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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第四章 『この異世界で』
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幕間 『花畑』 後編

 なんでこうなったのか彼自身よくわかっていない。とりあえずサキリアヤトという少年は花畑のど真ん中に自分よりも小さな少女と共にいた。


 (ゼノスさんは気を遣ってくれたのかな。視覚ないから花なんて見えないけど)


 周りが自分に気を遣っているのは何となくわかっている。それがわかっているのだったらどうにかしろという話なのだが、アヤトの思考回路はそんな単純にできていない。むしろ周りに迷惑をかけていると思い、さらに気落ちしてしまう。面倒なことこの上ない。


 「アヤトお兄ちゃん。お花いっぱいだね!」


 「そう…なんですか。ごめんなさい。僕には見えないので」


 「あー、そっかぁ。アヤトお兄ちゃん見れないのかぁ。こんなに綺麗なのに、残念」


 「…はい。残念ですね、本当に」


 残念だ。見えないことがではない。見えたとしてもどうせ感動しないだろうということがわかっているのが残念だった。


 (なんなんだろう。見たことないのに見たことがある感じは)


 リンクをして視覚を得てからずっと謎だった。盲目だった状態では知り得ないはずのものを彼は知っているのだ。


 木も土も道も人も道具も光も、全て知っていた。故に感動がなかった。唯一心を揺さぶられたのは一度だけ目にしたエレナの姿のみだ。彼女だけは美しいと思えていた。

 なぜそんなことになっているのかが、アヤトの中では不明のままである。


 「うーん…。あ、そうだ! エスメラルダがアヤトお兄ちゃんの分までお花見てあげる」


 「僕の分も…ですか」


 「うん! いっぱい見てあげるから安心して」


 「――――」


 ここまであまりエスメラルダと会話をしてこなかったアヤトだが、どんな人物かはなんとなく把握していた。そして実際に一対一で話してみて確信した。

 エスメラルダはとてつもなく明るい。


 「――なんで、そんなにエスメラルダさんは元気でいられるんですか?」


 素朴な疑問だ。

 元の世界でもこれほど元気な人物に出会ったことがなかった。


 「え? うーん…そうだなぁ…。ゼノス様が笑い方を教えてくれたから、かな?」


 「笑い方を教えてくれた?」


 「うん。エスメラルダはもともと笑ったことなんてなかったんだけど、ゼノス様が教えてくれたの」


 「エスメラルダさんが元気じゃない時があったんですね」


 そこには正直驚いていた。

 元気ではないエスメラルダなど想像ができないからだ。


 「エスメラルダの周りには何もなかったから…」


 「何も…」


 その言葉はとてつもなく重く感じた。


 「…アヤトお兄ちゃんも昔のエスメラルダみたいな目してるよ」


 「僕も…?」


 「うん。何にもないと思ってる人の目」


 「………………」


 確かに自分の手の中には何かがあるのかわかっていない。手に入れたものなどあるのだろうか。


 (…ない。僕の意思で、僕自身が手に入れたものなんて多分ない。――僕は何もできていない)


 ――そうだ、オマエは…不必要だ


 どこからか、声がした。

 小さな声が耳元でした。


 「――――」


 しかしこの場に気配はない。彼が完治で来たのはエスメラルダと自分だけだ。


 「――でもね」


 エスメラルダの言葉には続きがあるようだった。謎の声について気にしながら、アヤトは耳を傾ける。


 「変われるよ。人は誰でも買われるって、ゼノス様は言ってたんだ」


 「誰でも…?」


 少女は首を縦に振った。


 「誰でも、きょうかいせん? っていうのを超えられるんだって。けど、超え方によっては戻れなくなるかもしれないから気を付けないといけないって言ってた」


 「…境界線って何なんですか?」


 「エスメラルダにはわからないけど、わからないまま今みたいに変われたんだからアヤトお兄ちゃんだってきっと変われるよ」


 「……どうすれば境界線は越えられるんですか?」


 「えっとね…。ゼノス様は『大切な人』がいれば超えられるし、超えさせてくれるって言ってたよ」


 「大切な人というのは?」


 「失くしたくない人のこと? だったと思う。エスメラルダはゼノスとお城のみんなが大切な人だよ」


 「……………」


 「わからない?」


 「…はい、僕には…わかりません」


 「大丈夫! お兄ちゃんだって変われる! ゼノス様が誰でも変われるって言ってたんだから間違いないよ!」


 「そうだと…いいですね。わざわざ教えてくれてありがとうございました。エスメラルダさん」


 「………」


 「エスメラルダさん?」


 急にエスメラルダが黙ったため、アヤトは名前を呼んだらちょっと不機嫌そうな様子で声が返ってきた。


 「もう、アナお姉ちゃんと話してるときみたいに話してよ」


 「いや、でも…」


 「ゼノス様にアヤトお兄ちゃんにいじめられたって言っちゃうよ」


 正直言われても大丈夫であろう微妙なところをエスメラルダは突いてきた。しかし脅してくるほどして欲しい願望だ。しかも自分より年下の少女の。

 あまり気は進まないが言われた通りにすることにした。


 「わ、わかった。敬語はやめるよ」


 「うん! その方がいい!」


 エスメラルダの声は本当にハッキリとしている。上機嫌になったことがすぐにわかった。


 「あ、そうだ。アヤトお兄ちゃん見えないだけなんでしょ? なら匂い嗅いでみよ? お花の匂いはいい匂いだから」


 エスメラルダはアヤトの手を引いてしゃがませる。アヤトはそのエスメラルダの行動を別に不快に思わなかった。


 

 これからしばらく二人は花畑の真ん中で時間を潰した。いや、いつの間にか時が経過していた。

 会話をしたり、花の冠を作ったり、としている間に時間が経過していたのだ。


 馬車に帰るころにはアヤトの心の中は少しだけ温かくなっていた。

 

*****

 

 エレナ、ロザリエ、アナ、レイ、ギーノの五人は馬車から離れたのだが、レイは「考え事がある」と言って一人別の方向に歩き、ギーノも「一人でゆっくり見る」と言ってどこかへ行ってしまった。なのでエレナ、ロザリエ、アナの三人で現在花畑の外周を鼻を眺めながらゆっくりと回っていた。

 その最中だ。花を見始めてからずっと黙っていたエレナが口を開いたのは。


 「…私はどうすればいいのでしょうか」


 少し悲しげな声がエレナの口から発せられる。


 「アヤトがアレからずっと苦しんでいるんです」


 痛みは二つ。一つは腕から発生している痛み。いわゆる幻肢痛というやつだ。あれからよく彼はその痛みに苦しんでいる。その痛みを耐える声が、耳に入り込んでくるのがエレナには辛かった。

 治癒魔術に一番長けているヴァイオレットが言うには、痛みを和らげる魔術というのはあるらしいのだが、それは感覚に干渉するものであり、治癒の魔術とは別種であるため使えないのだという。

 だから、もう誰も手出しのしようがなかった。


 「あの腕の痛みを私はどうすることもできません。それに、心の方も…」


 森で出会ってリンクをした時から気付いていた、アヤトは精神面に異常があることに。

 そして腕を失ってからまたどこかの歯車が外れてしまっているのは見ればわかる。

 だがわかっているだけのエレナにはなにもできない。


 「私も…私もどうにかしたいけど、どうすればいいのかわからない」


 アナにとってアヤトは大切な友達だ。助けたいという気持ちは当然ある。

 しかしそもそも彼の異常性は把握できていないアナには無理なことだ。


 「――私もどうすればいいのかなんてわからないけど、それであなた達まで気落ちするのは良くないのはわかるわ。とりあえずアヤトの前では元気でいなさいよ」


 「…今後、何かできるようになるのでしょうか」


 「さあね。それもわからない」


 「ロザリエにもわかりませんか」


 「いや、私をなんだと思ってるのよ…。まあでもアヤトから離れずにそばにいれば何をすればいいのか見えてくるんじゃないの?」


 「そばにいれば…」


 「そ。そばにいればね。…一番怖いのは後悔。何か起こった時にその場に入れなかったっていう後悔が一番怖いんだから」


 「経験があるような言い方だな?」


 「…まあね」


 その時のロザリエは珍しく浮かない顔をしていた。

 自分でもそれに気付いたのか、彼女はすぐに表情を変える。


 「はい! 暗い話はなし。アヤトを元気にさせたいなら私たちがまず元気じゃないとって言ったばっかり……って、意外と大丈夫かもね」


 「何がだ?」


 「向こうの二人」


 「向こう?」


 「…顔までは見えないですね」


 ロザリエが指をさしたのはアヤトたちのいる花畑の中央付近だった。エレナとアナには二人がしゃがんでいるのしか見えないが、視力のいいロザリエには表情まで見えていた。


 「今は楽しく二人で遊んでいるって感じかしらね。アヤトの表情が少し明るくなってる。あれならまだ大丈夫よ」


 「大丈夫…ですか」


 不安はやはり拭えないようだった。

 そこでロザリエは尋ねることにした。


 「…アヤトはエレナにとって大切な人?」


 はい。大切で大事な人です」


 「即答できるくらい大切なら信じなさいよ。アヤトのこと」


 「そう…ですね…。はい。アヤトは大丈夫です」


 「そう。それでいいの。アナも変に責任感じないようにね。終わったことなんだから」


 「わ、わかってる…」


 「よろしい。なら今は鼻を見ましょ。せっかく来たんだから楽しまないと損でしょ?」


 これからしばらく三人は綺麗に咲く花々を眺めて歩いた。

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