第94話 光に照らされて
「あの方のために、死ねえっ!」
刺客から投げられた短剣がガーティス子爵を襲う。
割れる氷に気を取られた子爵の反応が遅れている。
(くっ、躱せぬか……っ!)
確実に致命傷を与えるべく投げられた短剣は、子爵へと真っすぐ吸い込まれていく。
子爵もさすがにダメだと思った時だった。
「ワオーーーンッ!」
オオカミのような鳴き声が響き渡る。
パキンという音がして、子爵を狙った短剣が跡形もなく砕け散ってしまった。
「なっ、なんだと!?」
刺客が驚愕の表情を浮かべて固まっている。
『我が子の主の友人になんという暴挙を。許せぬものよな』
そこに現れたのは、いつぞや子爵の街を訪れたプリズムウルフだった。
『まったく、身を守るためとはいえ氷で囲むなど。おかげで我の援護が遅れるところだったぞ』
「ああ、それは悪かったな」
危機一髪を救われて、子爵はどういう顔をしたらいいのか分からないようだ。
当たり障りのないひと言を返す程度だった。
「……他の賊どもは、どうしたかな」
『心配ない。残っているのはそこの不届き者どもだけだ』
「すまないな」
『なに、謝ることもない。貴公になにかあれば、我が子の恩人が悲しむからな。我のただのお節介よ』
プリズムウルフは、気さくに答えながら刺客を睨み付けている。
鋭い視線に、刺客は震え上がっている。
「ば、バカな。なぜこんなところに魔獣が出てくるのだ。お前たち、退くぞ!」
刺客が逃げ去ろうとする。だが、魔獣などというものと一緒にされたことで、プリズムウルフの逆鱗に触れてしまったようだ。
『神獣たるこの我を侮辱するとは、その命、要らぬと見える』
ズンと大きな音とともに、刺客たちの退路にプリズムウルフが立ちふさがる。
「くそっ、神獣か何だか知らないが、俺たちの邪魔をしやがって。ただじゃおかねえってもんだ。ぶち殺してでもそこを通ってやる!」
『ふん、あの程度で逃げ出すようなお前たちが我を殺す? くくくっ、やってみせるがよいわ!』
逃げる刺客たちをプリズムウルフが足止めをしてくれている。
その間に、子爵とダニエルは刺客と協力関係にあった賊たちを一人残らず縛り上げていっている。
どこにそんなロープがあったのかと思われるが、ガーティス子爵は馬車の床下に常に隠し持っているのである。常に魔物の脅威にさらされている子爵だからこそというものだ。
「これで全員かな」
「はい、旦那様。しかし、ロープを使い切ってしまいましたな」
「仕方あるまい。普段の盗賊団の人数しか想定していなかったからな。ダニエル、ロープのない連中は土魔法で拘束してくれ」
「承知致しました。では、プリズムウルフの様子を見守ると致しましょうか」
挟撃してきた賊たちの片方を掃討し終えた子爵たちは、疲れたこともあってかプリズムウルフの戦いをしばらく眺めることにしたようだ。
しばらくすると、プリズムウルフが子爵たちの前に姿を見せる。
『なんだ、離れておらなんだか』
まだ留まっていた子爵たちに驚いたようだ。
「先を急ぐことも考えたのですが、御者が腰を抜かしておりましてな。やむを得ず、休息を取っておりました」
『ふむ、それならば仕方ないな』
ちらりと御者を見てみるが、あまりのできごとにまだ呆けているようだった。
「それよりも、賊どもの相手はし終わったのですかな」
『ああ、面倒になってきてな、ちょちょいと細工をして置いてきた。心配は要らぬ、放っておいてもあやつらは勝手に自滅する』
プリズムウルフはちらりと刺客たちのいる場所へと視線を向ける。
「はて、何もおりませぬが?」
ダニエルが視線を向けるが、そこには誰の姿も認めることができなかった。
その一方で、ガーティス子爵はプリズムウルフの言葉の真意を悟ったようで、ごくりと息を飲んでいた。
『我は光を操る神獣ぞ。奴らの姿を消すことなど造作もない。あの醜き者どものことなどどうでもよかろう。我が護衛につくゆえ、すぐにでも出発しようではないか』
「承知致しました。ダニエル、御者の代わりに馬車を操ってくれ」
「承知致しました、旦那様」
プリズムウルフのどことなく冷たい口ぶりに、ガーティス子爵は何かを感じ取ったようだ。
動けなくなった御者に代わってダニエルが馬車を操ることになり、プリズムウルフという強力な助っ人を得たガーティス子爵は王都への道を急ぐ。
「私たちが襲われたことを考えれば、屋敷の方にも襲撃があったとみていいのだろうか」
『そのことなら心配要らぬ。我が子を含めて、恩義を感じている者たちが必死になって守っておる。もう決着がつく頃だろう』
「そうか……。やはり、相手はパーカス侯爵だろうか」
『それは分からぬな。だが、心配は要らぬ。我の守護が子爵領にはあるのだからな』
プリズムウルフはそういうと、護衛に集中するためだろうか、すっかりと黙り込んでしまった。
日が暮れる頃には激しく降っていた雨が上がり、きれいな夕日が顔を覗かせていた。
それはまるで、子爵たちを祝福しているかのように馬車を優しく包み込んでいた。




