第13話 『イーター』
馬は地を蹴り、広大な大地を進む。
馬車内では会話は絶えず、空気は暖かい。
目的地へは確実に進んでいる。
「…山があるわね。川も流れてる」
ロザリエがふと窓の外へと視線を向けると、視界に一つの山が入ってきた。
木々のそびえ立つ森の中から飛び出るようにして存在する山だ。視力のいいロザリエにはその山から水が流れてきているのも見えていた。
エレナもロザリエの声を聴いて窓から外を覗く。
「となると目的地はもう少しでしょうか」
「そうなの?」
「はい。都市アクールの南東には山があったはずなので、おそらくあれはその山でしょう」
「ではそろそろ村だな」
アクールまでの街道の途中には一つ村がある。
山から流れる川のすぐ近くに位置する村である。
「まだ認識疎外の魔術ってかかってるの?」
「安心してもらって大丈夫だ。一般人に見られても騒ぎにはならない。私の部下は優秀だからな。存命の限りは半永久的に魔術の効果は続く」
「すごいわね。流石は――」
瞬間、ロザリエの言葉を遮る形でヴァイオレットが声を発した。
「ゼノス様。こちらに接近してくる生命体が一つあります」
冷静な声だ。
彼女は基本的に何があっても冷静さを失わない。声でそれはよくわかる。ゼノスは馬車内の空気感もあってか、ヴァイオレットのいつもと変わらない声で放たれた言葉を軽く捉えた。余裕を持ってしまっていたのだ。それが仇となる。
「な……」
何が接近しているのか、それを尋ねる前にソレは、奇怪な鳴き声と共に飛来した。
「EEEEEEEEE!!!!!」
「馬車が…っ!」
馬車は突如衝撃に襲われ、横転する。
屋根が破壊されたために中にいた彼らは、外へと身を投げ出された。
ロザリエは単独でうまく着地。アナはアヤトを掴み、レイはエレナを抱え、ゼノスはエスメラルダを担いで着地した。
「…ありがとう、アナ」
アナがサポートしてくれていなかったら、アヤトは転倒して怪我をしていたかもしれない。
「気にするな。…友達、だからな。それよりも…」
横になり、破壊された馬車を見る。
残骸の上には人影が立っていた。
土煙によってその姿をはっきりとは視認できない。
「レイ、何が起きたんですか?」
「わかりません。ひとまずはこのままの状態でいてもらいます」
エレナを抱えたレイも人影へと視線を向けている。
「ゼノス様……、どうか、したんです…か?」
「まあ緊急事態だが、なんとかするから眠ったままでいいぞ」
「わかり、ました…」
エスメラルダは言われた通り眠りにつく。
彼女を担いでいるゼノスには今の状況に対しての焦りは特にないようだった。
「ゼノス様」
声の主はヴァイオレット。彼女もまた問題なく着地で来ていたようだった。服に一切の汚れがない。
「無事で何より。それでなんなんだ、あれは」
「おそらく目的の存在かと」
「なるほど。それは都合がいい。わざわざ出向いてくれるとは思わなかった」
ソレは腕を薙ぎ払うように振い、身を包む土煙を剥がして姿を現した。
「なん…ですか、あれは…」
影として見えていた通り、ソレは人型だった。人型、ではあった。
しかし人ではなかった。
肌は白く、所々にひびが入っている。
目はなく、耳もない。顔にあるのは口だけ。獲物を喰らうための牙の生えた口だけが顔には存在する。
まさしく怪物の名がふさわしい生命体である。
「…………」
「あんな気配を放つ生き物は初めて見るな…。――アヤト、どうした?」
アヤトの様子がおかしいことにアナは気付いた。
「どこに…いるの?」
「なに?」
「何かいるの…?」
「…まさか、感知できてないのか?」
彼のアビリティが感知系であることはアナも把握している。
それによって戦闘時は相手を捉えているのも聞いた。
けれど今のアヤトは飛来したソレの居場所がわかっていない。馬車の位置はわかるが、肝心の敵の位置を把握できていない。
「ダメだ…。位置がわからない…」」
意識を集中させても無理だ。
魔術によって足音を消していたガルノ、何らかの方法で気配を殺していたルーダスやゼノスは違う。彼らはいるのだと認知した時点で感知はできていた。
だが、正面に怪物がいるのだとわかっても、どれだけ精神を研ぎ澄まそうと、存在の感知ができない。アナたちの位置はわかるのに、怪物だけは不明のままである。
彼の感知のアビリティが機能していないのだ。
「――アナ、アヤトくんを下げろ。レイ殿もエレナ嬢を安全な場所へ――」
「EEEEEEEEEEE――!!」
アヤトの鼓膜を激しく揺らす叫び声。
怪物がいつまでも待っているわけがなかった。
場所の残骸を蹴った怪物はエレナを抱えるレイの正面へと移動していた。
素早かったが、動きはしっかりと目で捉えることができている。
だがレイはエレナを抱えた状態。とても剣を抜いて応戦することは不可能である。
「……エレナ様、少し跳びます」
剣を使えないといってもやれることはある。
すぐに攻撃をしてくることはなかったので、とりあえず距離を取ろうと後方へ跳躍する。
追撃をしてくるかと思ったが、怪物は何もせず立ち尽くしているだけだった。
「なんなんだ、あいつは…」
攻撃をしてくる気配がない。
急に距離を詰めてきたと思ったら、レイたちの方に顔を向けて首を傾けている。
異様だった。
怪物の外見と動作が不気味で仕方がない。
「わかりません。私も知らない生物です」
この世界、この大陸にいる生物についての情報は網羅しているつもりだったが、目の前にいる怪物についてはエレナも知らない。
「――キンキノ、ニオイ。キミハ、マッサツタイショウ、カ?」
片言であるが聞き取れた。怪物の口から発せられたのは人間の言語だった。
知性があるということが、怪物の不気味さを加速させる。
「違うな。お前の攻撃対象は私だ」
ここにいる誰にも捉えることのできない速度で怪物の背後に移動した男が一人いた。
劔の魔人、ゼノスだ。
彼は怪物の白い体の肩に手を置いた。
「オマエハ、カタストロ――」
ゼノスは肩を掴んだ怪物を、石でも放るように投げ飛ばした。
「――――は?」
やすやすとそんなことをやってのけるゼノスを見て、彼の部下ではないエレナ、レイ、ロザリエは度肝を抜かれていた。百メートル以上は確実に飛んだ。怪物がかるかったなんてことはない。質量は確かにあったというのに、ゼノスはそんなもん気にしていなかった。
「君たちはここにいてくれ。私が行ってくる」
三人が唖然としている中、ゼノスは何事もなかったかのように怪物を放った方へと歩きだした。渡されたエスメラルダを抱きかかえるヴァイオレットは主に頭を下げて見送る。
*****
「ナンダ…オマエ、ハ」
「国を治めるの国王で、子供の成長を見守るただの父親だ」
地に倒れる白い怪物をゼノスは見下ろす。
彼の目的が目の前にいる。この生命体の死こそがゼノスの望むもの。
怪物の名は『喰らう者』。
世界には不要な存在である。
「EEE,EEEE、EE…」
奇怪な息遣い。
口から唾液であろう白い液体が流れ落ちている。
「どうやらアビリティを無効化するようだな。それが噂に聞く『権能』というものか?」
「――――」
返答はない。
もともと会話が成立すると思ってきていなかったので、そのことに特に何か思うことはなかった。
「――お前はもうこの世界にはいらない。消えろ」
一方的な別れの言葉の後、怪物の位置する場所は爆発を起こした。
*****
「なによ、あれ…」
台地が揺れる。
ゼノスの向かった先では幾度も爆発が起きていた。
フルデメンスのものとは違う。攻撃のための爆発ではなく、攻撃の結果起きた爆発だ。
「ゼノス様のお力です」
エスメラルダの寝顔を眺めながら、ヴァイオレットはロザリエに答えた。
爆炎は高く、天へ昇っている。
あまりにも規模が違う。
ガルノやフルデメンスも強かった。
優劣はわからない。彼らにはそれぞれ強さがあったからだ。
しかしゼノスは違う。
そもそも強さの格が異なっている。比較の土俵が同じではないのだ。
レイはゼノスがイーターの灰を取った時点で悟っていた。
自分では絶対に勝つことができないと。
「あっちの白い方はなに?」
「――あなたは知らないのですか?」
「知らないわよ。あんなの」
今の問いはロザリエからしてみればおかしなものだった。逆にヴァイオレットの方はハイエルフである彼女の回答を不思議に思っていたが、それは口にせず代わりに怪物の名を告げた。
「…イーターという名前のようです。ゼノス様はあれを過去の遺物だと仰っていました」
名前を聞いてピンとくるものはいなかった。
「イーターのことは知ってたんですか?」
「はい。私たちはあれを抹殺しに来たので」
「え!? そうなの?」
なぜかゼノスの部下であるはずのアナが一番の驚きの声を上げていた。
「でもなぜわざわざ王国にいる怪物の抹殺などをしに来たのですか?」
「ゼノス様曰く、あの怪物が今後邪魔になるそうです。あの方の視点…見ているところが私たちとは違うので、詳しいことはわかりかねますが」
イーターが今後どう邪魔になるのかは、ヴァイオレットも知らないようだった。
「いずれにせよイーターの抹殺が今回バミラ王国を訪れた理由です。それだけ理解していただければよろしいかと」
そこで爆発は止んだ。
ゼノスが攻撃をやめたのだ。
彼は黒い外套をなびかせながら歩き、全員の待機場所まで戻ってきた。
服に汚れは全く見られない。
先ほどの爆発の中で戦っていたとは思えない程の綺麗さだ。
「終わりましたか?」
ヴァイオレットの言葉にゼノスは首を横に振る。
「逃したよ。思いの外素早かった。腕はへし折ったが、やつならおそらくすぐ元通りに再生するだろう。どうやらまだ機能は生きているらしい」
「――ゼノスさん。私たちに手伝ってもらいたいことというのは…」
「ああ。私が仕留めきれなかったから予定は変わらずだ。君たちにはアレの討伐を手伝ってもらいたい」
何でもないことを言うように、彼は手伝いの内容を口にした。




