表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第二章 『約束をした日』
19/84

第6話 『憧れ』

 日はまだ高い。生活を営む人々を堂々と照らし、見守っている。

 そんな日の光が窓を貫通して差し込む宿の一室に彼らはいた。二人は並び、一人はそれと向かい合うようにソファに腰かけている。


 「…話を始める前に。エレナ様、あのエルフは?」


 壁に寄りかかって三人を見守るように立っている金髪のエルフの少女。レイからしてみれば全く知らない顔な上に、亜人種だ。気にならないわけがない。


 「さっき知り合いました。私の友人です」


 レイは呆れたように溜息を吐く。


 「エレナ様…」


 「安心してください。ロザリエは悪人ではありません。頼る人がいないようなので、私たちがある程度彼女の目的地に着くまで協力することになりました」


 「――そうではなく。あまりにも考えがなさす…」


 なさすぎる。と言わせることなくさらにエレナはさらに爆弾を投下する。


 「そういうわけなので、私はアヤトと一緒に寝ます。この階には部屋が三部屋しかありませんからね。それで私の部屋をロザリエに使ってもらおうかと」


 「はぁ!?」


 声をあげ、勢いよくレイは立ち上がった。


 「どうしたんですか?」


 エレナは不思議そうに首をかしげる。

 彼女的にはおかしな部分などなかったからだ。


 「そんな男と同じ部屋で夜を過ごすなどいけません! 健全ではないです! そして私が許しません!!」


 見えずとも伝わってくる迫力にアヤトは身を縮める。


 (絶対睨んでる…。マフラー外さないほうがよかったかな)


 顔を隠したくなるくらいには怖かった。

 ちなみにアヤトもレイが一緒の部屋で寝るなんて言うのは初耳だったが、特に何か言うことはなかった。


 「それ言い方の問題じゃない? 部屋が同じだけなんだからそんな気にする必要は――」


 夜を共にするという言い方がちょっといやらしくしているのでは、とロザリエが冷静にツッコミを入れる。すると、レイの鋭い視線がロザリエに移った。


 「――部外者は黙れ」


 「あっ、はい…」


 今にも殺しにかかってきそうな目を向けられ、ロザリエは怯む。ピンとしていた長い耳が力なく垂れてしまった。彼女が「こわ…」と小さな声を漏らしていたのをアヤトは聞き逃さなかった。


 「はぁ…。ひとまず紅茶でも飲んで落ち着いてください」


 「………」


 主人の言葉は冷静に聞こえているようで、不満顔ではあるが大人しくレイはソファに腰を下ろす。そしてエレナが話し合いをしながら用意していた紅茶をカップへと注ぐ。レイは自分の前にそれが差し出されると、一口喉へ通した。


 「アヤトもどうですか?」


 「あ、うん」


 紅茶がカップに注がれる。鼻を近づけるまでもなく、心が落ち着くようないい匂いが鼻孔をくすぐった。

 

 「ありがとう」


 カップの位置はわかるが、エレナが気を遣って持ち手まで手を握って誘導してくれた。

 正面から突き刺さるような視線が向けられているが、気にせずカップを持ち口へと運ぶ。


 「…おいしい」


 口の中で広がる香り。滑るようにに液体は喉を通る。


 (こっちにも紅茶ってあるんだ)


 間違いなくアヤトが飲んだのは紅茶だった。正直紅茶という名を冠した未知の飲み物だったらどうしようかと思っていたが、そんなことはなくホッと一安心だ。


 「ロザリエも」


 「ありがとね」


 ロザリエもカップを受け取り、小さな口へ紅茶を少量流し込んだ。


 「…へぇ、美味しいわね。この葉の香り私好きよ」


 「自然と親しみの深いエルフの口にあってよかったです。私の住んでいた屋敷の近くで栽培された茶葉で、お気に入りなんですよ」


 「なるほど…。まあ、私の故郷のには及ばないけどね」


 「むっ。エルフの国のお茶ですか。飲んでみたいですね。気になります」


 「一度は飲んだ方がいいわ。ほんとにすっごく美味しいんだから」


 自慢気に鼻を鳴らしながら、耳をぴんと伸ばしそう言うロザリエ。

 エレナの方はエルフの国のお茶というのに興味津々だ。


 「…あっ」


 レイの顔を見て話が逸れていることに気付いたようで、エレナはコホンと可愛らしい咳払いをすると話を元に戻した。


 「――そんなに反対ですか?」


 「もちろんです。それ以前にエルフに協力すると言う時点で反対しています」


 「なぜ?」


 「なぜって…」


 「ロザリエは困ってるんです。私はそれを放っておけません」


 後半、エレナの声音は強くなっていた。彼女がどれだけ本気なのかが窺える。


 「私も役に立ちたいんです。こんな私でも誰かの役に立ちたい。だからロザリエを助けます。…そうですよね、アヤト」


 欠落者であっても誰かの役に立ちたい。あの時、アヤトが言った言葉だ。

 それは彼女の胸の奥に、消えることがないほど深く、強く、刻まれていた。


 「…うん。そうだね」


 役立たず。誰かが手伝ってくれなければ何もできない。それでも…いや、だからこそ彼は…彼らは役に立ちたい。そう思った。

 誰かに役に立てると証明したいわけないじゃない。

 馬鹿にしてきた者達を見返したいわけじゃない。

 助けた相手に感謝をしてもらいたいわけじゃない。

 それらは偽善だと否定されるかもしれない。

 けれど、彼らは心の底から人を救いたい、役に立ちたいと思った。


 ――いや、彼の場合は救わなければいけない…だっただろうか。


 「――わかりました。エルフの件は認めます」


 渋々とレイはロザリエの手助けをすることに許可を出した。


 「ですが! その男と共に寝るというのはダメです!」


 頑なにそこだけは認めないようだった。


 「えっと…。僕はソファで寝て、エレナはベットで寝るっていうのはどうですか?」


 レイは二人が同じベットで寝ると思い込んでいるが、端からアヤトにそんな気はない。

 とりあえず一番妥当であろう案を提案する。


 「…ふむ。本当なら別の部屋で寝てもらうのが一番なのだが…、この様子では聞いてはくださらないだろうな…。仕方ない」


 レイが一番望ましいのはエレナに自分と同じ部屋で寝てもらうこと。

 だがエレナは頑固だ。一度言ったことは余程のことがない限り曲げない。それはこの数年間一緒に過ごして身に染みている。アヤトの提案が一番の妥当だろうと、承諾した。


 「――? 私はアヤトと同じベットでも構いませんが?」


 「ダメです!!!」


 ケロリとした顔で言い放ったエレナの言葉は再び立ち上がったレイに即座に却下される。


 「――とりあえず、ロザリエに部屋を貸すというのはいいですね?」


 確認をするエレナにレイは不満顔ではあるが頷いてみせる。


 「よかったです。ではロザリエ鍵を」


 エレナが寝起きするはずだった部屋の鍵をロザリエに渡した。


 「…わかった。それじゃあ、どんな部屋か見て来ようかなぁ」


 鍵を受け取ると、ロザリエは部屋から退室する。


 「――ロザリエには気を遣わせてしまいましたね。……それでは話をしましょう」


 本当なら最初にすべきだった話だ。

 保留していいような話ではないのでここでしてしまう。


 「端的に言います。私はアヤトと離れるつもりはありません」


 「――――」


 先ほどまでのようにすぐに口を開いて否定しようとしたレイだったが、喉まで来ていた言葉を引っ込める。そしてエレナの瞳を見据えた。


 「――それも本気…なのですね」


 「はい」


 返事をした声には固い決意が乗せられている。


 「契約をしたから、それだけが理由ではありません。憧れたんです。あの時のアヤトに。だから共にいたい、そう思いました」


 エレナは同じ欠落者であるアヤトの在りように憧れていたのだ。

 彼女が共にいたいと思った理由はそんな単純なものだった。

 

 「お前は……、お前はどうなんだ」

 

 「僕…ですか?」

 

 「そうだ。エレナ様はこう言っている。間違いなく本心でだ。共にいたい、そう望まれているお前はどうなんだ」

 

 あくまで共にいたいと言ったのはエレナだ。アヤトが口にしたわけじゃない。つまり現状では一方的なものだ。共に同じ時を過ごす上で、両者の同意は当然必要。この場合だってそれに該当する。契約という切れることのない鎖で結ばれていたとしても同じなのだ。

 レイは彼の回答が望むものでない限り、二人が共に行動するというのに納得しない。反対し続けるだろう。

 静まり返った部屋。アヤトは短い思考時間の後、素直な自分の答えを口にした。

 

 「僕も……僕もエレナと一緒にいたい。エレナは、僕にとっての光…だから」

 

 「光…?」

 

 不思議そうにエレナは尋ねた。

 

 「うん。エレナはすごい…その…綺麗だった、から。あの時、君のことを光だって、思ったんだ」

 

 初めて目にした美しい人。まさしく少女はアヤトにとって光と呼べる存在だった。

 

 「………!」

 

 アヤトに向けていた視線を慌ててエレナは逸らした。

 彼には見えていないと知っていても、赤く染まった顔を隠したかったのだ。

 

 「はぁ…」

 

 この部屋に来てから何度目のため息だろうか。

 エレナの家に拾われる前、まだ小さかった頃に、ため息をすると幸せが逃げるなんてよくわからないことを言われたことがあったのをレイは思い出した。

 

 「…レイ。その…どうでしょうか?」


 まだ顔を赤らめたままのエレナはレイの顔を窺う。

 二人がこれからも行動を共にすることに許可を出すか否か。

 答えはもう決まっている。だがそれを言葉にして伝えようとすると躊躇いが生じてしまう。三度躊躇し、四度目、ようやく口にした。


 「――わかりました。許可します」


 諦めたようにそう言った。


 「ありがとうございます!」


 パァっと花のような明るい笑顔になったエレナ。

 アヤトの手を握り「やりました! レイから許可が出ましたよ!」と言い喜びを表している。これほど喜んでいるエレナをレイは見たことがない。だからレイにも喜びがあった、そして同時に不安もあった。

 エレナは欠落者。けれどもそれは身近にいる人物の対応でどうとでもなる。

 問題は別だ。


 「――ですが、今後二人での外出は慎んでください。どうしても出たいのであれば私に声をかけるのを忘れずに」


 エレナの瞳をまっすぐ捉え、念を押す。

 さっきは運が良かったが、今度また同じようなことがあった場合、特にエクリプスのような連中が現れた場合はどうなるかわからない。


 「では、私は少々部屋に戻ります」


 「わかりました」


 機嫌のいいエレナの返事を聞いてから、レイは立ち上がり部屋から退出する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ