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第 11 話 《 宗教都市 》


 飛鳥はゲートを潜ってすぐに立ち止まり、都市の景観に呑み込まれていた。

 

 一面白い建物が整然と並ぶ様は実に美しい。写真で見たギリシャの町並みに似ているが、一棟一棟が大きいせいか圧倒されてしまう。

 元の世界の国内旅行ではお目にかかれない景色を前にして、飛鳥も興奮せずにはいられなかった。


「お家がいっぱいです!」

「ほんとだね……ああ、ギルドに行く前にちょっとだけ観光して行こうか?」


 イラに同意を求めるとあきれた顔をされたが、ルカと一緒にじっと見詰めていたら折れてくれた。飛鳥は意気揚々と街の散策にでかける。


 巡礼地ということもあって、相変わらず白いケープを身につけたアース教徒が多いものの、普通の服装をした観光者も大勢いる。その旅人たちを相手にした露店も多く、荘厳な街並みとは対照的に活気に満ちていた。


「人もいっぱいです!」

「ほんとにね。あッ!」


 飛鳥の視線は目の前を通り過ぎる少女たちに釘付けになっていた。


「提督様、そんなに若い娘がよろしいのですか!」


 ハンカチを噛んで叫びだしそうなイラをなだめながら質問すると、期待通りの言葉が返ってきた。猫耳と尻尾のはえた少女たちの正体は――。


「獣人族でございますね」


 イエス! さすが異世界だ!

 行き交う人々が同族ばかりだったので、まさかエルフはいるのに獣人がいないのかと、不安に襲われていたところだ。

 

 彼女たちも白いケープを身につけいてるところを見ると巡礼者なのだろう。アース教は有名なものの、信仰している獣人はそれほど多くはないらしく、この都市で見かけるのは珍しいとのこと。


「提督様はああいった毛深いのがお好きなのですか? 言って下さればわたくしも剃らずに――」


 その先を聞けば夢が壊れそうなので無視した。

 ルカも獣人には興味津々で「しっぽさわりたいです」と鼻息を荒くしている。同感だがそれは駄目だよと、大人としてたしなめておいた。


 このまま亜人ウォッチをしていても楽しめそうだが、不機嫌なダークエルフと自制心のゆるみがちなハイエルフをことを考えて諦めることに。そんなわけで次は露店を冷やかすことにした。


 まずは定番の怪しげな土産物が並べられた露店へ。

 もの怖じしないルカが店のおっさんと話している間に魔眼を使って品定めしてみた。 


『 ヴェラニディアローブ 』

『 背中に信仰第一と刺繍されたローブ。意外と売れ筋 』


 特攻服のように見えるこのださいローブが売れ筋とは、ちょっと胡散臭いがお土産なら有りなのか?


『 ヴェラニディア宮殿の置物 』

『 作り込みが甘いので信者には不評。鋳物のため割れやすい 』


 ザ・お土産という感じの置物だ。金ピカじゃないだけマシだろう。しかしこういった土産はどこの世界も同じようだ。洒落以外で買う者がいるのだろうか?

 

「提督、これほしいです!」


 ルカがキラキラした瞳で置物を見ていた。買わないよ。


「提督様、こちらのローブなど如何です?」


 イラがこちらを見ながら丈の長さを気にしている。着ないよ、絶対。


 たった一人冷静な飛鳥は二人を露店から引き離した。


 その後も露店を見て回る。ご利益がある御札やら幸運のペンダントやら、胡散臭いものが売っていた。ルカが棍棒を欲しがったり、イラが結婚運上昇のブレスレットを騙されて買わされそうになったりと色々あった。


 ちょっとした観光気分は楽しめたので、そろそろ行こうかと飛鳥が言うと、イラが先ほど買い損ねたローブの話を持ち出した。


「あんな恥ずかしい刺繍のローブを着るなんてやだよ」

「ああ、なるほど。それで拒まれたのですね。しかし提督様、いつまでもそのお召し物だけというわけには……」


 飛鳥の服装は元の世界で遭難したときのままだった。ちょっとお高い登山用のレインウェアに、運動性能の高いトレッキングパンツ。イラの言わんとすることはすぐにわかった。

 

 ヴェラニディアには世界中から巡礼者が集まって来ているだけあって、その服装も地方色豊かなため特別飛鳥の格好が目立つわけではない。しかし化学繊維の塊と天然素材では色艶が明確に違うため、ぱっと見はわからないが比べられると違和感を覚える。なので飛鳥も着替えの必要性は感じていた。


「わかった。とりあえず二着ほど買ってもらえるか?」

「かしこまりました。では防具屋へ参りましょう」


 ああ、やっぱり服って防具なんだと、しみじみと感じながらイラの後をついて行った。

 

 メインストリートを進むと目的の店はすぐに見つかった。


 盾と鎧の描かれた看板を見上げた飛鳥は、期待を裏切らない外観に満足して入口のドアを開ける。

 中に入ると目に飛び込んできたのは盾と鎧のテーマパーク……などではなく。やけにお洒落な衣類が並んでいた。


 大変防御力に心配な薄手のチョッキが飾られており、おすすめのポップがついている。


「ここ防具屋なんだよね?」

「さようでございますが……」


 看板に偽りはないようだ。となるあれか?

 この見た目が貧相なチョッキも実は珍しい繊維で編み込まれていて、おすすめするほどの防御力を秘めているのか?

 

 ならばと魔眼を発動する。


【 木綿のチョッキ 】

【 防御力/2 】


『 ありふれたデザインのチョッキだがヴェラニディア産のため有り難がられる。コットン100% 』


 見た目通りの代物だった。


「これ、防具じゃないよね?」


 イラに尋ねると当たり前だという顔をされた。


「いらっしゃいませ!」


 営業スマイルを浮かべて近づいてきたのはどうみても少女だった。

 防具屋ならいかつい禿のおっさんが接客してくれるものと相場が決まっている。それなのに……。


「何かお探しですか?」

「よ、鎧を……」

「かしこまりました。こちらにどうぞ」


 え?


 クレームのつもりで言ってみたら、不審がることもなく奥の部屋へと案内される。飛鳥はそこに広がる光景をみて思わず涙を流しそうになった。


「これだ。これこそが防具屋だ!」


 盾や兜や鎧がところ狭しとならべられている。やや乱雑な気もするがぶこつな感じで好感がもてる。

 奥のカウンターには禿たおっさんもちゃんといた。


「て、提督様……」


 イラが値札を見て耳打ちしてくる。……金がないそうだ。


「大丈夫。もう満足したらか」


 少女は怪訝な顔をしていたが、飛鳥は晴れやかな気持ちでテーマパークを後にした。

 

 店員に聞いてみたところ、この辺りは魔物も少なく冒険者ギルドもあまり繁盛していないため、本格的な防具の売れ行きはあまりよくないのだとか。つまりそんなものを売るよりは観光客相手に日用品を売るほうが儲かるのだろう。


 どうやらこの辺りは平和らしい。それはなによりだ。


 鎧は魅力的だが、今揃えるべきは手頃な値段の服だ。そんなわけで飛鳥は店内の衣類を物色してまわった。


 露店でも気づいたのだが、この世界の通貨はペトルと言うらしい。魔眼で調べたところによると、その昔花びらを貨幣として使用していた頃のなごりなのだとか。そういえば長さの単位と同様に自動翻訳されなかった。まあ、日本円で表記などされたら台無しなのでかまわないが。


 相場を調べた感じだと、だいたい100ペトル=100円だった。

 貨幣の種類としては100ペトル=ペトル銅貨1枚。1000ペトル=ペトル銀貨1枚。10000ペトル=ペトル金貨1枚らしい。


 コインなんてかさばりそうだが、元ネタが花びらだったせいか、全て一円玉の半分ぐらいの大きさしかないのでそれほどでもないようだ。 


 さて、どれにしたものか?


 魔眼を使いながら物色してみたものの、これと言って気に入った服は見つからなかった。なんせどれも防御力1か2の普通の服だ。重ね着しても3か4の防御力では話にならない。防具屋の服ならばと期待していただけに残念だった。


 結局なんでもいいやという考えに行き着き、駆け出しの商人という設定にそって選んでみる。結果、ダークグレーの貫頭衣に金色の布帯を腰に巻いた。色の組み合わせに店員が難色を示したが、異世界なのだからこれぐらいの無茶は許されるはずだ。あとはターバンでも買おうかと思ったのだが、似合わなかったのでやめた。


 同じ色の貫頭衣をもう一着とって女性用衣類の棚へと向かうと、うちのメイドが悶絶していた。


「お嬢様が可愛すぎて生きているのが辛い!」


 気持ちはわかるが恥ずかしいので勘弁してほしい。飛鳥の存在に気づいたイラが、どうだと言わんばかりにルカを指し示した。


 南国の海を思わせるエメラルドグリーンのワンピースに身を包んだ少女はまさに妖精と言わしめる可憐な姿を見せてくれていた。


「提督……どうですか?」

「うん。すごく可愛い。似合ってるよ、ルカ」


 照れたルカがもじもじしている様を見てイラが再び悶え出したが放っておこう。


「あの、お連れ様はもしや……妖精族のエルフ様ですか?」


 少女は恐る恐るといった感じで尋ねてきた。金髪に隠れていた耳が露出していたようで気がついたようだ。


「そうですが……何か?」

「いえ、その、生まれて初めて会ったもので……失礼しました」


 店員としての礼儀に反したことを謝罪する。詳しく聞いてみると、この国では妖精族じたいが珍しいらしく、その中でもエルフは建国以来一度も目撃されていないらしい。故郷を滅ぼした仇敵である神を崇める国ならば当然だろうと思うのだが、800年も昔のこととなると人族の感覚では昔話であり、不思議に思うのも無理はない。


 飛鳥の常識に照らし合わせるなら、関ヶ原の戦いで敗れた恨みを忘れられずに上京する気になれないと言っているようなものだ。


 イラは不機嫌な顔をしていたが、ルカはとくに気にしている様子もないし、飛鳥にしてみればわからないでもないので、恐縮している店員に気にするなと伝えた。


 しかし今後のこと考えるとエルフだと気づかれてさらし者になるのは避けたい。イラはドミノと呼ばれる肩まで覆う頭巾のようなものをかぶっているので問題なさそうだが、ルカには帽子のようなものをかぶらせた方がよさそうだ。

 ちなみにイラがドミノをかぶっているのは「日焼けしたくないから」という理由で、冗談かと思っていたら本気だったらしい。今はドミノをとってルカにかぶせようとしている。目の前の色黒の女がダークエルフと気づき再び驚く店員をよそに、飛鳥は適当に耳が隠せそうなものを探してくると、ルカの頭に巻いてやった。


「ぴったりだな。可愛いぞ、ルカ」


 鏡の中の自分を見て嬉しそうに微笑むルカも気に入ってくれたようだ。

 ルカの頭には花柄のヘッドドレスが巻かれている。耳元はリボンで隠れているので先っぽが髪から飛び出したところで気づかれはしないだろう。


 イラが物欲しそうな顔をするのでもう一つ買うことにする。こちらは白いヘッドドレスでメイドのための物なのでまるで違和感がなかった。会計を済ませると――。


「あの、よろしければこれも……」


 と、ヴェラニディアローブを渡された。お詫びと言っているが嫌がらせではなかろうか。飛鳥は丁重にお断りして店を出た。


次回 第 12 話 《 異世界の商人 》


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