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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
54/72

3-14 決意

 「おら、着いたぞ。・・・ってなんちゅう顔してんだよお前。」


 「ぜえ・・・ぜえ・・・。・・・うっぷ!」


 なんちゅう顔と言われましても、高所恐怖症の人間が命綱もなしに一瞬であんな高いところまで連れていかれたら、誰だってこんな青白い顔になるでしょうが!いやこんなもん、高所恐怖症じゃなくても絶対怖いに決まってるわ!

 うう・・・、胃液が喉元まで出かかっている・・・。気持ち悪い・・・。


 そんな目の前がぐわんぐわんしている状態で地面に四つん這いになっている僕の前を、王様は薄情なくらいに颯爽と歩き出した。


 「わりいが、お前に構ってる暇はなさそうだ。命が惜しけりゃすぐに体調を整えろ。」


 「そ、そんなこと言われてもこのままじゃ、王宮の中で中の物ぶちまける羽目になりますよ?」


 これは脅しでも冗談でもない。ガチだ。ガチで今立ち上がって歩くことを強制されたら、この喉を焼いている液体とご対面することになる。


 「王宮の中の確認が終われば、掃除する時間をやるから今は頑張ってついてこい!」


 それでも王様は僕に進むことを強要してくる。一体誰のせいでこんな目に遭っていると思ってるんだ。


 恨みのこもった視線を背中にこれでもかというほど突き刺してやっているのに、王様はこちらを振り返ることすらせずに黙々と歩き出している。

 いや、歩くどころかだんだん足取りが速くなっていっている。もはやスピードは競歩くらいのものだ。


 血も涙も無いなあの人は。牢屋の中で話している時からちょいちょいその片鱗を覗かせてはいたけど。


 ええい、許可を得たからには、あんたの古巣を僕の吐瀉物まみれにしてやんよ!



 そんな色々と気持ち悪い覚悟を固めて、ようやく両足で体を支える形態へと移行した僕の目に飛び込んできたのは、なかなかの衝撃映像だった。


 というより、流石にこれに気づいていなかった自分が恥ずかしくなるくらいだ。



 「も、燃えてる!?」


 思いっきり見上げないとその全貌を映すことができないほどの大きな建物。きっと本来ならば、美しく装飾が施されていて、見る者の瞳すらも輝かせるほどの豪華な造りになっていたのだろう。


 だが今は、そんな建物の各所に火の手が上がっていて、ところどころが黒く焦げ付いてしまっている。周りを見渡すと、これも本来なら緑が溢れ、草花が美しく生い茂る見事な庭だったことを思わせるのだが、あちこちが火の粉に焼かれて、順調に焼け野原へと近づいていっているのがわかる。


 そりゃこんなものを見せられたら、あの人も居ても立っても居られなくなるに決まっている。それにいつまでもこんなところにいたら、魔獣に襲われる以前に火の海に囲まれて死んでいた。そりゃあ早く動けと急かすわけだ。


 っと、そんな分析をしている場合じゃない。こんなものを見せられて、すっかり気持ち悪さも引いていったことだし、さっさとあの人の後を追おう!


            *     *     *


 幸い、中はそこまで火の手は回ってないみたいで、少し暑いなあくらいの反応で済んだ。こうして中に入ると、改めてこの豪華絢爛さがよくわかる。ただ、少し全体的に空間が橙色がかっているせいで、その本来の色合いを純粋に楽しめないのが悲しいところ。まあこんな事態に陥っているのだから、王宮の中を見る余裕がないのは当たり前なんだけど。


 「あの人は・・・、上に行ったのか?」


 周りを見渡しても人の気配がしない。とすると、必然と可能性は上の階ということになる。


 そもそもこの場所に立ち寄ったのは、仲間集めとあの自称王様の武器を入手するためだったんだけど、第一の目的だった仲間集めはこの建物の惨状を見る限り、少々厳しいんじゃなかろうか。


 と、確認する前から色々考えていても仕方がない。直感を信じて今は目の前で大きな存在感を放っている、弧を描く大階段を登ることにしよう。

 


 結構な段数があった階段を登りきると、そこには廊下が左右正面に広がっていた。正面には両開きのドアが開放された状態の大きな部屋があり、左右からはそれぞれの道が広がっており、いくつかの部屋につながっているようだ。


 でもどの部屋のドアも閉まっている。ということは、多分あの人はどの部屋にも入っていないんだろう。


 というか、そんなことで判断するよりももっと確実にそうだと言える証拠があった。


 「そりゃずっとあんな派手な戦闘をしてたんだし、靴は汚いはずだよな。」


 1階は絨毯がグチャグチャになっていて気づかなかったけど、2階はそこまで絨毯が荒らされた跡がない。そんなそれなりに綺麗な絨毯に、右の方だけ何人分かの足跡がくっきりと残っている。


 その何人分っていうのはきっと、あのイケメンが言っていた仲間の分なのかもしれない。だとすると、仲間集めは厳しいとか言っていた僕の根拠に乏しい推論は、階段を上がった先であっけなく没となったわけだ。


 「まあ、今はこの足跡を辿っていくのが一番だな。」


 もちろん独り言だから返事はない。だからその自分が考えた一番を信じて進むしかない。


 この足跡の続く先は一体どんな状態になっているのだろうか。そんなことを思いながら駆け足気味に進む。


 途中で曲がり道になっていた廊下をしばらく進むと、また開けた空間へとたどり着いた。その空間からまたいくつかの通路が派生していっているが、足跡が示す先はそのどの通路でもなかった。


 また1つ、大きな階段があったのだ。それもまた上り階段だから、これは3階へと続く階段ということになる。


 外から見た時点で、バルコニーらしきものがかなり高い位置にあったことを考えると、確かに3階があっても全然不思議ではない大きさだ。


 

 正面に再び現れた大階段を前にそんなことを考えていると、今まで僕の足音しか聞こえてこなかった建物内で、思いがけない音を耳にした。



 「ふざっけんなよ、てめえっ!!!!!!!!!!!!」


 

 これは間違いなく、あの人の声だ。それに間違いなく声は上から聞こえてきた。ということはやっぱり、この足跡が示す通り、イケメン男はこの階段を上った先にいるみたいだな。


 でも、あまり良い予感はしない。

 だって、あの声は明らかに怒号だったからだ。


 ということは、仲間との会話の最中に気に食わない発言をされて怒っている。

 または、何か予想外の事態が起きている。

 

 ほら、どちらの線を考えても明るい結果は待っていない。


 「それでも、ここで尻尾を巻いて逃げたところでどうしようもないしなあ・・・。」


 この先で待つ出来事から逃げたところで、僕には魔獣に立ち向かう術もないし、1人で行動をしたところで絶望しか待っていない。


 そう、僕にはこの階段を上る以外に選択肢は与えられていないのだ。


 「頼むから平穏な展開であってくれ・・・。」


 儚い願いだとは知りながらも、僕はまた曲線状の大きな階段に足をかけるのだった。



 そんな僕の切なる願いをあっけなく裏切るように、階段を半ば上ったところで爆発音が轟いた。


            *     *     *


 急いで3階へと駆け上がった僕を待っていたのは、2階と同じような構造だった。

 ただ、正面にある部屋は明らかに、これまで見てきたどの部屋よりも大きく、豪華な造りになっているのが一目でわかる。間違いなくここが玉座の間なんだろう。


 そして、さっきの爆発が起こったのもこの玉座の間だったのだろう。


 「そこをどけよ、マリュードのガキ!!!!!!」


 「・・・断る!!!!!」


 その広大な部屋の中心で、あのイケメンが1人の大男と対峙している構図が目に飛び込んできたからだ。


 その構図というのも実に不思議で、僕から見て奥側に立っている大男が、炎を象ったような巨大な剣を真上から振り下ろしているのに対し、イケメンがそれを両腕で防いでいるのだ。普通は両腕ごと身体を縦に真っ二つにされるはずなのに、どうしてかあの両腕はあの大剣を受け止めきっている。デタラメすぎるだろあの人。


 「今更あなたに何ができると・・・言うのですか!!!!!」


 そんな謎の均衡を打ち破らんとばかりに、イケメンの前斜めから、これまた爽やかな水色の長髪をなびかせた別のイケメンが、綺麗なアクアブルーの刀身を持つ大太刀を下から上へと薙ぎ払う。

 距離が少し離れているせいで、刀自体は当たらないと思われたが、その薙ぎ払うモーションを目にした自称王様の方のイケメンは、すっとその場から後ずさっていた。


 念を入れての回避行動だと思っていたのも束の間、なぜかさっきまで王様がいたところには、いつの間にか斬撃の跡が残っていた。


 「すっかり飼いならされやがって、この反逆者どもが。」


 「我らの主は生まれてからギリアンテ様ただ1人。むしろ、国を崩壊に導いた大罪人はあなたの方でしょう、ガルディン様。」


 そのあまりに異次元なバトルを目にしたせいで、なかなか足が前に進もうとしてくれない。まだ階段を上りきった場所から、一歩も動けていない。


 心臓がこうしてバクバクと高速で鼓動を刻んでいるということは、背中が汗でびっしょりなのは、これは間違いなく目の前の一瞬の攻防を見ただけで身体が恐怖しているからなのだろう。


 さっきまで自分で自分に、ここで逃げても未来はないと言い聞かせていたはずなのに。それなのに、全くこの両足はあの部屋の中に入ろうとする素振りを見せようとしない。


 「たしかに俺は、王族としての役目を投げ出して、こうしてのうのうと生きてきたかもしれねえ。だから、投獄されたことに関しては誰も恨んではいねえし、他の誰かが代わりにこの国を治めたって何も文句を言うつもりもねえ。ーーーでもな、こんなやり方でこの国を乗っ取ろうとするのは見逃せねえ。何の罪もねえ奴らを襲って、この国をぶっ壊したお前らだけは、絶対に許さねえ!!!!!」


 あの怒りようからすでに察しはついているが、どうやら仲間を増やすというあの人のプランは破綻してしまっているのだろう。間違いなくあの大剣と大太刀を持っている2人は敵だろうし、その2人の奥にチラッと見える、玉座に座っている男も十中八九敵だと思う。

 もしかしたらあの人こそが今のこの国の王様で、武器を持っているあの2人に命を狙われそうになっているという状況もあり得るのかもしれない。でもそれは、本能的にないという気がしてならなかった。なぜなら、


 「・・・言いたいことはそれだけか?」


 足を組み、頬杖を突いて、退屈そうに超絶イケメンを見ているあの男こそが、この事件の黒幕だという気がしてならなかったからだ。


 「ならばさっさと消えろ。力無きお前がいくら足掻こうと、もう全て手遅れだ。」


 「・・・黙れ。」


 「聞いたぞ、甥っ子よ?お前は王族血合すらもできなかった、王族の恥さらしだとな。」


 「・・・黙れっつってんだろ。」


 「そんな歴代で一番の出来損ないなんだ。ここで逃げたとて誰も笑う者はおるまいよ。」


 「黙れっつってんだろうが!!!!!」


 その誰が聞いても挑発だとはっきりわかるような言葉に乗せられた超絶イケメンは、魔獣と戦っていた時にもやっていたように、地面を強く蹴りつけた。その蹴りだけで床に穴を空けられそうなほどの振動が走ったが、もちろん本命はそれではない。

 

 その衝撃と共に発生する、岩の隆起。それが波のように次々と玉座めがけて押し寄せていく。一つ一つが全長1メートルほどはありそうなその鋭利な岩は、触れたものを容赦なくあの魔獣のように無惨に貫いていくことだろう。


 「・・・させぬ!!!!!」


 「通しません!!!!!」


 しかしその岩波に臆することもなく、あの大男と爽やか優男は、それぞれの剣を床に突き刺す。すると、大剣からは全てを溶かし尽くしそうな灼熱の炎が。大太刀からは、全てを流し尽くしそうな激流の渦が。どちらも生身の人間が受けたら即死しそうなほどの破壊力を持って、岩波に迫っていく。


 両者のせめぎあいは一進一退を極め、やがてそれは大きな爆発と共にお互いが消滅していった。


 「・・・何!?」


 「・・・しまっ!?」


 だがその結末すらも読みきっていたと言わんばかりに超絶イケメンは、爆発と共に巻き起こった煙に乗じて、ガーディアン2人の脇を抜け、一気に玉座に座る男の元へと突っ込んだ。


 

 「砕け散れっ!!!!!」


 魂の叫びと共に、容赦ない拳の一振りが玉座の男の頭上めがけて振り下ろされる。


 この神速の足運びに、大剣の一撃すらも防ぐ硬度を持つ腕から放たれる一撃。



 ・・・完全に上手くいったと思ってしまったのがすでにフラグだったのかもしれない。


 「バリバリバリバリッ!!!!!」


 超絶イケメンの鉄拳が黒幕男の頭蓋を粉砕する直前、部屋は閃光に照らされ、大きな雷鳴が鳴り響いた。その一瞬のフラッシュに、思わず目を閉じてしまった僕が次に目を開けた時には、超絶イケメンは部屋の端まで吹っ飛ばされていた。


 その衝突の勢いがあまりにも強かったのか、超絶イケメンが吹っ飛ばされた先の壁には大きな亀裂が入っている。これには今まで超人的な力を発揮してきたあの人も、口から血をこぼして壁に寄りかかっている。

 

 「ここに座っている理由に貴様はまだ気づいていないのか?」


 抑揚のない声が瀕死の超絶イケメンに降り注がれる。だが、その問いに対する答えはしばらく経っても返ってくることはなかった。

 ただ返っているのは、憎悪に満ちた殺伐とした眼光だった。


 「これは、愚かな甥に代わって、我がこの国を統べてやるという意思の表れだ。ーーー我こそがこの国の新しい王ということなのだよ。」


 常人なら、あの殺意に満ちた目に射抜かれただけで萎縮して何も言えなくなりそうなものなのに、あの黒幕らしき男は眉ひとつ動かさずに淡々とそう語った。

 その男の手には、最初見たときにはなかった稲光が纏われており、それがさっきの閃光と雷鳴の原因だと主張するかのような存在感を出している。


 「それとも、我からこの王の証たる王器を奪って、再び王座に返り咲いてみるか?」


 そう言って男は、稲光が宿る手が握っていた黄色の剣の柄のようなものをイケメンの方に向けてチラつかせた。

 それがどんな意味を持っているのかはよくわからなかったが、それを見たイケメンは悔しさを滲ませながら歯ぎしりをしていた。それも、自分で自分の奥歯を噛み砕きそうなほどに強く。


 そこでようやく黒幕男は一つ、歪んだ笑みを浮かべた。それは、まだ初めて彼の姿を見てから全然時間が経っていない僕ですら、心の奥底に不快感を覚えるくらいの、憎たらしさ全開の邪悪な笑みだった。


 ただ一つ不可解なことがあるとしたら、それは従者の2人は全く嬉しそうな顔をしていないことだ。全く何を考えているのかが読めない、無の表情をしている。主人と同じように喜ぶことも、煽りすぎだと諫めることも、イケメンのボロボロになっている姿に何かを感じ取っているようなこともない。無だ。何も考えているようには見えない。何も感じているようにも見えない。無だ。虚無。最初にあの黒幕男を見たときに感じたようなやつだ。


 

 ここに来て、場に沈黙が訪れる。誰も次の行動を取ろうとしないのだ。玉座の間にいる4人も、もちろんそれを外から覗いている僕も。


 イケメンが壁に吹っ飛ばされたことで、はっきりと僕の位置からでもあの黒幕男の姿を視認できるようになっている。それは裏を返せば、僕の存在もまたあの3人に認知されているはずなのだ。それなのに、何ひとつ僕に対するアクションが起こされないのはどういった理屈によるものなのだろうか。



 「一つ・・・聞かせろよ・・・。」


 数十秒続いた沈黙は、超絶イケメンの発言でようやく破られる。


 「どうして、王都を襲撃した・・・?魔獣をけしかけるような力があれば、こんなことしなくても良かったはずだ・・・。」


 「意味などない。」


 「・・・この国に住む人たちを無慈悲に襲っておいて、何も理由はないと?」


 「ない。」


 「・・・お前らも同じ答えか?」


 「・・・主の申す通り。」


 「主が申し上げた通りです。この襲撃に理由などありません。」


 「・・・わかった、もういい。」


  

 超絶イケメン、いや、前国王の最後の問いかけは、予想だにしないほどあっさりと、予想を裏切るような答えが返ってきた。


 「・・・これが末路かよ、ミアラ。・・・惨めにも俺だけ生き残っちまったその末路がこれだってのかよ・・・。」


 両手で頭を抱えて、「そりゃあないぜ。」と泣き言を漏らし始めるイケメン。乾いた笑いが溢れ、全身が震えている。


 「・・・言いたいことはそれだけか?」


 それに対し、黒幕男はさっきと同じ言葉を、でも明らかにさっきより切れ味が増したその言葉を口にした。目の前の獲物に完全に興味が失せたと言うように、右手の稲光の勢いを増幅させている。


 すでにあの人は抵抗の意思を失っている。すでにこの世界そのものに何も希望を見出していないようだった。


 その様子を僕は、いまだに一歩も動き出せない状態のまま、ひたすら強く拳を握ることしかできずに見守っていた。



 バリバリと音を強くして、その力の解放を今か今かと待ちわびる雷鳴。


 それはまるでこの世界が終わってしまうカウントダウンのようだった。そしてそれはきっと、僕の人生が終わってしまうカウントダウンでもある。


 「まずい・・・。まずいまずいまずい。」


 焦りのあまりに勝手に言葉が漏れ出る。それでも焦りは一向に収まってくれない。



 ・・・こんな訳の分からない世界で僕の人生を終わらせてたまるかよ。僕にはまだやり残したことがたくさんあるんだ。まだタイムマシンを修理して過去に戻れれば、逆転の目だってあるんだ。


 あの人と約束したんだ。僕は僕の昔の黒歴史をやり直すために。あの人は、昔成し遂げられなかったことを成し遂げて本当の王様になるために。お互いの目的のために、時を遡る力を得ようと。


 だからこんなところであの人に死なれたら困るんだ。僕の計画が台無しになってしまうんだよ。


 だからそんな風に絶望を受け入れようとしないでくれよ。


 あんたが過去に味わった絶望は、こんな程度のものじゃなかったはずだろ?


 頼む、動いてくれよ。


 動いてくれよ、王様!



 動いてくれよ、この両足!!!



 僕も。



 あんたも。




 「まだこんなところで終わるにはまだ早すぎるだろ!!!!!」



 胸のうちから込み上げた想いが、氷のように固まっていた僕の身体を溶かしていく。


 その瞬間に、僕の両足は目の前の大部屋に向かって走り出していた。


 あの人の元に向かわないと。なんとかしてあの人の意識を戻さないと。


 「ギリアンテ様、斬りますか?」


 「いい。あれには何の力もあるまい。まとめて消すだけよ。」


 倒れ込んでいる超絶イケメンの元までなぜか無事にたどり着けたのはいいが、死の宣告の音はますます激しさを増している。きっともうすぐにあれが発射されてしまうのだろう。


 「起きてくださいよ!こんなところで死んだら約束はどうするんですか!!!」


 「・・・う、いい」


 返ってくるのは、憔悴しきった弱々しい声。


 「何が「もういい」んですか!まだ何も終わってないじゃないですか!!!」


 「王の器があいつを選んだ以上、もう俺らにはどうしようもねえんだよ・・・。」


 まずい、こんなくだらない問答をしている間にも、閃光の勢いが強まっている。


 「だから昔言ったじゃないですか!ここから出て、タイムマシンを直せばまだやり直せますって!まだ何も終わってない!!!」


 「無駄だ・・・。王都はもう魔獣だらけなんだ。タイムマシンの修理なんかできねえよ・・・。」


 バチバチという音が、バリバリという音へと変わっている。辺りが光に照らされて白ばみ始めてきた。


 「この威力じゃもう・・・避けようがない・・・。ここで終わりだ。」


 「何言ってるんですか!諦めたらそこでもう・・・!」


 そう口にしたところで、ピカッと後ろの方から光の煌めきを感じた。それを察知した瞬間に反射的に悟った。




 時間切れだということを。

  


 黄色く変色した黒幕男の両腕。魔力の高まりとでも言うのか、その影響で全く手入れがされていないボサボサの長髪が上下に揺れている。


 そしてその両腕から、絶望を表すには明るすぎる絶望の黄色い光が、今まさに放たれようとしていた。


 


 ああ、本当にこのまま終わってしまうのか。


 思えばこの人生は無駄なことが多すぎた。


 小学時代の無意味な抗争。


 高校大学時代のタイムマシン製作。これも結局、時渡りの力なんて存在しておらず、結果こんな意味不明な世界へと飛ばされてしまった。


 そしてどれほどの年月を過ごしたのか分からない、この異世界での投獄生活。


 何とも意味のない人生だったんだろうか。結局僕は、最初から最後まで誰も救うことができずに終わってしまうのか。




 せめて最後にもう一度だけ、玲那の顔が見たかったな・・・。


 最後に見たあの子の顔があの拒絶の顔だなんて、あまりにも不幸すぎる。あれから何年も経っているんだ。きっと玲那は大人の女性としてすごく綺麗になっていただろうに。


 

 ちくしょう。


 ちくしょう・・・。


 こんなところで終わるとか・・・。


 この溢れ出る想いも、全部ここで消え去ってしまうとか・・・。


 あんなよく分からない、見た目も腹の中もどす黒い、ボロボロの雑巾みたいなやつなんかに殺されるとか・・・。


 悔やんでも悔やみきれないだろ・・・。


 ちくしょう。



 ちくしょう。



 ・・・ふざけんな。



 ふざけんな。



 ふざけんな・・・!



 ふざけんな!!!



 ふざけんなふざけんなふざけんな!!!!!


 


 「・・・消えろ。」


 僕の身体なんて一瞬で呑み込まれそうな雷の光線。それが真正面から迫り来る。


 目の前が一瞬で白と黄色の世界に生まれ変わる。



 僕の身体は最後のその瞬間まで、その光線へと真っ向から立ち向かう姿勢を貫いてみせた。


 「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 暴力的な力に抗うように。


 こんな理不尽に塗れた人生に抗うように。


 

 光の中へと包まれていく。



 視界に優しい光が注ぎ込まれていく。




 それは全てを受け入れるような暖かさを宿していて。




 

 「おはようございます、タツキ様。今日はしっかりと朝の務めを果たさせていただきますよ?」



 天使のような声に耳をくすぐられて、新たな1日の訪れを感じるのだった。


            *     *     *


 だいたいこういう時は、瞼が重くてなかなか目を開けられないという状況に悩まされるのだけど、なぜか今日はパッチリと目が開いた。


 特に昨日は、かなりの重労働を課せられてからの、おそらく深夜にまで及んだであろう夜更かし。それでこうして姫様が起こしにきているということは、いつも通りの時間のはずだ。

 現実世界でいう午前7時。普通は睡眠時間を最低でも6時間は設けないと、ここまでスッキリした目覚めは訪れない。


 いや、スッキリしているというのは語弊があるかもしれない。頭が妙に活発になっているだけと言った方が正しいだろう。


 「もしや、あまり良くない夢でも見ていましたか?」


 隣から聞こえてくる姫様の声は、いつも通りの癒し力に満ちているのだが、その声色があまり明るくない。

 その違和感につられるように姫様の顔を見ると、やはり顔もどこか不安げな表情を浮かべていた。


 「何かありましたか姫様?そんな心配そうに僕のことを見つめて。」


 だからはっきりとその疑問を言葉にしてみた。でも姫様はその言葉を聞いて、ますます心配そうな表情になっていく。


 「全身汗まみれですし、顔色もあまり優れない様子に見えます。おまけにーーー」


 姫様は優しく、僕の身体を暖めてくれていた掛け布団をどかす。


 「気づいていないようですが、ベッドのシーツをずっと強く握ったままですよ?」


 そう言われてようやく、僕も無意識のうちに両手に強い力を込めていたことに気づく。慌てて身体を起こして、両手の力を抜いてやると、その掴まれていたシーツの部分がしわくちゃになっていた。爪が当たっていた部分は特に強く跡が残っていて、穴が空いていないのを不思議に思うレベルだ。


 そんなシーツの惨状を目の当たりにしていると、急に背中方面がひどく冷えてきた。


 「まあ、シーツがこんなにも湿って!これは一度綺麗にした方が良いかもしれませんね。」


 僕が寝ていた場所に、僕の上半身のシルエットを象った汗染みが残されている。どうやら長い間、かなりの汗をかき続けていたようだ。


 「こりゃあまた随分と・・・へっくしっ!!!」


 全身がものすごい寒気に襲われる。汗でびしょ濡れだった衣服が、どんどん冷えていっているのだろう。


 「一度お風呂に入った方がいいですよ。洗浄の方は私がやっておきますのでご心配なく!」


            *     *     *


 促されるままに、部屋に備え付けてあるシャワールームに足を運んだ僕は、シャワーに打たれながらこうなった原因を思い出そうとしていた。ちなみに朝シャワー自体は日課の一つだから何も珍しいことではない。


 珍しいのはこの1日の始まり方だ。シャワー室にある鏡で僕の顔を確認してみたけど、確かに姫様の言う通り酷いものだった。目は充血してるし、頰はこける寸前までの段階まできている。目つきは悪いし、顔からエネルギーをまるで感じない。姿勢もどこか猫背気味になっているし、弱々しい印象が前面に出てしまっている悪い状態だ。


 

 王様のあの信じがたい発言を受けて、勢いのまま自室へと逃げ帰ってきた後のことは正直よく覚えていない。色々と考え事をするのに精一杯だった。最初の頃は、頭が覚醒状態にあったせいで眠りにつけずにいたのは覚えているんだけど、最終的にいつ眠りについたのかはさっぱりだ。逃げ帰ってきた時間がいつだったのかもわからないから、おおよその見当すらもつかない。


 ただまあ、この目の充血具合を見る感じだと、やっぱり充分な睡眠は取れていないだろうな。全身もなんかだるいし、どこか疲労感が残ったままというか。



 さて、次に気になるのはあの夢のことだ。とは言っても、自分の中ですでに結論は出ているのだが。



 夢は夢。これに尽きる。


 これはもう経験則だが、僕は結構現実世界で起きた出来事をそのまま夢の中へまで持ち込んでしまう傾向にある。いいことがあれば、夢の中でまで幸せな自分がいるし、嫌なことがあれば、夢の中まで何かに追い詰められる自分がいることもある。まあ夢ってそういうものだと思うけど。


 ただ一つ気になることがあるとすれば、あの異様なほどの身体の反応だろうか。今回のようにあそこまで夢の中での出来事で現実世界の自分が影響されるようなことはなかったと思う。

 でもここ最近、こちらの生活にも慣れたからなのか、やたらとリアリティのある夢を見るようになった気もする。そう思うと、特別な出来事ってことでもないのかもしれない。



 そんなことを考えていたら、シャワールームのドアを短く2回叩く音が聞こえる。


 「タツキ様、いつもの服をここに置いておきますねー。」


 これもまた日常の一つだ。僕がこうしてシャワーを浴びている間に、姫様は僕がいつも着ているポロシャツとジーンズを、綺麗に畳まれた状態でシャワールームの中にある籠の置いていってくれるのだ。いつもながらの献身的な姫様の愛情に、思わずこけかかっている頬が緩む。


 

 こうして自然に頬が緩んでいく自分に、なんだかホッとした気持ちになる。

 昨日の最後のあのやり取り以来、僕はずっとある一つの疑問を抱いていたからだ。




 意図的に好きになるように仕向けられたと知ってもなお、今まで通り姫様のことを好きでいられるのだろうか?

 

 自分でも変に考えすぎている自覚はある。人によっては、経緯はどうであれ好きになったのなら一緒なんじゃないかと思う人もいると思う。

 ただ、それが世界を救うためとかいう第三者による、全く僕個人の感情への配慮がない、策略による結果だと知らされると、多少なりとも思うところがあるわけだ。おまけにそれをしたのが、何度も世界をやり直してきたと言う男だというのだから、余計に手の平で転がされている気持ちになってしまうのだ。

 

 どれほどの時間これについて悩んでいたのかは、時計を見ていないから正確な時間はわからないけど、とにかくベッドに潜り込んでからはずっとこのことしか考えていなかった。



 それほど真剣に悩んでいたはずなのに、思いの外あっさりとこの悩みは解決してしまった。


 だってさ、これだけニヤニヤしてしまっている時点でもうお察しじゃん?


 「姫様。」

 

 シャワーを止めて、身体を拭こうとタオルに手を伸ばしたタイミングで、僕はまだ部屋の外にいるであろう姫様を呼んだ。


 「は、はい!何かありましたか!?」


 まさかシャワールームの中から呼ばれるとは思っていなかったようで、返事をする姫様の声が裏返り気味になっていた。


 「変なことを聞いてもいいですか?」


 「な、なんでしょうか?」



 「姫様は僕のことをどう思っていますか?」


 姫様の息遣いが急に荒くなる。それだけで部屋越しなのに姫様の緊張が伝わってくるようだ。


 「そ、それはいったいどういう意味で、でしょうか?」


 その戸惑い2割、恥ずかしさ3割、照れ5割くらいの姫様の声を聞いただけで、もう答えはいらない気がしてきてしまった。

 それでも。この満足感に満たされてなあなあにしてしまうと、またどこかで、


 『姫様もまた、王様にいいように丸め込まれて僕のことを好きになるように仕向けられているんじゃないか』


 そんな一抹の不安が残ってしまう気がするから。



 「男として、ーーー彼氏として、です。」


 だから僕は姫様の逃げ場を敢えて塞ぐように言った。


 「彼氏として・・・、ですか。」


 姫様は短くそう呟くと、ドア越しでは聞き取れないような小さな声で何やらブツブツと声を漏らし始めた。


 すぐには答えは返ってこないと見た僕は、その間に全身をタオルで拭いて、姫様が置いていってくれた普段着に着替える。

 

 そうしてシャワールームから出ようとしたところで、突然ドアに何かがぶつかるような音がした。


 「その、ですね。簡潔に今の私の想いを伝えようと思えばできるんですけどね。」


 どうやらその音の正体は、姫様がドアを背もたれにして身体を預けた音だったようだ。

 

 多分だけど、これはドア越しで話すのがベストな内容なんだろう。

 そんな気がした、というよりは姫様がそれを望んでいるような気がしたから。

 僕もまたドアを背もたれにして、床に座り込んでみた。


 「できれば聞かせて欲しいです。簡潔じゃない姫様の気持ち。」


 背もたれにしているドアから何かが擦れる音が聞こえてくる。その音は上から下に、そしてちょうど僕の背中あたりまで来たところで止まる。と同時に、わずかな背後からの圧力と、これまたわずかな暖かさが伝わってくる。

 僕がここに座っていることに気づいたのか、姫様もまたドアを背もたれに座ったのだろう。


 「こんな言い方をすると、タツキ様は怒るかもしれませんけどね、」


 声が思ったよりも近いところから聞こえてくる。それがドア一枚というわずかな隔たりの先に姫様がいるということを改めて伝えてくる。


 「タツキ様はなんでもできる完璧な人ではないです。」


 そして突然飛び出した僕へのディスり。思わぬ角度からの発言に話の先行きが不安になるなあ。話の腰を折るのもなんなのでとりあえずは黙って聞くことにしよう。


 「それに、精神面があまり強くないので、大きく落ち込んだり、物事をずっと引きずったままでいることが多いです。」


 後ろの扉を貫くように、心臓に言葉の槍を次々と突き刺してくる姫様。


 「おまけに昨日は、初恋相手にフラれて放心状態にもなっていました。それだけでなく、その傷をあろうことか私に癒してもらおうとまでしていましたね。」


 いや、ちょっと待って。流石に結構耳が痛いよ姫様?それにちょっと声のトーンを下げるのは本当に怖いんでやめてください。


 当たり前だけど、昨日の件に関しては相当ご立腹のようですね・・・。これは今度、ご機嫌とりをする必要があるなあ。


 「と、こんな感じで私はタツキ様のいけないところをたくさん知っています。」


 本当にたくさんご存知ですね姫様・・・。それも彼氏として致命的なやつばっかりだし・・・。これ、ちゃんと落としておいて持ち上げる手法が成立するのか?マイナスがこの時点で相当強いけどちゃんとおとされた以上に上がるんだよね?


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」



 「・・・終わりです。」


 「終わり!?」


 嘘でしょ!?反射的に振り返ろうとして、「ガンっ!!!!」っと大きな音を立てて、思いっきり右ひじをドアの横のわずかな壁部分にぶつけてしまった。めっちゃ痛い。


 

 「なんて、流石に冗談ですよ?」


 ジンジンと痛みを訴えかけてくる右ひじを左手でさすっていると、してやったりとばかりに、「ふふっ」っと笑いながらそう言う姫様。


 「ちょっと意地悪したくなっちゃったんです、ごめんなさい。」


 「危うく姫様を、ただのダメンズ好き認定するところでしたよ・・・。」


 流石に今までの要素に、それでも惹きつけられる魅力的な何かは一つも見出せなかった。と言うかそもそもどう思っているかを聞いて、悪口言われただけで終わられたら、次に待っているのは破局話だったわけで。

 ・・・おー恐ろしや恐ろしや。冗談で本当よかった。



 「・・・タツキ様は、私の好きな物語の主人公によく似ているんです。」


 「こんな欠点だらけの人間が主人公になれるような物語なんてあるんですか。」


 僕が読者だったら、間違いなくイライラが募って最後まで読むことを放棄する。

 というか、いきなりなんの話だ?


 「この国に流通している物語というのは、基本的には最強と謳われるような完璧な主人公が、次々と問題を解決していくような話が多いんです。」


 ああ、いわゆる俺つえええってやつだろうか。多少は強敵に苦戦とかする描写もあるけど、だいたい主人公のチートじみた能力で世界を救っていく系だろうと勝手に予想してみる。


 「ですが私の好きな物語の主人公は、人間味に溢れる、何の力もない普通の男の人なんです。でもその男の人が、人一倍の努力を重ねて、ついには世界を救う勇者にまで上り詰めるんです!」


 なるほど、つまりはこれまたよくある、弱キャラ主人公の成長記みたいな感じのやつだ。だんだんと強い能力を身につけて、今までできなかったことができるようになっていく爽快感が、読んでいてたまらなく痛快なジャンル。僕が最も好む系統の本だ。


 ただ一つ言えるのは、僕を見ていてもその爽快感は全く感じられないだろうということだ。さっきも言ったが、ただただイライラが募って終わるぞ。


 「そりゃまあ、僕もそんな風に世界を救える勇者になれればいいですけどね?でも絶対似てないですって。」


 「それが似てるんです!少年のように純粋な心を持っているところとか、たくさんいろんな問題に直面して何度も挫折するところとか、それでも自分にできることを頑張ってやろうとするひたむきさとか!」


 う、うーん・・・。に、似てると言えば似てるのか?

 なんかすごく聞こえがいいように言い換えられるけど、やっている内容自体は100%違っているわけでもない気もする。いやほんと美化されすぎているとは思うけど。


 「でもそういう話って、実際に結果を残していくから主人公がかっこよく映るわけであって、今の僕はまだ何の実績も残してないし、よく映る場面もなかった気がするんですけど。」


 「そこに関しては大丈夫ですよ。・・・タツキ様は私が一番欲しい言葉を、一番私が欲しい時にいつもかけてくださりますから。」


 あまり聞いていてテンションが上がるポイントはなかったはずだけど、なぜか姫様からは一瞬の溜めと同時に弾んだ声が返ってきた。だが、どこか話が噛み合っている気がしない。成り上がっていく勇者の面影を僕に見ているという話かと思いきや、急に個人的な話になってしまったのだから。


 でも、一番欲しい言葉ねえ・・・。最初の頃の姫様に関する記憶が全くないせいであまりピンと来ないのがすごく辛い。けど、ここがこの話の一番の肝のような気がするから、真剣な受け答えを心がけないと。



 「それだけで、これまでの数々の僕の無様な姿すら許せるっていうんですか?」


 「・・・私は一度たりともタツキ様を無様だと思ったことはありませんよ?むしろ、私はタツキ様を尊敬しているんですから。」


 もはや妄信的だと言いたくなるくらいに、姫様は僕のことを好きでいてくれているみたいだな。なんかもうよくわからないけど、王様によるメンタル操作を疑うのもバカバカしくなってくるレベルだ。


 「どうしてそこまで僕のことをいい風に解釈できるんですか?自分で自分を卑下したいわけじゃないですけど、今のところ成績めっちゃ悪くないですか僕?」



 「それは・・・。ーーー信じているから、ですよ。」


 一瞬の躊躇いの後に放たれた言葉は、これまたアバウトな発言だった。

 それでも、この言葉にかける姫様の想いみたいなものが、ドア越しでもはっきりと伝わってきてしまったので、どうにもこれ以上の追求をしようという気にならなかった。


 決して触れて欲しくないわけではないとは思うんだけど、ここでこういう言い回しをしたってことはそれ以上のことを話す気は無いんじゃないかとか思ってしまったんだ。


 「・・・はあ、姫様のことを完全に理解するのはまだまだ時間がかかりそうですね。」


 「ふふ、私は一筋縄ではいきませんよ?」


 そして予想外のこの返し。ドアの向こうではきっと、破壊力満点のドヤ笑顔をかましているに違いない。

 

 「はは、なんかもう理屈なんてどうでもよくなってきましたよ。」


 「理屈・・・ですか?」


 「僕が姫様を好きになり、姫様が僕を好きになってくれた理由。その大元には何があるんだろうって、考えることがあったんです。ーーー本当に僕は自分の意思で姫様を、姫様は姫様の意思で僕を選んでくれたのだろうかって。」


 そんな明るい姫様のオーラにあてられたのか、いつの間にか僕は正直に僕の心に宿っていた疑問を口にしてしまっていた。


 「えーっと、一体何を心配に思っていらっしゃるのかはわからないですけどね。」


 その僕の心の迷いを聞いても、姫様はさっきまでの明るい声の調子で続ける。


 


 「私はタツキ様のこと、好きですよ?」


 それはまるで世界の理だとでも言うように、さも当然のごとくさらっとそう言ってのける。


 「ちゃんと私なりの確固たる理由がありますし、なぜタツキ様じゃないといけないのかという理由もしっかりあります。だから、私はこの気持ちに疑いを持ったことはありませんし、これから先も変わることはないと思います。」


 そこには一切の迷いも不安も感じられない。そのあまりにも真っ直ぐな気持ちは、何もかもを疑ってかかりたくなる病に冒されていた僕の心を貫いていくようだった。


 その理由にいまだに僕はピンときていない。僕が姫様なら、僕なんかを選ぶことは絶対にありえないと断言できる。第三者が見たって同じことを言うだろうっていう自信がある。


 それでも。全く僕の中では根拠はないけど。


 

 姫様だけはいつまでも僕の隣にいてくれるんじゃないかっていう謎の自信もまた湧き上がってきた。


 本当に、全く何も理解できないけど。


 でもそれだけで、僕の心は満たされていった。


 だからもうそれでいいんだって、そう思うことにした。


 

 ほのかに背中に伝わる姫様の熱から名残惜しく思いながらも離れ、立ち上がる。

 その音を聞いて察したのか、ドアの向こうからも物音がする。


 僕はドアノブに手をかける。胸を高鳴らせながら、その先に待っているであろう僕の想い人が視界に入るのを待つ。


 そしてその先で立っていた、真っ赤な果実のように赤く顔を染めた姫様を見た瞬間。


 無意識にその華奢な身体を抱き寄せていた。



 「何度感謝の言葉を口にすれば、この気持ちを伝えられるんでしょうね。」


 「ふふ、体温越しにたくさん伝わってきますよ?」


 「・・・姫様。」


 「はい、ここにいますよ。」



 「好きです。」



 「はい、ーーー私もです。」



 熱い吐息がお互いの耳をくすぐるようにかけられる。


 柔らかい感触が、優しい言葉が僕の全身を溶かしていく。



 いつか必ず姫様が憧れた勇者になってやる。


 こんな僕を好きだと言ってくれる人の期待に応えるために。


 こんな僕に好きと言われて嬉しそうにしてくれる人のために。


 幸せな空気に溺れながらも僕は、異常なほどに早く脈打つ心の奥底に深くこの決意を刻むのだった。

一足早くお仕事が始まってしまいました。

まだ肩書き上は学生なのに、社会人としての一歩をすでに歩み始めました。


というわけで遅れてすいません。そしてこれからも遅れます、すいません。

それでもお付き合いくださる皆様には、必ず完結まで書き上げることを誓わせていただきます。

なので気長にお付き合いくださいませ。



ちなみに、マイヤが樹が好きな理由はちゃんとありますからね?ただのダメ男好きじゃないので。マイヤの名誉にかけて作者が保証します(笑)

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