第百三十四話
出口まで戻ってくることができた。あれからゴブリンや大蟻と遭遇したが、今更苦労することもなかったな。
「無事戻ってこれて良かったなぁ。大死蜂も何とかなったし、ほんと良かった」
僕が心底安堵しているとタニアが真面目な顔で話しかけてきた。
「リュウジ、その大死蜂なんだけどさ、あたしたちの実力だったら全滅してた可能性のほうが高いはずなんだよね」
「そうなの?」
「そうだ」
ガルトも肯定している。
ニーナは僕と同じで、大死蜂がどれだけ危険な存在なのかよくわかっていないのか何も言わずに話を聞いている。
「そうだよ!あの大死蜂に無傷で勝ったんだから凄いことなんだよ?あたしたちって鉄級になったばかりだよね?」
「タニアは僕とニーナよりも早かったけどね。あとガルトは、だいぶ昔になってるんだよね?」
「それでも!それでも、あたしだってセトルの町でなったんだからそんなに変わらないよ。いくらガルトが入ったからって、こんなに上手くいくとは思えないんだ。いや、上手くいったのはいいんだけどさ、上手くいきすぎなんだよね」
タニアの言いたいことはわかる。きっと僕の女神様の祝福が関係してるはずだ。ニーナの魔法もタニアの弓も出会った頃より精度も射る速さも上がってるような気がする。
「それだけ僕たちが強くなったってことじゃないの?」
「私も魔法を待機させることができるようになりました。できることが増えているのは確かです」
ニーナなんかは見違えるほど凄いことになってる。
「そう!それがまずおかしくない?あたしも弓の腕が滅茶苦茶上がったんだよ?なんで?」
そこで僕のほうを見るタニアとニーナ。これは僕が原因だって疑ってるね?きっとそれが正解だと思う。
「前に話したかもしれないけど、僕には女神様の祝福があってね、僕の周りにいる人は今までに努力した分成長するみたいなんだ。これからはどうかわかんないけど、タニアとニーナは今までの努力が報われた状態ってことになるんだ」
「そうなんですね!リュウジさんはやっぱり凄いです!」
ニーナは僕を見てキラキラの笑顔、タニアは腕を組んで軽く俯き何か考えているみたい。
「そっか、あたしの今までやってきたことが報われたってことなのか…そっか…それであの結果なのか…」
これ以外に原因と思えるものがないからなぁ。
「まあ、僕たちが強くなってるのはいいことじゃないか。ガルトも暫くしたらもっと凄くなると思うよ」
「そうなのか?」
ガルトまでそうなったら、僕だけ弱いままになっちゃう。でも、これからも訓練は続けていくつもりだからいつかは追いつく。きっと。
「皆が強くなっても見捨てないでね」
「そんなことしませんよ!私はずっと一緒にいます」
「あたしも付いてくよ。面白そうだもん」
ガルトも深く頷いている。
「ありがとう。皆に追いつけるように頑張るよ」
ここ二、三日は朝の鍛錬サボってたからなぁ。明日からまた再開しよう。
「さあ!街に帰って明日から準備に入ろう!」
タニアが一つ手を叩いて気分を入れ替える。街に帰って美味しいものでも食べよう。
深森迷宮を出て、乗合馬車で帰り組合でゴブリンや大蟻、大死蜂の討伐証明部位を提出するとそれを見た受付のミレナさんが吃驚して両手で口元を押えて目が見開かれた。瞳孔がきゅっと縦に細くなる。
「ええ…と、大死蜂に襲われたんですか?よく生きて帰ってこれましたね」
ミレナさんも僕たちが大死蜂に襲われたら勝てないって思うんだなぁ。ほんとによく無事に帰ってこれたもんだ。
「何とか倒すことができましたよ。仲間が優秀ですからね」
僕自身は大したことをしていない。大死蜂に攻撃されないように絶え間なく必死に剣を振ってただけだ。
「そんなことないですよ。大死蜂と戦って大きな怪我も無く帰ってこれるのは優秀な人だけです。なのでリュウジさんも十分に優秀だと思いますよ」
「そうなんですか?ありがとうございます。まあ、大死蜂が一匹だけだったのが幸いでした」
あれがもう一匹いたら間違いなく詰んでた。
「お待たせしました。はい、引き換え札です。あまり無理はなさらないでくださいね」
ミレナさんにも気遣われてしまった。
「ねえ、ミレナさん。大死蜂ってあたしたちが探索してたところで出会ったって報告ある?」
「ちょっとお待ちください、調べてみます」
タニアに聞かれたミレナさんは、受付の奥にある扉から奥の部屋へ行く。
暫く待っているとミレナさんが出てきた。
「調べてみましたがそのような報告はなかったですね」
「そっか。あたしたちはこれからは深森迷宮には入らないからさ、気にしててもらえるといいと思うんだ。なーんかちょっと引っかかるんだよねー」
「わかりました。気にしておきますね。ありがとうございます」
タニアとミレナさんは大死蜂と出会った場所を確認していた。
「深森迷宮に行く冒険者に注意を促すことにします」
「よろしくお願いします。それでは」
受け取った交換札を換金し、組合を出る。
「大死蜂って凄いね。一匹で大銀貨八枚なんだ…」
ゴブリンとか大蟻も含めて金貨三枚ちょっとになるなんてなぁ。
「報酬はいいけど、もうやりたくはないね」
「今回は上手くいったのでよかったですけど、私たちにはまだ荷が勝ちすぎますね」
受け取った報酬を四等分して余りをパーティ資金にする。明日から買い出しとか色々あるから上手いものでも食べて早めに床に就こう。
「ふぁ~」
まだ暗いうちから起きて、昨日借りた桶に魔法で水を出して身支度を整えてから朝の鍛錬に行こう。
ニーナたちを起こすと悪いので、静かに扉を開けて一階に降りる。
「おはようございます!」
柱の陰からニーナがぴょんと飛び出してきた。
「うわぁ、吃驚したぁ。ニーナ、おはよう」
「リュウジさん、走るんですよね?一緒に行きましょう!」
待っててくれたのか。ニーナは運動できる格好をしてきてる。今日からやるって誰にも伝えてないのに、いつ気が付いたんだろう?
「うん、行こうか」
「はい」
朝靄で霞むフルテームの街をニーナと並んでジョギングする。
「ニーナは、今日から、やるって、いつ、気がついた、の?」
「なんと、なくです。そろそろ、かなって、思ったので、あそこで、待ってました」
走りながらの会話なので途切れ途切れになってしまう。
「私も、そろそろ、やらない、とな、って、思って、ました、から」
そう言って微笑むニーナ。ちょうど朝日が昇り、僕たちを照らす。ニーナの金髪がキラキラと輝いて綺麗だった。
走り終わったら素振りだ。一度部屋に戻り、リュックから蒼のショートソード(いつも使ってる剣ね)と盾を取り出して宿の中庭へ。
剣と盾を構え、上段からの斬り下ろしを百回。次は、右下からと左下からの斬り上げを百回ずつ。
続けて自分でこれまでに考えたり行ったことがあるコンビネーションらしき連続斬りを少々。
「コンビネーションは誰かに教わったほうがいいかなぁ。自己流じゃどこが悪いかわかんないし…」
剣術なんてやったことないし、剣道ですら遥か昔の中学校の授業でやったことがあるだけだ。女神様に貰った祝福があるからこれまで何とかなってきたように思う。
「セトルの町でちょっと教えてもらったけど、自己流じゃ限界があるよなぁ」
「リュウジさんなら今のままで十分だと思いますけど…」
僕の呟きが聞こえたのかニーナがそう言ってくれる。
「うーん、今までは何とかなったけど、これからどんな強敵が出てくるかわからないしね。できることはやっておきたいかなって思ってさ」
今度行く迷宮でも何が出てくるか情報を集めれば予想は出来るけど、予想外ってことが良く起こるからなぁ。
「あ、そうでした。リュウジさん、浄化の魔法覚えたいって言ってませんでしたっけ?」
浄化の魔法!思わず手を止めてニーナに詰め寄る。
「覚えたい!ニーナも使えないなら一緒に覚えよう」
「ふふっ、そう言うと思って探しておきました。朝ご飯を食べてから一緒に行きましょう」
前世では毎日お風呂に入ってたから体を拭くだけじゃ、なんか綺麗になった気がしないんだよね。
「わかった。じゃあ急いでご飯を食べようか」
今までの訓練で出た汗を服のまま中庭にある井戸から水を汲んで頭からかぶって流す。冷たくて気持ちがいい。
「きゃっ。もう、リュウジさん!」
ニーナのところまで水飛沫が飛んだみたいだ。
「ごめん、やり過ぎた」
「いいですよ。私の分も汲んでくださいね?」
にっこりと笑顔のニーナ。すぐにもう一度釣瓶を落として水を汲みましたとも。
もちろんニーナは僕みたいなことはしないので、水で濡らした手拭いで汗を拭いてから部屋に戻る。
僕は濡れたシャツを脱いで絞る。ズボンも絞ってからまた履く。シャツは手に持っていく。
「よし、お疲れニーナ。部屋で着替えて食堂に集合だ」
「はい」
ニーナに声をかけると両手をパーにして顔を覆って耳まで真っ赤になっている。めっちゃ見てるな、あれは。なんで?……あ、上半身裸だからか。
朝ご飯を食べた後、宿の出入り口で待ち合わせる。
「お待たせしました、リュウジさん。さあ、行きましょう」
ニーナは僕の右腕を取り、ぎゅっと抱いて引っ張る。
「おっとと。で、どこに行くの?」
行き先を聞いてなかったのでニーナに任せて歩き出す。
「タニアさんと買い物してた時に知り合った人がいるんです。その人が浄化の魔法を使っていたのを見たので教えてくれませんかって聞いてみたら、いいですよって快諾してくれたんです」
そんな善い人がいるんだ。っていうか、この世界の人は善性の人が多い気がする。
「それはいい人だなぁ」
「いい人でしたよ」
ニーナについていくと向かう先が分かった。冒険者組合だ。
「なんだ、組合で待ち合わせなのか」
「そうなんです。もう待ってると思うのでちょっと急ぎましょう」
組合の扉を入って中を見ると右の壁側にいる女の人がこっちを見て手を振っている。
「あの人?」
「そうです」
二人でその女の人の所まで行く。よく見ると頭の上に犬に似た丸い耳があった。獣人だったのか。
「おはよう、ニーナさん。その人が恋人?」
「おはようございます。ルニアさん。リュウジさんです」
ニーナはまだ腕にくっついたままだ。わかりやすいかな?
「おはようございます。リュウジです。ほんとはリュウジロウ・ゴトウって言います」
時々本名を言っとかないと忘れそうになる。
「苗字持ちなんですか?貴族様ですか?」
ルニアさんは吃驚して後退ろうとして壁に当たってる。やっぱりそうなるよね。
「いやいや、僕の故郷ではみんな苗字があるんだ。だから貴族じゃないし、気にしなくてもいいよ」
「あ、そうなんですね。私はルニアです。狸の獣人です。自慢はこの尻尾です」
ルニアさんがいい笑顔で自分の尻尾を前に出して見せてくれる。確かにモフモフで立派な尻尾だ。
「ルニアさんは神殿の前で入る人たちに浄化の魔法をかけていたんです。それで、リュウジさんのことを思い出して、思い切って声をかけてみたんです」
「私、これしかできないので生活するためにやってるんです。ニーナさんから話を聞いて役に立てるならって思って」
な、なんていい人だ。
「お礼はお金で?」
「え?いえいえ。いいですよ。でもいただけるのなら…」
そう言ってルニアさんは頭を下げる。本当にいい人だなぁ。大銀貨一枚くらいでいいかな?
財布から大銀貨を一枚取り出してルニアさんに渡す。
「ぅええ?こんなにいただけませんよぅ」
「いや、生活の種を教えてもらうんですからこれくらいは。受け取ってください」
いや、でも…と言いながら渡された大銀貨と僕たちの顔を何度も見るルニアさん。そのうち、諦めたのか大銀貨を持った手を握り締めてまた頭を下げる。
「僕たちも使いたかった浄化の魔法を教えてもらえるんですからとても有り難いんです。冒険者には必要な魔法だと思いますから」
「そうですよね。私もいつか覚えたいと思ってたんです。セトルの町では教えてくれる人がいなくて覚えれませんでした」
そう、組合では生活魔法は教えてもらえないんだ。なんでだったか教えてもらったけど忘れちゃったなぁ。
基本的に生活魔法は神殿で教えてくれるんだけど、セトルの町では浄化の魔法だけは教えれる人がいなくて覚えられなかった。
「では、さっそくやりましょうか」
組合に併設されている食事処兼酒場の場所を借りて三人で席に着く。一応飲み物を人数分頼んでおこう。
「浄化の魔法の詠唱句は『全ての物よ清浄なれ、浄化』です。」
ルニアさんが、僕に掌を向けて唱えると水色のキラキラした光が出て僕を包む。爽やかな風が吹き抜けたような感覚がした後、汗でべたついていた感じがなくなる。
「おおー。浄化の魔法、すごいなぁ。汗でべたついてたのがすっかりなくなったよ」
服もジトっとしていたのがさらっとした感触になってる。
「私もやってほしいです!ルニアさん!」
ルニアさんがもう一度唱えるとニーナも水色の光に包まれる。
「はぁぁ、気持ちいいいですね。リュウジさん、これは絶対使えるようになりましょう!」
「確かにこれは一回やってもらうと体を拭くだけじゃ物足りなくなるな」
「最初は汚れた布とかで練習するといいですよ。いきなり人でやるのはやめたほうがいいと思います」
ルニアさんは、汚れた布が綺麗になるイメージで使ってるそうだ。なるほど、魔法は想像力が大事だったな。
「ルニアさん、ありがとうございました。二人で練習します」
「こちらこそお力になれて嬉しかったです。何かわからないことがあればまた聞いてくださいね」
ルニアさんに見てもらいながらこの場で少し練習して、飲み物を飲みながら雑談をしてから解散となった。
「ルニアさんっていい人だったね」
「そうでしょう。リュウジさん、帰って練習しましょう」
この後、買い出ししながら二人で街を周り、昼過ぎに宿に帰って僕の部屋で浄化の魔法を使えるようになるまで練習した。まあ、そのあとは……また、タニアに揶揄われたよ。




