第18話 神格化された力の輪郭
「カルっちは『道満の一つ火』って……さすがに知らんか」
「~~~~~ッ!」
「こんなニッチな知識を語れる日が来るなんて、と思っているけど感極まって声が出ないそうなのです」
「いやよう知っとるな」
道満の一つ火。
安倍晴明のライバルとして創作において不動の地位を持つ悪の陰陽師・蘆屋道満の逸話の一つだ。
彼は針馬の地、現在の港庫県は火壺川にある屋敷の井戸から毎夜式神を放っていた。その理由のほどは「誰かを呪殺するため」や「郷里の畑仕事を夜な夜な手伝わせた」など定かではない。
ただその式神が大きな火の玉のように煌めいて飛んでいく姿を、その地に住む人々は「道満さんの一つ火」と呼んで畏れた、と。そんな逸話が残されている。
「『一ツ火』はその逸話の具現化したもの。力の輪郭の再現」
「輪郭の……再現、なのです?」
「うん。蘆屋家の陰陽師が代々扱うものではあるけど、受け継がれてるっちゅーわけではない」
「ほう……?」
「あー。抽象的ーな話になるんやけどな」
この世界で現実に用いられている陰陽術は以下のように区分される。
祭祀術。式術。符術。占術。儀礼術。
式神を操る技は式術と呼ばれるが、祭祀術や符術に熟達しなければ絶対に扱うことができない。
なぜなら式神は、これら陰陽術の力が神格化されたものだからだ。
小路が扱うもう一つの式神『亜風伯』を例にとるならば。
これは祭壇を用意して風の神を祀る祭祀術「風伯祭」の権化である。
陰陽師が風伯祭を執り行えば稲穂を倒す強風は止み、あるいは無風の湖に浮かぶ船に奇跡の息吹が掛かる。
その祭祀術が為す力の核心は「風」。陰陽師は何度も術を行使するうちにその力の大いなることを畏れ、その力の根源を掌握する。どこに宿る、どんな形の、どのような色をした、どういった概念かを掴む。顕しうる非現実の脅威を知る。
そうして神格化された術の力の核、その表象たる輪郭を、祭祀を執り行うことなく現実へ写し出したもの。
それが式神。
つまるところ、陰陽術で得られる結果の再現・具現化なのである。
「さっきテケテケから守ってくださった『亜風伯』さんが、風伯祭の結果の再現、なのですね」
「あれ、でも『道満の一つ火』は逸話であって術じゃないですよね?」
「うん。繰り返しになるけど、式神は『神格化された力の輪郭の再現』でな? 一ツ火は『道満は火の玉のような式神を毎夜飛ばしていた』って伝説から『火の玉の式神』っていう核を見出して、それはこういうモノやんねって現出させてるかんじ」
「なる…………ほど?」
「あぁーまあ、この感覚は陰陽師でもわからん人の方が多いから……あれよ、自販機の使い方知ってると自販機アプリでジュース買うのって簡単やけど、知らん人からしたらスマホいじってるだけでジュース落ちて来たやん! ってなるみたいな感じ」
「なるほど」
──ミーコわかった?
器用に心の声で訊いてくるカルテ。
深衣はニッと笑顔を作って応える。
──どういう顔よそれ。
「数学の学者さんでもわからない人がいる理論をあたしたちが理解できるわけがないのと同じだと思うのです」
「なんで声で答えちゃうのよ」
「ごめんなあ……説明下手っぴで……」
「いえ! とても丁寧に説明してくださってありがとうございますなのです!」
「とにかくすごい陰陽術なんですよね! 頼りになります蘆屋先輩!」
「うう……優しい後輩二人に支えられてウチは幸せもんやなぁ……」
なんかよくわからない原理で顕現しているらしい風の式神『亜風伯』に殿を任せた一行は、はぐれないよう横並びで歩いて理科準備室へ、残る七不思議怪異六体の討伐へと向かった。




