第百三十五話
あれから二日経った。今日から新しい迷宮へ行く。今は組合で依頼表を持って受付に並んでるところだ。
「今日はいっぱい並んでるなぁ」
「本当ですね。何かあったんでしょうか?」
「いつもこんなもんじゃない?普段あたしたちが組合に来る時間が遅いだけだと思う」
「そうだな」
そうか、いつもが遅いんだ。ここはセトルより始動が早いのか。
「おはようございます。今日は早いんですね」
「あ、おはようございます、ミレナさん。これ依頼表です」
今回受けたのは、新しい迷宮の調査依頼だ。内容は、迷宮の地図の作成と出てくる魔物の種類と大まかな分布図の作成。
「これを受けられるんですね。なかなか受けてくれる組がいなくて困ってたんです」
「え?そうなんですか。新しいところなんて皆こぞって行きそうですが」
新しい迷宮なんて皆喜んで行きそうだけどな。いい宝物があるかもしれないし。
「見つかった当初は、そうだったんですが出てくるのが死霊系なので、この街の冒険者では対応できる人たちがそんなにいないんです」
僕たちは偶々対抗できる装備とニーナがいるから行く気になったけど、無かったらちょっと躊躇するかぁ。
「あ、でも少し前に一組向かってますね。でも三人組みたいですのでもう諦めてるかもしれないですね」
ミレナさんが資料を見ながら教えてくれる。
「そんなこと教えてくれてもいいんですか?」
「え?ああ、これくらいの情報なら大丈夫ですよ。リュウジさんたちはどのくらいの期間を予定してますか」
「ええと、とりあえず道程含めずに二、三週間くらいです」
この迷宮に行くには、手前にある村まで乗合馬車で二日で行けるけど、そこから歩いて二日ほどかかるらしい。往復に八日、迷宮に十四から二十一日ほど潜る予定なのでほぼ一か月はかかる。
「わかりました。気を付けて行ってきてください」
ミレナさんの視線は僕たちを見てるようで、ガルトを見ている。これは間違いないなぁ。
「はい、行ってきます」
あまり長居すると待ってる人の迷惑になるか。早いとこ出発しよう。
組合を出て半島方面に行く乗合馬車を探す。目的地は街の東にある半島の山の中にある。
「あ、あれじゃないですか?」
ニーナが指さしたほうを見ると、なんと言うか…幌もないし、ただの荷馬車だな。御者席には猫背気味で麦わら帽子を被ったお爺さんが一人。
「すいません。半島方面に行くのはこの馬車で合ってますか?」
僕が声を掛けると遠くを見ていたお爺さんがこっちを見る。
「んあ?お客さんかい?」
「新しい迷宮へ行きたいんですが、途中にある村まで行くんですよね?」
「そうじゃ。…そうかぁ、あそこへのう……んむ、これであっとるよ。もう少しで出るから乗って待ってておくれ」
新しい迷宮へ行くと言ったら、なんだかちょっと歯切れが悪い。なにかあったんだろうか。
お爺さんに言われた通りに荷台部分に乗り込んで腰を落ち着ける。荷物と合わせて四人乗ったら丁度定員だな。
「御者さんってあんなお年寄りでもいいんだね。もうちょっと若い人の仕事だと思ってたよ」
「んー、普通はそうなんだけど、行く先が村と人気のない迷宮だからかな?見たところこの乗り合い馬車も定期便じゃなさそうだし」
「確かに僕たちの他に行く人はいないみたいだな。そういえば組合で聞いた三人組っていつ頃行ったんだろう?」
「あの三人組なら五日前くらいに連れて行ったぞい。戦士二人に神官様じゃったかなぁ。今頃は迷宮に行っておるかの」
僕たちの会話が聞こえたらしく、お爺さんが答えてくれた。
死霊系が出る迷宮に戦士二人と神官一人のパーティで行くって、どうなんだろう?神官がいない僕たちよりは勝算が高いのかな。まぁ、知らない人達の心配してもしょうがないか。無事なことを祈っておこう。
「そうなんですね。迷宮の中で会うこともあるかもしれないですね」
「そうじゃの。良い三人じゃったから,無事だといいのう」
それから御者のお爺さんも交えて雑談をしながら待つことになった。
「そういえばお爺さん、この馬車の料金って凄く安くないですか?片道大銅貨一枚でしょ」
普通の乗合馬車だと距離にもよるけど、大銅貨三枚から五枚はする。
「それはな、ついでじゃからじゃよ。儂はこれから行くカルトート村で村長をやっとるんじゃが、フルテームの街に農作物や作ったものを卸しに来るんじゃよ。じゃから、安くても問題なしじゃ」
「村長さんなんですか。でも、護衛もなくて大丈夫なんですか?」
今からは僕たちが護衛できるからいいけど、フルテームの街に来るときに一人で大丈夫なんだろうか?
「まああの辺りは、魔物もほとんどおらんし、盗賊なんぞも盗るもんがありゃせんでおらん。大丈夫、大丈夫」
かっかっか、と笑いながら手綱を操作するお爺さん改め、村長さん。
「そうなんですか。まあ何かあったら対処しますね」
「そうか?それはありがたいのう。その時はよろしくの。じゃあ、出発するぞい」
時報の鐘が鳴り、周りが騒がしくなる。この鐘で出発する馬車が出口の門に向かって動き出す。
村長さんも手綱を操って馬車をゆっくりと進ませ、最後尾につく。
「まあ、最後でいいじゃろ。急くこともないしの」
言葉通り列の最後で門をくぐる。引く馬は、大分草臥れているように見えるけど、足取りは力強い。
行く先の迷宮は、フルテームの街から南東方向にある。馬車はゆっくりとしかし確実に道を東に向かって進んでいく。
「あいたぁ。やっぱり、揺れがひどいなぁ。道が酷いのとサスペンションがないからしょうがないか」
轍に嵌って進んでるときは比較的いいんだけど、時々石でも踏むのか大きく上下することがある。座席なんて無いから荷台の板に直で座ってるから振動はお尻を直撃だ。
「こういう時は、これがいいかな」
いつも寝るときに使うマットレスを二枚取り出し並べて設置しよう。
「ごめん皆、ちょっとこれを敷くから立ってくれる?」
「はーい」
僕が声をかけるとみんなはすぐに立ち上がってくれる。そしたら、リュックサックからマットレスを取り出して空気を入れて並べて床に敷く。
「はいありがとう。座っていいよ」
個人持ちのクッションでもあればよかったんだけど、無いものはしょうがない。一人が動くと同じマットに座ってる人に揺れが伝わってしまうが、何も無いよりはよっぽどいい。
「あー、お尻が痛くないのはいいねぇ。何でもっと早く気が付かないかな?」
タニアは恨めしそうに僕を見る。ニーナはそんなタニアを見て微笑んでいる。ガルトは初めてマットを見たのか、表面を摩ったり裏側を見てみたりしている。
「これは、いいな」
ガルトがポツリと零す。
「いいだろ?寝るときに使うやつなんだ」
「野営の時もぐっすり眠れるよ。ただ三枚しかないんだよね?ね、リュウジ」
「そうなんだ。もうすぐ知り合いの商人から販売されるはずだから売り出したら買おう」
「うん、あたしも絶対買う」
「ん?タニアも買うの?共同資金で買うよ?」
「あたし個人的に欲しいんだ。いいでしょ?」
「もちろん問題ないけど…でも持ち歩くのは大変だよ?」
小さく丸めることができるけど、筒状になるから結構嵩張る。
「そこは…さ。ね?リュウジ、お願い?」
可愛く首を傾げてこっちを見つめるタニア。そんなことしなくてもリュックに入れる分には断らないよ。
「それくらいならいいよ」
「やたっ」
それから暫くの間馬車に揺られ、流れていく景色をぼーっと眺める。マットを敷いてからお尻の痛みも軽減してのんびり進んでいく馬車の振動が心地よくて、凄く眠くなってきた。
いつの間にか意識を手放していたみたいで気が付くと横になって寝てたみたいだ。
「あ、目が覚めましたか?もっと休んでてもいいですよ」
後頭部が柔らかくて温かい。声を掛けられて目を開けると僕を覗き込むニーナの顔が目の前にあった。
「あれ?寝ちゃってたのか。もしかして膝枕してくれたの?」
「はい。可愛い寝顔でしたよ」
「そっか、ありがとうね。重かったでしょ」
「そんなことありませんよ。幸せな重さです」
体を起こして、ガルトとタニアのほうを見ると二人とも荷台の壁に体を預けて器用に寝ていた。
「ニーナは起きてたの?」
「はい。リュウジさんの髪を撫でながら寝顔を見てたので眠くはならなかったです」
「そ、それは…よかったね…」
この歳になって寝顔を見られるのはなんだか、もの凄く恥ずかしい。しかも頭を撫でられてたなんて。
幸いなことは誰にも見られていなかったことか。タニアなんかに見られてたらどれだけ揶揄われるか。
「あ、リュウジさんが真っ赤になってます。ふふ、珍しいものが見れました」
名残惜しいけどニーナの膝枕から起き上がる。
「あ。もうちょと…」
「あ、いや、そろそろ休憩かなと」
御者席の村長さんを見ると、
「ほれ、あそこで休憩じゃよ」
と大きな木が一本だけ生えている場所があった。そこで休憩か。
「じゃあ、二人を起こすか」
「はい」
ニーナがタニアを、僕がガルトを起こす。
「ふぁ~、よく寝たー」
「んむ、すまん」
「そろそろ休憩だって」
お日様はほぼ頂点、お昼だ。
「あそこでお昼休憩じゃな。馬が儂と一緒で爺じゃからな、ちょっと長めじゃ」
「それじゃあ、僕たちも昼ご飯でも食べようか」
「さんせーい」
タニアとニーナに手伝ってもらってスープでも作るか。
「村長さんも食べますか?簡単なスープくらいですけど」
「なんと!儂まで相伴に与ってもいいのかの?…ではありがたく」
僕が頷くと嬉しそうに笑う村長さん。
「タニア、ニーナ、手伝ってくれる?今からいろいろ出すから」
「はい。何すればいいですか?」
「わかったよん」
リュックから焚き火台、鍋、机、食材などを次々出していく。
「タニアはニーナと食材を切ってね。僕は火をつけて湯を沸かすから。ガルトは周りの警戒をお願い」
「わかった」
普通なら石を組んで竈を作るんだけど焚き火台で出来ちゃうから薪を出して火を点けるだけだ。
生活魔法で薪に火を点けて五徳の上に鍋を置いてこれまた生活魔法で水を出す。
「味付けはどうしよう。塩?あ、味噌にしよう。せっかく買ったから使わないと」
買った味噌は赤味噌だ。大豆が原料だって言ってたからな。出来上がったらみんな吃驚するかな?前に食べに行ったから大丈夫か。
「リュウジ、はい、お肉切れたよ」
「ありがと、タニア」
「こっちも切れました」
「ニーナもありがと」
まず、切ってくれたオーク肉を熱した揚げ焼き鍋で表面の色が変わるまで炒める。その間にニーナが準備してくれた野菜を鍋に入れ、炒め終わったオーク肉を後から入れる。
灰汁を取りながら具材に火が通るまで煮込む。本当は、出汁を入れたいんだけどないからなぁ。今度海岸に行って昆布でも探そう。
煮込んでる間に揚げ焼き鍋を洗って、空いたところに網を置いて人数分のパンを炙ろう。
「あー、いい匂いがしてきたー。リュウジまだー?」
タニアのお腹が限界か。
「もうちょっと待って。今から味付けするから」
リュックから味噌樽を取り出して大き目のスプーンで山盛り掬って箸で溶かしていく。濃いめが好きだから味噌は多めにしよう。味見して調整するんだけど、なんか足りない気がする。まあいいか。
「よーし、出来た。みんな、お待たせ、ご飯にしよう」
作ったのは豚汁ならぬ、オーク汁。なんだかちょっと嫌な響きだな。まぁ豚汁でいいか。
「うわぁ、すごい色してますね。…この匂い、あ、あのお店のスープですか!」
ニーナは気が付いたみたいだ。
「ん?あのお店?」
「ほら、タニアが教えてくれた魚料理が美味しかった店だよ」
「あー!リュウジが泣いたとこね」
うぐ、そっちを思い出したか。事実だから否定しようがない。
喋りながらちょっと深めの容器に注いでいく。パンもいい感じに焼けた。
「みんな行き渡ったね。じゃあ、頂きます」
僕がそう言うと村長さんを除いたみんなも唱和してくれる。
「なんじゃ、この黒いスープは。食えるんか?」
「とっても美味しいですよ」
初めて見ると食べれるものに見えないか…ほんとはパンじゃなくて、麦飯がよかったけど炊く時間がないか。




