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破滅の章  作者: Tomokazu
第三章
25/41

7

 民衆たちは皆、切羽詰まった様子でその場に立っていた。

 いてもたってもいられず、屋敷の門番や中の役人を押しのけてやって来たようだ。


「どうしたんですか。王の屋敷に無断で入ると、厳罰に処されますよ!」


 イチコは思わず立ち上がって言った。


「俺たちがどんな罪に問われようが、そんなことはいっこうに構わねえ!」


 そう叫んだのはタンタカだった。外が再びざわざわとしはじめる。彼らを追い出そうとする役人と、大勢で固まる彼らとで争っているようだ。タンタカは室内へとどかどか入ってきて、さらに叫んだ。


「王さんにお願いだ。ヒノデノクニの理不尽な要求は、絶対飲んじゃいけません。俺たちにとって、イチコさんは天女のようなお方だ。信心を持つことのすばらしさや、神様に感謝し万物に有難みを感じて暮らすことの大切さを教えてくれた。このクニの信仰も、イチコさんも俺たちにとってはなくてはならない存在だ。他のクニによって侵害されるようなことじゃない」


「そうだそうだ!」と、他の人々も同意の声を上げる。その中には、いつぞやの見学会で、タンタカに苦言を呈していた者もいた。そんな彼らが、気持ちを同じくして、ともに声をあげている。


「黙れ、身分を弁えろ!」


 使者がタンタカたちを振り返り叫んだ。タンタカは負けじと返した。


「俺たちはあんたに比べたら身分は低いかもしれねえ。だが、心はあんたたちほど腐ってないつもりだ」


「何だと……?」


 使者が立ち上がり、タンタカたちの方へと近づいていった。腰の剣を抜き、刃の切っ先を彼の前に突き立てる。


「貴様、我々よりも心は腐ってないとぬかしたな。証明できるか?」


「もちろんだ。そのためなら、この場で死んだとしても構わねえ」


 タンタカは毅然とした態度で答えた。


「よく言った、ならばその通りにしてやろう」


 使者は剣を振りかざした。


「やめて!」


 イチコが叫ぶ。だが、使者の振るった剣はタンタカを袈裟斬りにした。胴から血を吹き出し、タンタカは倒れた。


「タンタカさん……!」


 イチコは彼に駆け寄り、自分の白衣が血で汚れるのも構わず、タンタカを抱きかかえる。


「しっかりしてください、タンタカさん」


「イチコさん……皆に迷惑をかけっぱなしだったダメな俺でも、これで、神の御許に行けますかね……」


 タンタカはそう言ったきり、身体の力をがくりと抜いた。イチコが何度呼びかけても、彼は目を覚まさなかった。


 使者がタンタカの方へさらに一歩近づき、

「そこをどけ」

 とイチコの前に剣を突き立てた。ここまでしておいて、さらにタンタカを傷つけるつもりだろうか。イチコの胸の中で怒りが爆発した。血走った目で、相手をギッと睨んだ。


 その時である。突然、剣が使者の手からはじけ飛んだ。地面へと落ち、鋭い銀色を放っていた肉身がボキリと折れた。他の使者たちの剣も腰から引きはがされ、その場に落ちて真っ二つとなった。それは図らずもイチコが発現させた念動力だった。


「ヒブリ!」


 すかさずシラヌイが叫んだ。民衆たちを押しのけて、ヒブリが部屋へと入ってきた。


「状況はもう分かっておるだろう。ただちに、この者たちを始末しろ」


「はい!」


 ヒブリは短く応えると、大きな剣を振りかざし、3人の使者たちを一刀に伏した。使者たちはその場に倒れ、すぐに動かなくなった。


 ヒブリは倒れた使者たちの表情を見て、意外に思った。誰もが、満足そうに不敵な笑みを浮かべている。まるで、こうなることを望んでいたかのように。


「やられた……。すべては彼らの計画通りだったのだ」


 ヒブリが呆気にとられたように呟いた。


「どういうことです?」

 とミノカが尋ねる。


「おそらく、彼らはわざと我々を怒らせるように行動していたのです。自分たちが犠牲になるのも覚悟の上だったのでしょう」


「アリアケが死んだことも、奴らにとっては好機だったというわけか……」


 シラヌイが合点がいったように言った。ヒブリは一つうなずいた。


「その通りです。それを口実に王の屋敷に乗り込み、無理難題をふっかけたり、民を斬り捨てたりした。我々が彼らを手にかけざるを得ないようにするために」


「でも、一体どうしてそんなことを……」


 ミノカはなおも合点がいかないようだ。そんな彼女に、

「戦争ですよ」

 と、ヒブリは端的に応えた。


「我々は使者たちを殺してしまった。ヒノデノクニはそれを口実に、攻め込んでくるでしょう。おそらく、連中は最初から、そのつもりだったのです」


「…………」


 一同に重い空気が流れた。


「ねえ、そんなことより――」


 そこへ、震えた声をあげる者がいた。イチコだった。


「何やってるんですか。早くタンタカさんを手当してあげてください」


 イチコは呆然とした顔をして、抑揚のない口調で喋った。イチコはタンタカの無事を信じたかった。都の誰よりも信心深く、イチコの話にも耳を傾けてくれていた彼である。そんな彼が、このような形で命を失ってしまうなど、到底許容できることではなかった。


「分かったわ。すぐに救護の者を呼びましょう」

 と、ミノカが応えた。


 ふいに、イチコの眼前に、数年前に見た悲劇の光景が繰り広げられた。それが何度も何度も繰り返される。望まない最悪の事態。破滅の足音が聴こえてくるように、イチコには思えた。

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