正体不明の異邦人 1
当初の目的は晩餐会の最後まで出席し続ける事。
しかしエレナたちの登場によって結局バルコニーから、会場の外に出るしかなくなってしまった。そのことは非常に悔しいが、ラウチェス王国の代表であるリュークのエスコートを受けて存在感を出すことはできたわけで、これは一応目的を果たせたと思ってもいいのではないだろうか。
そんなことを考えていると、人目がなくなったあたりでリュークがするりと手を離した。
「ネス離宮の見学はいつ行かれるのですか」
「あ……うん、明日見せてくれるって」
「そうですか。本当にこれで最後にして下さいね。ラウチェス王国はどちらにも肩入れせず、中立でいる予定だったんです」
「わ、わかってるわ! もう余計な事に首を突っ込まないから」
すぐさま頷いたが、リュークはあまりこちらを信用していないように見えた。
まあ、無理もないかもしれない。それでも真剣さをわかって欲しくてじっと見つめると、彼はふっと目線を逸らした。
(……?)
小さな違和感に疑問を持つよりも先に、ばたばたと追いかけてくる影が二つあった。わたしと入れ替わりメイドの服装をしているデメトリア姫と、それを手伝ったエミリアだ。
「ユ……ティーネ!! さっきは時間がなくて聞けませんでしたが、なんなんですか一体! 晩餐会の途中でいきなりいなくなったと思ったら、デメトリア姫様と入れ替わりだなんて、心臓がいくらあっても足りませんよ」
「しっ、そのことは極秘よ。エミリア」
その入れ替わりを依頼してきた当のデメトリア姫は、わなわなと怒りを露わにしている。
あれ? もっと感謝されると思っていたのに。
「お、お前、何故あんなことを! あれではオリバーに失礼ではないか!」
「だって、あのままにしておくわけにはいかないじゃない?」
「それにしたってあんな顔を潰すような真似……!」
わたしは思わずリュークの影に隠れた。
が、驚いたことに彼はスッと身を引いた。
「リューク?」
「これ以上『デメトリア姫』と席を外していると、よからぬ噂が立つかもしれません。もうそろそろ戻らなくては」
「えっ、ちょっと待って!? わあ、薄情者!」
申し訳なさそうに立ち去る彼と入れ替わりにやってきたのは、よくみれば使用人に扮した王宮騎士の一人だった。いつの間に呼んだのか、それともまさか最初から連れてきていたのか。どちらにしても用意周到なことだ。
(……と、今は姫の方が問題ね)
怒り心頭のデメトリア姫と残されたじろいだが、彼女はやがて諦めたように息を吐いた。
「……いや、頼んだのはわたくしの方だったな。前もってオリバーを助けてやるように指示したわけでもない。ティーネはよくやってくれた」
「ほっ……。そう言ってもらえると甲斐があったわ」
デメトリア姫はくるりとエミリアの方に振り向くと、今度はそちらにも深々と頭を下げた。
「お前も急な頼みを聞いてくれて助かった。礼を言うぞ」
エミリアは驚いて平伏せんばかりに頭を下げた。
「とんでもありません! 少しでも姫様のお役に立てて嬉しいです」
「活躍したのはわたしの方なのに」
頬を膨らませると、エミリアは半笑いではんっと鼻で笑った。
「何を言ってるんです? 事前に会場をチェックしていて着替え場所を確保できたのも、短時間でデメトリア様とティーネの服を交換できたのも私のおかげですよ。ティーネにあの豪勢なドレスを手伝いなしで着ることが出来たんですか?」
「ぐっ……」
「エミリアは本当に働き者じゃな。お前のようなものがいてくれて助かったぞ」
デメトリア姫に褒められ、エミリアはくすぐったそうにしている。
なんだかここ、仲いいわね?
「まあ、実際驚いたぞ。ティーネはメイドのくせにボタン一つ止められないし服の脱ぎ方も知らんし……新米とはいえ何も出来なさすぎじゃないか?」
だってメイドじゃないし。
と、言いたいところだがグッと堪えた。わたしえらい。
「とにかく助かった。この働きは忘れぬぞ」
普通にありがとうとは言わない彼女に、苦笑と共に既視感が湧きあがる。
間違いなく初対面のはずなのに、どうしてなのかと首をかしげたくなった。
「うーん、まあいいか……。それより、離宮を見学する話をわすれないでよね?」
「ああ、それは約束したのだから、ちゃんと守るさ」
当然のように頷くデメトリア姫に一安心する。そうでなければリュークを怒らせてまで入れ替わりを行った意味が無くなってしまう。
しかし、ちゃんと約束を守ってくれるようで良かった。噂に聞くデメトリア姫は相当の悪女のようだが、わたしには彼女がそれほどひどい人間に見えなかった。
「ところで質問なんだけど、そのベールを脱ぐことは出来ないの? 顔が見えない人と話すって、ちょっとやりずらいわ」
「う……こ、これはお母様への追悼なのじゃ。だから、脱ぐことは出来ぬ」
デメトリア姫のご生母、前王妃は少々体の弱い方だったらしく、数年前に流行病で亡くなっている。
「お母様はわたくしの唯一の味方じゃった。お父様が愛してくれなくとも、お母様がいてくれればそれで良かったのに……」
部屋の中をしんみりとした空気が漂う。
しかし私は別の事が気になり、質問せずにはいられない。
「昨日から気になっているんだけど、その『お父様が愛してくれない』ってなあに? あなた達は実の親子でしょう」
「それは……」
姫は言い淀んだが、意を決して口を開いた。
「ここまでつき合ってくれているおぬし等だからはっきり言うが、お父様は最初からお母様との政略結婚を不服に思っていたのだ」
「最初から?」
「わたくしも詳しくは知らないが、お父様には若い頃、好きだった令嬢がいたらしい」
言いにくい話題だろうに、デメトリア姫はポツポツと語り始めた。彼女がつき合ってもらって感謝している、という言葉は本物のようだ。
「だが当時の両陛下……お祖父様と、特にお祖母様は大反対なさってな。一時は駆け落ちするのではないかとまで囁かれた仲だったらしいが、結局お父様は己の責任を果たすことを選び、親に決められた相手……つまりお母様と結婚したのだそうだ」
「…………」
「わたくしを生んだせいで病弱なお母様はさらに体を弱らせた。やがていよいよ病気がちになり、公務を行うことが難しくなると、私を連れてネス離宮の一角に住むようになったのだ。まるでお父様の目障りにならないように、自分から……」
ネス国の亡き王妃様のことなら、少しだけ伝え聞いたことがある。
お淑やかで優しく、いつも周囲に感謝の気持ちを持つ素晴らしい方だった、惜しい方を亡くしたと。
「お父様が見舞いに来たことは一度も無い」
姫はなんでもないことのように呟いた。そして明るい顔でつけ足した。
「いいのだ、その分お母様は私にとても優しくして下さった! 二人分以上に、とても優しい方だったのだぞ!」
「デ、デメトリア姫様……」
エミリアはぐずぐずと鼻を鳴らした。
情に厚い彼女は、こういう話にすっかり弱いらしい。
「そしてそんなお母様が亡くなって、落ち込む私を慰めてくれたのがオリバーだったのだ」
「まあ、あの方が。少し意外ですね」
「ああ、最近は少し疎遠になっているが、昔は本当に仲が良かったんだ」
デメトリア姫は懐かしむように遠い昔を思い出す顔をしていた。
「なるほど、その時から彼が好きなのね?」
「好……! ティ、ティーネ、なにを馬鹿な事を……!!」
「えっ、そうなんですか? でもオリバー様は確かエレナ様と……」
「そ、そうじゃ! オリバーにはエレナがおるのだから、そんなはずないじゃろうが」
デメトリア姫は真っ赤になり、ギロリとこちらを睨んだ。
「そういうお前はどうなんじゃ。恋人という立場にあぐらをかいているようじゃが、バルテリンク辺境伯はかなりお前に不満を持っているようだったぞ」
「うっ!?」
痛い所をつかれ、思わず言葉に詰まった。
「え!? 言われてみれば確かに、さっきもなんだかよそよそしかったです。いい加減ティーネに愛想が尽きてるのかもしれませんね」
「……だだだ、大丈夫よ、きっと」
そう答える事しか出来ず、明後日の方をむく。
確かに、ほんのちょっぴりだけ怒ってたかもしれないけど、きっと大丈夫。だってわたし達はこれまでに何度も一緒に困難を乗り越えてきた仲だもの。そんな、ちょっと忠告を無視しただけで。忠告を、一度や二度、十回か二十回無視しただけで……。
(大丈夫……よね?)
なにやら急に不安になってきた。明日ネス離宮に行く前に、念のために挨拶しに行った方がいいと思うのだけど。なにか、もう一押し欲しい。
その時ふと市場での出来事を思い出し、デメトリア姫に向き直った。
「ねえ、わたしからも一つ、教えて欲しいことがあるの!」
なんとなく落ち着かない気持ちを誤魔化すように、わたしはことさら明るい声をあげた。




