第18話 『振り抜かれる拳』
完全に書き忘れていた部分があったので、第一章第9話を修正しました。
今回の話に関係するので、先にそちらを読んでいただいた方がいいかもしれません。
幸い、リンクが解除されたのは攻撃を受けた瞬間だ。黒い衣が爆発から身を護ってくれた。しかし吹き飛ばされたことによって、背中から硬い地面に叩きつけられた時に痛みがあった。
とてつもなく、激しい痛みだ。
心の底まで抉られた。
勝てなかったのだ。
彼女と繋がれば自分は完全になって、負けないと思っていたのに。無駄だった。
教えられた。思い知らされた。
ガルノと戦った時に勘違いをしてしまっていたのだ。
自分は強くなったと。変わることができたのだと。
…勘違いも甚だしい。
「アヤ…ト」
力のない声が聞こえる。
エレナだ。自分と同じく倒れた彼女が手を伸ばしてきている。
その手を掴もうと少年は手を伸ばした。
もう少しで触れるというところで、少女と少年の手の距離は離れた。
ローブを着た男に少年の頭が掴まれ持ち上げられたからだ。
「可哀想に」
やめろ。
その目で見るな。
何度も向けられた目だ。見えなくてもわかる。
同じ視線をいつも感じていた。
自分を憐れんでいる視線なんて毎日のように浴びていた。
その目を向けられることにはもう何も感じなくなっていたアヤトではあるが、それは元の世界での話だ。こちらに来てから心の底から、この状態で生まれたことを憐れまれたのは今が初めて。だからその目で見ないでほしい。弱い自分に戻されてしまう。
この世界を生きるサキリアヤトから、元の世界の早霧綾人に戻ってしまう。
「欠落者が何をしても不要物だ」
ゴミを道端に捨てるのと同じように、狂人は少年を投げ捨てた。
お前には価値なんてないと示してみせたのだ。
「…ふむ。私の仕事をいい加減終えよう」
歩くことのできない少女から三メートル離れた位置に立ち、その姿を見下ろす。
「く……ぅ…!」
最後の抵抗と言わんばかりに彼女は這いつくばりながら、男へ近づく。
「デットラインには気付いているようだが、滑稽だな。欠落姫」
近づいた分だけ彼は離れる。そんな努力無駄だと嘲笑うように足を動かした。
「踏みつぶしてもいいが、せっかくだ。私のアビリティによって殺してやろう。――消えろ。汚物め」
最大限火力を抑えた爆発を起こし上半身を吹き飛ばす。彼はそのつもりでいた。
その時だ。鎧の音がした。
少女を守るように立ちふさがる白銀の騎士、レイだ。
振るわれる黒剣。完全なる不意打ちだった。
だがそれは容易く回避される。
先程よりもキレがなく、もはや攻撃とすら呼ばない。ただ剣を横に大きく振っただけだった。子供のお遊び。目視してからでも余裕で回避できる。
剣を振り切ると力が抜け、彼女の手と共に黒剣は重力に従って地へ落ちた。彼女自身も力なく膝をつく。
「理解に苦しむ…が、黒剣の回収も任務の一つだ。好都合と考えよう」
なぜ死に体だというのに逃げる努力ではなく、無意味な攻撃をしてきたのかフルデメンスには理解できなかった。
理解する必要もないと思考を切り替え、彼は白騎士の黒剣へと手を伸ばした。
手先が柄に触れる直前、その人物は大きく息を吸い込んだ。
「――ふざけるな!!」
レイの現在の状態からは考えられないほどの声量での怒号が周囲に響く。
フルデメンスもあまりに予想外だったためか動きを止めた。
「何をしている!」
レイは顔を下に向けたまま声を張り上げる。
傷が塞がっただけ、あくまで外面が直ったに過ぎない。ダメージは当然残っている。だからもはや頭や手すら動かす力はないのだ。
けれどレイは体の中にある力の残滓をかき集め、声を出す。込み上げてきた怒りが血と共に言葉となって吐き出される。
「お前の……お前の役目だろ!!」
「――――」
「お前の光なんだろ! なら! 役目を果たせ!! 共にいたいと言った責任を持て!! …エレナ様を守れ!!!」
「――何を言っている。黒剣使い」
声は止んだ。兜から血が滴り落ちる。もう意識があるのかどうかもわからない。
狂人に彼女の言葉が届くことはなかった。
だが、それでいい。彼には届いたから。
「…そうだ」
黒髪の少年が立ち上がる。
「勝ち負けなんてどうでもいいんだ…」
どうしてあんなに戦いにこだわっていたのだろうか。
戦えるようになって勝利を経験したから?
ああ、そうだ。その通りだ。
「――いきがるのもいい加減にしろ…」
結局自分の力ではないのだ。
なのに、あたかも自分の力であるかのように錯覚していた。自分は強くなれたのだと思い違いをしていた。
不愉快極まりない。
自分の過ちに気付いて反吐が出る。
「…僕は」
足に力を入れ、強い意志を持ち、立ち上がった。
痛みは受け入れろ。それが自分に対する罰なのだから。
むしろそれだけで過ちが許されるのなら安いものだ。
「なんだ」
フルデメンスは目を細めた。アヤトの周囲に漂う空気の変化を感じとったからだ。
「僕は…お前からエレナを守る」
「貴様が?」
嘲笑が聞こえる。心底馬鹿にしたように彼は言葉を続ける。
「知っているぞ。そうだ私は知っていたんだ。ザナムが言っていた。『物語』の異物、お前の戦闘能力はほぼないのだろう? 私からしてみれば欠落姫のいないお前はそこらのゴミと何ら変わらない」
その通りだ。ゴミと呼ばれても仕方がない。逆に今まで生きてきて何故そう呼ばれてこなかったのか不思議でならない。
自覚はある。いや、改めて自覚した。
自分は無力だということ、誰かがいないと生きていけないということを。
でも、あの時決心したのだ。
エレナを守ると。あの人のように誰かを救うのだと。
「――僕も救うんだ」
役立たずの自分でも誰かを救えるのだと証明してみせろ。世界に自分の必要性を示せ。
無力なら無力なりに足掻いてみせろ。
余計なものは捨て去れ。
不要な思考はかなぐり捨てろ。
「レイさん!」
名前を呼ばれた騎士は、兜の中にある視界の端にアヤトを捉えた。
「3…いや2秒でいいです。お願いします!」
目では彼女が生きているのかすら確認できないが、彼のアビリティはレイの生命を感じ取っている。返事はなかった。でも大丈夫だ。届いている。きっと理解してくれている。
「わかっているのか? 貴様との距離は十メートルあるかないかだ。つまり私のアビリティの射程範囲内。一度発動させるだけで生身のお前は死ねる」
「知ってます。僕じゃあなたに勝てません。だからいつも通り頼ります。あなたを倒すために…!」
走った。自分の出せる全力で、地を踏み、駆ける。
「馬鹿め」
アヤトが彼を倒すには接近するしかない。だから走った。
だがフルデメンスが能力を発動させるのに一秒と要らない。
これで終わりだ。
そう思ったところで、彼は動きを止めた。
――否、止められた。
動くことも考えることもできない状況へと追い込まれたのだ。
森の中でアヤトが耳にしていた、レイの持つ黒剣の能力によって。
彼が自分を取り戻したのは三秒後。レイが血を吐き出した瞬間だった。
「っ――――!」
気付けばアヤトとの距離は三メートルもない。
「な――」
アビリティを持つ者は自分の力を過信する。遠距離攻撃ができる者は近距離をおろそかにする傾向がある。アヤトがエレナに聞いた知識である。
それに賭けて彼はフルデメンスへの接近を図った。その判断は正解だ。
フルデメンスのアビリティの主な能力は爆発。
高火力、広範囲の強力な力ではあるが弱点がある。
それは自分も巻き添えをくらう可能性があるということ。
デットラインは二メートル半。すでにアヤトはその中にいる。
「これで能力は使えない…!」
アヤトは刃物も鈍器も手に持っていない。あるのは拳のみ。
左足を強く踏み込む。そして拳を強く握りしめた。
これは路地裏で中断した攻撃の再現だ。あの時の感覚を思い出し、体を動かす。
しかし、殴りかかろうとした瞬間、ほんの一瞬だ。爆発の影響で受けたアヤトは背の痛みに襲われて、力を緩めてしまった。
それを逃すフルデメンスではない。
後方へ飛び退いて、距離を取ろうとした。デットラインからアヤトがいなくなれば彼の勝ちなのだ。
足に力を入れた。まず右足へ。
「ぐ…ッ!」
だがその右足には鋭い痛みが走った。苦痛に顔を歪ませながら足を見る。
「矢だとォ!?」
紛れもない矢が右足、ちょうどアキレス腱を撃ち抜いていた。
「…バーカ」
目視したわけではない。けれど聞こえた。小声だったが確かに聞こえたのだ。
あの吹き飛ばしたハイエルフの声が。
「どいつもこいつも!」
殺す機会を邪魔され、逃げる機会も邪魔された。
彼の憤怒の声は悲鳴にも等しい。
「っ…! 終わらせる…!」
痛みに耐え、彼は再び力を込めた。フルデメンスを倒すために。
エレナに知恵を借りた。
レイに協力してもらった。
ロザリエに助けてもらった。
そして、最後にまた力を借りる。
***
森で魔女に魔法をかけられた。
本来リンクを使用した状態のアヤトは魔法…魔術を無効化する。けれどその魔法は体外ではなく体内にあった。だからあの時は発信機の役割を果たしていた魔法陣とは違って消滅させられなかった。
魔女――メイアがアヤトの体内に仕込んだ護身用の魔法。
ガルノにメイアが使用していたのと同一のもの。
「これを発動する時はある言葉を言わないといけないの。間違って変なところで言わないように気を付けてね。このタイプだと一回きりだから」
「ある言葉ですか?」
「そう。発動させるための引き金よ。それは――」
ガルノがリンク後のアヤトの腹部を殴った時に言っていた言葉。
それは――
***
「インパクトォ!!!」
瞬間、アヤトの拳は彼の声に呼応するように紫色に光った。
フルデメンスの頬を捉えた拳に、アヤトは最後の力を込める。
彼は体の隅々から集めた力を乗せた拳を地面に叩きつけるように――
「うおぉぉぉぉ!!」
――振り抜いた。
勢い良く頭部を地面に叩きつけられたフルデメンスはピクリとも動かない。
起き上がる様子は微塵もない。動く気配すらない。
もう意識はないのだから。
盲目の少年、サキリアヤトは少女を救うことに成功したのだ。




