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その頃――。
都のはずれにある浜辺にトワリはたたずみ、満足げな笑みを浮かべていた。
まだ彼は、イチコたちが大変な事態に巻き込まれていることや、ヒノデノクニの陰謀については知らない。ここしばらく、彼は自分の仕事に夢中になっていた。この日も、朝早くからこの場所に足を運び、作業に追われていたのである。それは、彼自身の夢の実現のためでもあった。
彼の眼前には、夕焼け空を背景に巨大な船があった。船体は浜辺から見ても存在感があり、まるで海上にそびえたつ島のようである。その周りでは、ホウザンをはじめとした幾人かの大工たちが、自ら海に入って潜って船体の点検を行っていた。やがて、ホウザンひとりが、泳いで浜へと向かってきた。陸に上がると、その筋骨隆々の身体が露わになった。濡れたままの身体を気にすることもなく浜辺を歩いて、トワリの隣に立った。夕日を背景にそびえる船体を臨みながら言った。
「俺が見たところ、傷や穴もなさそうだ。部下たちにもうしばらく念入りに調べるように言ったが、まあ問題はないだろう」
「波にも流されないようにしろよ」
トワリが言った。
「こんなでっけえ船、流されたりしねえよ」
「そんなこと言って、失ったらただじゃおかねえからな」
「心配すんな。ちゃんと岩場に固定もしてある」
事実、船は海上に浮かぶ大きな岩に綱でくくりつけられていた。だが、いずれにしても、見た目からしてどっしりとした船体は、少しばかり大きな波にも揺れず、ちょっとやそっとでは流れていかないだろう。
「なんだ、いつも仏頂面なお前が、珍しく嬉しそうな顔をしてるじゃねえか」
ホウザンはそう言いつつ、トワリの横に立つ。ふん、とトワリは得意げに鼻を鳴らした。
「当たり前だ。これが喜ばずにいられるかって。もうじき完成するんだぜ、俺の最高傑作が――」
「おいおい、そこは“俺たち”と言ってくれよ。設計したのはお前かもしれねえが、実際くみ上げたのは俺たち大工なんだぜ」
「ったく、うるせえなぁ」
いつもみたく言い争う二人だが、その口調には喜びと達成感がにじみ出ていた。
「俺にとっても、これは子孫に自慢できる最高の作品になる」
ホウザンも万感の思いを口にした。
トワリが開発と設計、ホウザンが建造主として造りあげられたこの船には、トワリのもち得る知識とホウザンの技術力のすべてがつぎ込まれていた。開発は一朝一夕にはいかず、資金や資材がなかなか集まらないといった問題も抱えながら、何年も苦労を重ねた末に、ようやく完成まであと一歩というところまでこぎつけた。後は建造の不備がないかを確認し、帆を取り付ければ終了となる。
その出来栄えは、先日ヒノデノクニで乗った船よりもはるかに良いものだと断言できた。大人数が一度に乗船でき、ちょっとやそっとの嵐や大波では転覆しない。推進力と安全面において、徹底的にこだわり抜いて造られた作品だった。おそらく、海を隔てた大陸のクニにも、ここまで素晴らしい船はないだろう。
「大丈夫です。異常ありません!」
海の向こうから、ホウザンの部下の一人が叫んだ。
「ご苦労。戻ってきていいぞ!」
ホウザンが彼らに呼びかけると、すかさずトワリも言った。
「おい、早く戻ってこい。酒を買ってきてやったぞ」
彼は大きな瓢箪を掲げる。海の方から歓声が上がり、部下たちが泳いで陸へと向かってきた。
「お前が差し入れとは、珍しいな」
ホウザンが茶化すように言った。
「ああ。今回ばかりはあんたたちに心から感謝するぜ。何せ、これで約束が果たせるんだからな」
「約束?」
ホウザンが聞き返した。トワリは空と海、二つの青の間に存在する巨船を観ながら呟いた。
「10年来の約束だ。イチコ、大陸に連れてってやるぞ」




