第1話 『疑問』
「おーい、皆さんそろそろ王都ですよー」
馬の手綱を握る男――ギーノは後ろの少年少女たちに目的地付近であることを伝える。
「わかりました。ありがとうございます、ギーノさん」
「いえいえ」
ギーノは再び視線を前へと向けた。
「あと少しかぁ…」
盲目で、隻腕となってしまった少年――アヤト。一人では歩けない銀髪の少女――エレナ。ハイエルフの少女――ロザリエ。白銀の鎧を身にまとった黒髪の女騎士――レイ。この四人は馬車の中で目的地である王都に到着するのを待っていた。
「予想以上に早く到着で来たわ。ほんとありがとね、みんな」
「友人のためですから、気にしないでください。…とは言っても私たちはあまり何もやれていないのですが…」
「確かにゼノスたちのおかげで早く来れたけど、あなたたちに会わなかったらゼノスにも会えなかったんだから。すごい感謝してるのよ?」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
エレナは笑顔でそう言った。
*****
時は遡る。
イーターを消滅させた翌日から、馬車は新たに呼び出され、王都までの移動は再開された。
目的地は都市ランドル。
王都手前の都市であり、ゼノスたちがアヤトたちに同行できる限界の場所でもあった。
馬車内の様子はあれから大して変わらない。いや、実際のところ変わってはいるが、変わらないように努めているというのが的を得ているだろう。
まあどちらにせよ些細な話だ。当然の変化であったのだから。
それよりも一つ明確に変わったことがあった。
同行者が一人増えたのだ。
元王国の騎士だと言う男――ギーノである。
イーターが死んだため、村にいる理由もなくなった彼に、ゼノスが都市ランドル以降アヤトたちを王都まで都市ランドル以降アヤトたちを王都まで送り届けて欲しいと頼んだのである。
変えがその頼みを承諾してくれたのは実に嬉しいことであった。
ゼノスたちから手を借りられないとなると、最悪アヤトたちは徒歩で王都に向かう可能性があったからだ。
「……なぁ、アヤト。大丈夫か?」
移動中、馬車内ではアナからなるべく明るくしたであろう声で、よく「大丈夫か」と尋ねられていた。
これが先ほどの当然の変化というやつである。
右腕を失い、隻腕になったアヤトを心配している。もちろんアナだけではない。
他の全員もアヤトを心配して、気を遣っている。
それがアヤトにとって苦痛であることを知らずに、優しくしている。
「うん、大丈夫だよ」
何度目かわからない返答をした。
アナは余程心配なようで、数分おきに大丈夫かどうかを尋ねてきている。
「……アナ、そろそろしつこいぞ。アヤトくんは大丈夫だと言っているだろう」
「で、ですが…」
心配なものは心配であった。
ゼノスに注意をされようが、アナの中からこの心は消えない。
「僕は大丈夫だから。安心して」
少年は、自分と同じ生まれたことを後悔している少女に優しく微笑みを向けた。
するとエレナが会話に入り込んでくる。
「でも何か困ったことがあったら言ってくださいね? なんでも協力しますので」
「……ありがとう」
感謝を述べる。
しかし――
利き手が使えないため、何かと苦労を強いられた。
食事はとりあえず一人では不可能。アナやエレナに手助けをしてもらいつつやっていた。
利き手がない彼には一人でできることなどほぼなかった。エレナの浮遊椅子を押す役目もできない。
やはり、苦痛だった。
そしてさらに彼を苦しめたのは、消え去った右腕がまだあるかのように感じる時が何度もあったことだ。
右腕がある感覚は存在するのに、何も掴むことはできない。実にもどかしかった。
幻肢というこの現象。
たまに存在しない右腕に、泣きたくなるほどに強力で異常な痛みが発生するのがたちの悪い所である。
痛みのあまり涙を流し、苦しむアヤトの姿は、他の者たちの心配を煽った
この痛みの一番の問題点は、ヴァイオレットやアナ、ロザリエの治癒魔術が効かないことだ。ないはずの部分に痛みを感じているので、彼女たちの魔術では治療のしようがない。全員アヤトの苦しむ姿を見守る以外に出来ることはなかった。
「――あ、あぁ…っ!! あァぁ…ッ、ぁぁ!! ぐ…う…ッ!!」
ログハウス。
夕食を食べ終わったアヤトは自室のベットの上で幻肢痛に耐えていた。
「はぁ…はぁ……、はぁ………」
抑えてはいるが、二階の自室でもおそらくロザリエには痛みを耐える彼の声が聞こえている。アヤトにリビングにいる者たちの声が薄っすらと聞こえているので間違いないだろう。
「……また、なのか」
視覚はないままだが、今まではアビリティのおかげで一人で動けるようになっていた。
生活面だけで言えば、誰の助けも必要なかった。元の世界にいた時とは大違いだ。
しかし、今はどうだろうか。
彼ができるのは歩くことだけ。
一人では何もろくにできていない。
――また、誰かに頼らなければ生きられない自分になっている
自分が無力であることは、フルデメンスとの戦闘で思い知っている。
他人がいなければ生きられないこともわかってるつもりでいた。
だが、今の状況では完全に元の世界にいた時と同じだ。
何から何まで、全てを心配され、手を貸してもらい、自分のために意識を割いてもらっている。
隻腕の彼には、役立てることが何一つなかった。
それが…苦痛だった。
「僕は――」
――なんでこの世界で生きているんだろうか。
自分の存在に対しての疑問。
元の世界で毎日のように問いかけてきたことを、少年はこの世界で初めて自らに問いかける。




