傍若無人な新米メイド 5
デメトリア姫は明るい声をあげたが、リュークは露骨に嫌そうな空気を出した。
「何を考えているんです。その場の気分でほいほい引き受けないで下さい」
「いいじゃない別に、入場につき合うぐらい」
お父様たちなら簡単にうんと頷かせる、とっておきの上目遣いでおねだりしてみる。が、この唐変木はピクリと眉を動かしただけで頑なな態度を緩める様子はない。わたしは構わずデメトリア姫に向き直った。
「ところで、交換条件といってはなんだけど、あなたの権限でネス離宮を見学させてくれないかしら。王族ならネス離宮の中を好きに歩き回れるのでしょう?」
「この中をか? あ、ああ。わたくしと一緒でなら、かまわないぞ。望むなら一般には公開されていない場所も見せてやる」
「やったあ!」
思わずはしゃぐと、リュークは「そういう魂胆ですか」と呟いて眉間の皺をさらに深くした。
あらあら、なんのことやら。
「簡単に考えているようですが、戻ることによってさらに事態が悪化するかもしれませんよ」
「まったく、リュークって人のやる気に冷水を浴びせるようなことしか言えないの?」
「勢いだけで渡っている貴方はご存知ないでしょうが、世の中には『損切り』という言葉もあるんです。いつでも無謀に挑戦することだけが最善とは限らないんですよ」
「でも反対に、上手くやれば汚名返上できるじゃない」
姫を置き去りに、わたし達はバチバチと火花を散らし合った。
リュークの主張はわかる。だけど私だってむやみに後押ししているわけじゃない。デメトリア姫は失敗してしまったと落ち込んでいる。このまま終わってしまうのは非常によくない、絶対に。
「つまりは、これ以上大きな失敗をせずに、会の終わりまで過ごせればいいんでしょ」
わたしはビシリと指を突き立てた。
「社交界では身分の低いものから声を掛けるのはご法度、それはこのネス国であっても変わらない。デメトリア姫に話しかけられる人物は国王以外いないはずよ」
「それはそうですね」
「ということは、下手に言い訳なんてしないでただ黙っていればいいのよ!」
デメトリア姫は私の提案にギョッとした。
「一言も喋らない、だと?」
「あなたの立場ならそれが許されるわ。ね、簡単でしょ」
「そ、相当針のむしろになりそうじゃが……確かに失敗はしない……かも……?」
「問題はネス国王ね。彼からの言葉だけは無視するわけにはいかないし、何か言われたらどう答えるか対策を練っておかないと」
あらゆる状況を想定しなくてはと頭をひねっていると、デメトリア姫は首を振った。
「お父様がわたくしに話しかけてくることはない」
「え?」
「どのような場であれ、もう何年もまともに口をきいていないから大丈夫だ」
デメトリア姫は達観したように呟いた。
(娘である姫と何年も口をきいてないって……)
いや、今はとりあえず目先の問題を片づけよう。
「国王陛下が話しかけてこないのなら、問題はクリアできるわね。いくら反感を持っていたって、彼女と同等以上の身分はないもの」
「確かに、何かと騒ぎを起こしやすいデメトリア姫にわざわざ話しかける招待客もいないでしょうし」
リュークの容赦ない同意に、姫は少し苛立ったように腕を組んだ。
「わ、わたくしは自分から騒ぎを起こそうとしたことなど一度もない」
「ああ、失礼。あくまでも周辺国の見解にすぎませんよ」
「そんなに評判が悪いの?」
北の外交は代々バルテリンク辺境伯に任せがちなため、詳しい情勢までは把握していない。確認のために聞き返すと、リュークは迷いなく頷いた。
「元々内向的でしたが、ネス王妃が亡くなってからほぼ引きこもり。ろくに公務もせず、まれに姿を見せてもトラブルを起こしてばかり……と、思われています」
本人を目の前に容赦がない。
デメトリア姫も『ガーンッ』とばかりにショックを受けているではないか。付け足したように思われています、などと取り繕ってもあまり薄まっていない。
「わ、わたくしだって聞いているぞ、バルテリンク辺境伯! お前だとてたいそうな評判の持主ではないか」
ショックから立ち直ったデメトリア姫がわなわなとこぶしを震わせながら顔を向けた。ベールに隠されているが、あの下できつく睨みつけているのは間違いなさそうだ。
「無愛想で冷淡。特に若い令嬢には容赦がなくて、あのエレナのダンスすら断ったらしいな」
へえ、ダンスの誘い。エレナ令嬢はあのオスカー公爵子息と恋仲だと聞いていたから意外だった。
ただ意外だったからひっかかっただけだ。
「エレナはネス王国でもっとも評判の良い令嬢だ。まさかあの笑顔を向けられてなお、誘いを断る男がいるとは思わなかったぞ」
「まったく覚えておりませんが、そういう事もあったかもしれませんね。ご令嬢との不要な接触は極力避けておりましたので」
「それにしたって、あのエレナの誘いを断るとは」
デメトリア姫はこらえきれないように笑った。
「あなた、もしかしてエレナ令嬢が嫌いなの?」
「えっ!? ま、まさか! みんなに愛されているエレナを、嫌うなど、そんな!」
いや、動揺しすぎだろう。
「別にいいじゃない。大勢から好かれている人間だからって、あなたが苦手意識を持ってはいけないということはないでしょ」
「苦手意識……。ああそうだな、エレナは……優しいからわたくしを気遣っていつも話しかけてくれるのだ。だが、彼女の前ではいつも失敗ばかりしてしまう」
ふと、先ほどの晩餐会場のやりとりを思い出した。
「そういえば先ほどの伯爵令嬢たちとのやりとり、途中まで見ていたわ。あなたの手が勢いあまって机にあたり、その拍子にグラスを落として割ってしまった。それだけの話よね?」
「そ、そうだ! わたくしはわざとグラスを割っただけではない! それなのに勝手な思い込みであいつらは、わたくしが令嬢を傷つけようとしたと……」
姫は悔しげに俯いた。
「いつもそうなのだ。わたくしはどうしてか上手くいかない。だからオリバーにも愛想をつかされてしまうのだ」
いや、今はオリバー子息のことはどうでもいいから。
「肝心なのはあなたが『違う』といっているのに彼らが信じなかった事よ。あなた自身の価値が低く見られている事をもっと問題視するべきだわ」
「わたくし自身の価値? しかし……」
「少なくとも外国の来賓がいる晩餐会から逃げ出すのは最悪よ。あなたの言うとおり、絶対に戻るべきだわ」
「あ、ああ。そうだな……」
デメトリア姫は深くかぶったベールの下で呻いた。
(……というか、さっきからこの声といい話し方といい、どこかで会ったような……?)
何かが思い出せそうで思い出せない。
それに疑問に思っている事はもう一つあった。
「そういえば、さっき言っていた『エレナが次期王妃』ってどういうこと? ネス国は女性の王位継承は認められていて、あなたが女王になるのではないの」
「それは……。皆は国王陛下に見限られているわたくしではなく、甥のオリバーに国を継がせるのだと考えている。オリバーはエレナと仲が良いからいずれ婚約するだろう。そうなれば将来は……」
なるほど。もしそうなればあくまで王女、いずれは降嫁するであろうデメトリア姫よりも、エレナ令嬢の方が立場が上になるわけか。しかしオリバー子息はそれほどまでに優秀な人物なのだろうか。
「状況はわかったから、とりあえず晩餐会場に戻る準備をしましょう。わたしのメイド……じゃない、友達が会場にいるから、彼女に支度をさせるわ。口は悪いけど腕は確かよ」
にっこりと微笑むとデメトリア姫は困惑したように後ずさった。
「う……そ、そうだな……」
こくりと頷き二、三歩進むが……。
「や、やっぱり無理だ! 先ほどの件は忘れてくれ!」
「なんですって!?」
それじゃあネス離宮の見学が! ……じゃなくて、姫の評判が。
「私も殿下は会場に戻らない方がいいと思いますよ」
リュークがまたしても余計な口を挟んだ。
「もしデメトリア姫を蹴落としたい人間がいれば、絶好の機会ですからね。今の動揺した状態で対応してもさらにミスをする可能性が高い。誰もがあなたのように、失敗をすぐに割り切れるわけではないのですよ」
「失礼ね、わたしだって落ち込むことぐらいはあるわ」
「いつです?」
思い出せない。
だが、たまにはそんな時もあるはずだ。
「少なくとも私は知りませんね。バルテリンク中の人間を敵にまわしていた時も、平気でティータイムを楽しんでいた貴方とは違うと思います」
「バルテリンク中の人間を敵にって……な、なにをしたんじゃ、お前」
「ああもう、わたしの事はどうだっていいのよ!」
異質なものを見る目でこちらを二人を叱った。
「だからといってこのまま逃げるの? それはそれで悪手じゃない!」
せっかくやる気を出していたというのに、姫はリュークの反論を聞いているうちにすっかり臆病風に吹かれてしまったらしい。というかわたしだってあれだけ色々言われたらちょっとだけ不安になってしまったではないか。
さて、どうするか。
わたしは腕組みし、最善の計画を考えた。
悔しいがリュークの指摘通り、それが本当に彼女にとって『絶対に失敗しない作戦』なのかと聞かれれば、まだあと一歩足りないような気がする。
(どうしたらいい? どうしたら……あ!)
彼女の頭から黒づくめのドレスを眺めていると、ふと素晴らしいアイデアが湧いてきた。
「ねえ、これならどうかしら!?」
その思いつきを語るとデメトリア姫はおろおろと「そんな、うまくいくのか!?」と戸惑った。危ない橋を渡るのをなにより嫌がるリュークに至っては、眉の間の皺を深くした。なのでわたしは奥の手で黙らせる事にした。
「あっ、いたた! なんだか首のあたりがすっごく痛いなー。どうしてかしらー?」
「……っ……!」
どうやら的確に急所を突いたようで、リュークは言葉につまった。それからとても婚約者に向けるとは思えない冷ややかな視線を向けてくる。
「どうなっても知りませんよ。ここは貴方のテリトリーではないことをお忘れなく」
「わかってるわよ、なんとかなるってば」
「なんとかならなくても、私は絶対に助けたりなんかしませんからね」
リュークの心配性につき合っていたらキリがない。
わたしはかまわずデメトリア姫に向き直った。
「さあ行きましょうか、お姫様!」




