3-18 白の管理者
震えが止まらない。
両足がガタガタと震えて、全く言うことを聞いてくれない。だが震えているくせに、地面からは全く離れようとしてくれない。
でもこの震えのままに足が動き出してしまうと、それはそれでまずいことになる。なにせ、まるで線路の中心に立っているかのように、僕の両脇の大地は直線上に抉られているのだから。
「おい、あまり脅すのはよせ。一歩間違えたら一瞬で消し飛ぶんだから、洒落になってねえぞ。」
「私の幻惑を打ち破っただけで少し調子に乗ってるようだったから、少し現実を見せてあげただけよ。」
見た目はただの小柄な可愛らしい女の子。艶かしい色気のある声と仕草が変にしっくりときてしまう謎の魅力のある少女。
「それにしても、いい、いいわ!あの、心が一瞬でポキっと折れてしまったかのような絶望の表情!私を見てバカにした奴は、みんなきまってそういう顔をしてきたのよ。うふふふふ。」
その彼女こそがこの超常現象を引き起こした張本人。
目の前でそれをしかと見せつけられてしまった以上、否定の余地はない。
たった今、僕はあの邪悪に笑う子供に、生き物のカーストレベルとして自分は完全にあの少女より数倍劣っていることを、強制的に心に刷り込まれたのだ。
「おら、タツキ。これでお前もわかったろ。見た目で人を判断すると痛い目を見るってよ。」
王様は変わり果ててしまった大地を軽く踵で蹴りつけると、その破壊の痕跡をあっという間に修復してしまった。これも王様がもともと得意としていた地魔術の効果なんだろう。
と簡単に分析してみたものの、一瞬で大地を元通りにしてしまうのも十分化け物じみている。
「痛みを感じる前にあの世に行くとこでしたけどね。」
「命を取られなかっただけ感謝しなさい。この茶髪男がいなかったら、間違いなく今頃あんたもさっきの地面みたいになってたわよ。」
「あれで直接タツキを攻撃するようだったら、先に俺がお前を消してただろうな。」
「あら、あの時の若造が言うようになったものね。その武器がなかったら私に手も足も出ないくせに。」
隣に立つ王様を挑発的な視線で見つめながら、嘲笑うようにあの魔女はそう言った。王様はずっとあの武器を手に持ったままでいることから、厳戒態勢なのだろうということが予想できる。
「与えられた力を使って何が悪い。変な意地張って何かを失うよりはよっぽどいいだろうが。」
「とてもあの時のあんたと同一人物とは思えないような発言ね。昔の自分は意地の塊だったっていう自覚ある?」
「人間ってのは時間が経つと変わるもんなんだよ。もっとも、誰も訪れることのないこの塔に1人、途方もない時間を過ごしてるお前にはわからない話だろうがな。」
「何か勘違いしてるみたいだけど・・・、まあ訂正するのもめんどくさいしそのままでいいわ。それにわからないのに変わりはないしね。」
この見た目で、途方もない時間を過ごしているって言われても全然そんな風には見えないんだが。いやまあ、こういう設定にツッコミを入れるのも今更か。
変な話、ああして話してる王様だって、精神だけは長い時間を生きているわけだし。
・・・今更だけど、ここにいる人たちって全員イレギュラーすぎないか?
1人はこの国の王にしてタイムトラベラー。1人は見た目は可愛らしい女子中学生っぽいのに、その実年齢が不詳の塔の番人。そして残りの2人はタイムマシンを開発した異世界人。肩書きがとんでもないな。
ーーーすっかり忘れていたけど、宗次は!?
「王様、宗次は大丈夫なんですか!?」
「ああ、あいつならあそこで気持ち良さそうに寝んねしてる。」
興味がまるでないのか、王様は顎で宗次が寝ている方向を指した。その顎で示された方を見ると、塔を背もたれにして意識を失っている宗次がいた。見たところ外傷はなさそうだ。
「流石にあの男には自力で戻ってくる力はなさそうね。起こした方がいいかしら?」
「いや、あのままでいい。起きたら起きたでうるさそうだしな、あいつ。」
「あいつ連れてきた意味ありましたか!?」
さらっと、このままずっとここで睡眠をとることが決定したけど大丈夫なのだろうか。
「相変わらずめちゃくちゃね、あんた。」
「安心しろ、ここにまともな思考回路を持った人間はいねえよ。」
勝手にあんたと一緒にしないでくれ。僕らを引き合いに出せば自分のその傍若無人っぷりがマシに見えるとか思わないでほしい。
「それより、立ち話もなんだし中に入れてくれや。」
「ねえ、ここに来るまでに頭を強く打ったりした?なんであんたがこの中に入ろうとするのよ。」
「ここにある本に用があんだよ。それ以外に理由はねえだろ。」
「冗談はやめて。最初に入った時に、真っ先に興味なさそうに出てきたのはあんただったでしょ?」
「昔は昔、今は今だ。あの時とはもう立場が違えんだよ。お前は知らないかも知れんけどな。」
「この塔に入れば、不幸が訪れる。その呪いを忘れた訳ではないでしょ?」
「あ?忘れたぜそんなもん。ほら、さっさと俺とこいつを中に入れろ!この国を治める王様の命令だ!」
シビレを切らして、魔女に詰め寄る王様。体格差がありすぎるせいで、どう見ても悪い大人が可愛い少女を誘拐しようとしている絵面にしか見えない。
でもその少女は、やろうと思えば一瞬で大地を消し去る力を持つ怪物だ。本人曰く、世界を滅ぼしたことだってあるらしいしな。流石にそれは嘘だろうが。
「乱暴なのは嫌いじゃないけど、その態度は気に入らないわね。王様命令なんてくだらないもので私を縛れるとでも思ってるのかし・・・ら!!!」
「従ってくれたら儲けもん程度にしか考えてねえ・・・よ!!!」
などと考えていたら、いきなりゼロ距離で睨み合っていた両者の間で何かがぶつかり合うような音がした。一度王様が距離をとるように後退したかと思うと、2人の間には只ならぬ殺気が満ち始めた。
「ちょ、ちょっと王様!戦いに行くわけじゃないって言ってたじゃないですか!何いきなりおっ始めてるんですか!?」
「あいつ、中に入れろって詰め寄ったら、いきなり攻撃仕掛けてきやがったんだよ!」
「そりゃあんな脅し気味に行ったら誰だって抵抗しますって!交渉ド下手クソですか!?」
「だって、俺の先祖がここを護るように言ったんだったら、俺が入れろって言ったら入れるべきだろ!?」
「いや確かにそうかもしれないですけど、まずは普通にお願いしたらいいじゃないですか!?」
「なんかスッと中に入れてくれなかったから、ついカッとなったんだよ!」
「なんでそんな急に短気なキャラになってんですか!?とりあえず落ち着きましょ!?」
子供じゃないんだから、そんな理由でいきなり喧嘩売らないで欲しいんだけど!ここに来るまでのあの慎重さはなんだったの!?
「なぜかしらね。私の直感があんたたちをこの中に入れない方がいいって言ってるのよ。」
だが王様に距離を取らせた魔女は、一度始めた戦いをここで収めようとする気配を見せない。牽制するようにそう言ったと同時に、周囲に黒い魔力を集め始めている。
「とてもお前が直感で動く系統の人間だとは思えねえんだけどな。気分屋で何も考えてないように見せかけて、裏では人一倍頭を動かしてるのがお前という人間だろうが。」
「何を言い出すかと思えば。まだ2度しか顔を合わせていない人間に対してよくもそんな知ったような口を叩けるわね。」
「俺は一度会っただけで、そいつのことが全部わかるようになってんだよ。」
誰にでも見栄を張っているのがバレバレな発言をした王様もまた、一度は鎮めていた雷を再び光らせる。
いや、そんな冷静に分析をしている場合じゃない!この2人の戦いに巻き込まれたら、命がいくつあっても足りないぞ!
「タツキ!ソージを連れて塔に入れ!お前ならその塔の中に入れるはずだ!」
「僕なら?ど、どういうことですか!?」
「説明してる時間がねえ!さっさと封印を解いて、中を漁れ!俺がこいつを足止めしているうちにな!」
行け!と僕を急かした王様は、そのまま僕の方を振り返ろうともせず、あの黒くおぞましいオーラを増幅させている女に向かって突進していった。
「その単細胞な頭の造りは変わっていないのね。私が施した結界を、あんな男に破れると思ってるの?」
「んなもん知ったことか!仮にあいつができなくても、ここで俺がお前を屈服させたら済む話だろうが!」
「ーーー図にのるなよ、この王様風情がっ!!!!!」
僕が目をそらして走り出したと同時に、今度はさっきとは比べものにならない爆発音がこの場に鳴り響いた。
命の危機を感じてバクバクと鳴り始める心臓を必死に抑えながら、僕は王様の言いつけ通り、宗次の元へと駆け出した。
* * *
背後にとんでもない魔力の高まりを感じながら、僕は宗次を背中に背負って塔の外周部分を走る。まずは入り口を見つけないと、中に入りようがない。
とはいえあの2人の戦場から距離を取りつつ、大人の男を背負ってこの馬鹿でかい塔の入り口を探すのは地味に大変だ。あの師匠との厳しい訓練がなかったら、間違いなくこの状態で走ることなんてできなかっただろう。
とは言っても、でかいスタジアムくらいはありそうなこの塔の外周を走り回るのはなかなか辛そうだ。遠目からではイマイチ大きさがピンときていなかったが、改めて見るととんでもない大きさだな、この建物。中はどんな風になっているのだろうか。できれば探し物がしやすい構造になってくれていると助かるのだが。
それからひたすら塔を時計回りの方向に走り続けること10分ほど。木々に阻まれて真っ直ぐ走ることができず、グルグル遠回りしながら壁をなぞっていたのだが。
「くっそ、全然ないじゃんか、入り口・・・!」
おそらく半周くらいは走ったはず。なのに扉らしきものが一向に見当たらない。どれだけ走っても、傷ひとつない灰色の石材が待っているだけ。
でもかと言って、これ以上進むのは危険だ。このまま進むと、あの超次元バトルに巻き込まれることになるだろうからな。
あれに巻き込まれて生き残れる保証なんてほぼゼロだろう。
なにせ、魔術素人の僕でもわかるくらいの魔力が、大気を通じてビリビリと全身に伝わってくるのだから。
あの王様を持ってしても、『足止め』という言葉を使った。普段なら、『あんなの一捻りだ!』とか言って、自信満々に突っ込んでいくのに。つまり、それほどまでの強さをあの魔女は持っているということなのだろう。
そんな奴からの催眠術を打ち破った僕って、実は意外とすごいんじゃないか?
「そんなこと言ってる場合じゃない。さっさと中に入らないといけないんだっての。」
とは言っても、ただ走っていればなんとかなるレベルの話ではなくなってしまった以上、いたずらに動き回るのはスタミナを減らす愚行でしかない。
とりあえず宗次をもう一度壁に寄りかかるようにして座らせ、僕も同じように隣に座る。
せめて昏睡状態のこいつを僕の力でなんとかできたらいいんだけど、頭に治癒魔法をかけるくらいしかできない。で、それも見事に効果なしだった。
僕が闇魔術に詳しかったら何か手の施しようがあったのかもしれないけど、残念ながら僕にはその知識がない。
今の僕が使えるのは、治療系の魔術、小さな光を作る魔術、その光を利用した魔法各種。あとは、光への耐性を上げるもの(望遠鏡で太陽を覗いても目が大丈夫になるという、超限定的な魔法があったり)や、この前の戦いでも活躍した目に光を宿す、通称『目薬魔法』。他にも、日光の力を使ったものがいくつかあるが、木々がバカみたいに生えまくってるこの空間では多分使うことはできないだろう。
でも今こうして使える魔術を改めて思い出してみると、意外と使えそうなものがあるかもしれない。
「ライト!」
そう思い、まずは小さな光の球体を作ってみた。さっき催眠術を破るために作ったやつだ。
とは言っても、今回は爆発させるためのものではない。これを利用した派生魔法ってやつだ。サイズは、動きをコントロールしやすいようにミニサイズで。
さあ、この自由自在に動かすことができる光の球体。こいつを使っていくつか便利なことができる。そのうちの一つがこれだ。
「ビジョン!」
目を瞑り、意識をさっきの光に集中させると、自分の視覚を一時的にこいつに移すことができるのだ。
これは派生魔法その1、五感移植だ。今回は視覚だけを移したが、やろうと思えば残りの4つもあの光に移すことができる。
問題点は、意識を光を動かすことに集中しないといけないから本体を動かせないことだ。だからこうして座った状態でやらないと、そのまま本体が地面に倒れこんでしまう。今回は触覚は本体に残してるから、普通に痛みを感じるし、仮に全て光に移していたとしても、戻った時が怖い。それに、本体が完全に無防備な状態になるから、敵が近くにいるときには絶対に使えない。
本当は1人のときに使うのは危険なんだけど、背に腹は代えられない。この光を使って入り口を見つけ出す以外に方法はなさそうだし。
しっかし、これはなかなか便利だ。言うなれば、自分の脳で操作して、自分の目でその景色を見ることができるドローンみたいなものだからな。自分の足で走り回るよりもよっぽど楽だ。脳の疲れはなかなかのものだけど。
ただ、便利なのはともかく、困ったことが発生した。
ーーーどこを探しても、入り口らしきものがない。
魔女に見つかるギリギリの場所まで光を飛ばして外壁を確認してみたけど、どこを探しても怪しい場所はなかった。まさかと思い、もう少し上の方もチェックしてみたけど、やっぱりどこもおかしなところはない。不気味なくらいに形が整っている石造りの塔だという印象しか受けない。それが逆に違和感となっているのだが。
「うっ・・・。」
それよりも、この術を解除した直後に訪れる強烈な気持ち悪さだけは慣れないな。長時間これを使えば使うほどこの気持ち悪さは強くなるようで、練習でこれを使っているときにもこの副作用には悩まされていた。バットに額を当ててその場で何周もぐるぐる回転したあとの感覚をもっと酷くした感じだ。
もっとも、五感すべてをあの光に移していたら、この程度では済まない。
それにしても、状況は何も改善していない。むしろ、謎が増えた分マイナスだ。
「なんだよこの塔。壁ぶっ壊して入るしか方法がないとか言わないだろうな・・・?」
常識的に考えたらそんなのありえないけど、すでに入り口が見つからない時点で常識から外れてるしなあ。
とはいえ、中に色々書物が入ってる以上、そんな乱暴な方法で入ることを想定されているとは思えない。
そうすると次に考えられるのが、どこかに入り口を出現させるスイッチ的な何かがあるってパターン。でも少なくとも、外壁にはスイッチがなかったことが確認済みである以上、このバカ広い森のどこかにその仕掛けを起動させる何かがあることになるわけで。その場合、ほぼお手上げだと言っていい。
やっぱり、中まで被害が及ばない程度に外壁を壊すしかないか・・・?
「そんなこと言っても、壁を壊す手段自体持ち合わせていないんだよなあ。」
残念なことに僕の仕事はあくまでブレーンだから、力技は何一つない。破壊は王様の専売特許だから問題ないと思っていたけど、まさか王様と別行動するとは考えていなかったな。
ーーー待て、よく考えたらおかしい。
さっきグルっと外周全体を見渡したのに、塔には全く傷がなかった。あれだけどんぱち魔女と王様がやり合っているはずなのに、その周辺ですら全くダメージがなかった。
外部からの衝撃には完全耐性があるってことか?そんなことがありえるのか?
少なくとも魔女はあの触れたものを消しとばす力を遠慮なく行使しているようだったし、その証拠に戦いのフィールドはいくつか地面や木が消し飛んでいる様子だった。
対する王様も、出し惜しみすることなく力を行使しているだろうってことは、走っている最中に聞こえてきた雷鳴の音が証明している。この前のバカでかいドラゴンすら貫く威力を持つ雷撃を惜しみなく使っているのだとしたら、あの塔にも何かしら被害は出てそうなものなのに。
どう見たって、そんな頑丈な造りには見えないんだけどな、この塔。ということは何かしらの魔術が施されているってことに・・・、
ってそうだよ!何をめでたいことを言ってるんだ僕は!!!!!
「あんな禍々しい黒い結界を見ておいて、なんで忘れていたんだ・・・!」
そう、遠くから眺めていた時に、僕はこの塔をすっぽり覆い尽くすくらいの真っ黒い闇の結界のようなものを見ていたはずなのだ。宗次が全く気づけず、王様ですらもぼんやりとしか認識できなかったと言っていたあの結界を。
でも忘れていたのも無理はない。なぜか、遠くから見たときは真っ黒に見えていたはずの塔は、いざこの距離まで近づいてみると、ただの灰色の石造りの建物にしか見えないのだから。
この見た目の変化が何を表しているのかはよくわからないけど、とりあえず一つはっきりしたことがある。
ーーーこの塔には、闇魔術が施されていること。
そして闇魔術の一つに『幻惑』という力がある。
「王様が、僕なら中に入れるって言った理由って、もしかしてそういうことなのか?」
まさかとは思いつつ、僕はこの予想が正しいことを祈って、すでに何度目になるかわからないこの魔法を唱える。
「ーーー目薬!!!」
目に光の力を宿す目薬魔法。これはただ目の疲れを癒すだけのものじゃないことは、ドラゴン退治の時に証明済みだ。
魔術による視界妨害を防ぐ力。前回は深い霧の影響を消すために使用したが、今回はまた別の目的だ。
僕の予想通りだとしたら、
「・・・はは、ビンゴだ!!!」
さっきまで僕が寄りかかっていた、グレー色の石造建築の塔。
それが突如、真っ黒い金属のような材質でできた塔に大変身を遂げたのだ。
装飾や模様が一切なく、遊び心がゼロだった前と比べて、真の姿を現した黒い塔には、各所に魔獣の絵が描かれていたり、見たことのない文字が書かれていたりと、逆に目障りに感じるくらいに情報が多い。
「外装を黒魔術で全く違うものに変えていたってことか。そりゃ、どこまで言っても同じ景色が続くわけだ。」
でもこれでようやく、中に入れるかもしれない。
僕は再び宗次を背負うと、とりあえずさっき通ってきた道を逆走し始めた。
「随分と手の込んだトラップだったな、おい・・・。」
歩き出してからしばらくしてようやく、僕はずっと探し求めていた入り口らしき扉を発見した。
* * *
「あんたも意地悪なやつね。少しくらい情報をあげても良かったんじゃないの?」
「お前がそれを許してくれたらそうしてたんだけど・・・な!」
黒い波が取り囲もうと迫るのを、黄色い斬撃で斬り伏せる。ただ、一度切り裂いたところで次々と地面から新たな黒い渦が湧いて出ているので、ガルディンはなかなか思うように行動できずにいる。
それでも四方八方から襲いかかる攻撃に対し、涼しい顔で全てに対処しているところを見ると、どちらが優勢なのかというのは判断できそうにない。
「久々に見るその王の力は見事だけど、いつまでも防御してばかりでは、私を倒すことなんてできなくてよ?」
「はっ!最初からお前を倒すつもりなんてねえよ!俺の役割はここでお前を足止めすることだから・・・な!」
ニヤリと笑いながら、軽やかな身のこなしで怒涛の攻撃を防ぎきっていくガルディン。機を見て前進しようと試みているが、一歩前に踏み出すと、何層にも重なった黒い壁が地面から伸びるように出現して道を阻んでいく。その罠に対処しようとしていると、左右後ろから永劫の闇へと引き摺り込もうと黒い波が迫ってくる。
「ふふ、これは我慢勝負になりそうね、王子?私の膨大に存在する魔力が枯れるか、あんたの体力が限界を迎えるか。」
「余裕ブッこいてると、本当にこの塔がてめえの墓場になるぞ、オラァ!!!」
稲妻が闇を切り裂いてできたわずかな隙間。そのわずか数秒の間にしか存在しない攻撃のチャンスを掴むように、ガルディンは即席で作った雷の槍をその隙間に投げ込んだ。
暗黒が支配する空間から突如投げ込まれたその攻撃。しかし魔女は眉一つ動かさずに、黒い塊を槍の軌道上に生成することでやり過ごそうとする。
ついさっき1人の異世界人を恐怖のどん底に突き落とした破壊の塊。だが今は、たった一つの光の槍を道連れにすることしかできなかったようだ。
さっきとはまるで違う結果しか残せなかった黒い塊に、だが魔女は落胆の色一つ見せず、不敵に笑った。
「さーて、私の足止めは立派に果たされそうだけれど、あの役立たずそうな男はその働きに応えることはできるのかしらね。」
どっちに転ぼうと、私には関係のないこと。
そう言って魔女は、久々に胸躍る死合に再び意識を集中させる。
* * *
相当な時間と労力を費やしてついに発見した塔への入り口。黒曜石らしきもので作られているのか、扉は外壁以上に真っ黒だった。これもまた塔を建てたやつのカモフラージュ的発想なんだろうけど、流石にこれを見落とすことはなかった。
取っ手がどこにもなかったので最初見たときは焦ったものだったが、目を凝らしてよーく観察してみると埋め込み式のスイッチがあった。
あれだけ手の込んだ魔術結界を施しておいて、それを突破した先に待っていたのがこんな子供だましじみた仕掛けだったのは正直どうかと思ったが、今はその単純さに救われたんだから良しとしよう。
スイッチを押すと、扉が横にスライドするように開いた。もっと重々しい感じでゴゴゴゴとかいうのかと思ったけど、まるで襖を開けるような感じでスーッと滑らかに動いたので、なんとも雰囲気が出ない。
「なんか拍子抜けだな・・・。」
そんな気持ちを抱きながら、暗い通路の中に足を踏み入れる。もしかしたら本来真っ暗なのかもしれないが、残念ながら今の僕は目薬状態だから鮮明に中の造りが見える。
その構造を一言で表すなら、本当にスタジアムのようだと言えばいいだろう。少し長ったるい通路があって、その先に開けた空間があるというイメージ。
すでにちょっとだけ本棚らしきものがチラッと見えるので、そこに向かって僕は歩みを進める。ちょうどその近くにテーブルと椅子っぽいものがあるので、背中に背負っている宗次をようやく降ろせそうだ。肩が悲鳴を上げていたからありがたい。
だが、そんな微妙なモチベーションで通路を抜けた僕はすぐに思い知らされることになった。
「な、なんじゃこりゃ・・・。」
360度見渡す限り、全てが本と本棚で埋め尽くされたこの空間の異質さを。
本。本。本。どこを見渡しても本だらけ。外壁に沿うように本棚がずらりと並んでいる。
塔になっているだけあり、天井がアホみたいに高い。その頂点まで足を運ぼうと思うと、この螺旋階段を延々と登っていかなくてはいけない構造になっているみたいだ。僕のスタミナだったら、そこにたどり着くまでに日が暮れる自信がある。
でもそれをしなくてはいけない可能性はある。僕らが求めている本がはたしてどこの本棚に隠されているのか、現時点は皆目検討ついてないからだ。
そうなった場合、何日がかりの作業になるのだろうか。少なくとも、王様があの魔女に勝ってくれないと成立しない作戦だから、最終手段にしたいところ。
そのあまりのスケールに、思わず上を見上げたまま口が開きっぱなしになってしまっていた。誰にも見られていないから恥ずかしいという感情は湧いてこないが、どこかバツが悪い。とりあえずまずは、通路から見えていたテーブルまで足を運ぼう。
「しっかし、一体何冊あるんだよ。」
そう呟かずにはいられないほどの量だ。あの王都に住んでいる人の数よりも多いんじゃないだろうか。
荷物を降ろすように宗次を椅子を3つ並べた上に寝かせ、僕もまた向かい側にある椅子に腰を下ろした。
さて、無事に侵入はできたわけだが、まさかここまでのものが待ち受けているとは思っていなかった。これは自分の考えが甘かったと言わざるを得ない。
時間が無限にあるわけじゃない以上、一個一個丁寧に目的の本を見つけるまで探すこともできないし。さっきみたいに光に視覚を搭載して、ぐるぐると一冊一冊見て回るしか現状思いつく方法はないのだが、それでも相当な時間がかかるし、僕の魔力が保たないだろう。
とはいえ、こうして休みながら考えている間にも、王様とあの魔女の壮絶な戦いは続いているのだろうし、呑気にしている暇はない。
まずは一階部分だけでもと思い、まだ少し疲れが残る身体に鞭打って立ち上がる。
「どこから手をつけたもんかねえ・・・。」
なにせ、一階部分を一周するだけでも一苦労しそうな大きさなのだ。せめて可能性がありそうなところから始めたいと思ったのだけれど、如何せん背表紙の色と本の厚さくらいしか違いはない。
こんなもん、番人とか言ってるあの魔女ですら場所を把握してないんじゃないのか・・・?
ーーーそうだ、地図だ!これだけでかい塔なんだ、ガイドマップ的な何かが絶対にあるはずだ!
「それらしきものは・・・、ん?」
テーブルを中心に周囲を歩き回っていると、一箇所だけやたらと生活感が溢れるスペースがあるのに気がついた。
勉強机のようなものに、布団がくしゃくしゃになっているベッド。あとは何か軽く調理ができそうなキッチン的な台。そしてそこが生活スペースだと区切るように敷かれている白いカーペット。
一人暮らしのような安心感が漂うその一角に恐る恐る近づいてみる。目薬状態だから、仮にトラップ的なものがあったとしても察知できるとは思う。でも単純に、あの見た目だけは可愛らしい女子の部屋に許可なく入るというのが、この何とも言えない背徳感を演出しているのかもしれない。
でもここなら、あの魔女のメモみたいなものやこの塔のマニュアルのようなものもあるかもしれない。
そんな一縷の希望を抱きつつそのカーペット内に足を踏み入れようとしたその時だった。
「土足はメッ!なんだよ!!!」
「う、うわああああああ!?」
甲高い声と一緒に、上空から鳥がいきなり襲いかかってきたのだ。首筋を集中的に狙ってきているのか、うなじに尖った石で突かれたような痛みが走る。
「痛い痛い痛い痛い!!!!!」
「ふげっ!?」
慌てて両腕を振り回してその鳥を遠ざけようとしていると、どうやら左腕がその鳥の胴体に直撃したようで、嘴で突かれる痛みは無くなった。
「うう・・・、痛いよ・・・。エリーゼ、もうダメかも・・・です。」
その払った方向を見ると、綺麗な七色の翼を前に伸ばしながらガクリと床に倒れこんでいる白色の小鳥がいた。鳩と鷹の間くらいのサイズで、普通に街中で見かけたらびっくりするくらいの大きさ。
「な、なんだこの奇妙な生き物は・・・?」
というよりツッコミどころは見た目だけじゃない。
この小鳥、間違いなく喋ったよな?
「無念・・・です・・・。このままでは・・・あの純白のカーペットが・・・汚れてしまう・・・です・・・・。」
いやどんだけカーペットが大事なんだよ。てかなんなんだこの鳥。これも魔獣の一種なのか?
「なあ、そこの小鳥。」
「死人に口なし・・・です・・・。」
「いや死んでねえし。そもそも人じゃねえし。」
「大人しく命を取るがいい・・・です・・・。エフィーが必ず仇をとってくれる・・・です・・・。」
なんでこんな無駄に潔いんだよ。戦闘力ほぼない小鳥なのに。
「勝手に攻撃してきたのはそっちだろ。別に害がないなら、こっちも危害を加えるつもりはない。」
「そ、そんなこと言ったってエリーゼは騙せませんよ!?ここにいる時点で、あなたは危ない人なのです!」
さっきまで死にかけてる雰囲気出してたのに、急にスクッと立ち上がりやがったぞこいつ。翼の先端を指先に見立てているのか、僕の方に向けてきている。
そうして二本脚で立ち上がった鳥を観察してみると、やたらと毛並み(羽並みというべきなのか)は綺麗だし、虹色の翼は見るものを魅了する美しさがある。パッチリとしたまん丸い黒目からは愛くるしさを感じるが、何よりも驚きなのが、この鳥には表情があるということだろうか。プンプンという効果音が聞こえてきそうな感じの怒り顔をしている。威圧感はゼロだな。
なんとなーくだけど、頭の中は残念な感じがする。ピーチクパーチクと高い声で騒ぎ立てられると鬱陶しそうだな。
ここは無視を決め込むとするか。とくに何かできそうな感じでもないし。
「あ、どうして目をそらすんですか!?まだ話は終わってませんよ!?」
さっさとやることをやるとしよう。さっきは邪魔されたけど、今度こそ探索開始だ。
「く、靴を脱いだ・・・?ま、まさか・・・本当にいい人なのですか・・・?」
いい人だとは一言も言ってない。ただ、この白いカーペットにこの長距離走って汚れきった靴で踏み入れるのは気が引けただけだ。
とりあえずまずは机の上・・・と思ったが、何も置いてない。ベッドの上はくしゃくしゃになっていて、物がある気配もない。
少し申し訳ないと思いながら引き出しの中を物色させてもらったけど、3つあった引き出しの中にはあの鳥の餌らしきものしか入っていなかった。流石に引き出しを開け始めた時は、鳥が少し騒ぎ始めたが、ガン無視を決め込んでやった。
何はともあれ、僕が望むものは残念ながら見つけることはできなかった。これは相当辛い時間が始まる予感だ。
「エフィーのベッドを眺めたり、机の中を調べたり、あれですか?あなたはエフィーのことが好きな人ですか?」
「は、はあ!?」
何勝手にあらぬ疑いをかけようとしてるんだこの鳥は。エフィーってあれだろ?今王様とどんぱちしてるあの魔女のことだよな?
「違う!僕はただ、この塔に入って目的の本を持ち帰るように言われてるだけだ!んで、その本がどこにあるかわからないから困ってるんだ!」
「なるほど、お目当ては本ですか。でもエフィーはどこになんの本があるかは把握していませんよ?」
「なんじゃそりゃ!?」
おい、番人ならどこに何があるかくらい把握しとけや!それだと自分が読みたい本も読めねえじゃねえか!
「あいつ、強いくせにバカなのか!?」
「むむー、エフィーのことをバカって言うのはエリーゼが許さないのです!」
「でもいざって時に目的の本が見つからないなら意味ねえじゃん!」
「ふふーん、心配しなくても大丈夫です!そのためにエリーゼがいるのです!」
そう言うと鳥は、器用に虹色の両翼を腰に当てて、えっへんと得意げな顔をしてみせた。
「エリーゼはどこにどんな本が置いてあるのか、ぜーんぶ覚えているのです!」
「・・・はっ、嘘つけ。」
何を言うかと思えば、こんな鳥がこの場所にある本の位置を全部把握してるだって?こんなバカ丸出しの鳥が?
「あー、今エリーゼのこともバカにしましたね!?許さない、許さないのです!」
「そりゃ信じられるわけないだろ。そう言い張るなら証明してみせろよ。」
「あーいいですよ!なんでも好きな本の内容を言うです!すぐに持ってきてみせるです!」
随分と自信満々だな。まあ仮に持ってこれなかったとしても、期待外れの大法螺吹き鳥だったってだけだし、使ってみるか。
「じゃあ、白魔術について書かれている本。」
「いいですとも!ここで待っているです!」
そう言うと、虹色の翼を羽ばたかせて鳥は飛び立っていった。迷う素ぶり一つ見せず一直線に目的の本棚まで飛んでいった。
あの鳥が飛んでいる姿は、まるで2本の虹の橋が架かっていくように幻想的だ。これでもう少しまともな性格をしていたらもっと感動できたんだろうが、残念な鳥認定をしてしまっているせいで、どうも素直に賞賛しようという気になれない。
そんな失礼なことを内心考えていたら、いつの間にかあの鳥が一冊の本を器用に足で掴んでここまで持ってきていた。
「さあさあ、どうです!?」
自慢げに、差し出した手の平に持ってきた本を乗せてきた。その本の表紙を目でなぞる。
「究極白魔術大全。適性のないものは決して読むべからず・・・。」
こいつ、ガチで有能な鳥だった。
「ほらほら、何か言うことがあるんじゃないですか?ほらほら!」
ニヤーっと、こちらを小馬鹿にするような目で覗き込んできた。これは素直に負けを認めるしかなさそうだ。
「す、すいませんでした・・・。」
「うんうん、わかればいいのです!」
すごく嬉しそうな顔でパタパタとその場で飛び回る鳥。自分の名誉を守る勝負には勝っただろうが、僕にいいように使われたことには全く気づいていなさそうだ。幸せな鳥だな。ま、互いにウィンウィンだからいいってことにしておこう。
しっかし、こうなってくるとこの鳥が一体何者なのか気になってくるな。こんな才能を持っているんだったら、懐柔しておいた方が絶対いいだろうし。
「エリーゼとか言ったっけ?見た感じ魔獣ってわけでもなさそうだけど、なんなんだお前?」
「エリーゼはエフィーの友達なのです!ここで孤独に生きるエフィーの活力になるために日々努力をしている健気な魔獣なのです!」
あ、魔獣なのねこいつ。でも魔獣特有のあの毒々しいくらいの赤黒さがないのはなんでだ?単純に魔獣っていうのはこういう奴もいるってことなのか?
「魔獣の割には白いし、戦闘能力もないんだな。」
「そりゃあそうなるようにエフィーに作られたからです。」
魔獣にそんなカスタマイズ機能なんてあったのか。どういう原理なのか知らないけど、普通にそれってすごくないか?
「白魔術の魔力だけを使って作られた心優しい魔獣。それがこの知恵の塔の管理人、エリーゼなのです!」
自分のお気に入りのポーズなのか、また鳥はさっきの腰に両翼を当ててえっへんってしてる。
このエリーゼとかいう鳥がさらっと言った今の内容。これって実は相当重要なことなんじゃないだろうか。
白魔術の魔力だけを使って作ると、戦闘能力のない魔獣が生まれる。
じゃあ今まで襲ってきた魔獣は何でできているんだ?
まず、魔術の魔力で作るってどういうことだ?人工的に魔獣って作れるものなのか?魔王さんですら、そんなことは一言も言っていなかった。
仮に作り手の心ひとつで魔獣は生み出せるものなのだとすると、自然発生している魔獣は一体どういう原理で誕生しているっていうんだ?
作り手の意思で凶暴じゃない魔獣も作れるのだとすると、今まで襲ってきた魔獣はどんな意思を持って生まれてきたものなんだ?
「なあ、エリーゼ。」
「な、なんですか急に?やっとエリーゼの凄さに気がついたんですか?」
「お前、魔獣についてどれくらい知っている?」
魔獣とは一体どういう存在なのか。僕はその核心に迫る第一歩を踏み出そうとしていた。




