今まで末っ子
まず、ふうちゃんちゅーのが、誰のことだ。淨龍お兄様の呼び名を考えると、兄弟で『ちゃん』づけなのが、現当主と、俺と、その「ふうちゃん」だけなのだが、何方もご存じないから参考にはならないか。
『くん』づけながら、塁龍と基の2人だ。この2人に何か共通点があるのか? 確か、淨龍さんは『くん』と『ちゃん』の使い分けにはちゃんと意味があると言っていた。それに、差別じゃなく区別だからとも……。
「ふうちゃんは、風龍って言う僕の弟で、よっちゃんのお兄さんだよ」
あぁ、俺のすぐ上の兄になるのか。いやいや、俺は五男だった。あっ、まさか俺より上が『ちゃん』づけで、俺より下が『くん』づけか?
「ふうちゃんは、北山にいらしている三尺坊様から……。ああ、三尺坊様って言うのは天狗ですよ、家の北山には」
「てんぐぅ〜!!」
失礼だとは思いましたが、思いもしない単語に叫んでお兄様の言葉を遮ってしまった。だけど、天狗ってなんだよ。いやいや、天狗信仰なんてーのは、修験道が盛んだった所では良く聞くことだ。俺だって、地元の京都・鞍馬山の僧正坊様のことは良く知っている。
「あれ、よっちゃんは天狗様にお会いしたことはないの? 京都なら僧正坊様とか法性坊様のお膝元でしょ?」
もしも〜し、俺、15年間生きて来て、天狗なんて見たことないんですけど、お兄様。
「もっ、基は会ったことあるのか?」
「ううん、兄さんもないよね」
「あったら、俺、テンション上がりまくりで、お前に話しているぞ」
「そうだよね」
あっ、笑いやがった。今、何かソーゾーしたな!
「そっか、やっぱりふうちゃんの特権なんだな」
「えーっと、その風龍さんは、そんなにしょっちゅう天狗様に会っているんですか?」
「うちの北山には杉林があってね、市の天然記念物にも指定されている大杉には、天狗様が休んでいかれるんだ。今は、白峰の相模坊様のところからお帰りの途中らしいよ」
「らしいよって……天狗って、本当にいるんだぁ〜」
話しがすっかり脱線してしまったが、天狗様から灼龍さんが居なくなった知らせをうけて、『それ、大変だ』となって俺が呼ばれた。と言うのは理解した。
「でも、何で俺なんですか?」
「属性の問題でね、よっちゃんがあっちゃんに一番近くて、似ているからね」
「そうなんですか?」
「そうなの」
えーっと、ここは『その根拠は?』と聞くべきなのだろう。通常なら、俺は考える間もなくそれを口にしていただろう。……が、何だろう、目の前に淨龍お兄様の静かな笑顔が、俺の口を封印する。この封印を力技で破り、淨龍お兄様に尋ねることと、『これは大した質問ではない』と自分を力技でねじ込むのとどちらが良いのかしばし考察する。
これは、聞かないといけないと思う。どんなことがヒントになるのか解らないのだ。
「その、消えたって言うのは、まさか死んだってことじゃないですよね」
「違うよ。それならそうと、言うだろうからね」
いいじゃないか! こえ〜よ、麗しく微笑んでいるのにこえ〜んだよ!
「で、これからどうするんですか? 俺に何ができるかなんて、考えつきませんよ」
「いや、そんなことは無いよ。だって、ちゃんとあっちゃんを追えたじゃない」
「まぁ、そうですけど。俺、普段はちゃんと映像としてルートが見えるんですよ」
「私たちもそうなんだけどね、あっちゃんを追うことはできないんですよねぇ」
「灼龍さんが居なくなったことと、何か関係があるんですか?」
「う〜ん……まぁ……」
まただ、何かを言いよどむ。何を隠しているのか気になるのだが、このお兄様はとても手強い。まぁ、俺みたいな小僧が10歳以上も上の大人に太刀打ちできるとは思えない。となると、ここいらの疑問はもっと対応しやすいヤツにターゲットを移すしかない。
「で、灼龍さんを探しに行くんですよね」
「そうだね、まぁ、今日は皆が顔を揃えるから、それからだね」
「はぁ……」
淨龍さんは、灼龍さんが消えて不安ではないのかと疑問に思う。確かに、今、ばたばたと慌てるのは意味がないし、この段階で判断が鈍ったり、間違えたりするのは失策だ。それに、この家の皆も、一応に落ち着いているようだ。
もし、基が行方不明になったら、俺はこんなに落ち着いているだろうか?
そんなことを考えていると、だんだんと不安になってくる。本当に灼龍さんは行方不明なのか? もしそうなら何故皆は、これほど落ち着いているのだろか? 慌てるほど灼龍さんは心配されていないのか?
段々と物騒な方へと思考が進む。
「その……皆さんは、今はどこに?」
「ふぅちゃんは、大学に用があるって出たんだけど、そろそろ帰ってくると思うんだ。圭君は、香川から帰ってくるから、3時頃には着くかなぁ。銑ちゃんはプールの日だけど、もうお昼になるからそろそろ……」
淨龍お兄様がそう言いかけると、遠くからパタパタと足音がし、それが段々と近づいてくる。これは、塁龍君と同じパターンか?
「兄ちゃん、妹たちき〜た〜?」
スーっと障子が勢い良く開き、どたどたと部屋に入ってくるのは、俺が想像してたよりもずーっと小さい子供だった。
が、その子は俺の顔を見ると、急に立ち止まったかと思うと、数歩引き下がった。
「淨兄ちゃん……」
えっ? なんで怯えてる風なの? 俺、強面でもなければ、別に睨んでもないぞ。これでも、赤ん坊の妹達を近くの公園に日向ぼっこさせに行くのが日課で、近所のガキにも懐かれて困るほどだったのに?
「よっちゃん、この子が家の末っ子だった、銑龍です」
「初めまして、俺は燦龍と言います、こっちが弟の基龍で、妹の淳と颯は、台所にいるよ」
「はじめまして……淨兄ちゃん……」
懇切丁寧に挨拶を笑顔でしてみたが、怯えたような表情は消えてない。初対面でいきなりの「苦手な人」認定ですか?
「さねちゃんはやっぱり、よっちゃんが苦手かい?」
淨龍お兄様の遠慮ない言葉に、いささか傷つくのだが……。それにしても「やっぱり」とは何だろう。
「兄ちゃんと同じ……」
兄ちゃんとは、どの兄ちゃんだろうか。そんなに怖い兄ちゃんがいるのだろうか? 俺の上には、まだ見たことのない風龍さんとやらと、四国から駆けつけてくる「圭君」と呼ばれた人だけだ。
「ごめんね、この子はあっちゃんが苦手でね、同じ性質のよっちゃんも苦手に見えるんだよ」
淨龍お兄様の申し訳なさそうな表情に、逆にこちらが申し訳ない気分になる。
しかし、また先ほどの疑問がむくむくと頭を擡げてくる。俺と灼龍さんが似ているだの、同じ性質だとか、属性だとか……。
属性と言えば、RPGでお馴染みの魔法の属性とかを思い浮かべるしかないのだが、魔法なんてことと全く関係ことぐらい、俺にだって解っている。
「さねちゃん、着替えて手を洗って、台盤所に言ってお稲荷さんを貰っておいで」
「はーい」
返事は元気だが、最期にちらりと俺を見て、足早に去って行ってしまった。
俺の人生で、こんなに怯えた顔をされてのは初めてだ。それも年下の子になんて、何が原因だかわかんないけど、なんだか可哀想なことをしたような気になる。
それにしても、自分が怖がられているということに、ショックを受けてしまって、もろもろの意識が機能停止に追い込まれてしまったが、さねちゃんこと、銑龍くんは、ビックリするくらいの眉目秀麗だ。
そう、まさに神に愛された造形をお持ちになっておられる。きっと、小学校……いやいや、もう赤ん坊の頃からモテモテなのだろう。
淨龍お兄様も、麗しいのだが、もっと女性的な美しさである。でも、銑龍くんは、中性的で造形の完成度が高い。
人生とは、不公平の巣窟だ。
「さねちゃんは、一番下でね『うどんこ』だから、下に兄弟ができて、それも今まで無縁の女の子だって言うんで、さねちゃんは大騒ぎだったんだよ」
「はぁ……もう、アイドル決定ですね」
「ふふふ、アイドルって言うよりお姫様あつかいだね」
うどんこ。
まさか、東京でこの言葉を聞くとは思わなかった。こっちでは、「おみそ」とか「おまめ」とか言うんじゃなかったっけ? みんなで遊んでいる時に、幼児のための特別ルールだ。
俺は年長の子供から、「うどんこ」と言う言葉の意味を教えてもらった。そして、神奈川から転校してきた小学校の同級生に「みそっかす」と言う言葉を教えてもらい、地方によってそれぞれ幼児は、味噌や豆や蝶蝶とかに変身することを知ったのだ。
今では淳と颯が豆や味噌になるんだね。
しかしまぁ……どいつもこいつも、うちの妹達に夢中だなぁ、おい。