第78話 ダンスと会話
建国祭というきらびやかな舞台の中で、モエはイジスと踊っている。
ダンスなんてしたこともないというのに、イジスのリードでモエは問題なく踊れていた。
(体が勝手に動く……。なんだろう、すごく踊りやすい)
足元が気になるようでまったく気にならない。イジスに合わせていれば、自然と体が動いてしまう。
子爵領の中で閉じこもっていると思われたイジスだが、ダンスのセンスはかなりあるようだった。
そのモエとイジスの姿を見守るスピアノは、なんだか納得したような表情でそのダンスを見ている。
「はあ、いていて思いましたけれど、やっぱり敵いませんでしたわね」
スピアノからすれば、ぽっと出のどこの馬の骨とも分からない女性に意中の人を盗られたようなものだ。しかし、イジスの関心は完全にモエに向いていた。関心が高いからこそすぐに悟ってしまったのだ。
「……また婚約者探しを始めなければなりませんわね」
スピアノは給仕が持ってきた飲み物をぐいっと飲み干していた。
スピアノは伯爵令嬢、イジスは子爵令息、モエにいたってはマイコニドで平民ですらない。スピアノがその気になれば、いくらでも仲は引き裂けそうなものである。
興味を持って会いに行ったその日、スピアノは最初からすべてを察していた。だからこそ、自分に振り向かせようとも考えた。でも、最初から入る余地などなかったのだ。
周りにはたくさんの貴族がいるというのに、完全に二人きりの世界である。
二人のダンスが終わると、スピアノは待ってましたとばかりに近付いていく。そして、イジスに声を掛けるかと思いきや、予想外の行動に出た。
「モエさん、わたくしと踊って下さいますかしら」
「えっ、スピアノ様とですか?」
スピアノは、イジスではなくモエにダンスを申し込んできたのだ。
「ええ、一応殿方の作法も知っておりますのでね。それに、モエさんとは一度お話をしておきたいのですわ」
スピアノからの提案に、モエはイジスの顔をじっと見つめている。
イジスは男性からの申し込みだったら断るつもりだったが、スピアノは伯爵令嬢だ。一応爵位上は格上だし、女性である。
「モエ、せっかくだから踊っておいで」
「で、でも……」
「私のことなら心配ない。スピアノ嬢なら大丈夫だと思うしな」
イジスはちらりとスピアノに視線を送る。その視線に気が付いたスピアノは、ゆっくりと意識的にまぶたを一度閉じていた。
「では、私は父上のところに向かうとするよ。こういう席だからあいさつ回りをしないといけないからな。スピアノ嬢、モエのことを頼んだぞ」
「承知致しましたわ」
イジスが去っていく。モエは不安を感じるものの、スピアノが手をしっかり握って離しそうになかった。
「それでは、モエさん、お相手をよろしくお願い致しますわ」
「は、はい……」
とても断る雰囲気になかったので、モエは仕方なくスピアノとダンスを始めることになる。
いざ踊ってみると、イジスとあまり差がない感じで踊りやすかった。
ところが、踊りながらスピアノからいろいろと話しかけられる。
「モエさんってば、頭の上はそのようになっていましたのね」
「あ、ええ、はい」
正直が言えないので、適当な返事をしておくモエである。
「ふふふっ、聞いたことありますわよ、その頭の飾り」
「えっ」
次のスピアノの言葉に、モエはつい固まってしまう。あわやスピアノの足を踏んでしまいそうになる。
「わっとと……」
どうにか体勢を立て直して踊りを続ける。
「確か、マイコニドでしたわよね。でも、これだけ近くにいても何の問題もないので、とても不思議ですわね」
にこにこと話すスピアノの様子に、モエは動揺しまくりである。それでも足を踏まないようにとダンスに集中している。
「モエさんといると、不思議と気持ちが落ち着きますの。本当に不思議な方ですわ。社交界から遠ざかっていたイジス様の心まで射止められるだなんて」
スピアノの笑顔は崩れない。真っすぐ自分を見つめてくるので、モエは段々と恥ずかしくなってくる。
「あっ!」
さすがに動揺が限界を超えたらしく、モエはついにスピアノの足を思い切り踏んでしまう。
「ももも、申し訳、ございません……」
「ふふっ、このくらいは平気ですわよ。かかとではございませんでしたからね」
笑顔が崩れないスピアノ。それどころがダンスは継続していた。なんという伯爵令嬢なのだろうか。
足を踏まれた後も、スピアノは変わらずモエに話し掛けてくる。
「モエさんが羨ましいですわね。あれだけ真っすぐに好意を持って下さる殿方というのは珍しいことですわよ」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、そうですとも」
不思議そうな顔をするモエに、スピアノはずっと笑顔を向け続けている。
「もし何かございましたら、わたくしのジルニテ領までいらっしゃって下さいな。モエさんなら歓迎致しますわよ」
「はい。何かあった時は頼らさせて頂きますね」
モエとスピアノは思った以上に仲良くなっているようだった。
「ふふっ、踊り疲れましたので、ちょっと壁際にでも寄りませんこと?」
「そうですね。私、料理を取ってきますね」
モエはスピアノと一緒に、会場の中央から離れていったのだった。




