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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第二章 『約束をした日』
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第7話 『お姉さん』

 「はぁ…」


 扉を閉めるとまたため息をつく。


 「よかったのだろうか…」


 正しい選択を行えたのだろうか。結果が出るまでそれはわからない。


 「なにが?」


 「ひっ!」


 不意にかけられたレイの口から変な声が出てしまった。


 「なんだ。女の子らしい声出せるじゃない」


 声の主はロザリエ。

 エルフである彼女が、許可証でもない限り亜人種の立ち入りのできないはずのバミラ王国に入ってこられていることに関して、レイは問い詰める気はない。エレナが信用できると言ったのだ。それが答えだ。そのことを言及しないし、訝しむ気もない。

 とはいっても警戒はする。それがレイの役割だから。

 目を細め、射るような視線を向けてレイは一言口にした。


 「…黙れ」


 「あ、また怖い顔になった」


 悪びれる様子もなくロザリエは軽い口調のままだ。


 「――貴様、聞いていたのか?」


 ロザリエの位置は部屋から出てすぐ左側。壁に寄りかかっている。

 十分な声量ではないだろうが、室内での会話が少し聞こえていても不思議ではない。


 「まあ私耳いいし。この階にいる限りはどこにいたって聞こえるんだけどねぇ」


 失念していたがロザリエはエルフだ。長い耳は飾りではない。壁越しでも十分に中の様子を聞き取れていたはずだ。


 「それでなにがよかったのだろうか、なの?」


 「貴様には関係ない」


 「ふぅん。決めた事をについて悩んでも意味ないと思うけど?」


 「………」


 「あ、図星?」


 くすくすと少女らしくロザリエは笑う。


 「――ねぇ、二人のこと納得してない理由聞いてもいいかしら?」


 なんでもないことを言うようにロザリエは話を切り出した。

 レイは彼女の瞳を見る。綺麗な瞳には反射した自分の姿が映っている。レイが得られた情報はそれだけ、代わりに何かを見透かすような視線が送られてきた。


 「驚いてる? 話を聞いてれば何となく察せたわ。アヤトも多分気付いているんじゃないかしら」


 ロザリエの言った通りアヤトもレイが心から許可を出したわけではないと察していた。


 「――私は…」


 王都まで出向き、王国最強の騎士と契約する。

 それがエレナに与えられた使命だった。けれど王都に行く理由は既に無い。なぜなら一度きりである契約をアヤトとしてしまったからだ。

 これのおかげで定められていた使命から脱することができた。リンクの能力がない彼女は自由の身になったのだ。

 そんな彼女の意思をレイは尊重したい。ありのままの姿で生きて欲しい。彼女の楽しそうな顔を見て改めてそう思った。

 だから二人が共にいたいというのを快く受け入れ、自由に人生を歩んでほしい。

 でもレイは知っている。身をもって体験している。

 黒髪の人間がバミラ王国から、どれだけ嫌われているかを。どのような扱いを受けるのかを。どれだけ理不尽な目に遭うのかを。彼女はよく知っている。

 だから…


 「…不安なんだ。この国であいつが生きていくのは難しい」


 黒髪の人間をこの国の国民はよく思っていない。それどころか同じ人間だとすら思っていない者だっている。それは路地での出来事がよく物語っていた。黒髪は邪魔者であり、街にいることすら国民は許さない。決して国が法律などで定めたわけではない。だがその差別は常識と化している。


 「ああ、この国って黒髪差別されてるんだっけ。よくわからないわよね。綺麗な色なのに」


 「そのように考えるのは少数だ」


 「でもそれってあなたにも言えることじゃない?」


 肩のあたりまで伸びたレイの美しい黒髪をロザリエは指差す。

 レイもアヤトと同じく黒髪だ。差別の対象である。


 「――私は構わない」


 「そう…」


 また見透かすような視線を向けられる。しかし見るだけでロザリエは何も言わない。


 「一番楽なのは他国への移住…」


 他国へと住む場所を変えるのが差別を回避するには手っ取り早い。

 この大陸にある人間の治める主要国家は四つある。バミラ王国。インタジカノス帝国。カムノ連邦。レイアム魔法国。

 移住するなら、インタジカノス帝国かカムノア連邦が無難だ。欠落者への対応はほとんど変わらないが、黒髪に対しての認識はあるにしてもバミラ王国のように差別は行われていない。レイアム魔法国に関しては論外だ。そもそも黒髪は入国を許されていない。国がそう定めている。

 となると移住先はやはりインタジカノスかカムノのどちらか。


 「なのだが…」


 エレナはロザリエが王都まで行くのに協力しようとしている。

 それが終わった後はわからないが、現段階でエレナがこの国から離れることはない。


 「もしかして私のせい?」


 「さあな」


 ロザリエがいなかったらどうなってたかなんて結局わからないので考えるだけ無駄だ。


 「………」


 沈黙が訪れた。もう話すことはないと判断したレイは自室へと足を進める。


 「――心配だけじゃなくて信用することも大事だと思うけどね。あんな仲よさそうにしてるんだから、自由にさせたいじゃない?」


 背中に声をかけられ振り向く。今の言葉はロザリエの容姿からは想像できないほど大人びているように思えた。


 「それにあなたもまだ若いんだから自分のことを第一に考えていいと思うけど」


 「――なんだ、急に」


 「む。似合わないこと言ってると思った? 私これでもあなたより全然年上なの。190歳よ? 年長者としてそのくらいのことは言うわ」


 エルフなんて見ること自体珍しいので忘れていたが、彼らは人間と見た目こそ似ていても時間の流れが違う。外的要因がない限りはほぼ不死と言っていい。

 容姿はレイより幼い少女でも、ロザリエだって人間基準で言えば長い時を過ごしているのだ。


 「なんかあったらお姉さんに相談しなさい」


 えっへんと豊満とは言い難い平らな胸を張る。長い耳はピンと伸びていた。

 やはりその仕草を見る限りではまだ彼女は幼く見える。

 外見と話す内容が噛み合っていない彼女を見て、レイは頬を緩めた。そして一言、


 「断る」


 満足気に言うと、彼女は再び足を動かして自分の部屋に向かった。


 「それは残念」


 レイが部屋に入ったのを見届け、ロザリエは二人のいる部屋の扉を開けた。

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