火の魅力
何事もなく、オスとの混浴を無事に終える事ができた。
浴室を出てから少し冷静になると、
襲われる事を少し期待してた自分が恥ずかしくなった。
それでも、心が軽くなって、普通に話せるようになった。
勇気を出してよかった。
「服はこうして、こうして…こう畳むのじゃ」
「こんなに小さくなるんだね。
…もう一回見せてくれる?」
「…くふふ…よいのじゃ」
広間に戻って、すぐに食事の準備に取り掛かろうと思っていた。
だけど、オスが先に服を片付けたいと言い出した。
こうして、また同じ作業をできるのが嬉しい。
服を綺麗に畳むのは多少難しく、何度もオスに見せながら教えた。
それが、とても楽しかった。
「ねぇドーラ」
「なんじゃ?」
「…何も覚えてない僕に、色々教えてくれて、ありがとう」
「…。…わしも楽しいから、気にしなくてよいのじゃ…」
オスは何を教えるにしても、ずっと楽しそうにしていた。
だから、もしかして記憶がない事を気にしてないのかと、そう思っていた。
でも、心の中ではずっと悩んでいるのかもしれない。
「全部、わしが教えてあげるから大丈夫じゃ」
「うん。ほんとに、ありがとう」
オスは安心したように笑う。
その顔を見ると、つい触れたくなる。
でも我慢して、残りの服を一緒に畳んだ。
次は食事の準備だ。
いつもより遅くなってるから、きっとオスも腹ペコだろう。
早足に調理場に向かうと、なぜかオスも付いてきた。
「僕も手伝いたい」
「ダメじゃ。今日はいっぱい働いたから疲れてるはずじゃ」
「さっき全部教えてくれるって言ってた」
「…確かに言ったんじゃけど…そうじゃけど…。
…じゃあ、ちょっとだけ手伝ってもらうのじゃ…」
「ほんと?ありがとうドーラ」
少しずるいと思った。
でも確かに言ったから仕方ない。
刃物を使う作業は自分がするとして、
水を汲んだり、食材を洗ったりは任せてみよう。
スープ作りは慣れてるから、あっという間に準備が整った。
後は竈に薪を入れて、火を付けて待つだけ。
着火だって、火を吹けばすぐ終わり。
この時ばかりはドラゴンでよかったと何度も思ってきた。
ただ、その段階になって不安が過る。
もしかして、火を吹く姿を見たら、オスが怖がるかもしれない。
でも、此処まできたら火を付けるしかない。
考えた末、出来るだけ小さく細く、そっと火を吹いた。
その姿を見たはずのオスは、何も言わなかった。
それが怖くて、オスの顔が見られない。
俯いたままでいると、隣にオスがしゃがんできて、竈を覗き始めた。
「…そんなに近づくと、顔が焼けてしまうのじゃ」
「今のどうやったの?」
「…怖く、なかったじゃ…?
…わしはドラゴンだから、火が吹けるのじゃけど…」
「どうして?全然怖くないよ。
…今のも教えてくれる?」
「…ん?何を教わりたいじゃ?」
「僕も口から火を吹きたい」
「…く、くふふ…」
その言葉には、笑いを堪える事ができなかった。
このオスは本当に無邪気だ。
何もかも忘れているから仕方ないとはいえ、自身も火が吹きたいなんて予想外だ。
ひとしきり笑うと、憂いは消えていた。
「残念じゃけど、ドラゴンしか吹けないのじゃ」
「…そうなんだ…ほんとに残念だね…」
心底がっかりした様子が可哀想なくらいだ。
その代わりになればいいなと、火の維持を任せる事にした。
「一気に燃やすと薪が勿体ないし、火が激しくなるからこれくらいがよいのじゃ。
…できそうじゃ?」
「任せて!…これくらいだね?」
「そうそう。なかなか上手いのじゃ」
オスは楽しそうに竈の中をいじっている。
確かに火にはこうした魅力がある。
自分も意味もなく竈に火を付け、じっと見つめていた時期もあった。
「火って綺麗だね」
「…そうじゃな…」
でも今は、火に夢中なオスの横顔を眺めている方が楽しい。
やっぱり顔が火に近い気がするけど、
あまりに楽しそうだから、今日は許してあげよう。
そうしてスープが出来上がった。
最後に残った火でパンを焙りたかったけど、
このパンは少し古くて硬そうだ。
「このパンは少し古いから、主の分は魚でよいじゃ?」
「ドーラがパンなら僕も一緒が良い」
「…わかったのじゃ」
そう言われては仕方なく、古いパンを二つ焼き直した。
実際に食べると、予想通りパンの味はイマイチだ。
だけどその分、一緒に作ったスープはいつもより美味しかった。
平和に食事が進んでいく。
オスはパンもスープも、満足そうに食べている。
今日、一時はお別れまで覚悟した。
こうして一緒に、また食事が出来てよかった。
食事が終われば、もう風呂も済ませたから眠るだけだ。
トイレと歯磨きもして、早々に寝室に向かった。
今日も手を繋いで階段を上って、そのまま窓際のベッドまでやってきた。
先に布団に潜ろうとすると、初めてオスが抵抗を見せる。
「…ど、どうしたのじゃ…?」
「…今日は、僕一人で寝るんだよね?」
「…そっ…。…そういえば、そうじゃったな…」
それは今朝、自分が言った事だ。
否定すればよかっただけなのに、慌てて頷いてしまった。
本当は色々あったから、一緒に眠りたかった。
でも言ったのは事実だし、仕方ない。
この部屋にはベッドが二つある。
窓際で、星明りが入って少し明るいベッドか、
寝室入り口横の、影になって真っ暗なベッド。
そのうち入り口に近い方のベッドに、オスを連れていった。
「…それじゃ、おやすみドーラ…」
「…うむ、おやすみじゃ…主…」
寝る前に、せめてもう少し話がしたかった。
でも洗濯もしたし、オスも疲れているはずだ。
だから簡単に挨拶だけを交わして、自分もベッドに戻る。
寂しいけど、一人で眠る楽しみもある。
思った通り、此方のベッドにはオスの匂いがそれなりに残っていた。
直接嗅ぐ匂いも好ましいが、こうした残り香も味わい深い。
今日はこの匂いに包まれてさっさと寝よう。
そしてまた明日、オスと一緒に色々な事をしよう。
次は何を教えてあげれば喜ぶだろう。
そんなことを考えると、すぐにウトウトとしてきた。
眠りに落ちるその一歩手前。
間の悪い事に、窓の外から大きな夜鳥の鳴き声が響き渡った。
「…はぁーっ…」
目が冴えてしまった。
ため息を吐いて、身体と尻尾を丸め直す。
時々、寝坊した夜鳥が騒ぎながら飛び立つことがある。
それほど珍しい事でもないけど、
不運にも、それが窓から一番近い枝で起きてしまった。
熟睡してれば目覚める事なんてないのに、最悪なタイミングだ。
目が覚めて一人ぼっちだったら、慌てる気持ちもわかる。
でも、今日だけはやめてほしかった。
…。




