西へ
また戻っている。
目覚めたのは上等な設えの、アルコの街の宿。
最早一カ月以上ここにいる気がしているが、時間が戻っているため実際だとたった数日だ。
今日は何日だろうか。前回が15日だったから今日は16日だろうか。死に戻るたび日付が1日後ろへずれているから、おそらくそうだろう。
死に戻り。
あのギーカの魔獣の特殊能力ではなかったのか。だとしたらなんなのか。ギーカに初めて遠征に向かった時、パーティは全滅した。
にも拘らず、自分以外の仲間には死に戻ったという記憶はないようだった。そして今回、ギーカではない南方の村で死んだにも関わらず、また時間が戻っている。皆死んだはずなのに、恐らくミスティだけがそれを覚えている。
ということは、特定の相手が問題なのではない。ミスティ自身に、何らかの要因があると見て間違いないだろう。
だが、心当たりはない。
「どうしてなの? 一体何が……」
これまでのことを反芻しても、自分の人生に何らおかしなところなどない。
公爵家に産まれ、幼いころから可愛がられてきた。特別強大な魔力があるとわかり、魔術の勉強をすればどんな魔術でも難なく覚えられた。補助魔法なんかはミスティには地味でいまいち効果の実感もなかったため、不要のものだったが。
大きくなるにつれ、ミスティはその美貌とスタイルで男を魅了していった。何人もの貴族から求婚もされた。父はその中でも最大の良縁を選ぶと約束してくれた。
そうした矢先、王宮から魔王復活阻止のための人員選抜のお触れがあったのだ。
選抜者はもちろん、実際に阻止に成功した者には莫大な褒賞に、地位と名誉を与えると。
ミスティの父がこれに食いつかないわけがなかった。しかも、王太子殿下が特別にパーティを率いるとか。そちらは選抜とは別に国王陛下が直々に声をかけると聞き、父親は飛びついた。持てる限りの権力を駆使してミスティを推薦し、見事王子であるルイの率いるパーティにミスティは指名された。
「勇者」パーティと称されたこのパーティは、実際、一人を除いてだが、実力者ばかりがそろっていた。王城を出てから数々の街を回り、住民を脅かす危機を排除してきた。どれ一つとして躓いたことはなかった。
そんな経歴で上で、公爵令嬢として育ってきた中でも、これまでの討伐の旅の中でも、ミスティの身に不審なことが起きた記憶は一度としてない。
どこかで討伐した魔物にそう言った特殊な力を持ったものがいただろうか? どこかで出会った者の中に怪し気な呪いを使うものがいただろうか?
いや、どれにも心当たりはない。しかし、知らぬうちにそう言った呪いめいたものが掛けられていたとしたら? 死んで初めて発動する何かであるとしたら、ミスティが気付かないのも無理はない。だが、そうだとしたら一体どうやって特定すればいい?
わからない。何が原因でこうなっているのか。ギーカにさえ行かなければいいとそう思っていたのに、そうではないとなるとどうすればいい?
とにかく自分の身に何かが掛かっているのかどうかを確かめなければならない。それから、とにかく死なないルートを探すしかない。
北も南も死ぬのだとしたら別の道しかない。東はすでにこれまで討伐してきた道のりだから、引き返したいと言ってもルイは了承しないだろう。
では次に向かう先になるのは、西しかない。
早いうちに進言しておかないとまたギーカに行くことになってしまう。これまでの経験では、出発のおおよそ2,3日前には目的地に連絡をしているようだったから、行先を変えるなら今のうちだ。
ミスティはベッドに寝ころんだまま、大きく息をついた。
今度こそは、死に関わるような依頼は避けなければならない。
「西?」
翌日、前回と同じように仲間たちが朝食をとって談話スペースに集まった頃合いを見て、ミスティは提案した。
西の方には何か依頼はないのか、と。
珍しいミスティの質問に、ジョルジオもヴィヴィもキョトンとしている。ルイは怪訝そうにしつつも、依頼書の束のようなものを取り出して捲り始めた。忌々しいバーチは相変わらずソファの隅でおどおどしている。
「西か……。うーん……正体がまだわかっていないものならあるけど……」
「わかってない?」
ミスティは腕組みをした。得体の知れないものにまた遭遇するようでは本末転倒だ。確実に正体がわかっているものの方が良いに決まっている。
「内容はどうなの?」
「家畜数頭が襲われていたと報告が来ているね。まだ魔物なのかただの獣なのかもはっきりしていないそうだ。牧草地だから、これまでにも何度か獣の被害はあったみたいだけど」
「家畜ねえ」
家畜を襲うような魔物ということは、それほど知能が高いものでもないだろう。それに襲われた数もさほど多くない。頭数がわかるということは連れ去られたわけでもなく、その場で倒されていたということなのだろう。
「それ以外の被害は?」
「今のところはまだ」
「ふうん」
襲われた数から考えれば、ある程度相手の推測は出来る。数頭の被害であればさほど大きな群れを率いているわけでも、巨大な体をしているわけでもなさそうだ。
眷属を無制限に近いほど召喚出来るギーカの魔獣や、山のように巨大なゴーストシップなどよりよほどマシだろう。
「いいじゃない。アタシたちで調査してみたら? なんだかわかんないから怖いってんでしょ?」
「まあ……それはそうだけど」
ルイはやはりあまり乗り気ではないようだった。
基本的に、被害が出ているけれど何の被害なのかわからない場合、冒険者ギルドが調査を行う。その上で、冒険者ギルドで依頼を受けるか、もしくは国の指定パーティに託すかの判断が下されるのだ。まだ被害の出始めたばかりの調査依頼の状態なのであれば、彼はきっとギーカやレンダを優先したがるだろう。
「いいんじゃないか? そういう依頼も」
助け舟は思わぬところから寄越された。ジョルジオだ。彼は次の目的地を話し合う際にはよくルイから意見を聞かれている。とは言っても、ルイの頭の中には明確な行先ルートがあって、
それに沿うためのアドバイスではあるのだけれど。
「ジョルジオ……だが……」
「その依頼書が手元にあるってことは、ある程度の難易度の依頼ってことだろう? 冒険者ギルドで対処しきれない可能性もある。最初から未来ある冒険者を犠牲にするよりは、不測の事態に対応できるオレたちの方がいいってこともあると思うぞ」
「……そうだなぁ……」
「なんなら、もう少し詳しく話を聞いてみるだけでもいいと思うが……。まあ、一意見だ。あくまでもリーダーはルイだからな!」
ジョルジオは気さくにそう言う。そう、最終決定権はあくまでルイにある。ミスティは無言で決断を待った。下手にごり押しすると不審に思われてしまうかもしれない。急に行先に口を出したことに言及されても面倒だった。
「……もう少し、ギルドで話を聞いてからでもいいかな。今日中には決めるよ」
「もちろんだ。ミスティもいいよな?」
「……ええ。早めに決めてね」
「わかった」
ルイはそう言うと、早速ギルドへ向かうことにしたようだった。一人で談話スペースを出ていく。
ミスティはふう、と息を吐いた。ジョルジオは上機嫌でコーヒーを口にしている。
「どういう風の吹き回し?」
「んん? 何がだ?」
ミスティがじとりとにらむも、ジョルジオは飄々とした調子で返す。
「アンタがアタシの肩持つなんて」
「そう邪険にするなよ。お前が行先を気にすることなんてそうそうないだろ。何か理由があるのかと思ってな」
ジョルジオは事も無げにそう言った。特に恩着せがましいところも、根掘り葉掘り聞こうとする素振りもない。面倒見がいいだの兄貴肌だのと冒険者たちに慕われる理由はこういうところなのだろう。
「フン、まあ感謝してあげる」
「そりゃあどうも」
ジョルジオはミスティの横柄な態度にもまるで目くじらを立てない。ヴィヴィはそんなやり取りを見てしっかりと口を噤んでいるというのに。
ミスティはそれ以上の会話は無用と髪を払い除けると、談話スペースを立ち去った。
ルイはその日の夕方には目的地を決めたようで、西のフィス地方へ向かうことになった。
正体不明の魔物が相手となると、パーティの準備も忙しくなる。ルイたちが準備を進める中、ミスティは彼らとは別の意味で慌ただしく過ごすことになった。
今回覚醒した日は、タミト月の16日だった。やはり1日ずつ経過しているという予測は正しかったようだ。
盛大な宴が終わった翌々日である。バーチの追放は、タミト月21日の午前。ミスティたちがアルコを出発するのは22日の朝だ。
どんどん準備をする時間が短くなっていく。ミスティはアルコの街で話題になっている占い師や呪い師、果ては聖教会の神官などの元を方々訪れたが、ミスティ自身に何らかの呪いのようなものが掛かっているといった情報は得られなかった。
念のためそれとなくヴィヴィにも呪いのようなものはあるのかと聞いてみたが、そんなものがあればすぐに気付くと断言されてしまった。
原因は特定できないまま、日は過ぎていく。バーチは追放するのだから、魔道具だって必要になる。馬車もルイに借りるよう言っておかなくては。
慌ただしく動いている間に、バーチはいつも通り追放され、出発の日がやってきた。
今回のバーチの追放では、南方に行く時よりもヴィヴィからの反発は少なかった。ゴースト系との戦闘でもないし、ヴィヴィの負担が少ないためだろう。
ただ、若干難色を示したのはジョルジオだった。正体がわからないということは盾役であるジョルジオは広範囲を警戒しなければならない。補助がなくとも彼ならば不可能ではないだろうが、負担は大きくなる。
結局ルイが、バーチがいることのデメリットについて説いたことと、すでにバーチがアルコの街を去っていることで、ジョルジオも渋々追放を了承した。
バーチ追放の翌日、一行はまた住民たちに見送られながらアルコの街を後にした。
ルイは相変わらず、ギルドの馬車は御者なしで借りていた。今回もジョルジオと二人で交代しながら移動するつもりのようだ。
西のフィス地方というのは広大な牧草地が広がる、酪農や農業の盛んな地域だ。この国の穀倉地帯だけあって、大きな街と言うよりは、大きな農園が点在している地域である。
家畜の被害にあった農園はフィス地方でも北の端にあり、隣り合わせのタリア領と接地している場所だった。
馬車で行くと、おおよそ一週間ほどだろうか。北西方面にフィス地方を横断し、特に何事もなく道中は過ぎ去っていった。広い平地と安定して穏やかな気候と陽光に恵まれた土地のため、大型の魔物が潜むのに適した環境ではないのだ。
農園に着くと、一行は農園主の歓待を受けた。家畜被害の最初の報告から半月は経っているが、なかなか調査が来ず焦れていたそうだ。その間にも数日置きに家畜は被害に遭っており、気が気ではなかったらしい。
歓待を受けた後、休むでもなく早速ルイが農園主へと聞き込みを開始した。
「被害地域は、農園全域なのか? 従業員への被害は?」
「人が襲われたことはねぇです。襲われた家畜は大体北川のタリア領寄りの柵に近いあたりでやられておって……そっちにはなるべく行かんようにはしとるんです。柵まで新しく内側にこさえたんですが、そうすっと、今度ぁその内側の柵のあたりでまたやられて……」
農園主によれば、山羊や羊が多く襲われていると言う。その場で血を流して倒れていたりそもそもいなくなってしまっていたりと様々らしいが、どれも派手な外傷がなく食い荒らされたと言った印象もないため、大型で肉食の魔物ではないと推測しているようだ。
「襲われた状況に規則性は?」
「大体夕方から明け方くらいが多いですなぁ。明るいうちは魔物も獣もあまり動かんと聞きましたし……」
「夜は家畜を獣舎に入れてしまわないのか?」
「ここらの農園は、どこも放牧地は柵で囲っとりますから、基本的にある程度大きくなった動物は昼夜通して放しとるんですよ。そりゃあもちろん安全を考えて獣舎に入れたりもしましたがねぇ。そうすると動物たちのストレスが増えましてなぁ……」
農園主としても家畜を半分に分けて交互に獣舎に入れたり、夜間の篝火や巡回を増やしたりしたのだという。それでも、一度も襲われているところは見たことがないらしい。
なのに明るくなって、巡回をしていると被害にあった家畜が見つかるのだとか。
「どうだ、ジョルジオ。怪しい気配や魔物が潜んでいそうな印象は?」
農園主とのやり取りのあと、農園を実際に見て回りながら、ルイが問う。今やこの農園は、北側に広がる放牧地を半分近く柵で囲んでしまっているらしい。
周辺を注意深く見ながら巡回して農地の北端まで確認しにきたが、ジョルジオの眉間には皴が寄っていた。
「ううむ……見たところこの広い平原に怪しいところがあるとは思えんなぁ。地面に潜むような魔物かと思ったが、実際に見ても地面に変な穴があるでもなし……。周辺に獣の足跡なんかも見当たらないってことは、地面と無縁の……それこそ大型の鳥だとか、羽のある魔物の可能性はあるな」
「ハーピーとか、ワイバーンとかでしょうか。彼らなら、山羊や羊なら連れ去ることもできますね」
ヴィヴィの補足にジョルジオは頷く。腕が羽になっている半獣半人のハーピーも、中型のドラゴン種であるワイバーンも、山羊や羊程度の大きさであれば鉤爪のついた足で攫えないことはない。ただ、餌のため連れ去る可能性はあるが、襲うだけで去るというのは些か考えにくかった。その場で食いついたとあればもっと無残な死骸が出来上がるだろう。外傷が少ないはずがない。
「例えば飛行型だった場合、ねぐらの検討は付くか?」
ルイの問いに、ジョルジオはまた周辺をぐるりと見まわす。
農地は広大で、見晴らしも良い。低木が点在しているが、身を隠すほどのものでもない。となれば、
「まあ十中八九、タリア領の方からだろうなぁ」
ジョルジオの視線が柵の向こう側に留まった。
柵のすぐそばは平地が広がっているが、そこから少し北へ行った先には深い森がある。そしてその奥には、今は廃墟となった旧タリア領主の城が聳え立っていた。




