メイドの近況報告の話
光臨歴4327年。
ルークスは五歳になった。
背丈はゆるやかに伸び、この国の言葉もすっかり身についた。屋敷の者たちとの会話も増え、廊下や庭で彼の声を聞かない日はない。
その中でも、常に近くにいる人物がいた。
専属メイド、ナナである。
ルークス自身に特別な理由はない。ただ気づけば隣にいる。それだけだった。むしろ意図して距離を保っているのはナナの方だった。
三年前の火事以来、彼女はずっと違和感を抱いている。
成長の早い子供――それだけでは説明できない何かを。
四歳になると、兄ラウノートと同じく剣術稽古が始まった。
しかしルークスは、どうにも稽古を好まない様子だった。露骨に嫌がるわけではない。ただ、向かう足取りがわずかに重い。それでも父リュトワーの前では黙って木剣を握り、指示通りに振る。
ナナはかつて剣の道を志していた。
その目から見た評価は明確だった。
——凡人。
振りは遅く、力も弱い。年齢相応と言えばそれまでだが、兄ラウノートに見られたような才能の兆しは感じられない。単に身体が未熟なだけかもしれないが、少なくとも剣士として突出する気配はなかった。
だが、一点だけ理解できない部分があった。
構えである。
誰から教わった形でもない。それにもかかわらず、彼の重心は決して崩れない。足運びも無意識とは思えないほど自然で、剣先がぶれることがない。
師範に尋ねても答えは同じだった。
「教えていない」
兄の見様見真似――そう結論づけるには、あまりにも完成していた。
まるで。
長い時間をかけて身体に染み込ませた動きのように。
彼は魔術でメイドを驚かせた。
ーーーナナ視点ーーー
ルークス様が剣術稽古を始めた頃、同時に領主様は魔術の家庭教師を屋敷へ招いた。
名をザークスという。
元は冒険者だったが、所属していたパーティの解散を機に教師へ転じたらしい。教師としてはまだ若く、三十代ほどに見える男だった。だが、元剣士である私の目から見ても、立ち姿だけで只者ではないと分かる。無駄のない重心と、周囲への警戒の置き方が染みついていた。
彼はまず理論から教え始めた。
魔術とは何か。
魔力とは何か。
世界に満ちる理素の流れとは何か。
難しい言葉が並び、私には半分も理解できなかったが――授業は妙な形で止まることが多かった。
理由は、ルークス様だった。
説明の途中で、必ず質問が入るのだ。
それも子供の疑問というより、理屈の前提を崩すような問いだったらしい。内容は分からない。ただ、そのたびにザークス殿が言葉に詰まり、困ったように額へ手を当てる姿を何度も見た。
やがて私は思うようになった。
教えられているのではなく、
試されているのは教師の方なのではないか、と。
半年が過ぎた頃、指導は実践中心へ移った。
ここでもまた、ザークス殿は困らされていた。
ただ、以前とは様子が違った。
ルークス様は質問をほとんどしなくなったのだ。
代わりに、何も言わず魔術を使う。
「その魔法陣の方が発動は早い」
ザークス殿が理論的に説明すると、ルークス様は反論しない。ただ静かに頷き、しばらく後、別の方法で魔術を発動させる。
そして――そちらの方が速かった。
否定もしない。誇りもしない。
ただ結果だけを置いていく。
その光景が、妙に印象に残った。
最近では自然魔術を一通り終え、結界魔術と空間魔術へ進んでいる。屋敷の守護魔術師ですら扱いを避ける分野だと聞いたが、ザークス殿はこの系統に詳しいらしく、授業は以前より滑らかになった。
困り顔も減った。
だが――驚いた顔は、増えた。
後日、私は思い切って尋ねてみた。
「ルークス様は、そんなに優秀なのですか?」
ザークス殿は少し黙り、そして小さく答えた。
「優秀、という言葉では足りません」
「……あの方は、失敗しないんです」
意味が分からなかった。
魔術に失敗がないなど、あり得るのだろうか。
だが近年、魔術成功率は世界的に低下しているという。魔法省が公表する観測結果で明らかになっているらしい。守護魔術師にその話をすると、今年一番の驚きだと言っていた。
その反応を見て、ようやく理解した。
これは才能ではない。
異常なのだ。
私は廊下の先で、庭を見つめる小さな背中を眺めた。
ルークス様はいつも通り無表情で、
何を考えているのか、少しも分からない目をしていた。
――やはり、この子には何かがある。




