は、その場にいた人間がどちらをより恐れているかで揺らぐ。それでも差が生まれない場合は後に力を使った方が優先される。
陰陽術は、世間的には既に存在しないことになっている。
まだ科学を発展させていなかった大昔の人々によって築き上げられた迷信の技術体系で、陰陽師の衰退と共に滅び去った。それが大多数の認識。
陰陽術を現実のものとして扱っているのは陰陽師の血族と、祓魔執行にまつわる関係者、つまりごく少数の人々だ。
その【陰陽術】というマイナー怪異が持つ権能『招魂祭』が、これまた標戸の一高校教員たちによって恐怖されている【S高の禁じられた七不思議】の最も秘匿された存在【開かずの教室】の権能に対して、同格以上に立てるのか。
小路はそこに確信を持てなかった。
「なんだ そんなことか」
「そんなことてお前、この大前提が成立せんかったら何にもならへんねんで」
「きっと大丈夫ですよ、こみ先輩。少なくともここにいる四人は、こみ先輩の術が必ず成功するって信じて疑わないのですから!」
「や、みーちゃん…………。 ふっ、ありがとうな」
「それに先輩、陰陽術の人気は禁七なんかとは全然全く比べ物にならないので絶対大丈夫です。安倍晴明の知名度舐めないでください」
「いや舐めてへんけども」
──その名前出されるん複雑やし……とか、言うてる場合ちゃうな。
私情をしまい込んで渋々と励ましを受け取り、小路は指を一つ折り込む。
残るもう一つの懸念。
陰陽師少女は心苦しい気持ちでそれを告げた。
「この招魂祭、本来の通り物言わぬ魂の欠片を集める分には簡単な術です」
でも、もしも……
◇
「ひ……ひめちゃん……なの?」
電子錠付きの扉が蹴破られたはずのその場所に、旧式の引き戸が現れていた。
モニターのブルーライトに照らされた小部屋の先、暗黒に満たされた放送準備室の回廊の向こうに立つその扉。年月によってか曇った備え付けの窓に、セミロングの髪をした少女の頭部が影を作っていた。その背後は、ありえないほどの濃い茜色に染まっている。
「ここを 開けて あなたも おいで」
抑揚のない冷たい声。底なしの穴に投げかけるような低く小さな声。
だが加洲はそれを聞いて、大きな感慨が胸に溢れるのを感じる。
深衣も加洲を通して、それがあの子の声であると知る。
「ひめ、ちゃん……!」
「開かずの教室 扉を 開けて こっちに こっちに」
「センセ、距離はとってな。なんか様子がおかしい」
「ひめちゃん、ひめちゃん、私……っ!」
──でも、もしも
浸る加洲を除いた全員の脳裏に、陰陽師少女の言葉が過る。
「こっちに おいで」
「精神が怪異に引っ張られてるっぽいかな 声を掛けてれば治るかも」
「扉を 開けて」
「ひめちゃんっ! 角小灯芽ちゃんっ!」
──もしも……小灯芽さんの方が
「私だよ、きづな、加洲姫綱! ひめちゃん、思い出して!」
「…………………………きづな」
小灯芽さんの方が拒絶した場合。
助け出すのはおそらく無理です。
「加洲、姫綱……?」




