第21話 『待ち望んでいた結末』
深い海から地上に戻った。
雲一つない晴天の空の下にいるように、今のアヤトは清々しく、心に曇りなど存在しなかった。
そんな生まれて初めての心情になった彼は、まるで自分が別人になったかのように思いながら瞼を開けた。
「おっはよー」
「…無事か?」
視界にまず入ってきたのは笑顔のロザリエと、ちょっと不満そうな面持ちのレイだった。
「はい。大丈夫です。心配をおかけしました」
「なーに言ってんのよ。確かにすごい心配させられたけど……まあ、チャラよねぇ」
「………?」
ロザリエがすごいニヤついている。
アヤトにはその理由はわからなかった。
「どうしたの?」
「いや、うん…ねぇ?」
ニヤついた顔のまま曖昧な返答をすると、彼女はレイの方に視線を向けた。
そのレイの表情はやはり不満そうであった。なぜ不満なのかもアヤトには微塵もわからない。
「まぁ、あれよ。魔法ってすごいわねって話よ」
「確かに魔法はすごいんだろうけど…。なんで急に?」
「気にしなくていいのよ。ただ私は今後あなたたちを見るたびににやけちゃうだけだから」
「いや、その理由を聞きたいんだけど…」
と言ってもロザリエが素直に話してくれる様子にはとても思えなかった。なので話を先に気にすべき方に戻す。
「――ロザリエとレイさんの怪我は?」
「私たちは大丈夫だ。マーネ殿と…あの黒騎士の仲間が治癒魔術を全員に使ったからな。国王や騎士団も無事だ」
「そうですか。ならよかったです」
全員無事で、犠牲者はいないようだった。実に喜ばしいことだ。
「あ、そうそうエレナは? アヤトが私たちのこと見えてるってことはまだ中にいるまだ中にいるんだろうけど…」
「ちょっと待ってて。…エレナ」
『……………』
名前を呼んだ。
しかし、応答がなかった。
「あれ…? エレナ?」
『…………』
また、応答はない。
その時だった。
――その目をした奴はろくな死に方しねえし、周りを不幸にするんだ。
記憶にない言葉が聞こえた。しかしそれが聞こえた瞬間、アヤトはこれまでにないほどの焦りを覚えた。直観的に何か嫌な予感を感じとったのだ。
「エレナ…!」
声音を強くして名前を呼んだ。だが、彼女からの応答は……
『うわぁっ!? び、びっくりしましたよアヤト。急に大声を出さないでください』
「あ、よかった。ちゃんといた」
『ちゃ、ちゃんといたって…。約束したばかりですよ? アヤトを一人にするわけないじゃないですか』
「…うん。ありがと」
そんなことを言われてしまってはどうしても頬が緩んでしまうアヤトであった。
「なんか幸せそうな顔をしてるけど、結局エレナは大丈夫だったの?」
「あ、うん、大丈夫だったみたい。なんか最初は応答してくれなかったけど……というかなんでエレナ最初返事してくれなかったの?」
自分の中にいるエレナに問う。
『ま、まぁ、あんなこと言ったり、その……キスとかした後ですし…少し恥ずかしかったというか…』
「…あぁ、なるほど…」
先ほどのことを思い返してしまい、アヤトまで少し恥ずかしくなってしまった。
「なになに、顔少し赤くなってるけどどうかしたの? ねぇねぇ」
「な、なんでもないよ…」
顔を近づけて質問してくる興味津々のロザリエから、目線を逸らした。
「うふふー。可愛いなぁ全く~」
やはりロザリエが先ほどから上機嫌である。レイが不満そうなことも含めて気にかかりはするが、それよりも気になることがあった。
「…それより、イアンさんはどうなったの?」
「お前はあいつにまでさん付けするんだな…」
瓦礫の下でイアンが放った言葉が耳に届いていたレイはアヤトに呆れつつ、自分が立っていた場所から移動した。
「あそこだ。黒騎士たちが何か話している」
レイが移動したことによって宮殿前にいる黒騎士たちの姿がアヤトの視界に入った。レイの言った通り、仰向けになっているイアンと黒騎士が何かを話しているようだった。
「ねぇ、あのままにしておいていいの? あれを回復させてまた暴れさせたりしないかしら?」
「しないだろう。奴らの目的はあれを殺すことだったようだからな」
別に確証があるわけではないし、信頼しているわけでもないが、レイはそれを確信していた。
*****
「いやぁ、さっきのアヤトくんたちすごかったぁ」
場所は少し移り、宮殿前。
メイアもロザリエと同じようにニヤついていた。ガルノもメイアの発言には同意する。
「ほんとな。殺してやろうかと思ったわ」
「なんでよ! 私があの二人の邪魔はさせないからね!!」
「お前俺らの仲間だろうが…」
「それとこれとは話が別よ! あんなキュンキュンしたのは久しぶりだわ」
なぜメイアがキュンキュンしているかということについてだが、結論から言うとアヤトとエレナのやり取りを見ていたからである。他人の内側を映すというのは魔術の天才のメイアにとってはお茶の子さいさいだった。
ちなみにロザリエがにやけていた理由もメイアと同様で二人のやり取りを見ていたからでだ。
もちろん二人は自分たちが何をしていたか見られていたことなど知りもしないのだが。
「はぁ…、そうかい…」
ガルノはメイアを見てめんどくさそうに首を掻いていた。
「シュバルツ様はわかりますよね!?」
「……ああ。そうだな。彼らはいいパートナーだ」
静かな声でシュバルツが答えると、メイアは嬉しそうに笑った。
「ほら! シュバルツ様だってこう言ってるわよ!」
「あーあー、うるせぇ。お前がいつも甘やかすからこんなんに育っちまったんだぞ。これなら小さい時の方がまだ可愛げがあったわ」
「なっ…。あ、あなたねぇ…!」
「二人とも続きは後にしろ」
そう言うとシュバルツは一歩前へと進んでましたを見下ろす。
「――生きてるな、イアン」
横になっているイアンの瞼がゆっくりと開かれた。
「死ぬ前に聞きたいことがある。いいな?」
全員に穴があき、心臓が貫かれている。なぜまだ生きているのが不思議な状態だ。もうここからの生存など不可能な状態だろう。おそらくメイアが再生の魔術を使用したところでどうしようもない。
「……あぁ…、やっと、だ…」
なぜかイアンの目尻から涙が零れ落ちた。
「オレを…殺して、くれ…」
「待て。何を…」
「頼む…。そいつで、オレを…殺してくれ…」
「…………」
涙を流すイアンは自分を殺せとシュバルツに懇願した。先ほどまでのイアンとは別人だ。
「おいおい、どうしたんだこいつ」
「まるで別人ね。…どうしますか、シュバルツ様。やろうと思えば魔法で情報を引き出せるかもしれませんが…」
「いや、いい。何もするな」
「…わかりました」
シュバルツは黒器を振り上げた。
「何か言い残すことはあるか?」
最後にシュバルツはイアンに尋ねた。
「何も…ない…」
「そうか。…なら安らかに眠れ」
振り下ろされた黒器の刃はイアンの首目掛けて落ちていく。それを見るイアンは優しく笑顔を浮かべて、最後に呟いた。
「……今行くよ…」
イアンの命は首の切断と共にシュバルツによって葬り去られた。




