第2話 『必ず』
「我々が君たちに協力できるのはここまでだ」
都市ランドルにて、別れの時は訪れた。
「はい。ここまで本当にありがとうございました、ゼノスさん。最初はあなたという人を勘違いしていたようです。お許しを」
「気にすることはないさ、エレナ嬢。部下たちが言うには私は寛大なようだから」
「ええ、知っていますよ」
二人の欠落者の間には笑顔があった。
エレナもこの数日間でゼノスが悪人でなく、尊敬に足る人物であることはわかっている。
警戒心はいつの間にか消えていた。
「ヴァイオレットの料理美味しかったわ。また今度食べさせてね」
「機会があれば是非」
声はいつも通り笑っていないが、ヴァイオレットの口角がほんの少しだけ上がっていたようにロザリエには見えた。
「――アヤトお兄ちゃん」
「どうしたんですか? エスメラルダさん」
自分のもとに歩み寄ってくる赤眼の少女の視線に合わせるようにアヤトはしゃがんだ。
「むぅ…。だから敬語はやめてって言ったじゃん。アナお姉ちゃんと同じように話してよぉ」
「ご、ごめんなさい…」
普通に考えて年上が年下に敬語を使うなんておかしな話である。
エスメラルダが不満に思うのも無理はない。
「それで、何か用です…じゃなくて、何か用?」
「えっとね…ほら、目にお花畑でお花のかんむり一緒に作ってくれたでしょ…?」
今現在エスメラルダの頭に花冠が乗っているのだが、それはアヤトが作るのを手伝ったものである。
「だからその時のお礼。はい、どうぞ!」
手を引っ張られて、無理やり開けられた掌にエスメラルダが何かを置いた。
「これは?」
「お守り!」
エスメラルダは元気に返事をしてくれた。
「お守り…」
紐に何かが繋がれている。
感触だけで言えば、先日のイーターとの戦いの際に使用した誰でも魔術を使うことのできるペンダントと類似していた。
「ほら、アヤトお兄ちゃんペンダント壊しちゃったって言ってたでしょ? だからヴァイオレットお姉ちゃんに手伝ってもらって作ったの!」
感触の通りエスメラルダが渡してきたものはペンダントだったようだ。
「でしょー? エスメラルダの一番のお気に入りの石なんだー」
「そうなんですか! よかったですね、アヤト」
無邪気な少女の笑みに、エレナは気付けば頬をほころばせていた。
「うん…」
頷きはしたもののアヤトは素直に喜ぶことはできなかった。
「どうかしましたか? 浮かない顔ですが…」
「エスメラルダのプレゼント気に入らなかった…?」
不安そうにエスメラルダが尋ねてきたが、まさかそんなことはない。勘違いだ。
「違うよ。…エスメラルダちゃん。聞いておきたいんだけど、この石は大事な物?」
「うん!」
「…なら、自分で持っておいて方がいいかもしれない。僕は壊しちゃうかもしれないから」
ルーダスがお守りと言っていた宝石のついたペンダントを、状況からして仕方がないとはいえ、アヤトは破壊してばかりである。
貰うのには抵抗があった。
それにだ。そもそもアヤトにはエスメラルダから大切なものを貰うようなことをした覚えはない。確かに都市アクールと都市ランドルの間にあった花畑で、エスメラルダと一緒に花のかんむりを作りはしたが、それだけだ。
彼女から大切なものを貰う資格があるとは思えない。
「いいよ? 壊しちゃったら壊しちゃったで。その石は大切だけど、アヤトお兄ちゃんの方が大切だから」
「………」
彼女は、アヤトの方が大切なのだと言った。
「大切…。僕が…?」
「うんっ!」
「………」
この少女は心の底から、素直に思ったことを口にしている。悪意など一欠けらも存在していない。
「でも…」
「アヤトくん。物を貰うのにそんなに抵抗があるのか?」
ゼノスの問いへの答えはもちろんイエスだ。
彼には抵抗があった。
「――大切なものを貰っても返せるものがないんです。僕にはなにもないから」
貰うというのには抵抗がある。
硬化で、大切なものであるほどその抵抗は強くなっていく。
ルーダスは貰うではなく、疲労という解釈をさせてそこをうまく回避していたが、今回は話が違う。
エスメラルダは大切なものを上げるといったのだ。そうなるとやはり抵抗が出てくる。
「ふむ。ならばそれを返せばいい」
「どういうことですか?」
「エスメラルダは次に会うまでの間、アヤトくんにそのペンダントを貸しておくということにするんだ。そうすれば返すものができる。なにもなくはない。それにロザリエくんの件が終われば我々の国に来るのだろう? ならばちょうどいい、エスメラルダは国にいるのだから」
アヤトが問題だと考えているのは、自分ごときが誰かから貰った物と同等のものを返すことができないというところだ。
つまりは返すものができるのなら話は変わってくる。
「…わかりました。ありがたくお借りします」
「それは私に言うべき言葉ではないな。そのお守りを作ったのも渡したのも私ではない」
光一つ捉えることのできない瞳を、赤眼の少女へ向ける。
自分を見上げる少女に対して彼は言った。
「ありがとう」
「えへへー。どういたしまして!」
早速、お守りであるペンダントを首にぶら下げる。
「マフラーがあるからちょっと見えにくくなっちゃうかな」
ペンダントは首にぶら下げるものであり、マフラーは首に巻くものだ。
アヤトは余程気温が高くなければマフラーを外す気はないので、必然的にペンダントは見えなくなってしまう。
「いいのでは? それは他人に見せるためのものではなく、願いを象ったお守りなのですから」
「確かにそうですね」
ヴァイオレットの言葉にアヤトは納得させられた。
「まあ、なんにせよ。それを返しに来た頃には君たち用の住居を用意しておこう」
「ありがとうございます」
アヤトはエレナと話し合った結果、ロザリエを送り届けてひと段落した後はゼノスたちの国に行くことにしていた。レイも了承している。
今後については決まった。これでロザリエを送り届けた後は静かに暮らすことができる。
「――さて、そろそろお前も別れを済ませたらどうだ? アナ」
一番離れた場所で黙りこくっているアナにゼノスが声をかけた。
「――――」
正式に部下になってから初めてかもしれない。
アナはゼノスの声に応答しなかった。
「…アヤトくん。悪いが頼めるか?」
頷くとアヤトはゼノスたちの横を通ってアナの元へと進んだ。
そして、まず名前を呼ぶ。
「アナ」
「――なんだ」
応答はちゃんとしてくれた。
「僕たちはもう行かないといけないんだ」
「――――わかってる」
「うん。だから用事が終わったらそっちに行くけど、それまでは一旦お別れ」
「――――――わかってる。――けど…」
しばらくの沈黙。
アヤトは彼女が言葉を続けるのを静かに待った。何も言わずにただ待った。
「…けど、心配だ。この国じゃお前たちは邪魔者扱いされてる。それに、アヤトは腕が…」
右腕がない。
それは生活をしていく上で致命的な欠落だ。特に失ったばかりの彼は誰かの助けがなければ絶対に生きていくことはできない。
この世界ならなおさらだ。
アナとしてはもう王都には行かずに自分たちの国に来てほしかった。
「大丈夫だよ、僕は」
できる限り優しい声音で彼は答えるが、正直なところ大丈夫なわけがない。欠落者も黒髪も迫害対象であるこの国で生きていくのは難しいに決まっている。
しかし、彼は大丈夫だと答えた。
初めての友人であり、自分と同じ生まれた子と悔やんだ少女を心配させたくはなかったのだ。
「アヤトは大丈夫よ。私とエレナとレイでちゃんと支えとくから。あなたは安心して帰りなさい」
「そうです。アヤトのことは私たちに任せてください」
友人のロザリエとエレナもアナに心配させまいと、静かな声で口にした。
「アヤトくんは強い。お前もわかっているはずだ。それに友人を信じるというのは大切なことではないか?」
「――そう…ですね」
続けられたゼノスの言葉を聞き、諦めたように声を漏らす。
「…よし! わかった! ちゃんと無事に用事を済ませて私たちの国に来るんだぞ! 約束だからな!!」
「――うん、もちろん。約束するよ」
アナらしい元気な様子に戻った。
そんな彼女の声を聴いたのなら約束するほかない。無事に用事を片づけて、必ず国を訪れると。
「よし!! 破ったら絶交だからな!」
「それは、やだな」
「うっ…。わ、私も嫌だが…アヤトが約束を破らなければいいだけの話だ!」
「…そうだね。絶対に守るよ」
これが別れ際のやり取り。
少女からお守りを貸してもらい。
友人とは約束をした。
必ず返さなければならない。
必ず守らなければならない。
必ず、必ずだ。
サキリアヤトはその心に決めた。




