第8話 『馬車の中での会話』
「…揺れないものですね」
「そうね。私馬車乗るのこれで2回目なんだけど、1回目より…というか全く揺れないわね」
馬車内。
それぞれ座して時の経過の中を過ごしていたわけだが、馬車に乗れば必ず感じる揺れを誰一人として感じていなかった。
「確かにそうですね。気にしてませんでしたけど、揺れてないです」
前回、ガルノとの戦闘後は眠っていたので、綾人は今回初めて意識があるうちに馬車に乗るわけだが、揺れという存在を失念していた。椅子も柔らかく座り心地がいいので、向こうの世界で乗っていた車よりもこの馬車の方が快適だった、
「揺れがないのは魔術がかけられているからだそうだ」
答えをゼノスが口にした。
「魔術ですか」
「ああ、私もその辺りの知識は疎いので説明はできないのだが、とりあえず馬車に魔術をかけて揺れをなくしているらしい」
「やっぱり人間の魔法の種類は色々あるわね」
「なんにでも応用は聞くようだからな。私が魔術について教えてもらっている者は、時に何の道具は使わずに魔術だけで料理などしていたよ」
実際、大抵のことは魔術で可能である。とは言ってもその術式の微妙な調整の難易度が高いために、普通は魔術だけで料理をするなどする者はいない。
「ゼノスさんも魔術は使えるんですか?」
「いや、使えない。私は適性がないんだ。知識だけ与えてもらっているだけだよ」
魔術は適性のない者には使用ができない。とはいっても完全に適性がないものなどごく稀だ。超下級の魔術程度は誰でも使おうと思えば使える。
「…実は僕も魔術が使えないんですよね」
アヤトの場合は適性がないというより知識が全くないだけなのだが、使えないというの事実である。
「そんなところまで一緒なのか。まあしかし魔術に関しては正直なくても困らないだろう。あれは言ってしまえば人でもできることを省略して行っているだけだからな」
人でも火は起こせる。水は出せる。風は起こせる。土は掘れる。
魔術とは過程をすっ飛ばして結果を出しているようなものなのだ。もちろん全てというわけではないが、基本的に下位の魔法は彼の言ったとおりである。
なので魔術がなくともこの世界での生活に困ることはない。
「そういう見方もあるのですね…」
エレナが感心したような声を漏らしていた。ゼノスの魔術についての言い表し方が彼女にはとても納得できるものだったらしい。
「――質問なのだが、彼女はエレナ嬢の介添えでいいのかな?」
ゼノスの視線は白銀の鎧を纏ったレイに向けられた。
「はい。護衛であり、私の姉のような存在です」
幼い頃から共にいたレイという従者は、エレナにとって血の繋がった母親や妹よりも、家族として認識していた人物だった。心の底から、彼女はレイのことを姉妹だと思っている。
「ふむ。その君の姉の持つ剣……黒器か?」
「黒器です」
躊躇いなくエレナは答える。それもそうだ。隠す必要がない。
なぜなら黒器というのは剣先から柄まで黒いのが特徴なのである。現在、白い鞘にレイの黒器の刀身は収まっているが、柄の部分は当然見えている。だから隠す必要がない。もう見られているのだから。
「私が知らない黒器だな。まだ未発見のものを個人が所持しているとは驚きだ」
「――黒器ってどういうものなんですか?」
特殊な剣という認識はしているが、アヤトは黒器に関して詳しく知らない。
「固有の能力を使える非常に硬い剣……としか言いようがないな」
「アビリティを使えるってことですか?」
「いや、アビリティが宿るのは生命だけ。剣に宿るなんてことはないはずだ。まあ正直黒器については不明な点が多いから、特殊としか言い表せないな」
「…黒器ってどれくらいあるの?」
レイの黒器しか見たことのないロザリエは黒器の総数に興味を持った。
「私が目にしたのはこれで12本目だが、まだまだあるだろう。帝国、連邦、魔法国が収集に熱心なようだが、北の連邦が一番黒器を集めているという話も聞いた」
「北の連邦…」
アヤトは記憶を巡らせた。
エレナから教わった国名から該当する国を探す。
(カノムス連邦とかだったかな?)
カノムス連邦国。ゼノスが指していた国はここである。
バミラ王国と和平を結んだインタジカノス帝国と隣接する集合国家であり、領土が世界一だという説明をエレナから受けている。
「黒器使いがそれほど多くいるの…ですか?」
一瞬ため口になりそうだったが、レイは思いとどまってギリギリのところで敬語に修正した。ため口で話されようが気にしないゼノスではあるが、レイの判断は正解だった。なぜならもしため口だったのなら、不敬だとアナが馬車内を騒がしくしていたからだ。ちなみにロザリエの口に利き方は特に気にしていないので、ずっとアナから睨まれている。
「正確なところまではわからんが、6人は確定でいる。流石は武力最強を謳う国いったところか」
「…でもゼノス様達の方が強いんですよね?」
エスメラルダはゼノスを見上げた。
赤い瞳に問われた彼は答える。
「ああ、勿論だとも」
安心させるように彼は優しい声音で答える。
それを聞くとエスメラルダはニコッと笑った。
「そうです! ゼノス様はどんな敵にも負けません!! というか誰が相手でもゼノス様が手を出すまでもなく私たちがねじ伏せます!」
自信満々にアナは言った。
「私は戦を好まないといった気がしたのだが…」
ゼノスがそうでなくとも、彼の部下は血の気が多いというか、実力行使なものが多い。自国にいる時、よく胃を痛めるゼノスだが、主にそれが理由である。アナとのやり取りを見れば一目瞭然だろう。
「――私から質問をいいでしょうか」
声の発したのはエレナだ。
「ああ」
馬車内は一言で言ってしまうと暇なのだ。
質問はゼノスにとっての退屈しのぎになる。
「その女の子――エスメラルダちゃんの瞳についての話を聞きたいです」
「――――」
エスメラルダという名の少女の赤い瞳。
赤眼なんて珍しい。
普通はそこで終わるのだが、エレナは違う。赤の瞳についての知識が彼女の中にある。葬り去られた過去を彼女は知っている。だからノンバラで彼女を見かけた時に追ったのだ。
「――バミラ王国の建国時期からして知っている者は少ないと思っていたが、レザドネア家は最古の一族の一つだったな。その辺りの知識もあって当然か」
「では、エスメラルダちゃんは…」
「セギア人だ」
ゼノスとエレナ以外の全員はキョトンとしていた。二人にしかわからない会話なのだ。
「セギア人ってなによ」
「ああ、すみませんロザリエ。自己完結してました」
全く知らない単語なので他の者たちが困惑するのも無理はない。
「セギア人は圧倒的な力を持ち、最強の生物だと言われていた人種です」
「言われていたってことは…」
「はい。五百年前以上に滅んでいるそうです。当時存在したとある国によって根絶やしにされたと書物には記されていたのですが…」
「ここにいるエスメラルダはその生き残りの末裔。セギア人の特徴である赤眼がその証拠だ」
特殊な能力を持った最強の人種。
それがセギア人と呼ばれていた赤眼の者たち。そんな彼らの末裔がここにいる。
「なぜいるのですか?」
「なぜと言われても私にもわからない。エスメラルダと出会ったのはたまたまだ。初めてこの子を見た時は私も色々と驚いたよ」
ゼノスに頭を撫でられ、エスメラルダが心地よさそうな顔をしているところで、ちょうど馬車が停止した。
「日が落ちました。この辺りで今日は休みますか?」
馬車前方からする声。
手綱を握っていたヴァイオレットの声である。
「そうだな。今日はこの辺りにしておこう。食事の準備だ」
「かしこまりました。準備ができ次第お呼びします」
ヴァイオレットが馬車を下りるのをアヤトは感知する。
「ゼノス様! 私もやります!」
エスメルダは立ち上がると元気よく声を上げた。
「そうか。ならヴァイオレットに何をすればいいか聞いてくるといい」
微笑みを向けると馬車の戸を開けてヴァイオレットの方へ行くようにと指示を出した。頷いたエスメラルダは彼女のもとへと走っていった。
「さて、夕食の準備が終わるまでここでしばらく待っていてくれ」




