魔術特訓の話
アーカイール・グレイ。
名前は、入学してすぐに聞いた。
四年生で、十五歳。
去年、四年から参加できる学園主催の剣術大会に三年で飛び入りして準優勝したらしい。
――ちょっと意味が分からない。
たぶんすごいんだと思う。
中庭で一回だけ見たことがある。
誰もいないところで、ずっと剣を振っていた。
変だった。
うまい、とかじゃなくて。
なんか、嫌な感じがした。
農民出身で、学園の最高師範に拾われたって話も聞いた。
剣を振ってるのを見て、そのまま推薦されたらしい。
そんなことあるのか、と思う。
でも、あれを見た後だと、
「あるかもな」とも思う。
とりあえず怖そうだから、近づきたくない。
普段は一人でいることが多いらしい。
カルル・セルラースってやつとだけは一緒にいるとか。
……とりあえず。
関わらない方がいい。
⸻
講義は四つ受ける。
それで終わり。
この学園は自由だから、
時間は自分で決められる。
終わったら、旧研究施設に行く。
今はもう安全で、訓練に使われてる場所だ。
この学園は自由だから、
空いた時間はほとんど訓練に使っている。
理由は単純だ。
――冒険者になりたい。
ゴローバス王国に来る前、
外の世界なんてほとんど知らなかった。
海も、港も、見たことのない食べ物も。
全部、初めてだった。
ヒンクスは東の大陸の話をよくする。
ドルトは昔に本で見た有名な冒険譚の話をする。
聞くだけで楽しい。
たぶん、外にはまだ知らないものがたくさんある。
だったら、見てみたい。
俺は貴族の次男で、家を継ぐ必要もない。
それなら、外に出ても問題はないはずだ。
強くなって、家族に何も言わせなければいい。
それだけだ。
「今日はどうする?」
ヒンクスが聞いてくる。
「前のやつ。もう一回」
「またかよ……」
ドルトが嫌そうな顔をする。
気持ちは分かる。
今日は僕のための訓練だ。
⸻
空間魔術は、対象を直接強化する術ではない。
術者はまず一定の範囲を定め、その“空間”そのものに性質を付与する。
重力の軽減、抵抗の減衰、あるいは身体機能の補助に近い効果まで――それらはすべて、空間に対して与えられる。
そのため、空間内に存在する者は、敵味方の区別なく等しく影響を受ける。
個別に対象を選択することはできない。
あくまで「場」を支配する術であり、「個」を選別する術ではない。
現状の魔術で個人にバフを付与するものはない。
また、効果範囲を広げるほど精度は落ち、
複数の効果を重ねた場合には干渉による誤差が生じる。
ゆえに実戦においては、範囲、精度、付与効果の取捨選択が重要となる。
⸻
「……これ、意味あるか?」
ルークスが呟く。
ヒンクスに対して重力軽減の効果を付与した空間内で、彼女は確かに軽快に動いていた。
だが同時に、その空間に立つドルトの動きもわずかに軽くなっている。
「え?」
「敵も軽くなる」
同じ空間にいる限り、例外はない。
ドルトが「あー……」と声を漏らす。
「じゃあダメじゃん」
「ダメだな」
単純な結論だった。
「じゃあどうすんの」
ヒンクスが聞く。
ルークスは少しだけ考えて、首をかしげた。
場所を分けるか。
重ねるか。
それとも、別のやり方か。
「……まだ足りない」
⸻
帰り道。
「お前、ルークスだな」
声をかけられて、足を止める。
振り向く。
やはり、いた。
アーカイール・グレイ。
近くで見ると、やっぱり怖い。
「……何」
「これ」
差し出された紙を受け取る。
「剣術大会の席。余り」
「……なんで僕に」
「あんまり意味はない」
そう言って、もう興味を失ったように視線を外す。
「来るかは好きにしろ」
そのまま歩いていく。
よく分からない。
「何なんだあいつ」
ドルトが言う。
本当にそう思う。
「……さあ」
紙を見る。
――たぶん、よくない。
でも。
「行く」
「マジで?」
「ちょっと気になる」
あれが何なのか。
ちゃんと見てみたい。
後日、カルルが昼食の時間にルークスの元に来た。
「あいつ、お前に興味があるんだってな」
ほんとにやめてほしい。
2日後、学園内のスタジアムで剣術大会が開催された。




