顛末
「はあ……。ようやく終わったな」
ミスティが騎士団によって連行された日の夜。
部屋に戻ってきたルイは、溜息と共にそう吐き出した。いつもの朗らかさや覇気はなく、本当に疲れたと言わんばかりの表情だ。
迎え入れた男はルイに椅子を勧め、ワイングラスを二つ手に取った。部屋の中央のテーブルには、冷えたワインと簡単な軽食が用意されている。
「お疲れ様。よく我慢したね」
「何度事故に見せかけようとしたか知れないよ。君こそお疲れ様。よく耐えられたね」
差し出されたワイングラスを受け取って、ルイはソファに凭れこんだ。まったく、起き上がるのも億劫だと言わんばかりだったが、しばらくふかふかの座り心地を堪能してからルイは体を起こす。
斜め向かいに座って待ち構えていた男がワインの栓を抜き、ルイのグラスに中身を注いだ。黄金色の液体がパチパチと弾けながら注がれていく。
本当は重たい赤色の方が合うのだろうけれど、どうにもまだ二人はそれを美味しいと思えたことがない。
「僕はほら、魔法で防いでたから平気だよ」
「見てるこっちは腸が煮えくり返りそうだったけどね」
ルイは男の手からワインの瓶を受け取り、相手のワイングラスに注いだ。二人は「乾杯」とワイングラスを軽く上げ、口をつける。
爽やかな葡萄の香りが鼻に抜け、よく冷えた、きつ過ぎない炭酸が喉を潤していく。ミスティのように一気飲みするような習慣は二人にはない。あくまで上品に少しずつ口にして、ようやく二人は息を吐いた。
「やっと肩の荷がおりたよ」
「うん、これでようやく、気兼ねなく動ける」
二人はそう言って笑い合った。ささやかな宴だったが、人目を気にせずに寛げることは久しぶりだったため、随分気楽だった。
ルイと対峙するのは黒髪の青年だったが、その容姿はバーチとは似ても似つかなかった。
どこにいてもぼんやりとした薄い印象しか抱かれず人の記憶に残りにくいバーチと違って、その青年は誰が見ても一目で印象に残るような整った顔立ちだった。共通点は髪色くらいだろう。
通った鼻筋に、長いまつげが縁取る瞳は空を写し取ったような青色。その顔は、ルイと瓜二つだ。
トリアス・バーティミアス・クライン。
それがバーチの正式な名前であり、彼の血統の正当性を表している。決して孤児などではない、
彼こそは、愛称をルイと呼ばれるクライン王国第一王子の、双子の弟である。
18年前。
クライン王国がかつてない長い干ばつに見舞われ飢饉によって国中が疲弊している最中、国王夫妻に待望の世継ぎが誕生した。
クライン王国及びその周辺諸国は、数百年前に魔王を封印した勇者と、その旅の仲間たちの末裔が統治している。
奇しくも「封印の勇者トリアス・ヴィルテュス・クライン」の末裔が治めるクライン王国に、魔王を封じた勇者と同じ美しい金髪碧眼を持った双子の王子が産まれたことを国王は大層喜び、それぞれ勇者の名をあやかることにした。
双子は先に産まれ出た方を兄、ルシウス・ヴィルテュス・クライン。後から産まれ出た方を弟、トリアス・バーティミアス・クラインと名付けられた。
国王の世継ぎの誕生は、疲弊した状況下にあっても喜ばしいニュースになるはずだった。しかし、当時干ばつと飢饉に乗じた新興宗教の勃発により、王国の情勢は混迷を極めていた。
元々王国を含む周辺諸国に広く普及している聖教会は、双生の神を祀っている。しかしこの長い干ばつの間、数多くの大神殿や枢機卿らがどれだけ神に祈りを捧げても、雨を乞う願いが聞き入れられることはなかった。
人々はそれまで熱心に信仰していた聖教会に絶望し、飢饉の長期化と共に治安はどんどん悪化していった。そんな中、武力を元に人を集め『信徒のため』と称して好き放題に暴れる新興宗教が横行したのだ。
開祖を名乗る男が興したのは、「双生解放党」なる宗教で、その名の通り王国に広く普及している聖教会や双生神を悪とし、その教義の支配から解放されることこそ、人類の幸福であるとする宗派だった。
双生解放党は、「双生神がこの干ばつを放置し人間への加護を放棄している」とした上で、
『我々は双生神のように自分に付き従うものを見捨てはしない、自分たちについてくれば救われる。国王と聖教会は私腹を肥やすことしか頭にない腐った連中であり、打倒すべき悪である』
と声高に主張して回っていた。
実際に彼らは信徒に食料を配り、食料の奪い合いや小競り合いが起きれば信徒を助け、病気の者を看護し、民の支持を瞬く間に集めていった。
ただし、その信徒に配られる食料は信徒でない者から強奪した食料であり、実情は集めた信徒からお布施として金品を巻き上げ私腹を肥やし、不都合は全て聖教会と国王に擦り付ける、宗教団体と言うより性質の悪い強盗集団だったのだ。
さらに双生解放党は権力のある複数の貴族に取り入って、お布施として集めた金品を少し納める代わりに、貴族の私兵に守ってもらえるよう取引を持ち掛けたのだ。そのため王国騎士団でさえ、彼らの強盗行為の取締りは困難を極めていた。
この時彼らは、国民の不満が自分たちに向かないよう王家と聖教会に対する執拗なヘイトスピーチを行っていた。実際に飢饉への対策が遅れ国中から王家に対する不満が首をもたげており、
もし優秀な指導者がいたのなら、クーデターは免れなかっただろう。
そんな情勢の中王家が「双子が生まれた」などと発表しては、双生神への敵対心を持つ者の心情的に火に油を注ぐ結果になることは明らかだ。
王家は先に生まれたルイを王子として発表し、バーチの出生は秘匿することにした。然るべき時が来たら、王宮と同じだけの警備環境の整った聖教会に彼を託すと。
双生解放党は、勢いはあれど所詮はゴロツキの集まり。どれだけ外で騒ごうとも、正統な双生神の加護を受けた聖騎士団を擁する聖教会の中にまで入り込んで暴れる度胸と実力は持ち合わせていなかった。
双子の王子はしばらくは離宮にて共に暮らしていたが、5歳の時にバーチは「教会に拾われた孤児」と言う名目で枢機卿の預かりとなった。ヴィヴィと面識があるのはそのためである。
王国の情勢はその後もしばらく不安定なままだったが、王家とて手をこまねいているわけではなかった。
外交手腕を駆使して諸外国から食料品を輸入して国民に分配したり、魔術師を動員して各地に貯水池を作り、灌漑を行うための水路を整備した。全ての施策がすぐさま飢饉を解消するものではないため混迷はしばらく続いたものの、各都市に騎士団を派遣して食料品の略奪や住民同士の諍いを取り締まることで、治安も格段に改善された。
国家事業が機能すればするほど動きにくくなっていく双生解放党は、私兵を借りていた貴族に上納金を払えなくなり、隆盛の機微に敏感な貴族たちは国家の優勢を見て何食わぬ顔でこのゴロツキの集団から離れていった。
転機が訪れたのはルイとバーチが10歳になった時だ。
その日はルイが公式に国民の前に顔を出す式典の日で、王城前の広場には多くの国民が集まっていた。
しつこく王家に対する不満を語る集会を繰り返していた双生解放党はそれを好機と式典開始直前まで広場でヘイトスピーチを行っていたのだが、定刻になり、ルイが国民の前に姿を現した瞬間に、決定的な奇跡が起きたのだ。
それまでよく晴れていたはずの空から水滴がぽつり、ぽつりと乾いた地面に降り注ぎ、集まった国民たちが顔を上げたその時、晴れた空に虹が出現したのだ。
王城のバルコニーに立つルイは、晴れた空から降り注ぐ雨と虹を背に演説を開始した。光と雨を同時に背負うルイを見て、国民は彼こそがまさに救国の象徴であり、先ほどまで口汚く王家を罵っていた素性の知れぬ新興宗教の開祖のことなど取るに足らない存在だと認識してしまったのだ。
これこそは双生解放党の決定的な敗北であり、かの宗教に傾倒していた国民のほとんどが改心し、聖教会へと帰依していった。貴族たちは完全に彼らを見限って聖教会に媚びを売り、ルイの元には数多くの貴族たちからご機嫌取りの品が贈られた。
双生解放党はあっさり瓦解し、開祖がこれまでの略奪や殺人の罪で投獄され聖教会が再び力を取り戻した。
ところがバーチは混乱が収束した後も王家に戻ることなく、そのまま教会で暮らしていくことを望んだ。
彼は王位継承権を放棄し、ルイを陰ながら支えていくことを選んだのだ。
バーチとルイは離れて暮らしてはいたが、お互いを尊重し合えるとても仲の良い兄弟だった。バーチは教会の僧侶や神官に交じって魔術を勉強していたし、ルイは騎士団の訓練生と共に剣術を学んだ。
お互いがお互いの足りないものを補い合う。それはまさに双生神と通じるところとなり、二人の事情を知っている数少ない教会関係者の中には、双生神の遣いでは、と口にする者もいたという。
王国が干ばつを乗り越え、安定した治世がしばらく続いたのち。
各地で強力な魔物の出現が相次ぎ、王国は再び混乱の渦に巻き込まれた。これが今から1年前。王家が冒険者を招集し、国家指定パーティを作るきっかけとなった出来事だ。
遥か昔に勇者によって施された魔王の封印が弱まっていると聖教会の預言者が告げ、その封印の強化を聖教会自身が申し出た。
当初は、魔術の才能で頭角を現していたバーチを筆頭に、優秀な聖魔法の使い手であるヴィヴィ、聖騎士団に所属しているジョルジオが選ばれ、少数精鋭で迅速に動く予定だった。
しかしそれを知って自分も参加すると申し出たのがルイだ。
すでに「勇者の再来」と言われているルイが名乗りを上げれば、各地で魔物に襲撃されて絶望の縁に追い込まれていた国民たちは、それだけで希望を見出すだろうと。
実際にはバーチが行くのなら自分も行くと言って聞かなかったのだけなのだが、ルイの「勇者効果」は確かに絶大だった。
そうは言ってもただ一人の国の跡継ぎなのだから、反対する者も多い。そこで国王が、「国中から集まった猛者たちの頂点になれたら許可する」と宣い、腕に覚えのある冒険者たちを募ったのだ。
その頃、剣だけでなく魔術の腕をも磨いて相当の実力と持っていたルイはこれを了承し、しかもあっさりと成し遂げてしまった。
まさか王子の力試しのために腕自慢を集めたとも言えず、せっかくだからと国が雇い主となって、選りすぐりの実力者たちに各地の強力な魔物に対抗するためのパーティを複数組ませたのが、この国における「国家指定パ-ティ」の発端である。
直球に「勇者」と名付けられたそのパーティは、ルイ、バーチ、ヴィヴィ、ジョルジオの4人で十分の予定だった。ルイはようやくバーチと一緒に過ごせる日々をとても楽しみにしていたし、バーチも同じだった。
長く離れて暮らしていたが、二人は互いにとって兄弟であり親友のような存在だったのだから。
その予定が狂ったのは、どこからかこのパーティの話を聞きつけてきたインフィニス公爵が自分の娘を強引に推薦してきてからだ。
『娘は魔術の類稀な才能を持っており、王子殿下に同行しても申し分ない戦力です! あらゆる面で必ずやお役に立ちます! 是非ご同行させていただきたい!!』
声を大にして推挙する公爵の横には、すでに旅支度を整えましたと言った体で娘が居座っていた。
それがミスティである。
ミスティの魔術の腕は、確かに申し分なかった。巨大な魔物を相手にしても怯まない胆力と、華奢な体から出る圧倒的威力の大魔法は、確かに類稀な才能だった。
インフィニス公爵の権力は国内でも有数で、各方面に影響を及ぼすことが出来る人物だ。下手に突っぱねては角が立ってしまう。しかし存在を秘匿されていた王族・バーチがパーティにいる手前、おいそれと了承するわけにはいかない。
ルイたちはミスティの同行を猛反対したが、国王が断る理由を見つけることが出来ずに、気付けばミスティはごり押しで同行することになっていた。
こうなると、ルイとそっくりの顔立ちのバーチは、ミスティに顔を見られることすら避けねばならなかった。
なにせ国民に知らされている王子はルイ一人。まさか双子の弟がいたということが今更知られては、大きな火種になりかねない。ヴィヴィとジョルジオはすでに知っているので問題ないが、ミスティは別だ。
彼女にも、野心に満ちたインフィニス家そのものにも、バーチが王族であると言うことは知られてはならなかった。いつかルイが王位を継ぐことになった時、彼らがバーチを担ぎ出して争いが起きないとは言い切れないのだ。
それこそインフィニス公爵が無理やりにでも娘を同行させたのは、旅の途中で王子のお手付きにでもなれれば将来は安泰、そのまま王妃の席にでも居座ろうという魂胆だろう。
それでなくとも危険な魔物の討伐に赴く国家指定パーティには莫大な報奨金が出る。例え王子を射止められずとも、報奨金は転がり込んでくるだろうと言う算段をしているのは明らかだった。バーチが王族であると知れたら最後、何をしてくるかわかったものではない。
結果、バーチは自分の容姿がぼんやりとしか判別できなくなる認識阻害の魔術を自分にかけ、他者から見た容姿がこの国における平均的な一般男性かつ、記憶に残りにくいようなものにすることになった。
また髪を伸ばし、黒く染め、目立つ特徴を消すように猫背で過ごすようにした。
人と違う部分があると印象に残りやすい。バーチは目立たないようなるべく話さないように、話しかけられてもどもったり、出来る限り小さな声で必要最低限の対応だけをするようにした。
一部では恐れられ、不吉の象徴とまで言われるカサンドラ・リリーの言い伝えを一笑に伏した彼女が、単純に美しい花を愛でる穏やかで優しい性格なのであればこんな工作は必要なかったかもしれない。
だがカサンドラ・リリーを常に髪に挿し、「アタシが魔物に不吉を運んであげるのよ」とまで言い切ったミスティの性格は、傍若無人で自己中心的で、あまりにも苛烈だった。
身分が下の人間には何をしてもいいと思っているのか、魔物の討伐に行った先では気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こして当たり散らし、魔法まで使って物を破壊したり、ミスティに媚びる若者を使って気に入らない住人に暴行を加えたり、商店で金も払わず飲食をしたり物品を持ち帰るなど、その行いは悪逆非道と言わざるを得ないものだった。
この行いを公爵家は良しとしているのだろうか。ルイたちはあまりのミスティの横暴さに目を疑った。
貴族は、王族は、その治める土地の民を、国民を守る義務がある。有事の際真っ先に行動するべきであり、そのために力を持って統治をしているのだ。決して自分の好きなように権力を行使し、民を踏みにじるために存在しているわけではない。そんなことは、あってはならないのだ。だからこそ魔王復活の兆しに、バーチが真っ先に各地の魔物の討伐に手を挙げたのだから。
ミスティの振る舞いはあまりにも目に余った。ルイは出発したころ彼女を諫めたが、そうすると彼女の暴言や暴力は、バーチに向くようになったのだ。これはルイたちにとって大誤算だった。
ミスティは以前から貴族の中では有名な存在で、数多くの社交の場に出席しており、国内の貴族や主要な聖教会関係者の顔はよく知っていた。
バーチのことを説明するにあたり、下手に貴族や教会関係者であるという方便を使うと訝られる可能性があるため、孤児としたのだ。まさか彼女が、下の身分の人間を人間とも思っていないほど虐げているとは誰も予想だにしていなかった。
結果、ミスティは討伐に向かった先の住民に危害を加えることは減ったが、代わりにバーチが日常的に暴行を受けることになった。
これを見たとき、ルイはその場でミスティを処断しようとした。ミスティが最初にバーチを蹴り飛ばしてそのまま歩き去ったとき、後ろでそれを見ていたルイは咄嗟に剣の柄にまで手をかけていたのだ。
バーチが王族である云々の前に、ルイにとっては大事な弟であり、尊敬できる家族だった。権力を笠に着て好き放題暴れ民を虐げ、その癖王には媚びる、こんな女が大事な家族に手を挙げたなど到底許せることではなかった。
すぐさま大地に還してやろうと本当に思った。だが、それに気付いたバーチが慌てて止めたのだ。ほかでもないバーチに諫められては、ルイは我慢するしかなかった。
その場での粛清は堪えたものの、ミスティがその一回だけでバーチへの暴行をやめるはずがない。ルイが窘めると「孤児なんてゴミ同然のものをゴミのように扱って何が悪い!」と癇癪を起して暴れまわる始末だ。
そうでなくとも戦闘中だったり、今回のように通りすがりに暴行を受けたりしては止める手立てがなかった。
やはり粛清するしかないと断固主張するルイを宥めてバーチが提案したのが、ミスティを追放する策だった。
「カサンドラ・リリーに幻覚作用があるって知ってるかい?」
二回目の大型魔物討伐の際に立ち寄った町の宿でバーチがそう切り出した時、ルイは目をぱちくりとさせた。彼は剣や魔法の腕を磨き、政治や外交については学んでいたが、植物にはまるで造詣がなかった。
「そうなのか? 知らなかった」
「花粉や精油にそういう効果があるんだ。カサンドラ・リリーが不吉だとか言われてきた由来の一つだね」
「あんなの、そこら中に自生しているのに危なくないか? 一般的にそんな説、聞いたことがないけど」
ミスティがいるせいで、人目を気にせずに二人が会話できる場所は宿の個室以外になくなっていた。
この時も、バーチが深夜にルイの部屋に行き、防音用に部屋全体に結界まで張って作戦を立てたのだ。ミスティのせいで余計な手間が増えすぎることは、最初からこのパーティの難点だった。
「長期間に渡って花粉を吸い込み続けると、中毒症状が現れる。それが幻覚や幻聴作用を引き起こすんだ。あの花は花屋に並ぶようなものじゃないし、栽培して毎日世話をしたり長期間生花を飾ったりしなければ基本大丈夫だよ。まあ、髪に挿したりなんかしたらどうなるかわからないけどね」
「!」
バーチの言わんとする相手が誰なのか、名前を聞かずともわかった。ルイはにやりと笑う。
バーチは教会で魔法だけではなく薬学も学んでいた。植物に詳しいのはそのためだ。彼は魔術や医療の分野において国に貢献するつもりでいたのだ。
お互いに進む道は違えども、最終的な目的は国を発展され、民の生活を豊かにすること。
バーチ自身は暴行を受けたところで魔法で防御もできるし治療もできるが、国民はそうはいかない。ミスティのせいで「勇者」のパーティ自体の悪評が立つことも今後に影響してくるだろうし、二人の最終目的のためには、ミスティはどう考えても邪魔だった。
「それで、どうするつもりなんだ?」
バーチに尋ねるルイは、いつもの柔らかで落ち着いた王子の顔ではなく、年相応の悪戯っ子のような顔をしていた。答えるバーチも同様だ。
「あの人、自分からこのパーティに強引に入ってきただろ。こっちから追い出したなんてことになったら絶対にインフィニス公爵が口出ししてくる。でもあの人が自分から辞めるって言いだしたらどうする? 公爵が何を言っても絶対に戻ってきたくないと思うくらいひどい目に遭えば、文句だって出ないだろ」
「なるほどね。でも僕らが守れなかったせいだとか訴えてこないかな?」
「まあ、実際にこっちが彼女を冷遇したりすればそうなるかもね。でも、僕らは常に普通でいい。彼女とは必要最低限友好的に、それから、なるべく口出ししない。他人が巻き込まれそうになった時だけ諫めるようにして、あとは好きにさせたらいい。僕に当たり散らかしてても、君は無視して」
ルイはバーチのその言葉に眉根を寄せた。何がどうあっても許せないらしいのに、無視し続けることなどできるだろうか。
「見たらキレそうだ」
「じゃあ見ないで」
「無茶言うね」
「どうしても目に入った時は僕のことインフィニス公爵だとでも思ったらいいよ。そういう魔法掛けてあげようか?」
「……嫌だけどそれもアリかもね」
最終手段に取っておくよ、とルイは力なくいって、バーチに先を促した。
「それで、辞めさせる方法は? リリーをどう使うんだ?」
「うん。カサンドラ・リリーってどこにでも自生するけど、土壌によって性質に違いがあるんだ。まだ研究段階だけど、瘴気が濃い場所で育った個体ほど、毒性が高い。で、僕らがこれから行く場所って?」
「強力な魔物がいて、瘴気が濃い!」
「そう。あの人、あの花を見るたび絶対に摘んで髪に挿すよね。あんなこと繰り返してたら、そのうち……」
「なるほどね、中毒に陥ると」
「まあ十中八九そうなるだろうね。あんまり近くにいると害になるから、あの人の風下に行かないようにヴィヴィとジョルジオにも気を付けてもらおう」
「どうせアイツ、人を盾にすることしか考えてないから大丈夫だ。いつも僕らが先を歩いてるから」
「それもそうか」
「けど中毒になるまでは結構時間がかかるんじゃないか? それに、具体的にどういう状態になるんだ? 戦闘中におかしくなったりしたら困るだろ?」
ルイの疑問に、バーチは首を振る。
「精製したオイルなんかを直接吸い込んだりすると、その場で幻覚が現れたりするよ。でも、長期に渡って花粉を吸いこみ続けると、別の症状が出る。夢と幻覚と現実がごっちゃになるんだ」
「どういうこと?」
「夢の出来事や自分が見た幻覚を現実の出来事と勘違いする。こう聞くと皆「その程度」って笑うんだけど、これって結構危険なんだよ。下手をすると死んでしまう。夢の中で死んだだけなのに、現実で死んだと勘違いしてそのまま死んでしまった、とか。幻覚で見た魔物に襲われてそのまま死んでしまった、とか。実際にカサンドラ・リリーの群生地近辺では稀にある報告だ」
「ふうん……?」
ルイはそれがどうミスティへの対処に繋がるのかいまいちまだ掴みかねているようで、首を傾げた。バーチは少し内緒話をするかのようにルイに顔を近付けた。
「それで、ここからが大事なんだけど」
「うん」
「感覚を研ぎ澄ます補助魔法って言うのがあって」
「うん」
「恐怖や不安を増幅される魔法って言うのがあって」
「うん」
「僕は精神に少しだけ干渉する禁術が使える」
「……うん」
「それが合わさると……」
「うん……ああ!」
ルイがパッと顔を上げる。バーチの言いたいことは大体見当がついた。
「つまりその中毒症状が出るころにその魔法をアイツに掛けると……」
「そう、一人で怖い目に遭って、パニックになる。そのまま死なれると後味が悪いし、公爵がうるさいだろうからそうなる前に僕が幻覚に介入して、誘導する。現実で発狂するかもしれないから、そっちは僕らが実際に介抱する」
「なるほどね。こっちは見捨ててないし、相手が勝手に出ていくように仕向けるってわけか」
「そういうこと」
バーチはにっこり笑ったが、ルイはしかしやや懐疑的だった。
「でもそんなに上手くいくかな? あの女、悪夢なんて見そうにないけど」
「まあ、悪夢は別として中毒症状って言うのは個人の精神や肉体の強さに関係なく引き起こされるものだからね。毒ってそういうものだよ。大丈夫、うまくやるから」
バーチが自信満々に言うものだから、ルイは疑いつつも了承するしかなかった。バーチがうまくやるというならそうなのだろう。彼の魔術や知識は、並大抵のものではない。
恐らく勝算があるのだろうと、ルイは細かいところは何も聞かなかった。
それが、旅に出て数週間後の密会での話だ。
この策はヴィヴィとジョルジオにも伝えられ、ミスティの態度に憤慨していた2人も即座に協力を申し出た。ただし、ミスティとはなるべく普通に接してくれとのバーチの要望で、3人はなかなか苦心する羽目になったのだけれど。
まずルイはバーチに言われたように、ミスティがバーチに暴言を吐いても暴行を働いても無視をし続けねばならなかった。しかし毎回怒りのあまりミスティを斬り捨てようとするのを抑えなければならず、感情を殺しすぎていつも無の顔でその光景を見つめてしまっていた。
ミスティが「ルイからバーチに向けられている氷のような冷たい視線」だと思っていたのは、実際のところはミスティに向けられた視線だったのだ。
バーチはルイに感情を抑えるように言うとともに、ヴィヴィには「顔見知り」程度の仲に見えるようにしてくれと伝え、ジョルジオには身分や職務に関わらず、出来る限りワイルドで粗野な振る舞いをしてくれと頼んだ。
ヴィヴィはバーチが5歳のころからの付き合いだから実際にはルイよりもよく話をした仲だったし、ジョルジオは厳格なる聖騎士で教会からルイとバーチを命に代えても守るよう命令が下っていたため、どちらかというと臣下の立場だったのだ。
ヴィヴィは面白がって、本来気さくで快活な性格なのを「180度変えて真面目な眼鏡の秀才少年という設定で演技する」と言い始め、ジョルジオは「従兄弟の妻子持ちの放蕩貴族を真似てみます」と真面目に実行してくれた。二人が思いのほか演技がうまかったせいか、逆に感情を押し殺すことしかできなかったルイがぎくしゃくしてしまった。
そして、そこから約半年。魔竜を討伐したところで、ついにその時はきた。
「アンタ、その肩のやつ何……」
魔竜討伐後の凱旋パレードの後、ミスティがバーチにそう言ったのが合図だった。バーチはその瞬間にミスティが幻覚を見始めていることに気が付いたが、特に何も言わずにいつものようにおどおどと周囲を見回してみせた。ミスティはその反応を見た瞬間、「なんでもないわ」と言い捨ててすぐに去っていった。
これまでの旅でミスティは何度も自生しているカサンドラ・リリーを手折って髪に挿していた。魔竜の勢力下は特に瘴気が濃かったため、その地域に自生していたカサンドラ・リリーは、これまでの蓄積分を合わせて中毒症状に十分到達するほど毒性が強かったのだろう。
バーチは去っていくミスティの背に向かって魔術を発動した。本来、弱い魔物や害獣が田畑や商隊キャラバン、馬車などに寄ってこないように周囲を威圧するための魔術だが、バーチはそれを反転させ、周囲がミスティを威圧し、些細なことにでも恐怖を感じるように細工をした。
バーチの才能は、魔術をそのまま行使するだけでなく、効果を一部だけ再現したり、反転させたり、組み合わせたりして使用できることだった。これによってバーチは、大量の補助魔法を一気に複数人に掛けながら、敵となる魔物にまで負荷をかけることができていたのだ。
ミスティはその宴の日の夜から、悪夢に苛まれるようになった。
翌朝早朝に絶叫と共に跳ね起きていたのが、最たる証拠だった。
一日、一日と、ミスティは確実に憔悴していったが、仲間たちはただ、起きてきたミスティに、いつも通りに話をするだけ。ただ、これだけしかしていなかった。誰かから責められるようなところは、彼らには一つもなかった。
「それにしても、どういう幻覚を見ていたんだろうな。なんというか、もっと攻撃的というか……騒がれるかと思った」
ワイングラスをゆっくりと傾けながらルイはミスティの行動を反芻する。
カサンドラ・リリーの中毒症状が出てからのミスティは、昼間は普通に活動しているのに、朝方~昼過ぎごろに突然跳ね起きては暦を尋ねたり、これまで全くやらなかった買い出しを急に始めたり、かと思えば急に遊興に耽ったりと、まるで行動に一貫性がなかった。
一体何があって彼女がそうしているのか、端から見ているだけのルイたちにはまるでわからなかったのだけれど。
かと思えば急にバーチを攻撃したりルイを目の敵にしたりと、謎ばかりだ。一体どんな幻覚を見ていたのか、気になるのも当然だ。
「どちらかと言えば内向的だったね。もっと攻撃的になると思ってたから、意外だったな」
バーチもそれに同意する。ミスティの苛烈な性格から考えて、幻覚としら現れた魔物を現実と混同して街中で魔法を放ったりしないかとそれだけが心配だったのだけれど、流石にそう言ったことにはならなかったのは重畳だった。もしかしたら、彼女の夢の中では、そう言ったこともあったかもしれないが。
ルイは純粋に「大事にならなくてよかった」と安堵しているが、バーチには何となくミスティの幻覚の内容に予測がついていた。
ミスティは毎日悪夢を見ていた。壮大な悪夢だ。毎日毎日、眠るたびにバーチを追放し、何日もかけて強敵の討伐に向かい、そして失敗しては飛び起きる。
あれは、バーチが彼女に掛けた魔法の作用だ。周囲を威圧し恐怖を撒き散らして外敵を追い払うあの魔術は、反転させて恐怖を集めるようにすると、対象が一番恐れている事態を想像させるのだ。
ミスティにとっては「自身の理不尽な死」がそれだったのだろう。ルイにはさらっと伝えたけれど、バーチは聖教会で人の精神に干渉する禁術も習得していた。本来の用途は人間の精神に直接干渉して操ったりするものであり、そのままの用途での使用は禁じられている。
バーチはそれを応用して、人の夢や意識を垣間見たり、少しだけ語り掛けるくらいは可能だった。
バーチの追放も、あの何度も起きた死に戻りも、何もかもがミスティの夢、幻覚の中の世界での出来事。勿論現実に死んでいるわけではないのだから、死に戻ったわけではない。
ただひたすらミスティが夢の中で討伐に失敗しては飛び起きていただけだ。
あの各地の魔物たちも、まだ倒されていない。討伐依頼の状態のままだ。バーチはその情報を、眠るミスティの意識に少し流しただけ。
バーチの追放はミスティの願望。だが、それ以降の出来事は何一つ望みが叶わないものだ。ミスティはさぞ夢の中で憤慨したことだろう。
最後の最後に気力と怒りを原動力にして夢から醒め、バーチに襲い掛かった胆力だけは驚嘆に値する。あそこで起きてこなければ、彼女はそのまま死んでいただろう。
悪運がいいのかしぶといのか……どちらにせよ後味が悪いことにならなくてよかった。おかげ様で彼女を現行犯で捕らえることが出来たのだ。
騎士団に連行された彼女には、王族への暴言、パーティメンバーへの暴言と暴行、各街の住民への脅迫や暴行、器物損壊、金品や商品の強奪、さらに、彼女がルイたちに同行する以前のものとして、魔術の乱用、貴族への暴行、脅迫、金品の強奪、犯罪教唆と、これまでの行いが全て余罪として掛けられた。
さらに彼女の生家であるインフィニス家には、13年前の「双生解放党」との癒着、私兵を使って強盗殺人を教唆し国を混乱させた罪と、領地での過剰なまでの領民への搾取、収賄、さらには公費の横領や記録の改ざんに対する厳罰が突き付けられた。
インフィニス家は取り潰し、ミスティを含めインフィニス家の人間は全て、王国内で一番過酷な監獄と呼ばれるレスト・アライ島大監獄に収容された。
処刑とならなかったのは幸と呼べるだろうか。収容されてからもミスティの幻覚は続いていくのだから、一層不幸なのかもしれない。
「これでやっとストレスがなくなったよ。余計な苦労をしなくて済むし」
ルイは心底思っているようで深く溜息を吐いた。
バーチへの暴言暴行のたびにルイは眉間の青筋を隠すのに必死だったし、相当ストレスだっただろう。
バーチも余計な魔術を使い続ける羽目になったし、ヴィヴィやジョルジオも、各街の教会に寄せられたミスティへの苦情やクレームを伝えられては頭を下げていたし、本当にミスティがいるだけで周囲の人間全てが不幸だったのだ。
「戦力は補強しなくて大丈夫かい?」
バーチはからかうようにそう言った。これ以上余計な人間を入れたいなどとは本人も露ほども思っていない。ルイは勿論そのことをわかっていて、舌を出して見せる。
「当たり前だ! 元々4人で十分だったんだ。ミスティの使える魔術なんて、全部僕らだって使えるんだから」
ルイが掌を上に向けると何もないところに火球が出現し、くるりと回すと弾けて消え去った。杖などなくともルイにはこれくらい朝飯前だった。無論この程度のことはバーチにも出来る。
二人とも、自分たちが攻撃魔法を使えることがミスティに知られたらめんどくさいことになるだろうと、黙っていたのだ。
ルイは聖剣を扱える剣士、バーチは補助魔法に特化した魔術師と、ただそれだけの存在だと思わせることにした。何せミスティは自分の実力に相当自信があったようだから。
所詮井の中の蛙と言うことを彼女はわかっていないし、言ったところで認めることもなかっただろう。
「明日からはようやく気の置けない仲間との旅か。どうなるか楽しみだな」
「そうだね。ヴィヴィとジョルジオにも、変なキャラ設定で過ごしてもらっちゃったし……。毎回ジョルジオがミスティのいないところで僕らに申し訳なさそうにしていたのが可哀相でさ」
「ジョルジオは真面目だからなぁ。ヴィヴィはもうちょっと遊んでもいいとか言いそうだけど」
「ヴィヴィは遊びすぎだからね。ルイももっと遊んでもよかったんだよ?」
「僕はあそこまで器用じゃないんだよ」
ルイとバーチはやっと、本来の姿で気兼ねなく話せる自由を手に入れた。
その日のささやかな宴は結局朝方まで続き、2人は翌日、寝落ちしているところをヴィヴィに叩き起こされることになるのだった。
ようやく「勇者」パーティ一行は、仲間の尻拭いに奔走することなく穏便かつ迅速に討伐を遂行できる環境を手に入れ、破竹の勢いで各地の魔物を討伐していった。
ギーカの狼の魔獣、レンダ沖のゴーストシップ、フィス地方・タリア領のヴァンパイア・ロード。ミスティが破れた全ての魔物は、ミスティを抜いた4人に為すすべもなく討伐された。
問題を起こす人間が消えたことで、彼らの功績は彼ら自身の人柄と共に、正しく評価されることになる。
まさに魔王が蘇らんとする中、双生神の遣わした新たなる「勇者」と称されるようになるまで、そう時間はかからないだろう。
END.
大変長くなってしまいましたが、ひとまずこちらで完結となります!
追放された側が無双する話は多くあれど、追放した側が夢想する話はあまり聞かないなと言うところから考えた話でしたが、正直前後編くらいの短編を想定していたので予想よりもかなり長くなってしまって自分でもどうしようかと思っていました。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想などいただけますと嬉しいです。
またネット小説大賞の応募作にもなりますので、もし良かったなと思われましたらオススメなんかもしていただけたら幸いです。
もっとバーチを活躍させたりしたかったなと言う思いもあるので、そういう外伝みたいなものも書けたらいいなと思います。
なろうでは現在転生令嬢話も連載していますので、良ければそちらもよろしくお願いいたします!
それでは重ね重ね、読んでいただきありがとうございました!




