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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第二章 S高の禁じられた七不思議
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第16話 夜の学校という異界

 深夜零時三十分。

 正門から見上げる薄白い校舎の中にはたっぷりの黒い静寂が詰まっている。


 呼吸の音さえよく響く真っ黒の夜闇。非常灯の緑に照らされている場所もあるが、殆どにおいて視覚による認知は阻まれている。その朧な明かりは逆に、そこにいるはずのないものが、いてはいけないものが、いてほしくないものがいるかもしれない、そんな不安を胸の内に掻き立てた。


 十月初旬の夜に吹く涼風が、深衣(みい)にはいやに冷たく感じられる。

 昼の装いから想像もできない冷たさと重さを、カルテは夜の学校から受け取る。

 この場において臆さないのはただ一人。


「ん~雰囲気あるねぇ」


 白い髪の陰陽師少女、蘆屋小路(こみち)だけだった。


「今更やけど、二人とも怖いの大丈夫な方なん?」

「あ、あたしは苦手な方でしたが、光線女の一件でかなり鍛えられたのです。怖くても、動けるよう頑張りますです!」

「ふんふん。まあ動けんくても助けたるから安心してな。カルテちゃんは?」

「フッ……アタシは五分の四がオカルトでできたオカルトオタク女ですよ」

「約分できてえらいなあ。怖いのは平気?」

「200デシベルは余裕で出せます」

「いや叫ぶんかい。んで窓割れてまうわその声量は」


 カルテはいくつものホラー映画に目を通し、何作ものホラーゲームを遊び、何本もの怪談に背筋を凍らせてきた。だが恐怖に対する耐性といったものはそこまで育っていない。むしろ恐怖に直面したときは本能の赴くままにして、自己統御の喪失を楽しんですらいる。


 つまるところ、怖いときには大声で叫ぶ。


「まその方が要救助てわかりやすいからええか。よっしゃ行くで二人とも! ちゃちゃっと終わらせて帰って寝よ!」


 腕まくりの仕草で腕を回し気合を見せつつ昇降口へと向かう小路。その背中に二人も続いた。



 ◇



「思ってたよりやばいかもな」

「いきなりですね……」


 いつも校内に出入りするとき用いる昇降口と南通路を、教室棟と特別棟の二か所ずつで計四か所を調べたところ、すべて()()()()塞がれていた。弊紙が巻かれ札が貼られた古びた木の棒が閂のように嵌められて、物理的に中から開けられないようになっていたのだ。


「体育館側の通用口もおんなじやろなあ」

「外側からということは、先生たちが帰るときに嵌めていったのですよね、きっと」

「せやろな。中におる怪異が出てこーへんように」

「じゃあ、校内には誰もいない……のよね」

「たぶん」「おそらくそうです」

「そう……よね


 じゃああれって」


 昇降口前のピロティ下、向き合って話し合っていた深衣と小路の隣でカルテが靴箱の影を指さす。

 少年の顔が半分覗いていた。だがその位置は下から二段目とあまりにも低く、まるで首も体もない顔だけがそこに浮いているという状態だった。


「幽霊やで」「おばけなのです」

「やっぱり!? やっぱり~~~!? すごいすごい、アタシにも見えてる!!」

「しゃーない。正門側から飛んで二階のベランダに降りて、窓から侵入しよ。なんか開けたらメンドそうや」

「あれ倒さないんですか!? 陰陽術の出番じゃないですか!?」

「術を使うんにも集中力とか精神力とか要るから、状況がわからんうちから不用意に戦うんわ避けときたいの」


 後ろ髪引かれる思いのカルテの背を後ろ髪引かれる思いに染められた深衣が頭痛を覚えながら押して、小路と共に校舎北側へと回る。

 小路のそばに集まると、足元の地面から見えない足場が浮かび上がるようにして三人は宙を浮遊し始めた。


「作戦会議できんかったから、ウチの使える陰陽術については都度説明していくな。で、まずこれは風の式神。『亜風伯(あふうはく)』って呼んでるやつな。こうやって空気の塊として顕現したり、風吹かせたりできる」

「この感覚……あたしが駅のホームから落ちたとき助けてくれたのは、この力だったのですね」

「うん。風伯祭っていう風神を祀る祭祀術の化身なんやけど……カルテちゃん大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です!」


 ──うわわわ飛んでる! 浮いてる? 舞い上がってる……!! これ下から見たらスカートの中見えたりしちゃうのでは!?


 三人とも制服姿で来ていた。万が一警備員や教師に見つかることがあった場合の話の通しやすさと、七不思議怪異の出現条件に「この学校の生徒であること」が含まれているかもしれないことを考慮してだ。

 加えて、小路は登下校の時も見た楽器ケースのような縦長の鞄を持ってきていたが、深衣とカルテの二人は護身用の護符と御守、視界を確保する懐中電灯と予備の電池を持っているくらいでほとんど装備はない。


「スパッツとか履いてくるべきだったかな……」

「こんな夜中に心配することなのでしょうか」

「二人ともわりと呑気やな」

「いえ、あたしはカルテちゃんのテンションが感染(うつ)ってしまっているだけなのです」

「ちょっと、それじゃアタシだけが浮かれポンチみたいに聞こえるじゃない」

「よーし着いたから降りるでー」


 空気の塊から足を下ろして、三人は探求授業などに使われる二階東側通路の多目的室のベランダに立った。

 窓に備え付けられた錠は校内の扉とは違う、一般的なカギであるクレセント錠。地上階の入り口のような封印も施されていなかった。

 窓の向こうの室内には生徒の霊が十数人見えるが、どれもこちらに関心を示してこない。

 小路は教室の中に亜風伯の指を現して錠のハンドルを回転させ、難なく侵入に成功した。


 そして彼女が踏み入ると同時に、竜巻にからめとられたように生徒の霊は旋回し収束しぶつかって縮こまり、見えない空気の塊の中に潰えて消えた。


「クリアリングもおっけー。二人とも入ってええよ」

「え、何かいたんですか?」

「うん。害意なかったから見えんかったんやろうけど、ちょっとな」

「それも倒しておくのですね」

「無害やと思ってほっといた奴に後ろから刺されても嫌やろ?」


 こっからは亜風伯に背中任せてガンガン行くで。のっしのっしと教室を横切って扉を開けようとする小路。教室の電子錠が施錠されていたためガタンと一瞬引っかかった彼女だが、すぐに室内からはボタン操作で開けられることを思い出して扉を開けた。

 その後ろを懐中電灯を点けたカルテと深衣、最後尾に不可視の空気の左手の順で続く。


 東通路に出る。ここは学年ごとの教室が密集する教室棟と、特別授業やその他の用途教室が集められた特別棟との境目。

 どちらに行くべきか。呟く小路に、「ここからだと動く人体模型とか生きた生物標本とかの怪談がある理科準備室が近いですよ」カルテが興奮を隠しきれない声色でアドバイスする。


「ほな特別棟の方いこか」

「はい! うわぁ~真っ暗! 真っ暗ですね~!」

「カルっち元気なんはええんやけど、あんまり声響かせたらアカンで?」

「えへっ、すみません、へへへ……」

「キャラ濃ゆいなぁ……」


「………………」


 二人の後ろを少し遅れて付いて行こうとした深衣。

 彼女の中で何かが引っかかっていて、歩み出すのが少し遅れた。

 通路は西側の窓から月明かりが差していて仄明るい。

 窓枠が大味な格子模様を投射する夜の学校の通路。まるでそこ以外は人間の領域ではないかのような異質な空気。

 ひやりとしたものを覚えつつ二人の後を追う深衣の背中に。


「裏切り者ー」


 呼び掛ける声。

 深衣は振り返る。



「……り、リコちゃん?」



 相島莉子。

 深衣とカルテに凄惨ないじめを行っていた一年四組の生徒。

 今は不登校となっていた彼女がそこにいた。



 開いた窓から上半身だけを出して、窓枠に乗せた腕で頬杖をついて深衣を見ていた。

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