ドラゴンの君
ゆっくりと起き上がった彼女と目が合った
燃えるような深紅の瞳
薄暗い部屋でも美しくて目が逸らせない
僕は何も言えずにただ見惚れていたが
彼女は大きく口を開けて欠伸をした
それから眠そうに目を擦り、話しかけてくれた
「…おはようじゃ。調子はどうじゃ?」
「…。…お…、…よう…」
同じようにおはようと返事をしたつもりだが、上手く声にならなかった
かなり喉が枯れているようだ
「無理に喋らなくてよいのじゃ
すぐ水を持ってきてあげるから、大人しく待ってるのじゃ」
彼女はすぐに察してくれて、そう言って部屋を出て行った
彼女はコップに入った水を持ってきてくれたが
受け取ろうとした手が震えて上手く持てなかった
「こうやってゆっくり飲むのじゃ
ほれ、そーっとじゃ…」
彼女に手助けされながら、少しずつ口を湿らせる
喉だけではなく全身が乾いていたようで
水分が入り込むとずいぶん身体が楽になった
長い時間を掛け、やっと半分ほどの水が飲めた
一息つき、残りの水も全部飲むことができた
空になったコップを片付けた彼女はベッドに座り直す
それからまじまじと僕を見た
「御主は丘で倒れてたんじゃけど、気分はどうじゃ?
わしの言葉、わかるかの?
さっき、挨拶を返してくれたように思ったんじゃけど…」
「…うん、わかるよ…」
僕の返事にホッとした様子だった
彼女は色々な質問を投げかけてきた
でも答えられたのは体調に関する事だけ
僕は自分自身の事を何一つ覚えていなかった
「何にも覚えてないんじゃな…困ったのじゃ…」
「…うん…」
「…そんな顔しなくてよいのじゃ
とにかく、怪我はなさそうじゃからよかったのじゃ」
何も覚えてない事がわかると彼女の表情は一時曇った
それでも、すぐ気を取り直したのか
"尻尾"の生えた彼女は優しく励ましてくれた
彼女には尻尾が生えていて、何度も視線を奪われた
そんな僕の視線に気づいていたのか、
彼女は尻尾を目の前に持ってきてよく見せてくれた
「立派な尻尾じゃろ?
…わしはこう見えてドラゴンなのじゃ」
「…ドラゴン…」
彼女をよく見れば尻尾だけじゃなく小さな角も生えている
それが"ドラゴン"特有の物なのかは覚えていないが
それらが羨ましく見えた
自分にも有ったらいいなと自身の頭とお尻を触ってみるが、
それがバレたのか、彼女に何をしてるんだと笑われてしまった
彼女と会話をしていくうちに徐々に慣れてきた
ほとんど彼女が口を開き、僕は時々返事をするだけだったけど
それでも最初に比べれば具体的に答えられるようになってきた
「少しずつ話せるようになってきてるのじゃ」
「でも、まだ何も思い出せないんだ」
「ん~、それはまぁ様子を見ていくしかないのじゃ
因みに御主、"魔女"を知ってるのじゃ?」
「魔女?」
「やっぱり、知らないのじゃ?」
魔女は彼女の母親代わりで、かなり前に亡くなってるそうだ
この家を作ったのも、彼女を今の姿に変えたのも
全てが魔女の仕業らしかった
今の姿に変えたとはどういう意味なのだろうか
彼女について詳しく聞きたかったが
何処から聞けばいいかわからなかった
迷ってるうちに彼女はベッドに上がり、僕ににじり寄ってくる
二人の距離が近づいていく
「御主を抱きかかえた時に匂いに気が付いたのじゃ
懐かしい、魔女の匂いが少しだけすると…」
かなり至近距離まで近づく彼女に思わず目を閉じる
そんな僕に構わず、頭や首筋など、様々な場所の匂いを嗅がれた
彼女との距離が近いとなぜが胸が苦しかった
やっと満足したのかゆっくりと距離が開く
自然と息を潜めていたので大きく深呼吸をすると
安心したからなのか、それと同時にお腹が大きく鳴った
「お腹が空いたようじゃな?
何か食べればきっと元気になるのじゃ!
…歩けそうじゃ?」
彼女が先にベッドから降りて、僕を支えてくれた
違和感を感じるが、歩けそうな感じがする
「大丈夫、歩けそうだよ」
「ほんとじゃ?
…無理なら、わしがまた抱えてもよいんじゃけど…」
「…ううん、歩けるよ。きっと…」
歩くのに不安が無いと言えば嘘だった
でも彼女に心配させまいとなぜか見栄を張ってしまった
…。