傍若無人な新米メイド 6
晩餐会の会場の出入口をくぐると招待客たちがどよめき、驚きに包まれたのがわかった。
「珍しい。いつもはあんな風にヒステリーを起こした後は数日部屋に閉じこもっているのに」
「まさか、再び戻ってくるとは……」
「それに、珍しくメイドを連れているじゃない。普段は決して人を寄せ付けなかったのに、どうしたのかしら」
会場中の視線が集まるだなんて、普通の令嬢だったらとても耐えられないかもしれない。
「ひっ……や、やっぱり無理じゃ……!」
ついでに、小声で泣き言をいっているお姫様も。
だけどこのわたしは全然へっちゃら。王都では大観衆の前で手を振るのが日常なんだから、こんな視線ものの数にも入らない。背筋をのばし、優雅に歩を進めればしだいにざわめきがおさまっていく。
それはそうだろう。いくら評判が悪くたって姫は姫。長々と文句を言って王家に目をつけられるようなことするわけがない。デメトリア姫は最初からおたおたせず、ただ大きく構えていればそれでよかったのだ。
ストンと何食わぬ顔で席につき食事を再開した時には、何かしら思う所はあれど、それを表面的に出す人物はいなくなっていた。ただ一人を除いて。
「デメトリア様」
視線を向けると、そこには一人の貴公子がテーブルを挟んで目の前に立っている。金の髪に青の瞳をした、顔立ちだけはまあまあ整った青年。先ほど他の国のメイド達がなにやら色めき立っていた、オリバー・シャーフォード公爵子息だった。
「先ほどは一体どうなされたのですか? 貴方の姿が見えなくなって心配しましたよ」
一見優し気な様子で声をかけてくる。
デメトリア姫が小さく息を飲んだのが伝わってきた。どうやらこのオリバーとやら、デメトリア姫とそれなりに親しい間柄らしい。まあ同じ高位の特権階級で、年頃もそう変わらないのだから当然と言えば当然か。しかし彼がまとう余裕のようなものは、単に親しい間柄だというだけではなさそうだ。
しかし、『デメトリア姫』は口を開かない。
ちらりと視線を投げた後は一言も発さず、もくもくと食事を続ける。
「デ、デメトリア様……?」
公爵子息はまさか自分が無視されるなどとは夢にも思っていなかったようで、ひどく狼狽していた。
だが気にすることはない。たとえ彼が王位継承権第二位で、将来国王の座に着く可能性があるのだとしても、今この時点で彼はただの公爵家の子息。問題があるのは彼の方だ。
(まあこの様子じゃ、デメトリア姫も問題があるみたいだけど)
子息のごく当然という態度をみるに、彼女は何度もこんな状況を許してきたのだろう。いかにお互いにマウントを取り合うかを狙いあう社交界の中で、迂闊としか言いようがない振る舞いだった。
しかし腹が立つのは、それ以上にこの公爵子息だ。
(ふん、今になって親し気に話しかけてくるなんてどういうつもり? 庇う気があるなら先ほどの騒ぎの時にフォローするべきだったし、今このタイミングで話しかければせっかく静まった注目がまた集まるだけじゃない)
わたしには彼があまり信用が出来ない部類の人間のように見えた。
だがこちらが無視を決め込んだことによって、立場は逆転する。
意気揚々とデメトリア姫に話しかけたはずが、馬鹿みたいに棒立ちになっている子息に注目が集まっていく。彼の顔が羞恥のためか怒りのためか、それともその両方で赤く染まっていった。
恐らく本物のデメトリア姫なら無視しきることは出来ず、何か声をかけたかもしれない。わたしは黒のベールの内側でニヤリと笑みを浮かべた。
そう、本物のデメトリア姫だったのなら。
今ここで『デメトリア姫』として黒のベールを被っているのはわたし、ユスティネだ。
後では作りもののかつらに分厚い眼鏡という、本来の顔がわからない『ティーネ』の恰好をした本物のデメトリア姫が引きつった顔で息をのんでいる。
リュークの指摘した通り、おどおどと落ち着かなくなっている彼女に、付け焼き刃に演技指導をしても演じ切れるはずがない。そう見切りをつけたわたしは、幸い顔を覆い隠すベールと同じような背丈に目をつけて入れ替わりを提案したのだった。
(そうね、少しぐらいはリュークに感謝してもいいのかも)
わたしは視界の端で素知らぬ顔をしている辺境伯を見て口元を緩めた。
これ以上ここにいても恥をかくだけだとようやく悟った彼が、踵を返そうとした瞬間。
「オリバー、駄目じゃない!」
明るい色合いの、可憐なドレスに身を包んだエレナ伯爵令嬢が駆け寄ってくる。
彼女はごく自然な調子でオリバー子息に腕を絡ませた。
「急に話しかけたりなんかして、デメトリア様がすっかり委縮されてるわ」
「エレナ……。あ、ああそうだね、僕としたことがウッカリしていたよ」
にこやかな彼女の一言によって、『毅然と無礼者を無視した』という認識から『突然話しかけられ委縮し、何も言えなくなってしまった』と印象を操作されてしまった。
(ふうん……?)
意識しているのか無意識なのか、オリバー子息を庇う手段としては実に見事なものだった。
背後のデメトリア姫が息を飲むのが伝わる。
わたしは落ち着いたまま周囲を見回すが、会場の空気が再び変わるのを明確に感じた。
「申し訳ありません、デメトリア姫殿下。オリバーに悪気がないことはおわかりですよね?」
「…………」
姿だけは上手く取り替えたものの、声を出しては正体がバレてしまう。
出来ればオリバー子息にしっかりと釘を刺しておきたかったのに。しかしこれ以上無言で無視を続ければ、かえってこちらの印象が悪くなるだろう。
仕方なく頷こうとするが、エレナ令嬢はさらに言葉を続けた。
「先ほどから黙っていらっしゃいますが、お怒りになっているわけではないですわよね? どうかいつものお優しい声で、気にしていないとおっしゃって下さいな」
「!」
「もちろんデメトリア姫様が許して下さっているのは理解しております。たった一言でいいのですわ」
してやられた、と思った。
会場に戻って以来、一言も喋っていない不自然さに誰も気がついていないわけではないだろう。それでも何か事情があるのだろうかと触れずにいた部分を、いとも無邪気に晒しあげてくれる。
まさか入れ替わりそのものを見破られてはいないだろうが、なにか不審なものを感じ、きっぱりと指摘してくるとは。
『――だが、彼女の前ではいつも失敗ばかりしてしまう』
ふと、先ほどのデメトリア姫の言葉が頭に思い浮かぶ。無邪気な明るい笑顔を浮かべているはずのエレナ令嬢に、なんだか薄気味悪いものを感じた。
(どうしよう。何か言わなければ、デメトリア姫が意地悪く無視し続けている様に見えてしまう)
声を真似ようにも、姫とわたしではずいぶんと声の高さが違う。
もしも今、入れ替わりがばれてしまったら……。
さすがの私でも言い訳は出来ない。
(その上ラウチェス王国の王女であることまでばれたら、最悪で賠償問題、ううん、こじれてしまえば戦争になるかも……!?)
対応に困っているわたしの姿を見て、周囲は眉をひそめる。
「いつまで黙っていらっしゃるのかしら?」
「やっぱり、エレナ令嬢に冷たくあたってらっしゃるのかしら。だとしたらガッカリですわね」
わたしは声を出すことが出来ない。
だが、黙っている時間が長引くほどデメトリア姫の評価は下がっていく。
(こんなことなら、わたしが余計なことをしなければ……)
ギュッを目をつぶった時、いつものあの諦めるようなため息が聞こえた気がした。
「王女殿下、ここは少し騒がしいようです。よろしければ少しバルコニーに出ませんか?」
「え……」
そう言って目の前で手を差し伸べたのは、氷の辺境伯と呼ばれる婚約者だった。
「なっ……!?」
思わずといった様子で、後のデメトリア姫が声をあげる。
いや、彼女だけではない。特に若い令嬢を中心としてヒソヒソと早口に囁き合っている。
「まあ、何故デメトリア様をお誘いに!?」
「それどころか、ご自分から若い女性に声をかけるなんて初めて見ましたわ」
「そうですわ。だって、あのエレナ様をお断りになった方ですわよ」
なにやら令嬢や貴婦人たちがすごい勢いで噂し合ってる。
わたしは内心ホッとしながら、さも当然のような態度で頷いた。
ぽっかりと間の抜けた顔を浮かべている公爵子息と伯爵令嬢の事など、もう誰の頭にも入っていないようだった。
「ありがとう、リューク。……今回は助けてもらえないのだと思っていたわ」
わたしは小声で囁いた。
「ええ、私も助けるつもりはありませんでした。むしろ少しくらい痛い目を見た方がいいと思っていたぐらいなのですが、気がついたら行動していたんです」
「あ、あなたねえ……」
言い返してやろうとしたが、ベール越しに覗いた顔を見て何故かドキリとした。
「ですがおかげで、このところ思い悩んでいた疑問が解けました」
リュークの表情は明るく穏やかだった。




