↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱育成師、追放された先で禁忌進化のモンスターを育てる  作者: 浅入燈馬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/31

第1話 無能の烙印と、最弱の相棒

「レン・アシュベル。鑑定ランク、測定不能。事実上の最低ランクだ」


審問官の声が、石造りの広間に冷たく響いた。


目の前には銀色の鑑定水晶がある。さっき手を置いた。結果は真っ白。数字も文字も、何ひとつ浮かばなかった。


「測定不能、ですが」


僕は顔を上げた。


「数値が出ないだけです。観察すれば、モンスターの進化条件は読めます」


「それは聞き飽きた」


中央に座る審問官マルケスが、書類をめくる。


「鑑定魔法は進化条件を数値で示す。数値の出ない者の『直感』を、ギルドは証拠と認めん」


「でも、実際に僕は――」


「過去三年、君が育てて進化させたモンスターの数は?」


言葉に詰まった。


ゼロだ。


僕が読んだ条件は、鑑定の記録と食い違うたびに「誤り」とされた。回されてくるのは、他の育成師が見限った個体ばかり。条件が合っていても、進化には時間がかかる。三年では足りなかった。


そう言い返したかった。でも、数字のない言い訳に意味はない。


こめかみがずきりと痛んだ。昨夜、弱った個体を夜通し見ていた目の奥が、まだ熱を持っている。


「育成師の価値は、育てたモンスターの強さで決まる」


マルケスは淡々と続けた。


「君には、それがない」


傍聴席の最前列で、金髪の青年が腕を組んでいた。


クロード・ヴァルトシュタイン。同期で、鑑定ランクは最上位のS。誰もが認める天才だ。


彼はこちらを見ていなかった。無関心なのか。それとも、目を合わせたくないのか。僕には分からなかった。


「よって、育成師レン・アシュベルの資格を――」


「待ってください!」


声が裏返った。


「まだ、何も証明できていません。機会を」


広間が静まる。


右端の痩せた審問官が、懐中時計を一瞥した。まだ僕の記録を読み終えてもいないのに、手元の判決文には、すでに署名のインクが乾いている。


……審問が始まる前に、書かれていた?


違和感が胸に引っかかった。けれど、確かめる前にマルケスが口を開いた。


「いいだろう。最後の慈悲だ」


ざわめきが起きる。


「資格剥奪は半年間、保留とする。ただし、ギルドから一匹だけ貸与する。半年以内に、鑑定に記録される成果を出せ。出せなければ、資格は剥奪。二度とモンスターに触れさせん」


「……分かりました」


「ギルド所属は本日付で解く。以後は追放扱いだ。辺境でやれ」


追放。


その二文字が、水晶の白さより重く落ちてきた。


「貸与個体は飼育棟の最奥にいる。連れて行け」


席を立つ。背後で、聞き慣れた声がした。


「レン」


クロードだった。やっとこちらを向いている。


「どうせすぐ戻ってくる。その時は、俺が推薦状でも書いてやるよ」


「……ご親切にどうも」


「本気で言ってるんだがな」


彼は肩をすくめた。笑っているのに、目だけが妙に硬かった。


---


飼育棟の最奥は、日の当たらない檻だった。


他の檻はどれも、育成師の名札で埋まっている。空いているのはここだけ。


その隅に、灰青色の塊がぽつんといた。


スライムだ。手のひらに載るくらいの。


名札には『E-4471 進化見込みなし 処分待ち』とある。


「お前だけ、残ったのか」


しゃがんで目を合わせる。目なんてないが、そう感じた。


他の檻のスライムは、窓から差す光に群がっている。スライムは光と熱を好む。そう習った。


でも、こいつは違う。


光から逃げるように、檻の影の濃いところへ寄っていた。


……なんで?


目の奥が、じんと疼いた。


視界の端に、淡い輪郭が滲む。【生態眼】だ。数字は出ない。ただ、見えてしまう。体の中の水分の巡りや、食べ物を探す動きの癖が。


その底で、何かが「引っかかった」。


懐かしい。


なぜか、そう感じた。見たこともないのに。


「……やめろ。今は使うな」


自分に言い聞かせて、目を閉じる。痛みが引くのを待った。


使うほど、視界は削れていく。それは昔から分かっていた。


目を開けると、スライムは僕の指先に、ぷるりと体を寄せていた。


「ひとりぼっちか。……ポッチ、でいいか」


返事はない。当たり前だ。


でも、ぷるぷると震える体が、少しだけ嬉しそうに見えた。


檻の底に、黒い小石がいくつか転がっていた。艶のない、鉱石のかけらだ。他の檻にはなかった。


気づけば一つ拾って、ポケットに入れていた。


観察癖だ。変なものは、とりあえず持ち帰る。


「おい、あれを選ぶ奴がいるのか」


「スライムだぞ。進化しても、せいぜいメタルだ」


通路から、嘲笑が聞こえた。


僕は何も言わず、ポッチを布袋に入れて立ち上がった。


---


辺境行きの乗合馬車は、揺れが酷かった。


膝の上の袋の中で、ポッチはおとなしい。


窓の外を、王都の城壁が遠ざかっていく。


――あの時も、こうして景色が遠ざかったんだ。


六歳の夜を思い出す。魔獣が家を襲った日。僕は、クローゼットの中で息を殺していた。


扉の隙間から、全部見えていた。


見ていた。ただ、見ていただけだった。


「……見ているだけの人間は、価値がない」


声に出したら、掠れていた。


だから育成師になった。モンスターを理解すれば、誰も両親のような目に遭わなくて済む。そう信じて。


それなのに、僕の「見る力」は、数字にもならなかった。


「間違いなんかじゃない」


袋の中のポッチに、小さく言う。


「僕は無能じゃない。……そう、証明する。絶対に」


ポッチは何も言わない。ただ、ぷるんと一度揺れた。


---


辺境の町ルーデンに着いたのは、日が落ちてからだった。


安宿の屋根裏が、僕の新しい住処になった。ベッドと机、小さな窓がひとつ。


「ここが、お前の家だぞ」


袋から出すと、ポッチは床をずるずると這った。


蝋燭の灯りから、離れていく。


「……やっぱり」


僕は椅子に座り、観察を始めた。


スライムの生態は、頭に入っている。光、熱、湿気。それと、有機物の食べ物。


ポッチはそのどれにも反応しなかった。


干し肉を置く。無視。果物。無視。水の入った皿。ほんの少し触れただけで、離れた。


「何が欲しいんだ、お前」


蝋燭の火を、そっと吹き消した。


暗闇が部屋を満たす。月明かりだけが、窓から細く差し込む。


その瞬間、ポッチの動きが変わった。


さっきまで迷っていた体が、一直線に部屋の隅の暗がりへ向かう。そこで、ぴたりと止まる。伸び縮みしていた体が、落ち着いたように静まった。


「暗闇、か」


メモに書き殴る。光を避ける。暗がりで安定。


スライムとしては、ありえない。


ポケットの中で、何かが触れた。


黒い小石だ。取り出して机に置いた。


その途端、ポッチが動いた。


月明かりの中を、まっすぐに机の脚を登ってくる。他の何にも見向きもしなかったのに。


「これ、か?」


小石を床に置く。ポッチは覆いかぶさるように包み込み――ゆっくりと、体の中に取り込んだ。


しゅう、と細い音がした。


鉱石が、溶けていく。


灰青色の体の中心が、黒く染まった。


「食べ物じゃないぞ、それは。……なのに」


息を呑んだ。


黒い塊の奥で、何かが揺れた。光のような、闇のような。底の見えない深さだった。


目の奥が、焼けるように痛んだ。


【生態眼】が、勝手に開く。


やめろ。使うな。視界が削れる。


分かっているのに、止められない。


滲んだ視界の中で、ポッチの体内の「流れ」が、一本の線になって見えた。


食べたものが血肉に変わる道筋。進化の枝分かれ。


普通のスライムなら、その先は決まっている。メタル、ポイズン、ウォーター。どれも、記録にある進化先だ。


ポッチの線は、そのどれにも繋がっていなかった。


「……記録に、ない」


声が震えた。


線は、さらに奥へ伸びている。暗い、暗い場所へ。


「こいつの進化先は……鑑定にも載っていない。誰も知らないパターンだ」


心臓が、強く打っていた。


怖い。でも、それ以上に――


高鳴っていた。


僕にしか見えないものが、ここにある。数字にならない、でも確かに存在する何かが。


痛む目を押さえながら、僕は笑っていた。


「……見つけた」


ポッチは黒く染まった体で、ぷるりと小さく揺れた。


「半年だ。お前の進化条件、全部解いてやる。それが僕の最初の仕事だ」


認められたい。ただ、それだけだった。


でも今は、少し違う気がした。


この子の見ている世界を、知りたい。


目の痛みが、ゆっくりと引いていく。


その時だった。


こつ、と窓を叩く音がした。


反射的に振り向く。


月明かりの窓の外。雨上がりの夜気の中に、人影が立っていた。


濡れた赤茶色のポニーテール。背中には弓。


少女だった。彼女は窓越しに、僕とポッチを、じっと見つめている。


「……あんた」


窓の隙間から、声が滑り込んできた。


「本当に、その子を育てる気?」

ご愛読ありがとうございます。

最弱から始まるモンスター育成もの、第1話をお届けしました。

鑑定も戦闘もできない主人公が、ただ「観察」するだけで常識外れの進化を引き出す物語です。

1週間は2回/日以上、2週目からは1回/日以上の更新予定です。

ブックマーク・評価・ご感想をいただけますと励みになります。

第2話で早速、最初のヒロインが登場します。

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。