第3話 『囁き』
現在、王都は間近まで迫っていた。
街道の整備は今までよりもしっかりとされているのと、街道を利用する馬車と人間の多さからそれはよくかる。
「あ、見えてきたわね」
「そのようですね。あれが王都ですか…」
ロザリエは初めて見る人間の国の中心である街の城壁に目を輝かせ、エレナは興味深そうに観察していた。
いつも冷静で、大したことにも反応をしないレイですら、初めて見る王都を護る壁の大きさには釘付けになっていた。
「あのでっけぇ門を通っていきます。昔の知り合いなら俺の顔見せれば何とかなりそうな気はしますけど、ルーダスから貰った通行証用意しといてください。多分それ使えば列とか気にしないで国に入れるんで」
「わかりました」
荷物は足元にある。
下半身の不自由なエレナには危険だと判断して、アヤトが荷物を漁って通行証を取り出そうとした。しかし使えるのが片腕だけのため、やはり通行所を見つけて取り出すのは難しい。
「私がやるわよ」
ロザリエがアヤトに変わって苦戦することなく通行所を取り出した。
「片腕だけなんだからあんまり無理しちゃだめよ」
彼女はエレナに通行証を渡しつつ、そう言った。
「ありがとうございます、ロザリエ。それにアヤトも」
「あ、うん…」
「それにしてもすごいですよ、アヤト。王都は都市よりも全然大きいです」
「そうなんだ」
見ることのできないアヤトは想像するほかない。人もやはり多いのだろうと思いつつ、馬車の中で揺られる。
何もすることはないし、何もできることはない。荷物一つ取り出すことも今の彼にはできない。
だからただひたすらに到着を待つ。
――足手まといだ。
「…!?」
唐突に頭の中で声が響いた。
男の声ではあったが、誰のものかはわからない。知らない声だった。
「アヤト? どうかしましたか?」
アヤトの様子の変化に気付いたエレナが尋ねる。
「――なんでもないよ」
「ならいいのですが…。なにかあったら言ってくださいね。必ず力になります」
「うん」
王都はもう目前。数分もすれば到着するだろう。
結局、アヤトは謎の声の正体がわからぬままバミラ王国王都へと到着した。
*****
城下町を行く四人を乗せる馬車。
王都と呼ばれるだけあって舗装はかなりしっかりされている。揺れは街道を走っていた時よりも少ない。
ロザリエは馬車内から外の様子を窺っていた。
「いや、ホントに大きいわね…。流石は人間って感じ」
「なんか皮肉に聞こえますねぇ」
「そんなわけないじゃない。感心してるのよ? あんな綺麗な建物建てるなんてエルフはやらないし、住民がいっぱい道を歩くなんてこともないから道もこんな整備してないし」
人間の大きな街を見るのはこれで五度目になる。
だが、この王都はそのどれとも違う。
活気が段違いだ。
建物もしっかりしている。
見ているだけで街の風景には目を奪われる。
「これが、王都…」
窓からのぞくエレナの瞳は輝いていた。
年相応の子供の用に、流れゆく街の風景を見ている。
「中心側は見た通り綺麗ですよねぇ。ま、それはいいとして、これからどうするんですか?」
目的である王都には到着した。
とりあえず馬車を走らせてはいるが、ここからどこへ向かうのかギーノは知らない。
「私たちも聞いてませんでしたね。ロザリエ、これからどこに向かうのですか?」
流石に観光で来たということはないだろう。
どうしても行かなければならないと言っていたのだから、それなりの用事があってここまで来たはずだ。
エレナは視線を動かしてロザリエに問う。
「…この国の王がいる場所」
「は?」
ギーノが何言ってんだこいつといったような様子で聞き返した。
「だから王様のいる場所だって」
「――まぁ、エルフがわざわざ不法入国してきたってんだから、そりゃそんなわけわからん用事か…。ちなみに用事について聞いても?」
「話があるの。大切な話」
「…そうですかい。宮殿まではちゃんと送り届けますけど、変なことはしないでくださいよ」
「安心していいわよ。喧嘩吹っ掛けに来たわけじゃないんだから」
「だといいんですけどね」
適当に道を走らせていた馬車の目的地が決定した。
馬を向けるのは宮殿。王都に建てられた王の住まいである。
「あの、ギーノさん。当然のように向かっているようですが、宮殿ってそんなに簡単に入れるものなんですか?」
「まっさかー。普通入れんわな。簡単に中に入れてもらえるのなんて、上級貴族と騎士団の上層部ぐらいじゃないか?」
「なら何かしらの準備というか手続きが必要なのでは…」
「あ、それは無問題。ルーダスの渡してきた通行証あればごり押しできる」
「だ、大丈夫なんですか?」
「いいのいいの。使えるもんは使わなきゃ損でしょ」
ルーダスは王国騎士団を統べる三隊長の一人。
言ってしまえばバミラ王国の軍事面での柱の一つだ。彼が渡した通行証となれば融通は利く。
「んじゃ、とりあえず宮殿を目指すってことで。…俺としても都合がいい」
手綱を握るギーノは馬車を宮殿へ走らせる。
*****
「ギ、ギーノさん!?」
「あ、ウーアさん。おひさ」
宮殿へと続く門。
そこで門番の役目を任された騎士の一人は、馬の手綱を握るギーノの姿を見ると驚きの声を上げた。
「えーっと…先輩、この人はどなたですか?」
三人いる騎士の内、二人の騎士がギーノのことを知らないようで質問をしている。
「へ、陛下の親衛隊の一人……『絶中の射手』の異名を持っていた騎士団長殿直属の部下だった方だ」
「えぇ…っ!?」
驚きの声を上げる騎士二人。
声はあげなかったが、驚いているのは彼らだけではない。馬車に乗る全員も驚いていた。
「親衛隊って言っても特に大したことしてなかったけどな。…いや、ホントに優秀な奴ほど働かなくていいってどうなってるんだよ」
素朴な疑問を口から漏らすギーノを前に、騎士たちは少し緊張しているようだった。
「きょ、今日はどういった御用向きで…?」
「王様に用があるっていうお客さん連れてきた。ルーダスの知り合いね」
ほら、と言ってルーダスから受け取っている通行証を騎士たちに見せる。
「確かにこれは三隊長の印のようですが…。そのお客人というのは?」
ここは王の住まう宮殿だ。
ルーダスの用意がした通行証があって、元親衛隊のギーノがいたとしても、その客人というのが誰かを確認せずに門を通すわけにはいかない。
「――――」
わかりきっていたことだが、不都合が多い。なにせ内面ではなく、外見的なところで全員まともではないのだから。
「――まぁ、めんどくさいな…」
「…?」
渋っているギーノの様子に騎士が疑問を持つ。
「…とりあえず今日はここから先に馬車が入ることはできないので、お客人にお降りになられるように言ってくださいますか?」
「馬車が入れないってなんで?」
「今日は貴族の方々がお越しになってるんですよ」
「うへぇ……。仕方ないか…」
ギーノはめんどくさそうに馬車を降りた。
「はい、お降りになってくださいな」
裏に回るとギーノは四人にそう言った。
「大丈夫なんですか?」
アヤトの疑問にギーノは「さあ?」と適当に口にする。
「わからないけど、用があるんなら行くしかないでしょうよ」
「――――」
ここまで来るまでの間、道中で寄った都市でも人々にあまり姿を晒してこなかった。ゼノスの配慮のおかげだ。
しかしもうここではそうはいかない。彼らは姿を見せなければならない。
「――私だけで行くから、あなたたちはここにいていいわよ」
彼らのことを考えたロザリエの提案だ。
鎧を着ているレイは兜さえ取らなければ問題ないが、アヤトとエレナがどうみられるかなど決まっている。
「急に何言ってるんですか?」
心底不思議そうな声をエレナは出した。
「いや、だって私がお願いしたのは王都まで行くのを協力してってだけでしょ? もう十分協力してもらったわ」
正直最初はここまで協力してくれるとは思っていなかった。もう十分すぎるほどに力を貸してもらっている。だからここからは一人で行くのだと彼女は言った。
「私たちは行きますよ?」
「――なんで?」
「友達…ですから?」
「エレナ様、そこも疑問形だとわけがわかりません」
「む、確かにそうですね。では、気を取り直して。…私たちが宮殿に一緒に行く理由は二つ、単純に私自身ちょっとした用事ができたのと、ロザリエが友達だからです。私は友達が困っているのならできる限りの協力がしたいです」
「でももう協力してもらえることは……」
「まだありますよ。私はこれでも貴重な存在のはずですので」
エレナ・レザドネア。
リンクの力を持つ貴重な存在。
契約を既にしたといっても王国が無下に扱うわけがない。
「うーん…」
バミラ王国でのアヤトたちの扱いは理解している。
ここまで付き添わせていうのもおかしな話かもしれないが、ロザリエは彼らに余計な迷惑をかけたくないのだ。けれど、ロザリエがしようとしている王との話がうまく進められる可能性があるのなら協力してほしい気持ちもある。
「――それほど悩むんでしたら、私たちが先に降りましょう。レイ」
「了解です」
白銀の騎士はエレナを抱えると馬車から降りる。気を利かせたギーノがエレナ用の浮遊椅子を下ろした。
「どうぞ」
「ありがとうございます。ギーノさん」
「どういたしまして。…アヤトくんは手助けいるかな?」
「大丈夫です」
今後の腕は失われたままなのだ。ずっと人に頼るのも気が引けるアヤトは一人で馬車から地面へと降り立った。
「――――黒髪…」
欠落者であるエレナが下りてきた時点で騎士たちは少々怪訝な顔をしていたが、右腕がない上に黒髪のアヤトが視界に入るとあからさまに顔をしかめた。
「……ギーノさん。お客人というのはこの者たちですか?」
「そうだけど?」
「許可できません」
騎士は低く真剣な声で宮殿への立ち入りを却下した。理由は言うまでもない。
「わー、予想外だー」
「…元親衛隊であるあなたならわかっていたはずです。黒髪などが宮殿の敷地内に入れるわけがないと」
「そういやそうだったな。思い出したよ。お前らはクソほどくだらない決めつけで同じ人間を差別してるんだった」
可能な限り嫌味ったらしく悪態をついた。
「――どう言われようが結構です。黒髪は不幸しかもたらさない厄介者。この国には邪魔なだけですので」
意見を変える気などない。
彼らバミラ王国民にとっては常識であり、国を守る立場にある騎士としては当然の対応だ。
「ホント人間ってバカなのはとことんバカね。少し可哀想って思っちゃった」
フードを被ったロザリエが馬車から降りながら、嫌味を口にした。
「…貴様、何者かは知らないが無礼にもほどがあるぞ?」
「無礼はどっちだよ。人の友達を貶しとして何言ってんだか」
騎士たちは殺気立っている。
彼らも人間だ。自尊心がある。
見知らぬ人物…ましてや黒髪を友人だなんて言っているものに自分のことを貶されれば不快でしかなかった。
「――――」
ロザリエはフードの中から一番地位の高いであろう騎士を睨みつける。
騎士は動じない。自分は正義であると無言を突き通す。
「――何をしているんですか?」
若く、しかし力を感じさせる透き通った男の声が殺伐とした場を通過した。
全員が声の方へと目を向ける。
そこにはアヤトと同じか少し上ぐらいの年齢で、赤黒色の頭髪の少年がいた。
ただの少年ではない。腰には剣を携えている。それに漂わせている空気が違った。
アヤトのアビリティでも異様さは感知できている。
(ガルノさんやゼノスさんとは違う…。これは…)
ガルノやゼノスが放っていた独特なオーラを負のものとするなら、今声をかけてきた彼が纏っているオーラはさしずめ正ノオーラといったところだろう。
まさしく悪を照らす正義の光だ。
「ルシウスくん…」
門の番をしていた騎士は委縮したように少年をルシウスと呼んだ。
それにそれぞれが反応を示す。
「はぇー、この若いのが噂の現王国騎士団最強のルシウスか」
ギーノは興味深そうに、騎士である少年――ルシウスを観察する。
エレナとレイもギーノ同様彼の名前を知っていた。容姿は知らなかったが、名前だけは明確に知っていた。
「――ルシウス・ラッドロール、ですか?」
この場で口にされていないルシウスのフルネームらしきものを口にした。
「ルシウス?」
アヤトとロザリエは初めて耳にした名前だった。
「はい。僕は確かにルシウス・ラッドロールですが……」
ルシウスは自分のフルネームを呼んだエレナを瞳の中心に捉えた。すると、
「…! もしかしてエレナ様ですか?」
エレナの姿を見たルシウスは彼女の正体に思い至った。
「知り合いなの?」
「いえ、知り合いではありません。知っているだけです」
ロザリエの問いに、いつもと違う様子…いや、アヤトと出会う前と同じ暗い表情をした状態で返答したエレナは、アヤトの服の袖を引っ張って自分の近くへ寄せた。
「…な、なぜ、エレナ様がここに?」
「私の友人が王に用事があるのでその付き添いです。それにどうせあなたたちには私を招集したでしょうから、ついでとして話をつけに来ました」
「――わかりました。どうやら私の認識と差異があるようですね。とりあえず私も王の御前へと向かいますのでご案内します」
礼儀よく頭を下げるとルシウスは門番の騎士へとその綺麗に整った顔を向ける。
「状況は大方理解出来ました。ここからは私の責任でこの方たちを宮殿内へと案内しますので、ご安心を」
「だ、だが黒髪がいる! 宮殿に黒髪の者を入れるなど……」
「承知しています。ですから私がすべての責任を負います。なのでここを通してください」
「――――」
ルシウス相手に強く出れないのか、不満そうな顔で騎士は渋々道を開けた。
「ありがとうございます。では、行きましょう」
ルシウスはアヤトの横を通り過ぎる。
その時、彼の名にも映らない瞳とルシウスの強者の目が合った。
――きっと邪魔だ
また脳内で何かが囁く。
「…………」
アヤトは謎の囁きを胸の中にしまい込み、エレナに袖を掴まれたまま、ルシウスの後に続いて歩いた。




