プロローグ 『喰らう者』
喰らう、喰らう、喰らう。
『暴食』の罪を背負った者が如く、食らい尽す。
明確な目的はない。
味覚もなければ、喰らう必要もない。
だというのに、ひたすらにその悪食を披露する。
故にそれは、『喰らう者』と呼ばれた。
堕ちた存在。
神の使いの成れの果て。
今日もそれらは歩く。人を求めて歩みを進める。
*****
どの面においても均等な正六面体の牢獄。
暗く、静謐に満ちたその空間の中央に設置された木製の椅子には一人の男が座っていた。
拘束具にとって男の目と腕、そして足は完全に封じられている。だというのに男は妖しい笑みを浮かべていた。
「やあやあ、初めまして。変人集団エクリプス、『シス』のフルデメンスさん」
そんな狂人――フルデメンスに鉄格子越しに話しかける騎士がいた。
腰の左右に携えた二本の剣。双剣の騎士と謳われる男――ルーダスである。
「――貴様は勘違いしているぞ、双剣の騎士」
「というと?」
「私単体がシスなのではない。私が統率者である集団こそがシスなのだ」
「知るかよ。というかつっこむのそっちなのな。俺はてっきり変人集団って方を訂正されるもんだと思ってたよ」
「なに、我々が常人ではないのは事実だからな」
「ん、自覚あるんだ」
「我らの神を信ずる者は凡庸であってはならない。『変人』というのは常とは異なる者だろう。ならば許容はできる」
変わらず笑みを浮かべてフルデメンスは笑う。
多少引いたように「あははー」などとルーダスは笑っていた。
「ポジティブシンキングってことにしとくか。――まあ、そんなのどうでもいいや。それよりどうよ、この牢屋。気に入ってくれた?」
「気に入るも何もあるまい。私はこの通り目を塞がれているのだからな」
そこで双剣の騎士は首を傾げる。
「お前のアビリティって聞いた話じゃ効果範囲内の爆破できるんでしょ? それなら範囲内の状況把握できる探知能力も持ってるんじゃないの?」
「……バミラ王国は一番アビリティ持ちが少ないと耳にしていたが、どうやら知識自体はあるらしいな」
「伊達にこの王国も長い歴史の中いるわけじゃないからな。それくらいの知識はある。アビリティってのは魔術と違って何のサポートもなしに運用できないといけないんだろ?」
「例外はあるが、アビリティは貴様の言った通り基本的に単一で使用できなければならない。魔術との違いはそこだな」
アビリティというのは歯車ではなく、完成した完全な者でなければならない。
フルデメンスのアビリティは爆発を起こすというのが主な能力ではあるが、それを完全に運用するための効果範囲内の感知能力が備わっていた。
「――さて。それでなんだ、この牢獄は」
周囲を観察するように首を動かすフルデメンス。まるで目が見えているかのような行動だった。
「地上から20メートル下にある地下牢獄。爆発を起こしたところで意味がない。お前が地面に埋まるだけだから」
この牢獄はルーダスの言った通り地上から約20メートル下の地点にある。
ここへ通じる通路は一か所。フルデメンスのアビリティ効果範囲内にはそれ以外何もない。…いや、それ以外何もないというのには少々語弊があった。ここは地中なのだ。正確には通路と土がある。
こんな地中でフルデメンスが爆発なんて起こしたらどうなるかなど想像に難くない。
「アビリティを使うと地中で押し潰される…。ふむ、随分と都合のいい牢獄が存在したものだ」
爆発を起こせば牢獄は土に潰される。
通路を爆破させたしてもここに誰もこれなくなるだけだ。
この牢獄は、フルデメンスの障害物を無視して発動可能なアビリティを封殺するのに打ってつけなのだ。
「…まるで私がここに来て捕らえられるのを予期していたようだな?」
「知るか。この牢屋は昔からあるんだよ。俺が騎士団に入る前からな」
「なるほど…。これはなかなかに面白い」
「――なにがだ?」
目を細め、真剣な声音でルーダス問う。
そんな彼の表情が見えていて、滑稽だと馬鹿にするかのように、彼は鼻で笑った。
「いやなに、どうやら先のことを目にしている者がいるらしい」
「――――」
「『アン』にもいるのだ。『物語』を見る瞳を持つ者が。これはいい収穫になったぞ。あれは奴のアビリティだと思っていたが、どうやら違うらしい」
「なにを―――」
「ハハ、ハハハハ、ハハハハハハハハ! なんだ、上書きでもされたということなのか?まさかアレを上回る存在がいるとはな!」
「――――クソが…。何が楽しいんだよ。会話が成立しねえじゃねえか」
フルデメンスは実に楽しそうに言葉を口にしている。それによってルーダスの声は完全に遮断されていた。
もう会話はできそうにないと判断したルーダスは踵を返し、一旦地上へと戻ることにした。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
狂った笑いは地下牢へと続く通路に鳴り響いていた。




