カルルの指導の話
「カルル先輩の指導は厳しいけど、いいのかー?」
人のいない第七訓練場。
講義もなく、静まり返った空間に二人だけが立っている。
ルークスと、カルル・セルラース。
前日。
オルミムスたちとの一件を経て、ルークスは今後の方針を決めた。
――奪う。
その直後。
「お前、グレイにちょっと気に入られてるらしいぞ」
唐突にそう言われた。
「ってことは、なんかしらあるんだろ。俺が見てやるよ」
そう言い残し、カルルはそのまま走り去った。
返事をする暇もなかった。
(……なんでグレイが僕を?)
思い出す。
あの場で見せたのは、剣ではない。魔術だ。
(剣だけじゃないのか……あの人の関心は)
「おい」
声が飛ぶ。
「何ぼーっとしてんだ。先生の指導中だぞ」
(先輩じゃないのか……)
「まあいいけどよ」
カルルは笑う。
木剣を肩に担ぎながら、ルークスを見る。
「それよりさ」
少しだけ真面目な目になる。
「あんな連中見て、“全部奪う”とか言ってたけど」
一拍。
「マジか?」
「……やる」
短く返す。
カルルは一瞬黙って――
「いいねぇ」
楽しそうに笑った。
「まずは“読み”だな」
木剣を軽く振る。
「正直、これが一番教えやすい。あとお前、まだ体弱いし」
(……分かってる)
「でもその前に」
カルルが指を立てる。
「読めても、対応できなきゃ意味ねぇからな?」
核心。
「お前、四大剣術どのくらいだ?」
「……西剣流以外は一通り」
「成績」
「一年の中で、どれも十位前後」
カルルが少しだけ目を細める。
「へぇ」
感心したように頷く。
七歳。
学園の在学生では最年少。
その中での順位としては、悪くない。
「ちなみに俺は一年のとき五位くらいな」
(……なんかムカつく)
「じゃあ話早いな」
カルルは木剣を構える。
「相性も弱点も、頭には入ってるだろ」
「……一応」
「ならいい」
一歩、距離を取る。
「グレイの強みは“読み”と対応力だ」
構えながら続ける。
「普通は流派一つに寄せる。でもあいつは全部やる」
「……」
「だから、何してくるか分かんねぇ」
(確かに)
決勝を思い出す。
流派が、最後まで確定できなかった。
「で」
カルルが軽く踏み込む。
「考えるのは後だ」
木剣を向ける。
「とりあえず、俺とやれ」
(二本……?)
カルルの左手には、もう一本の木剣。
放り投げられる。
ルークスが受け取る。
「実戦で覚えろ」
ニヤッと笑う。
「――来い」
一瞬。
次の瞬間、カルルが踏み込む。
速い。
(読む)
肩。
足。
重心。
グレイのように、“全体”を見る。
全身を視野に入れる。
(来る――右)
動く。
半歩ずらす。
当たる位置をずらす。
「おっ」
カルルが少しだけ笑う。
だが。
遅い。
「いいけどな」
次の一撃。
反応が追いつかない。
ガンッ――!
まともに受ける。
体がぶれる。
(……間に合わない)
もう一度。
来る。
(次は……)
読む。
読めている。
だが――
動けない。
「ほら」
ドンッ――!
弾き飛ばされる。
地面に転がる。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
「読めてるな」
カルルが言う。
「でも全部遅ぇ」
立ち上がる。
構える。
「もう一回だ」
即答。
カルルは笑う。
「いいね」
再び踏み込む。
今度は――
(合わせる)
読む。
同時に動く。
無理やり、重ねる。
体が軋む。
「……っ!」
踏み込む。
内側へ。
「――!」
カルルの目が、わずかに見開かれる。
一瞬。
完全に合った。
(今のは……)
だが。
崩れる。
バランスが持たない。
「っと」
軽くいなされる。
そのまま――
トン、と木剣が喉元に当てられる。
「終わり」
静寂。
荒い呼吸。
「……今の」
カルルが少しだけ真面目な声で言う。
「一瞬だけ、良かったな」
ルークスは何も言わない。
「でも続かねぇ」
事実。
「読めてるのに、体が追いついてねぇ」
木剣を肩に乗せる。
「あと、欲張りすぎ」
一拍。
「読むのは決定打だけでいいんだよ。それと、重心を乱さないよう心がけろ。」
「"読み"にも弱点があるんだよ。」
「え?」
「読みから動きを作る、こう動くのに対してこう返す。この前提が外れた場合は致命的だ。もう一つは.....全て読もうとすると逆に動きが崩れやすくなる。"読み"に気を取られすぎると、理想と現実のギャップに気がつかなくなる」
「それはどういうことだ?」
「読んだ後、"作りたい動き"が今の体勢からは無理な時は死ぬ。今の体勢を頭に入れとかないとな」
補足すると"読み"の速度が遅ければ、反射的な受けに回る方が良い場合もある。
剣術稽古では剣士はいくつもの"受け"の型を体に染み込ませる。染み込んだ反射的な動き、自動化された動きが"読み"という思考で遅れる。その差は誤差とも言えるが、それが積み重なり大崩れを起こす。
(……)
「まずは読む範囲を絞れ。ここぞという時にだ」
カルルが言う。
「……」
「そっからだ」
沈黙。
ルークスは木剣を握り直す。
(今の……)
確かにあった。
一瞬だけ。
完全に通じた感覚。
「……もう一回だ」
短く言う。
カルルはニヤッと笑う。
「いいねぇ、それ」
再び構える。
木剣が打ち合わされる音が、静かな訓練場に響いた。




