第 10 話 《 ニートと皮算用 》
懸念していたアースガルドの襲撃もなく、二日間の船旅を無事に終えた飛鳥たちは、間もなくヴェラニディア市国へと到着する。
到着を目の前にして無知な飛鳥とルカは、ブリッジにてイラからヴェラニディア市国について説明を受けていた。
ヴェラニディア市国はこの世界にしては珍しい宗教指導者を元首とした主権国家だそうだ。そのため国土は狭く人口も少ない。しかしながらアース教と呼ばれるこの異世界ではポピュラーな宗教の総本山らしく、日々巡礼者や他国からの観光客でにぎわっているらしい。
元の世界でいうところのバチカンのような場所なのだろう。
アース教についてだが、飛鳥が名前から想像した通りアースガルドの神々を崇める宗教だった。神災などという暴挙をふるう神など崇める神経が信じられないが、かれらにとっては神の試練らしく、乗り越えるべきものだと信じているらしい。そのわりには信仰による救いを求めているので、実際のところは恐怖心による逃げ道なのだろう。気持ちはわからなくもないので否定はできなかった。
「まあ、あまり長居するような国じゃないことはわかったよ」
これからアースガルドと戦うことになる飛鳥たちにとっては、間違っても味方になってくれそうにない国だ。早々に離れた方がいいだろう。
「さようでございますね。予定どおり物資を揃えたらすぐに発ちましょう」
「えー!」
意外にもルカが不満の声をあげた。
「どうしたんだルカ?」
「はじめてです!」
「なにが?」
「街に行くのです!」
なるほど。アースガルドの追っ手から身を隠していたルカは800年間もひきこもっていたのだ。はじめての街ともなればテンションが上がらないはずもない。飛鳥も異世界の街ということで興味津々であったが、ルカのワクワク感に比べれば大したことはない。
とはいえ、はいそうですかと滞在を許してやるわけにもいかない。イラに視線を送ると小さく頷いた。
「お嬢様、大変申し上げにくいのですが……」
「な、なに?」
「我が家の家計は火の車でございます」
言葉の意味するところがわかったのだろう。ルカは「がーん」と言っておののいていた。不労所得者には辛い現実だ。実際、里からの仕送りはわずからしい。日々の食材などはイラが森で採ったり捕まえたりしたものなのだとか。非常に生活力のあるダークエルフだ。ルカもそのことを知っていながら甘えていた手前無理は言えまい。しかし――。
「は、働きます!」
「「え?」」
「わたしも働きます! ぴしッ!」
おもいもよらぬニートの申し出にイラが感動にむせび泣く。
「お、お嬢ざま、ご立派になられで、イラは、イラは感動で胸がいっぱいでございまず、ずずず――」
「おい、しっかりしろ! 金の問題じゃないだろ」
「もうよろじいではありまぜんか。わだぐしはお嬢ざまのお気持ちを大事にじたいのでず、ずずず――」
「流されるなよ。ここは心を鬼にして――」
「大丈夫でござまずよ、お嬢ざま。本当はお金など腐るほどございまずから、ずずず――」
ルカを抱きしめておんおん泣くメイドがバラしたせいで、お嬢様は目をぱちくりさせていた。
飛鳥は溜息をつき、ルカに事情を説明することにした。
手持ちの金がないのは本当だが、現在この艦の格納庫には金になる代物が詰まっている。
「実はな、ルカが休んでいる間に神造艦の残骸を回収したんだよ」
アースガルドが引き上げた後の話だ。一度撤退した以上はすぐに戻ってくるとは思えないが、この場にとどまるのは危険だと判断してルカを寝かしたあとすぐに出航するつもりだったのだが、イラが待ったをかけた。
「ミスリルを回収いたしましょう!」
と、目を輝かせていた。オリハルコンほどではないが、神造艦の装甲に使われているのは希少金属であるミスリルだ。これは高く売れるはずだと言って興奮していた。
金よりも命だろうと説き伏せようとしたのだが、多少余裕があるのは事実だし、このまま神造艦の残骸を放置しておくのもどうなのだと、なぜだが責任を押しつけられる形でしぶしぶながら爆心地へと赴いた。
艦を降りて近づいてみると、想像していた以上に悲惨な光景だった。森の木々を薙ぎ倒して墜落した無数の神造艦は、見るも無惨に溶けており、原形をとどめていない。しかしさすがはミスリルの装甲だけあって変形してはいるものの、破壊されずに残っているものも多くある。隣に立つイラは大感激といった顔つきだった。
「さ、全て回収いたしましょう!」
「バカ言え。そもそも一隻がうちの艦と同じ大きさなんだぞ」
若干リンフルスティの方が大きいが、それでも残骸一つでこの艦の格納庫よりはでかいのだ。殆ど爆発して粉々になったとはいえ、航行不能になって墜落した神造艦の数は上空から見た感じだけでも2、300隻はくだらない。装甲だけ引っ剥がすとしても大した数は持ち帰れないだろう。そもそもどうやって解体して格納庫に積むのかという質問をぶつけてみると……。
「解体のことは……考えておりませんでした」
とのことだ。しかし移動手段はあるという。
「運ぶことはできるのか?」
「はい。トランスポートならば可能かと」
召喚魔法の一種で物体を転移させる人族が編み出した魔術なのだそうだ。飛空船の格納庫には必ず備え付けられているらしい。ただし転移させられる距離はわずか500メートルほどで、一度に転移できる量は魔法陣の規模によってもかわるが、飛空船の輸送量に比べればわずかなのだとか。魔法陣にも維持費が掛かるらしく、便利な割には普及していないそうだ。
試しに手頃な大きさで比較的きれいな残骸、手頃と言っても30メートルぐらいあるミスリル板だが、転送してみたら10枚も送らないうちにいっぱいになった。金になりそうにない部分もおまけでついてくるので仕方がないだろう。
無念そうなイラの顔を見て、ふとアイテムストレージのことを思い出した飛鳥は、何気なく目の前の残骸に触れてみた。すると――。
「消えた!」
驚くイラの横で飛鳥もまた驚いていた。一軒家ぐらいある残骸がいとも簡単に収納されたことも驚きだが、ストレージに入った瞬間に――。
『 ミスリルのマテリアル[良] × 1 』
『 廃材 × 1 』
勝手に解体され分別までされた。試しにマテリアルを取り出してみると、精錬されたような不純物のないミスリルの塊が目の前に出てきた。乗用車1台分ほどの大きさまで縮まったとはいえ、かなりの大きさだ。
驚愕しているイラにアイテムストレージのことを説明すると、相変わらず伝わらなかったが「さすがは提督様」と感心して納得した。
問題は解決したとばかりにイラに背中を押されて残骸の回収をする羽目になった。そして日が暮れるころ、ようやく全ての残骸の回収が終わった。途中から感覚が麻痺していて気がつかなかったが全てである。どこの異次元に繋がっているのはしらないが、驚異的な収納力であった。妖精艦に戻ってから落ち着いてアイテムストレージを見てみると、マテリアルも廃材もカンストしており数字がバグっていた。
いったい何万トン所持しているのかはわからないが、換金すれば個人の資産としてはありえない額になるのではないかと思うと、喜びを通り越して恐怖すら感じる。
大はしゃぎしているイラの神経も信じがたかった……。
「というわけで当面は資金の心配がないんだ」
飛鳥の言葉にルカの顔がぱっと明るくなった。
「働かなくていいんですね!」
「ようございまず、ようございまず。ずずず――」
『 ルカちゃんうれしそう。よかったね 』
よくねーよ!
どいつもこいつも頼りない。これからはルカの教育方針にも口を出そうと決めた。
そんな雑談をしているうちに前方の景色から緑が消え、真っ白な絨毯を思わせる光景が広がっていく。ヴェラニディア市国に到着したようだ。
興奮したルカが窓に張り付くようにして地上の景色を眺めていた。
上空から見た都市の規模は皇居の敷地10個分ぐらいといったところか。想像していたよりもかなり小さい。バチカン同様に国としては最小の規模ではないかと思われる。それでもルカは初めて見る外国の景色を楽しんでいるようだ。
ヴェラニディア市国に近づくにつれ、飛空船の影がちらつくようになる。魔眼で確認したところウルス級が多くしめるが、なかにはこの艦の大きさに近いぐらいのロメウス級や、それ以上のコアトルス級まで見られた。ルカも大はしゃぎだ。
「イラ、そろそろ頼むよ」
「かしこまりました」
イラが舵を握ると自動航行を解除する。この機能は現行の船であっても完全に再現できるものではないらしく、結構なオーバーテクノロジーなので人前では見せられないのだ。望遠鏡かなにかで覗かれでもしないかぎり大丈夫だとは思うが、念のための処置だ。イラもクルーとしての仕事に飢えているふしがあるので丁度良いだろう。
他の船に並ぶようにして速度を落とすと、空港らしいところにゆっくりと着陸する。とくに誘導管制などもなかったのでスペースに余裕のある端の方を選んだ。白線のようなもので区切られてはいるが、おもいおもいの場所に着陸しているようなので適当に置いても大丈夫だろう。駐船スペースとでも呼べる場所の敷地が国の半分と同じぐらいの広さがあるというのも面白い光景だった。
「さて、行こうか」
「はーい!」
「お嬢様、走っては危ないですよ」
ブリッジを飛び出していくルカをイラが追って行くと、年がいもなく飛鳥もその後を追いかけた。
艦を降りた飛鳥たちは色分けされた通路を歩いて入国ゲートに向かっていた。
幅は三車線分の道路といったところか。なぜこれほどのスペースが必要なのかと、はじめは疑問に思ったが答えはすぐにみつかった。行き交うのは人々だけでなく馬車も含まれているからだ。
飛空船などがあるので自動車ぐらいはあるかと思っていたが、どうも小型化には成功していないらしく、地上の移動手段といえば馬車や列車なのだそうだ。停車していたものを見た感じだと、車輪にはゴムっぽい素材がはめられていたし、フレームと箱との間にはサスペンションのようなものがついていたので、それほど乗り心地は悪くないように思えた。ルカも興味津々といった感じなので、機会があったら乗せてもらおう。
行き交う人々や馬車とすれ違いながらゲートへと辿り着くと、艦を降ろしたときと同様に、いかにもな感じの館へと入っていく列について行った。中にはいると広いロビーが、人でごった返していた。その多くは白いケープで上半身を覆った人々だ。イラに聞くと巡礼者が好んで着るものらしい。
飛鳥たちははぐれないようにかたまって、カウンターらしいところへと向かった。どうもこのロビーは待ち合わせ場所として利用されているようで、受付じたいはそれほど混雑していなかった。白いローブを着た妙齢の女性に挨拶をすると、スマイルを返してくれる。異世界に来て間近で人族の顔を見るのは初めてだが、とくに自分たちと変わりなく安心した。
「ようこそ、ヴェラニディア市国へ。観光ですか?」
「観光です!」
割って入って来たルカを捕まえてイラへと渡す。
「旅の商人をしておりまして、こちらの国で取引を……」
これは三人で事前に打ち合わせておいたことなのだが、ルカはすっかり忘れているようだ。
この世界に来た当初、商人になるつもりはないと考えていたが、今にして思えばあれがフラグだったのだろう。一番都合のよさそうな職業を選ぶとなると悲しいかなこれがベストであった。案の定、受付の女性もとくに不審がることはなかった。
「ではギルドカードを拝見します」
飛鳥がかたまったのは言うまでもない。イラもしまったという顔をしている。ルカだけが空気を読まずにこにこ顔でお姉さんに質問した。
「ギルドカードってなんですか?」
「えっと、商業ギルドが発行しているギルド会員の身分証なのだけど……お持ちではないのかしら?」
「持ってないとダメですか?」
「かまいませんが……空港使用料の割引がないので割高になりますね」
「大丈夫です! 提督はお金持ちです!」
自慢げに胸をぽんと叩くルカ。飛鳥はほっとして駆け出しの商人だと打ち明けた。女性は親切に商業ギルドの場所と、使用料の支払いは空港を出るときにまとめて払えばいいこと、カードの提示はそのときでもかまわないと教えてくれて入国許可書を発行してくれた。
ルカのファインプレーに感謝しつつ外に出ると、飛鳥はゲートを潜りぬけて異世界に来てはじめての都市へと足を踏み入れるのだった。
次回 第 11 話 《 宗教都市 》




