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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: K3/KASANE
7/24最終回です

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第43話「海をへだてて」

恋人になった海斗と菜々子。しかし、二人の間には、恋だけでは越えられない「海」がありました。

また、別れの日が来た。


 海斗くんが、ヨーロッパへ戻る。休みが、もうすぐ終わる。リーグが、また始まるらしい。


 空港。あの空港だった。


 十二年前、海斗くんが、はじめて旅立った場所。五年前も、ここで見送った。三度目の、見送り。


 私は、十八歳になっていた。


 あの日から、私は、ずっと見送る側だった。ふりかえらない背中を見送って、神棚で手を鳴らして、日記に書いて。


 今日も、そうするはずだった。そう、するつもりだった。


 でも。


 胸の奥に、あの日からの、名前のないなにかが。別れが近づくほど、大きくふくらんでいく。


 行ってしまう。また、海の向こうへ。


 今度会えるのは、いつかわからない。次に会うとき、この気持ちは、まだ名前のないまま、消えてしまうかもしれない。


 それは、いやだった。


 搭乗のアナウンスが、流れた。海斗くんが、リュックを背負いなおす。あの、缶の入ったリュック。


「じゃあ」と、海斗くんが言いかけた。


 ふりかえらずに、歩きだそうとする。いつものように。


 そのとき。私の足が、動いた。手が、伸びた。


「海斗くん、待って」


 声が、出ていた。


 私は、いつも、自分から動いてきた。植え込みの奥をのぞいたのも。大人を呼びに走ったのも。見ててね、に、うん、と答えたのも。


 今日も。私から。


「海斗くん。私」


 声が、震えた。


「ずっと海斗くんを見てきた」


「しょうにんとして」


「だれよりも、近くで」


「でも」


 言葉が、つかえた。


「いまは」


「見てるだけじゃ、いやなんです」


 止めなかった。


「……すきです」


    ◆◇


——海斗


「待って」


 僕は、言っていた。


 ななちゃんの、言葉を。


 最後まで、言わせる前に。


 止めて、いた。


 ななちゃんの、顔が。


 一瞬、固まった。


 目が、大きく、なって。


 唇が、震えた。


 断られた、と、思ったのかもしれない。


 ちがう。


 そうじゃ、ない。


 僕は、慌てて、続けた。


「ちがうんだ。それは」


「それは、僕に」


「言わせて、ほしい」


 僕は、息を吸った。


「ななちゃん」


「きみは、いつも、きみから、動いてくれた」


「植え込みの、ときも」


「大人を呼んでくれたのも」


「七年、見ててくれたのも」


「ずっときみから、だった」


「僕は、もらって、ばかりだった」


 そして。


 僕は、いつも、振り返らなかった。


 前へ、行くために。


 きみに、見送られて、ばかりで。


 背中しか、見せて、こなかった。


 でも。


 今度は。


 僕は、ゲートの方へ、向けていた、体を。


 止めた。


 そして。


 振り返った。


 自分の、意志で。


 初めて。


 ななちゃんの、顔をまっすぐ、見た。


「今度は」


「僕が、きみを見る」


「僕から、言う」


「この、気持ちは」


「はじめてで」


「うまく、言えない」


「こんなの、走るより、ずっとむずかしい」


「でも」


「すきだ」


「僕と、いてください」


    ◆◇


——菜々子


固まっていた心が、ゆっくり解けていった。


 断られたんじゃ、なかった。海斗くんが、自分から言ってくれた。僕から言いたい、と。止めてまで。


 私は、ずっと見る側だった。自分から動く側だった。あたえる側だった。


 でも。


 いま、私は、見られていた。まっすぐ。言われていた。海斗くんの、ほうから。


 ずっと背中だった人が、いま、顔をこちらに向けて、私だけを見ている。


 あの夜。名前をつけたら、もどれなくなる、と思った。名前の、なかった、なにか。


 いま、それに、名前がついた。これは、すきだ、ということ。


 もどれなくても、いい。私は、名前をつける。大人に、なったから。


 私は、海斗くんの顔を見たまま、言った。


「うん」


 それは、昔、見ててね、に答えた、あの、うん。同じ、ひびき。でも、意味は、違った。


 あれは、しょうにんの、うん。これは、すきな人への、うん。


 目が、にじんだ。でも、私は、まばたきをしなかった。


 しょうにんは、見る。最後まで。背中じゃなくて、今日は、海斗くんの、顔を。


    ◆◇


——海斗


僕たちは、少しの間、ただ、立っていた。


 アナウンスが、もう一度、流れた。


 時間が、なかった。


 僕は、ななちゃんの、手を取った。


 小さくて。


 温かい、手。


 十二年前、お茶の缶を差し出してくれた、手。


 僕は、その手を少し、握って。


 それから、離した。


「行ってくる」


「うん。いってらっしゃい」


「今度は」


「何度でも」


「ふりかえるよ」


 僕は、ゲートへ、歩きながら。


 何度も、振り返った。


 ななちゃんが、手を振っている。


 僕も、手を上げた。


 前を向いて。


 でも。


 何度も、振り返って。


 僕は、世界へ、戻る。


 名前の、ついた、気持ちを持って。


 でも。


 僕たちの、間には。


 また、海が、ある。


 それは。


 少し、怖かった。


 でも。


 今は。


 この、手の、温もりを。


 覚えて、おこう。


    ◆◇


——菜々子


家に帰った。神棚の前に立った。


 二礼、二拍手、一礼。パン、パン、と、手を鳴らした。


 海斗くんが、世界で走れますように。


 それから、私と海斗くんが、海をへだてても、だいじょうぶで、ありますように。


 日記帳をひらいた。ななちゃんの、しょうにん。


 あの夜は、ペンが止まった。名前がなくて、書けなかった。


 でも、今日は、書けた。


 海斗くんに、すきだと言われた。私も、すきだと答えた。名前が、ついた。言葉になった。


 私は、それを書いた。うれしさで、手が、少し震えた。


 でも。


 窓をあけると、春の夜の風。遠くから、海の匂いがした。


 この町には、海がある。海斗くんは、その海のずっと向こうへ、戻っていく。


 名前は、ついた。でも、二人のあいだには、まだ、海がある。


 私は、それを、まだ知らないふりはできなかった。

想いはつながっていても、距離と時間は、人を少しずつすれ違っていきます。

遠距離は難しい($・・)/~~~

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