第17話 『どうあがいても』
視覚は得た。聴覚も回復した。不完全な彼らがなれる完全な状態だ。
アヤトはフルデメンスを見据えた。
これで戦える。この状態であれば…この完璧な状態なら誰にも負けない。
「あなたが」
敵、エレナを殺そうとしている人物だ。
「――エレナ、どうする?」
どう戦うのか、エレナに尋ねる。
『あの爆発は魔術ではなくアビリティだからか無効化はできないようです。なの近距離へは爆発のせいで近づけません。衣があればダメージはないでしょうが、今のように影で相殺しなかった場合、爆発時の衝撃で吹き飛ばされます。レイがそうでした』
森での戦闘を目にしているエレナは理解している。ダメージが通らなくても爆発は爆発だ。どちらにせよ吹き飛ばされる。今の爆発で彼らが動かなかったのは、影を盾にするように操作して爆発を相殺したからだった。
「じゃあ影で防御しながら近づく?」
『いえ、移動中に影を操作しても多分間に合いません』
「となると遠距離から?」
『そうです。一番手っ取り早いのはガルノに使った魔力放出なんですが…』
「…どうしたの? あれをやるならやろうよ」
『…使えないんです。アヤトの魔力は今ほぼ空です。放出できる魔力がないんですよ』
「そっか…」
レイの回復に魔力を使い果たしているため魔力放出という攻撃手段は不可能。
「なら」
『はい。影を使います』
確実な攻撃手段はもう影を使っての攻撃しかない。
制限時間は三分。それまでに決着をつける。
「――そうか…そういうことか。リンクとはそういうものだったのか…」
フルデメンスの小さな呟きはアヤトにも聞こえていなかった。
「エレナ!」
『はい!』
アヤトの足元の影が枝分かれしながら高速でフルデメンスへと伸びる。
「………」
驚くでもなく、フルデメンスは静かにその光景を眺めていた。
(なんだ…?)
違和感があった。
影が伸びてきたら多少なりとも反応するはずだ。情報自体は知っていても、初見だったガルノだって少なからず驚いていたのだから間違いない。未知との遭遇は誰でも恐れるものなのだ。だから彼が驚いていないのだとしたらそれは…
「…知っているぞ」
影は止まり、跳ね返るように地面へ鋭利な黒い槍として突き出る。
フルデメンスは強く足を一歩踏み出した。
「《ウォール》」
その言葉を口にすると地面に魔法陣が出現し、彼を護るように地面がせりあがった。
『あれなら』
壁を生成する土の魔術。しかし壁は薄い。5cmもないだろう。ガルノを串刺しにした影の槍なら問題なく突破できる。そう思っていた。
アヤトとエレナの想像に反して、影は壁を貫通せず突き刺さっただけだった。
「な……」
「懐かしいものを見て冷静になったぞ。感謝する」
声にはまだ怒りが宿っているが、落ち着きは取り戻していた。
「なんで貫通しないんだ…」
「…その様子だと欠落姫の方も知らんようだな。その影は武器としては生命体に対して有効だ。逆にそれ以外に威力は発揮できない。まあ対アビリティだと話は変わってくるがどうでもいい話だな。とりあえず貴様らではこんな薄い壁すらも貫通することは不可能だ」
壁越しに男の声はエレナも知らなかった影についての情報を語る。
「そして…」
爆発が起こった。
爆風が彼らをフルデメンスから遠ざける。影もアヤトに引っ張られるように突き刺さっていた壁から離れていく。
「射程距離は十メートル。今の我々の距離ではギリギリなわけだ。対して私の能力範囲は最大十五メートル。十メートル以降から爆発を起こし続け、貴様らを射程内に入れずに耐久していれば私の勝ちだ。何分かは知らんが、どうせ制限時間があるんだろう?」
『なんでそのことを…』
「なんでそれを知っているんですか…?」
「貴様らには関係あるまい。どうせ死ぬのだから」
殺すという選択肢しか彼にはない。よってアヤトたちの質問は切り捨てられる。
『…アヤト、作戦変更です。アヤトは接近して攻撃。私は影で攻撃します』
こうなった場合、もう数で攻めて隙を狙うしかない。それしか、勝つ手段がない。
「わかった!」
地を蹴り、接近する。
リンク状態の強化された脚力は常人とは比べ物にならない。
一瞬で距離は縮まった。五メートル程だ。だが狂人は焦ることなく笑った。
「焦りだしたようだな。それもそうだ。刻限を迎えれば貴様らは揃って無力な欠落者と化すのだから。…いや、今も無力なことには変わりないか」
視界は真紅に包まれた。
「ダメか…っ!」
「ああ、ダメだ。私は貴様を近づかせない」
爆発は何度も繰り返される。
吹き飛ばされても再度近づこうと試みるが、フルデメンスがそれを許さない。影の射程に入れまいと爆発を起こし彼らを攻撃する。
黒い衣によってダメージは全くない。だがアヤトたちからの攻撃は届かない。爆破にのまれて時間が過ぎていくのみ。
『――――』
同じことを繰り返しているというのに、無駄だとわかっているというのに、エレナは何も口にしない。
打つ手がもうないのだ。フルデメンスを倒すことのできる決定的な手段がない。
「欠落者と欠落者が交わったところで完全になれたとでも思ったか?」
爆発にのまれる。
「それは勘違いだ」
身を包んだ黒衣が防御する。
「貴様らはどうあがいても不完全でしかない」
けれど爆風はアヤトとフルデメンスの距離を遠ざける。
「救いようのない、無力な欠落者だ」
「………」
黒衣のおかげで体に痛みはない。
でも、痛かった。心が…アヤトの心が確かに痛みを訴えかけてきていた。
「まだ来るのか」
悟っている。
だからこそ止めれない。
ここで足を止めたら肯定してしまうことになってしまうから。
彼は止まれない。
「ああ…、なんて憐れなんだ」
フルデメンスの出せる一番優しい声音で言われたその言葉。
彼は言葉通りアヤトを憐れんでいた。可哀想にと、憐憫の眼差しを向けた。
「神よ…。この欠落者にお救いを」
歪んだ空間は雷鳴と似た音を鳴らし、爆裂した。
それが合図だったかのように彼らは時を迎え、少年は視覚を失った。
*****
「爆発が止んだな…」
そう言うと、何事もなかったかのようにザナムは剣をしまった。
両者に傷は全くない。
戦っていなかったわけではないのだ。ルーダスもそれなりに力を出していた。
「どういうつもりだ?」
「決まっているだろう? ああ、もちろんだ。帰還するんだよ。向こうもいい加減終わるだろうからな」
「逃がすと思うのか?」
「思うね」
「――――」
彼の能力を持ってすれば逃げることは容易い。ルーダスもそれは重々承知している。
「理解してもらえたようで何よりだ。賢い奴は好きだぞ」
「お前みたいな半分こ野郎に好かれたくねえよ」
しかし承知していながら、距離を詰め彼に剣を振り下ろした。
「――残念、ハズレだ。お前の攻撃は俺には当たらない」
ルーダスが斬ったのは何もない空間。ザナムはその左側に悠々と立っている。
先程からずっとこれだ。ザナムに攻撃が当たらない。
「お前が俺のアビリティに対して耐性をみせるのは、自分の命が危機にさらされた時だけだ。逆に今みたいに俺が攻撃ではなく回避のために使ったアビリティは見破れない。おかげさまでこの時間どちらも攻撃が当たらない無駄な時間を過ごした」
確かに無駄な時間だった。ルーダスにとってではあるが。
「――お前は時間稼ぎって目的が果たせただろ」
「それはあくまでサブだよ。メインはお前を殺すことだったんだが…まあいい」
ザナムは再びフードを深くかぶって醜い顔を隠した。
「俺はフルデメンスの様子を見に行くとしよう。じゃあな、双剣の騎士」
ザナムの姿が掻き消えた。気配はもうない。
「――エクリプス…。こんなところに来たってことは、もしかして人食事件にも関係してるのか…? ……まあその辺のことは俺の領分じゃないな。それよりも早くエレナ様のところに行かないと」
双剣の騎士もこの場を去り、爆破の起きていた地点へと向かう。




