第9話 『襲撃』
日は昇り、窓からは日光が入り込んでくる。
「おはようございます、アヤト」
意識を覚醒させ、いの一番に耳元から聞こえてきたのはエレナの声だった。
「――――」
「ど、どうしました?」
アヤトは何も映ることのない目で、隣で横になっているエレナを見ていた。
じっと無言で視線を向けている。
十秒以上もその状態が続くと流石にエレナの方が恥ずかしかった。
「――ううん。なんでもないよ」
笑顔を向けるとアヤトは立ち上がる。
そんなアヤトを不思議そうにエレナは見ていた。
――自惚れてたんだよ
何も聞こえない。何も聞かない。
――オマエは、結局…
「おはようございます、エレナ様」
声と共に扉が開かれる。
入室してきたのはレイだ。アヤトが隻腕になってからは、毎朝二人の寝室に彼女は来ている。というのも彼ではエレナを起こして浮遊椅子に移動させるのに時間がかかるからだ。
――なんのために生きてるんだ?
「――――」
アヤトの様子が、エレナにはおかしいとしか思えなていなかった。
何かが確実に変わっている。
それとも戻っていると言った方が適切かもしれない。
(私も目のこともありますし、リンクが影響している…?)
命に関わるようなものではないため黙っているが、エレナ自身も自身も変化に見舞われている。それの原因には心当たりがあり、アヤトも同じものによって何らかの変化が起きている可能性があった。
「エレナ様、どうぞこちらに」
「――はい」
レイに助けられつつ、エレナは浮遊椅子へと座る。
*****
朝食後、宮廷魔導士マーネに連れられアヤト、エレナ、レイ、ロザリエの四人は、王の間へと続く綺麗に飾られた廊下を歩いていた。
ギーノはというと一晩明けると「俺の仕事はもう終わってる」と言って四人には同行せずに、宮殿の外へと出て行ってしまった。彼はもともとこの件とは無関係の人間だったので、だれも止める者はいなかった。
「ロザリエさん、やる気に満ちていますね」
「当然よ。今日は絶対に協力させてやるわ」
長い耳をピンと伸ばした彼女はそう答えた。
「ええ、頑張ってください。成功を応援させていただきます」
マーネはエルフの国へと援軍を送ることに対しては反対していない。むしろ賛成だ。
王ルハドだってそうだろう。昨日の様子を見るに真っ当な対価さえあれば、援軍を派遣するのもまんざらではないようだった。
そのことにロザリエは気付いているかは定かではないが、やる気に満ちているのならどうでもいいことだろう。その意識がマイナスに働くことはないはずだ。
「なにか考えはあるんですか?」
エレナの問いに対してロザリエは「もちろん」と答える。
「ちょっとぐらい無茶しても状況が状況だし、お父様は納得してくれると思うから勝手に掟破っちゃうわ」
「ロザリエらしいですね」
子供のようで、たまに大人のようでもある好奇心旺盛な少女。
エルフの森から一人出てきたことから考えて、彼女の行動力は相当なものだ。
そして、彼女なら大丈夫だろうという謎の安心感がある。
「では、行きましょう」
王の間の扉の前へたどり着く。
ロザリエが深呼吸をして、心を落ち着かせたのを確認するとマーネは騎士たちに扉を開けるように言った。
扉は開かれた。
昨日とは違い、貴族がいないために中にいる人数は少ない。
メンバーは国王ルハド、王国最強の騎士ルシウス、騎士団長のバリオンド、そして三隊長の一人である二メートル以上はあるであろう巨漢の男の四人だ。
マーネはゆっくりと進んでいくと昨日と同じく王の左側に立った。
ロザリエたちも前へと進み、昨日と同じ位置で止まった。
「来たな。さっさと済ませよう。正直俺は眠い」
ルハドの目の下にはクマができている。それだけで彼の疲労の具合は窺えた。
「な、なんでそんなに疲れてるのよ…」
「お前らが来たせいだ。貴族どもの報告を色々と後回しにしたら存外量が多くてな。ほぼ徹夜で目を通すことになった。――あいつら絶対嫌がらせで文字数多く書いただろ…」
「あ、そうなのね…」
心底疲れているようだ。まただらしなく玉座に座っている。
なんだかロザリエは自分が覚悟を決めてきたっことが馬鹿らしくなっていた。
「……まあ、それはいいとしてだ。ハイエルフの王女、どうするか決まったか?」
「決まったわ。対価があればあなた達は動いてくれるんでしょ?」
「ああ、そう言ったな」
今更あれは嘘だったなどと訳の分からないことを言い出す国王ではない。
当然肯定する。
「ならいいわ。…私たちエルフ族は人間と断ち切った関係を取り戻す。作られた掟を破棄するわ」
「それで?」
「……魔法の知識をできる範囲であなた達人間に教える」
「ほぅ」
「………魔法だけじゃない。他のエルフがため込んできた技術も教えるわ」
「なるほど」
「…………これじゃ足りない?」
相槌を打つだけで、ルハドは何も言ってこない。つまり承諾をしていない。
「いや、魅力的だ。エルフはこの国ができるよりも前から国を築き、文明を作ってきたのだろう? 魔法もそれ以外の技術も実に素晴らしい。けどな、俺が求めてるのはもっと単純な話だ」
「…属国にでもなれって?」
「アホか。俺は属国なんて作らないようにしてるんだよ。力で抑えて形成した上下関係なんていつか爆発するのは目に見えてるからな」
経験があるわけではないが、ルハドは学んでいる。国の愚かさというのを。
「じゃあなに?」
「だから簡単な話だって言ってるだろ。同盟だよ。バミラ王国とエルフ族の協力しあう対等な関係、社会を築くんだ。大昔はそうだったのだろう?」
「らしいわね。私が生まれる前は」
「だからその時のように戻すんだ、俺たちの関係を」
「――でもこの国は亜人に対してあまりいい反応はしないんじゃなかった?」
対等な同盟をという関係を結ぶ。
それはお互いの社会に干渉し合うということ。
これには問題があった。人間とエルフの関係性……正確にはバミラ王国民と亜人の関係性の問題だ。
「この国の人間は自分の知らない存在に怯えるからな。それが人間という者なのかもしれないが…」
「まあ外からのモノに怯えてるってのはこっちも同じね。森の外に出るなって掟が作られてるぐらいだし」
「互いの認識はこれから変えていけばいいだけの話だ。時間を掛ければいずれは変わる」
必要なのは時間だ。幸いこのご時世に国家規模の戦争は起きていない。脅威となるのはエクリプスぐらいなものだ。掛けられる時間などいくらでもあるだろう。
「わかったわ。同盟を結びましょう。エルフの王には私から説得をする。あなた達が援軍として駆けつけて森を救ってくれたのなら、多少強引でも同盟には断れないと思うわ」
「いいだろう。今日この日を以ってエルフとバミラ王国は対等な同盟者となった。よって窮地に立たされている同盟国に援軍を送ってやる……と、昨日の俺なら言っていたんだろうが、実は問題が起きてな。援軍が早急に送れないかもしれない。というか送れない」
前半は勢いがあったのに、後半では声のトーンが少し下がっていた。
援軍を送れないという予想外の言葉にロザリエは困惑の表情をあらわにしていた。
「問題…? 問題って何?」
「ああ、実はお前らも知ってるであろうルーダ――」
「――! 上から何か来ます!!」
王の言葉を遮って、唐突に場に響いたルシウスの声によって全員の意識が切り替わる。
それとほぼ同時に天井を突き破って部屋の入り口付近に何かが飛来した。
「さーて、こういう時はご機嫌麗しゅうとか言うんだっけか?」
身を囲う煙を振り払い、場にそぐわない陽気な声と共に侵入者は姿を現す。
左手に獣の牙のような模様のある男。
これだけで誰かを特定するには十分な情報だった。目の見えないアヤトも声で誰なのかはわかった。それもそうだ。この世界に来てから初めて聞いた声なのだから忘れるわけがなかった。
「――ガルノさん…」
「よっ! アヤト。こんなところで会うなんて奇遇だな。元気にして……ん、なんだ。お前右腕なくしたのか?」
「――――」
友人にでも話しかけるように、この手で殺したはずの男は声をかけてくる。
「そうかそうか。腕がないってのは可哀想だな。どうにか――」
「なんであなたは生きてるんですか?」
エレナはガルノの言葉を完全に無視して、冷静に疑問に思ったことを彼に尋ねる。
この疑問はアヤト、エレナ、レイの三人がガルノを目にして最初に抱いたものだ。三人の目の前でガルノは塵も残らずに消滅したのだから。
「んー、まあお前らが俺の能力を甘く見てたのが原因だ。あとはメイアのおかげ」
メイア。以前ガルノと共に行動をしていた魔術師だ。
そのメイアの名前を聞いて目を細めた人物が一人いた。が、その人物は動くことなく状況を見ることに徹した。
「…まさか、貴様らが手引きしたのか?」
見当違いなことをアヤトたちに向けて言い放つバリオンド。濡れ衣にもほどがあるが、黒髪を悪だと決めつけている彼の視点から見れば、その可能性がすぐに浮かんでくるのも仕方のないことかもしれない。
「お前、今のこいつらの会話聞いてそうなるのか? どう考えても殺し合った奴らの会話だっただろ。もっと頭を柔軟にしろ、バリオンド。黒髪は邪悪だなんて偏見は捨てるべきだ」
「――――」
王は玉座からゆっくりと立ち上がると、鋭い視線をガルノへと向ける。
「で、何の用だ。礼儀を弁えない罪人。俺はさっさと寝たいから早く話を終わらせろ」
「カハッ! あいつから聞いた通り変な王様だなぁ、お前。襲撃されてんのに睡眠の方が大事かよ」
「用件を口にしろと言ってるんだが?」
「おう、悪かった。んじゃ早速……死ね」
ガルノは懐に手を入れるとナイフを取り出して、ルハドの顔に目掛けて投げつけた。
しかし、ルハドの側にいたバリオンドに難なくそれは掴まれる。
「ありゃ、流石の反応速度」
「王国騎士を舐めるな」
ナイフを投げ捨てるとバリオンドは三隊長の一人である巨漢の男に命令を下す。
「行け、アーバー」
三隊長の一人――アーバーは言われた通りガルノへと近づいていく。
「おーおー、アンタが相手か? できればアヤトか黒器使いがよかったんだが…」
「私だ」
ガルノの前に立つ鎧で身を包んだ男、アーバー。
彼の二メートル以上はあるとても大きな体は、ガルノの視界をほぼ埋め尽くしている。もうアヤトたちは遮られて見えていない。
「あっそ、なら最初はお前からな」
口元を歪めるとガルノは拳を構えた。
フルデメンスを吹き飛ばし。ヘルトの腹部を貫いたのと同じ拳を。
「死ね、デカブツ!」
殴打。
とてつもなく速度の拳がアーバーに命中し、鎧の一部を破壊した。そのまま拳は進み、腹部を貫く……かに思えた。
「――あ?」
ガルノの口から困惑の声が漏れ出た。
明らかにおかしなことが起きているからだ。
鎧は確実に砕いたというのに、拳はアーバーの体に全くダメージを与えている様子がない。手ごたえがないのだ。
「どんな筋肉してんだ…」
これは流石に驚きを隠せなかった。
初めてだ。人間を殴ったというのに、山を殴ったかのような感覚を味わったのは。
「無駄だ。私の体は貴様の拳程度では貫けない」
ガルノが破壊した部分を起点として、鎧が砕け散った。なぜか兜も壊れ、アーバーの顔があらわになる。
「…いや、鎧の中素っ裸ってどういうことだよ」
アーバーは鎧の中に何も着ていない。つまり鎧が破壊された今、彼は丸裸である。
「この身こそが我が鎧。貴様が破壊したものなどただの装飾よ」
「なんか喋り方も癖すげぇなオッサン」
ガルノのツッコミ通り、アーバーの話し方というのは抑揚が凄まじく、ねっとりしていてとても耳に残る声であった。
「ふぅん…まあ、いいだろう。貴様を終わらせてやる」
「ハッ! やってみな!! あ、でも先に汚ねぇアンタのちん――」
瞬間、言葉を言い切る前にガルノの視界はアーバーの拳に覆われた。




