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名前の知らない勇者探しの話  作者: 針鼠土竜


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初めての旅行の話

光臨歴4328年3月8日。

ラウノートの8歳の誕生日会の後、世界を見るという目的で家族で北部大陸最西端のゴローバス王国に向かうことが発表された。


ゴローバス王国といえば、西大陸との間にあるジュヴァール海に面し、海の幸で有名な国として知られている。近年は西大陸諸国の不安定な気候や情勢の影響を受け、沿岸部には軍事要塞の建設が相次いでいた。


中でも、大昔より存在する要塞都市ウラウが首都として機能している。


そこまで飛行船で十五時間。

出発は五日後である。



ゴローバス王国への旅行はアルネモイド家の伝統行事で、3代前から始まっている。


何でも、未曾有の災害による亡国の危機に、偶然現地にいた3代前のアルネモイド家当主が他のどの国よりいち早く復興支援を行い、その大きな借りを返すために全額負担で王国側が旅費を出すようになったとのこと。








 飛行船が高度を落とし始めると、窓の外に広がる景色がゆっくりと形を変えていった。青い海が視界いっぱいに広がり、その先に灰色の線が現れる。それはやがて、巨大な壁だとわかった。


 ゴローバス王国の王都圏――ウラウ。


 ルークスは窓に顔を近づけた。海の匂いがここまで届くはずもないのに、胸の奥が少しだけざわつく。


 やがて飛行船は王都の外側、軍港近くの広い着陸場へと降り立った。扉が開くと、湿った風が頬を撫でる。内陸とは違う、どこか重たい空気だった。


 そこにはすでに迎えの一団が待っていた。


「遠路はるばるようこそお越しくださいました」


 先頭に立っていた男が一礼する。三十代半ばほどの、整った身なりの男だった。


「私はケルト。ゴローバス王の使いとして、皆様のご案内を任されております」


 父リュトワーが軽く頷く。


「丁寧な出迎え、感謝する」


 ケルトは一行を見渡し、柔らかく微笑んだ。


「まずは王都圏へ向かいましょう。道中、この国のことを簡単にご説明いたします」


 馬車が動き出すと、ルークスの視界にまず飛び込んできたのは、空を塞ぐような巨大な石壁だった。


「……大きい」


 思わず小さく呟く。


 それを聞いたケルトが説明を続けた。


「ゴローバス王都は二重の壁で守られております」


 馬車の窓から、彼は外を指し示す。


「まず今見えているのが外壁。主に軍港と外港を守る防壁です。西大陸からの脅威に備え、常に兵が配置されています」


 確かに壁の上には兵士の姿が見える。弩や魔導砲のような装置も並んでいた。


「そしてもう一つ」


 馬車が壁の門をくぐる。


 その先、遠くにもう一つの壁が見えた。


「王都圏を囲む内壁です。行政区、王城、主要施設はすべてあちら側にあります」


 ルークスは壁を見上げた。


 二重の城壁。


 それだけで、この国がどれほど戦を意識しているかがわかる。


「さらに」


 ケルトが続ける。


「壁の周囲には結界が展開されています」


「結界?」


 ラウノートが反応する。


「はい。王都圏の周囲には広域結界があり、強力な魔術はほとんど無効化されます」


 ルークスは思わず眉を上げた。


 魔術が、使えない。


 そんな場所があるのか。


「もちろん生活に支障が出ない程度の魔術は使えます。しかし、戦闘級の術式はほぼ成立しません」


 父が静かに言う。


「魔術に頼らない防衛、か」


「ええ。この国は海と戦う国ですから」


 馬車は王都圏の門へと近づいていく。


 門の上には、巨大な紋章が刻まれていた。三つ叉の槍と波の紋。


「ちなみにこの国の名産は海の幸です」


 ケルトが軽く話題を変える。


「深海魚、海塩、珊瑚細工。それから最近では深海魔石も採れるようになりまして」


「深海魔石?」


 ルークスが聞き返す。


「海底から採れる魔石です。魔力の安定性が高く、魔導装置に重宝されています」


 門がゆっくりと開いた。


 王都圏へ入る。


 内側の街並みは、外とはまるで違っていた。整った石畳、背の高い建物、規則正しく並ぶ兵舎と塔。


 戦うために作られた都市。


 それが一目でわかった。


 


 その日のうちに、一行は王城へ案内された。


 玉座の間は広く、天井は高かった。壁には海戦の絵が飾られている。


 玉座に座る男――第18代ゴローバス王、ルシャール・ゴローバスは、静かな威厳を纏っていた。


「遠路ご苦労だった」


 低い声が響く。


 父が一歩前に出て礼をする。


「お招きいただき光栄です」


 王はゆっくりと頷いた。


「我らがそなたらの国を迎えるのは、当然のことだ」


 その言葉に、ルークスは少しだけ首を傾げた。


 王は続ける。


「我が国は、三代前の貴国の領主に大きな借りがある」


 玉座の間の空気が少し静まる。


「当時、我が国は大きな災害に見舞われた。港は壊れ、交易は止まり、国は衰退しかけていた」


 王は父を見る。


「その時、最初に手を差し伸べたのが、貴国だった」


 父は静かに答えた。


「祖父から聞いております」


「復興資材、食料、職人。あの支援がなければ、この国は今の形ではなかっただろう」


 王はわずかに微笑んだ。


「ゆえに我らは友であり続ける」


 それは外交の言葉というより、誓いに近かった。


 


 謁見が終わり、城を出た頃には日が傾き始めていた。


 王都の港はまだ活気に満ちている。漁船、商船、軍船。様々な船が並び、波が岸壁を叩いていた。


 ルークスは少し足を止める。


 海を見た。


 広い。


 果てが見えない。


「....凄い」


思わず感想を漏らす。


 その時、ケルトが小さく呟いた。


「……最近、少し妙なのです」


 父が振り向く。


「海が、ですか」


「ええ」


 ケルトは沖を見つめた。


「漁船の帰りが遅い日が増えています。それに――」


 一瞬、言葉を選ぶように間が空く。


「妙に、静かすぎるのです」


 ルークスも海を見た。


 波はある。


 船もある。


 それなのに、どこか違和感があった。


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